HAPPY SWING〜ニノウデノ世界〜』

 

 艶やかな素肌を溶かしてしまいそうな陽光に誘われて

このまま何処かへ行ってしまいたい

高速で移り行く街並を気にも留めず、その足はひたすらに一点を目指し走り続けて

いた。

それでも、その足取りは何処か軽く。

「・・・あ・・・」

少し息が切れた頃、ようやく目当ての姿が目に付いて。

遠目に絡んだ視線を手繰り寄せるように彼の影が引かれた。

「悪りィ、ひーちゃんッッ!!」

何もしない内から汗だくで頭を下げる俺に、彼女がすっと伸ばした細い指が触れる。

「・・・ひ・・・」

ぱっと顔を上げると、微笑を浮かべたひーちゃんは淡い色のハンカチを汗の滲む

俺の頬にあてた。

「・・・??」

予想外の出来事に思わずまばたきをして彼女を見つめる。

こういう時は、とりあえず怒鳴られるのが筋ってもんだろ?

疑問符を顔に貼り付けたみたいな様子。

そんな俺を見て小さく笑いながら可愛い表情を向けてくる彼女。

「…怒ると思ったでしょ?でも、今日は特別」

「・・・ひーちゃん」

軽く表情を染めてそんな台詞を囁いたひーちゃんに、なんだかつられて俺も少し

赤くなる。

そこでふとやった視線の先には、むき出しの細い腕。ただでさえなめらかそうな

白肌を、太陽が調子に乗って更に輝かせ、つや肌にごくりと唾を飲まずには居られなかった。

・・・やべェ。

まだまだ、今日はこれからだってのによ・・・

雑に髪を掻きながら自身に少し呆れの溜息をついた。

それから、ひーちゃんを横目でうかがい。

「・・・じゃ、行きますか」

にやり、と悪戯っぽい笑みを向け。

「・・・ん」

自然を装って差し出した俺の手に、やわらかな手が絡んだ。

「おー、やっぱイイよなぁ。なんか貸し切りっぽくてよ」

心持ち浮かれた声色に、隣に並ぶひーちゃんも嬉しそうな声を上げる。

「うん、なんか気持ちイイよね」

慎重に潜り抜けて辿り着いたそこは、見慣れた真神(ガッコ)のプールサイド。

授業中とは違いむさ苦しい野郎共も居なくてひどく静かだ。

けれど、それはひっそりとしているというよりはおだやかに時が流れているだけの

ようで、涼やかな風にここで吹かれている気持ちまでゆったりとそよぐようだ。

「ひーちゃん、着替えは?」

ミニスカートから視線を移し声を掛ける。

「あ、じゃあちょっと待ってて」

促すと、ぱたぱたと小走りに更衣室の方へ走っていった。

彼女が居なくなったのを確認してから、軽く伸びをして。

「・・・スクール水着じゃねェんだよな、今日のひーちゃん・・・」

うっとりと妄想をあおいで、緩んだ表情のまま暫し瞳を閉じた。

「・・・・・・さて、俺も脱いどくか・・・」

面倒だった俺は、下にそのまま着ていた。故に、着替えは至ってラクだった。

・・・これが小学生なんかだと、後で着る替えのパンツを忘れたりするんだよな。

居た居た、そんなヤツ。

どうでもいいことに思考をやっていると、蝉の鳴き声がやけに心地よかった。

数分後、彼女に心から夢中で恋をした。

「・・・た、龍麻・・・」

思わず名前で呼んでしまう程の動揺ぶりに、やがて麗しい姿で現れたひーちゃんは笑った。

「失礼だなぁ。そーーんなに、以外ッ、だったの?」

「えっ、いや、そ…そうじゃねェよ、なんつーか・・・」

強張った表情で言葉も出ない、なんとも情けない状態。

「もういいよ。先入っちゃうよー」

固まっている俺の横をするりと通りすぎ、そのまま白い肢体は水面に飛び込んだ。

「冷てェッ・・・」

ここまで勢いよく飛んできた水飛沫を手で拭いながら彼女を窺うと、・・・

とんでもなく綺麗な微笑を浮かべていた。

蒼い水面は絶えず光の波をうねらせて、その中心で光と戯れるように水滴を散らす眩い存在。

真っ青な空のキャンバスにひと筆やわらかく触れた白い肌が溶け込むようだ・・・

それからどの位、夢中でその情景を見つめていただろう。

いい加減焦れた彼女にプールに引き摺り落とされて目が覚めた。

「ひ、ひーちゃん・・・ッ」

そう、気が付けば彼女のやわらかな腕の中にいた。

顔はしっかり胸に押し付けられて、呼吸もできないけどそうじゃなくて。

息が止まりそうなそんな瞬間の感覚。

でも、次の瞬間には透明な青だけが広がった。

「!!!!!!!」

視界を空色に戻すと、不敵な笑みの彼女が映る。

滴の滴る前髪をかきあげて、咳き込む口元を押さえる。

・・・アイツ、あんな表情(カオ)、してたっけ・・・・・・

熱くなった頬にはこの冷たさがひどく気持ちいい。

外に聴こえ出しそうに激しく鼓動を打ち鳴らす心臓を手で抑えると、どうしようもない震えがダイレクトに伝わってきた。

心は、奪われて。

誰にも言えない戸惑いを、誰にも隠せない。

前から好きだった筈なのに。

・・・とんでもない勘違いだ。

こんな女(ひと)が傍にいたなんて。

「おい、お前達何をしてる?!」

「「?!?!!!」」

突然静寂を破る怒鳴り声に、ふたりしてびくりと顔を見合わせ焦りを打ち明ける。

「い、今の声・・・」

「聞いちゃいけない、見ちゃイケナイ・・・」

言い訳もでない内に振り向いたりなんかできやしないから。

なのに、何を思ったかひーちゃんが。

「今あがりまーすっ」

「ええぇぇぇぇぇッッ????!!」

ぱしゃぱしゃとプールサイドまで華奢な彼女が無謀にも泳いでいった。

「お、おい、ひーちゃん?!相手は犬神だぜ?何考えて・・・」

「大丈夫、あたしにまかせて・・・」

「・・・お前が言うと色気ねぇなぁ・・・」

「・・・バカぁッ!!」

ばちんと思いっきり顔をしばき飛ばされて、俺はそのまま浅い海底に沈んだ・・・。

ほんの、些細な冗談なのに。

お前に本気で囁かれて堕ちねェ奴なんか居る訳ないだろ?

