「九角様に申し上げます!」
その館の奥深く、宴を開いていたその館の若き当主は、声のした方を見た。
「なんでぇ、騒々しい」
「も…申し訳ございません。たった今、斥侯が戻りまして、水角殿が討ち死にされたとの
知らせが…」
「何…?」
手にしていた杯を膳に戻して、彼は控えている下忍を見た。
「水角が倒されたと?」
「御意」
「どんな奴にやられた?」
「は、年の頃は十七、八の…学生だと」
「若ぇな」
「今、素性を探っておりますが…」
「まあ、いい。それより耳を貸せ」
「は、何か」
近寄ってきた下忍を当主は一刀の元に、斬って捨てた。
「九角様…」
「水角も一人じゃ寂しいだろうよ。黄泉の旅の供をしてやんな」
物を言わぬ骸になった下忍にそう言って、九角は正面を向いた。
「風角、風角はいるか!」
「御前に」
呼ばれて、暗闇に般若の面が浮かぶ。
「水角が殺られた。お前の方は、どうなっている」
「近いうちに、全ての仕度が整います」
「急がせろ。邪魔が入るとも限らん」
「はっ」
気配が消え、彼は立ちあがった。
「学生か…面白くなりそうじゃねぇか」
軽く笑うと、九角は外に出ていった。
「出かけてくる。留守は任せたぜ」
「はっ!」
それから数日たったある日。九角は新宿の街を歩いていた。
(品川、渋谷と探したが、手がかりは無しか)
何の気まぐれだったのか、彼は水角を倒したという学生を探していた。
「無駄足か、下忍供の報告を待った方がいいかも知れねぇな」
諦めて、戻ろうとした彼は、目の前に眩しい金色の光を纏っている少女を見た。
(なんだ?あの女は)
興味を持った彼は、彼女の方に近づいていった。
その少し前、麻莉菜は、舞子と一緒に、新宿で買物をしていた。
「舞子、嬉しい〜!麻莉菜ちゃんとお買い物ができるなんて」
「あたしも、舞子ちゃんに会えるとは思えなかった」
「うん、院長先生が、特別に半日だけお休みくれたのぉ」
舞子は本当に嬉しそうに笑っていた。
「可愛いお洋服もたくさん買えたしぃ。あ…でも、もう戻らなきゃ」
「え、もうそんな時間?」
麻莉菜が慌てて腕時計を見た。
「舞子、行くけど、麻莉菜ちゃんは、どうするの?」
「食料品がなくなりかけてたから、それだけ買って帰るつもり」
「そうなんだぁ。じゃあ、また遊ぼうね」
舞子を見送って、麻莉菜は歩き出そうとした。
「おい!」
突然、かけられた声に彼女は振り向いた。
「え?」
見知らぬ若者を見て、彼女は戸惑った。
「あの…どなたですか?」
「おまえ、この辺の奴か?」
「ええ…真神の…」
「ふん。ちょっと聞きたい事がある。付き合いな」
麻莉菜を見て、若者はそう言った。
「なんですか?」
麻莉菜は、彼を見上げた。
「真神に強い奴はいるのか?」
「どうしてですか?」
「強い奴を探している。真神の噂は聞いているから、興味があってな」
「…京一君と醍醐君は、強いけど…」
訳がわからずに、麻莉菜が答えた。
「そいつらの事を聞かせな。どこかで食事でもしながら、ゆっくりとな」
その若者は、先に立って歩き出した。
「何か、食いたいものはあるか?奢ってやる」
麻莉菜は、その言葉に首を振った。
「遠慮するな」
「初めて会った人に、そんな事してもらえません…」
「俺が、聞きたい事があるんだ。つべこべ言わず、さっさと来な」
その若者は、麻莉菜の腕を掴んで歩き出した。
(この女、なんでこんな光を纏ってるんだ?一体何者なんだ)
「俺は、九角 天童。お前は?」
「緋月 麻莉菜…です」
麻莉菜は、小声で答えた。
「麻莉菜だな。じゃ、もう一度、聞くぞ。何が食べたい?」
「どうしてもですか…?」
「女は、男の事を黙って聞くもんだぜ」
「…それじゃ…」
数分後、九角は何とも言えない顔をして、手の中のものを見ていた。
「これは…、食い物か?」
「そうですけど…。見たこと無いんですか?」
「ああ、初めて見る」
「おいしいですよ」
麻莉菜は、そう言って手にしたクレープを口にした。