その頃の龍麻は、犬神センセと懸命に交渉中。

「・・・じゃ、先生も一緒に入りましょうよ」

何処でそんな結論になったのか、彼女が平然と切り出した。

「・・・・・・・」

流石に何も言う気にならないらしく、ぐったりとしている。

「でも、あたしの水着姿見れたんだから、犬神先生も得してるし」

「・・・・・・緋勇、悪いが俺にロリコンの趣味はないぞ」

「・・・ひど。」

何処がだ、と言いかけた犬神の腕を掴んで、龍麻は力を振り絞りプールへと共に

突っ込んだ。

「ッ!!?ひ、緋勇ッ!」

ずぶ濡れの白衣が悲しげに揺れる。

「ひーちゃ・・・なんつーコトを・・・」

流石に青くなる京一に、龍麻は満面の笑みを向けた。

・・・それから奇跡的にもお説教を受けることがなかったのは、一体何の所為

だったのか・・・

その日某人が野良犬の頭を撫でる先生を目撃したなんて話は、果たして真か出鱈目か。

「けど、ほんとお前って無茶するよな。まったく・・・」

フォークを噛み潰しながら呆れたように彼女を眺める。

「そうかな。ん、美味しかった、ありがと京一v」

さらりと先程の事件を流しそんな風に可愛く微笑むから、勘定の行方も誤魔化されて。

「・・・」

綺麗な淡色を視界に捉え、女の子そのものの爪先を観察する。

そういや学校じゃ見られない姿だと微笑がこぼれた。

…そんな風に逢いたいって想ってくれるなら、幾らでも。

熱の篭もる眼差しをひーちゃんに注ぐ俺を見て俺が微笑う。

例えばバタバタしながら一生懸命服選んでる姿とか、

例えばそうやってちょっと化粧していつもよりもっとキレイだとか。

彼女の仕草ひとつ想うだけで幸せな気分に満たされる自分がいる。

だけど、今のひーちゃんは眩しすぎて直視できないなんてコト、

恥ずかしくてとても言えないけど。

「京一・・・、あたし観覧車乗りたい」

きゅっと不意にしがみついてこられて、高鳴る鼓動とやらはいー加減弾け飛びそうになった。

「観覧車?お前ガキだな」

誤魔化すように笑ってやると、少しむくれた可愛らしい顔になる。

別にガキじゃないよ、そんなの。・・・ね、行こうよ。ずっと乗ってみたかったんだ」

「へェ・・・?ま、そのささやかな夢、叶えてやりますか」

ちょっと意外な発言に思えなくもないけど。

「ほんとに?京一スキー」

こらこら、心もこもってないそんな言葉、気軽に使うんじゃありませんよ。

ふたりきりの密室なんだってことに気付いたのは結構後だったんだが。

「やっぱいい眺めなんだね・・・。陽も傾いてきていいカンジだし」

うっとりと窓から風景を眺めるひーちゃんとは裏腹に、俺の心臓はそろそろリミットなカンジで

抑えるのに必死だった。

そんな俺らは気にもしないで、ゆっくりとボックスはまわる。

頂上を過ぎると、後は降りてゆくばかりで、このまま機械の故障でもしてくれねぇかななんて

想ったり。

ふたり、閉じ込められて。慌ててはしゃいで。

「ひーちゃん・・・」

遠慮がちに声を掛けると何故か紅潮した表情のひーちゃんが居た。

「ど、どうした?」

そんなカオされると、俺はどうにも焦ってしまうばかりで。

「・・・嬉しい。夢、だったから」

「あ、ああ、そりゃさっき聞いた・・・」

「京一と乗るの・・・」

そうして紡がれた言葉はとても優しく微笑んでいた。

暫く、その顔を見つめて。

「・・・・・・・・俺も、だからな」

対抗してるわけじゃないけど、照れ隠しに不機嫌な表情のまま、そっとひーちゃんの震える唇を

奪った。

「・・・・・・・・・」

暫く何度も通り過ぎた雑踏の中で、急に立ち止まって繋いだ左手をじっと見つめている視線に

気付き龍麻は顔を上げた。

「・・・どうかした、京一?」

上目遣いの瞳が揺れると、複雑な表情の京一が呟いた。

「・・・ん・・・いや、俺、金ねェよなーって」

「・・・?」

「指輪とか、似合いそーな手してんのにな」

何の飾りもついていないすっぴんの彼女の手を撫でながら少し悔しそうに溜息をついた。

「ゲーセンじゃなくてバイトに通うべきだったなぁ・・・」

それはどうやら独り言のようだったが。

ぱちりと見開いた瞳をふっとゆるめて龍麻は京一の腕に絡みついた。

「・・・ごめんな」

「いいよ、・・・そんなの気にしないで」

またいつか機会があればその時に買ってね、と冗談まじりの願いを付け加え。

「・・・じゃあ、その日までちゃんと空けといてくれよ」

やさしく掴んだ手の、薬指あたりに軽く口付けて、無期限の約束を交わした。

けれど、それは決して互いを束縛する約束なんかじゃなく。

ふたり顔を見合わせて微笑いあえば伝わる、

ただそれだけのもの。

「なぁ、もっかい抱き締めていいか?」

「・・・好きにすれば?一々訊かないで・・・」

強く腕に収めると、今度は安心感が満ちてくる。

こんなに傍にいても。何処へも行く筈ないのに、凄い不安になるのはなんでだろう。

「・・・だってお前、落ち着いてなさそうだし」

「確かに、ふらっとして揺られて踊ってる、かもね」

「あァ?暴れてるの間違いじゃねぇのかよ」

つかめないもんっていっぱいあるから。

「・・・でも、違うよ、京一?」

「なんでだよ。ゆらゆらしてっから心配に・・・」

そこで、不意に顔を包み込まれ射抜かれる。

「・・・だって、あたしはいつも京一の腕の中の世界で揺れ踊ってるんだもん」

不意に遠くに見えたって迷うことなんかないと。

「・・・龍麻・・・」

俺の腕に手のひらを這わせ、囁くように彼女が紡ぐ。

「この、ちーさな無限大の世界で、ね」

「馬鹿野朗。こんな素晴らしい処世界中捜したって他にねェよ」

ちょっとした感動が、ふたつの影をぎゅっとくっつける。

触ればよく見えるのに、この二の腕の世界で踊ってる彼女が。

 

 

 

風呂に入ってもまだ少し何故か残ってる気がする塩素のニオイ

そして俺はゆっくりと歌い出す

俺の腕の中で愛しく揺れる、彼女の

ニノウデノ世界 の 心地よさ・・・

 

 

 

 西崎様のサイトで踏ませていただいたキリバンでリクエストして頂いたSSその1です。

どうしたらこんなに素敵なSSが書けるのでしょうか(溜息)

 

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