「変わってるな。普通、女って言うのは、レストランとか行きたがるものじゃないのか?」
「あたし…、そういうの良く判らないし、興味も無いから…」
二人は、公園のベンチに座っていた。
「俺の周りにいる奴らは、そうだったな」
そう言って、九角もクレープを食べ始めた。
「…上手いな」
麻莉菜が選んだそれはチーズクリーム味で、甘くもなく、ちょうど良かった。
「それで…聞きたい事って何ですか?」
「お前が知ってる事を教えろ。どんな奴らだ?その二人は」
「京一君と醍醐君の事ですか?」
「そうだ」
「頼りになる人です。強くて…あたしを導いてくれるから…」
「お前の男なのか?」
「ええっと…あの…」
その質問に、麻莉菜の顔が紅く染まる。
「あたしは凄く好きだし…京一君も…あたしの事…好きだって言ってくれてますけど…」
「本当に変わった女だな。お前は」
しどろもどろになりながら、麻莉菜が答えるのを見て、九角は笑った。
「そうですか?」
「ああ、強い奴を見つけるつもりだったが、お前にも興味がわいた」
「九角さんは、どうして強い人を探してるんですか?」
「ちょっと、訳ありでな…」
「麻莉菜!誰だよ、そいつ!」
「京一君…?」
聞こえてきた声に、麻莉菜はベンチから立ちあがり、その声の主の方に駆け寄っていく。
彼女を抱きしめながら、京一は九角を睨みつけた。
「お前、誰だ!俺の麻莉菜に何の用だ!」
「京一君と醍醐くんの事、聞かれてたの」
「俺と醍醐の事?」
麻莉菜の言葉に、京一は不審そうな顔をした。
「うん」
麻莉菜は小さく頷いた。
「おまえ、どこの学校の奴だ」
彼女を自分の背に隠しながら、京一は持っていた木刀を九角に突きつける。
「何の事だ?」
「とぼけんな!大方、噂を聞きつけて、新宿まで来たんだろうが!」
「短絡的な男だな。そのつもりなら、相手になってやってもいいが、俺もそこまで
暇じゃねぇ」
九角は薄く笑って、立ちあがった。
「ま、はっきりしたら、遊んでやるよ」
「なんだと…」
「またな、麻莉菜」
九角は、高笑いを残して、去っていった。
「一体、何だったんだ…」
「京一君、どうしたの?いきなり来たから、びっくりした」
「この前をさしかかったら、嫌な氣を感じたからな。来てみたら、麻莉菜がいたんだよ」
「嫌な氣…?」
「あの野郎のだろうな。麻莉菜、何も感じなかったのか?」
「うん…ただ、とても哀しい氣を感じたの…だから一緒にいたの」
麻莉菜はぽつりと呟いた。
「麻莉菜にしか、判らねぇ事があるのかも知れねぇな」
麻莉菜の髪を梳きながら、京一が言った。
「あたしにしか、判らない事?」
麻莉菜は、言葉の意味が判らずに、首を傾げた。
「何の事?」
自分を見つめる麻莉菜に笑いかけながら、京一は男の去った方をちらりと見た。
「京一君?」
(あいつ、一体何者だ。この近くで見ない奴だったが)
京一の中に不安がよぎった。
「そろそろ帰るか?送っていくからよ」
「でも、まだ買物が残ってるの」
「なんだ。じゃ、付き合ってやるよ」
「うん!ありがとう」
麻莉菜と京一は、公園を出ていった。
「風角も殺られただと!?」
館に戻った九角は、その報告を受けて立ちあがった。
「殺った奴らは?」
「は。この間の者達かと。写真を入手しております」
「見せてみな」
差し出された写真を見て、九角は絶句する。
「おい、本当にこいつらが、水角と風角を殺ったのか?」
「御意」
そこには、麻莉菜や京一、他に数人の姿があった。
「ははっ、こいつは愉快だ。面白くなってきやがった」
「九角様?」
突然、笑い出した彼を見て、下忍は怪訝そうな顔をする。
「こいつらの事を探れ。ただし気取られるなよ」
「はっ!」
下忍が去った後、九角は座り直した。
(面白いじゃねぇか、俺達の企みを阻止できるかどうかやってみるがいい)
九角の笑い声が、夜の闇の中に響き渡っていた。
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