「やっぱり、お式ぐらい挙げさせないといけないわよね」

ショッピングを楽しんでいた二組の夫婦のうち、一組の方の妻があるウィンドーの前に

立ち止まって、そう呟いた。

「どうか、なさいました?」

もう一組の方の妻が、その様子に気づいて、尋ねてきた。

「いえ、あの二人の事ですけど、やはり、お式ぐらい挙げさせておいた方がいいかと

思いましてね」

「そうですね、一生に何度もない事ですし。記念になりますものね」

彼女が見ていたウィンドーを覗きこんで、もう一人も賛成する。

「やはり、時間もない事ですし、私達で進めましょうか?」

「そうですわね。色々と手配も必要ですし」

女性二人は顔を見合わせて、にっこりと微笑みあった。

「これは何…?」

目の前に置かれた白い箱に入ったものを見て、麻桜が恐る恐る聞く。

「ウェディングドレスと白無垢よ。麻桜、サイズは変わってないでしょう?まぁ、

サイズ直しはできるらしいから」

「そうじゃなくて!なんで、こんな時期にこんなものを準備する必要があるのかを

聞きたいんだけど?」

「怒ると子供に障るわよ?」

あっさりと言われて、麻桜は黙り込む。

「やっぱり、お式くらい挙げないと、世間的に格好がつかないでしょ?向こうの

ご両親と相談して、そう言うことになったの」

「母さん、忘れてるかもしれないけど、私達が中国に渡るまで、二週間くらいしか

ないんだけど?」

襲ってくる頭痛を堪えながら、麻桜は問いかけた。

「今日、やっと入籍が出来て、パスポートの申請にもいけたのに」

「それなら、安心なさい。ちゃんと手伝ってくれる娘達を見つけたから」

「え?」

「麻桜様、安心なさって下さい。私達の神社でしたら、何の気兼ねも要りませんから」

「ひ…雛乃ちゃん、どうして…」

突然、聞こえてきた声に、麻桜はその方向を見た。

「麻桜様のお母様からご連絡を頂きましたからですけど…?」

「母さん!勝手にアドレス帖を見たわね!」

彼女は、母親に詰めよった。

「あら、だってどうせ式を挙げるんだから、麻桜達の友人にも集まってもらいたいじゃ

ない。共通の名前を探すのに…」

「京一のも見たの!?」

「ええ、向こうのお母様が調べて下さって」

麻桜はその言葉に絶句した。

「ちょうど、明後日こちらの神社は予定が入ってないって、おっしゃるから」

「心をこめてお世話させていただきますから」

「…」

麻桜が反論する暇もないまま、事態は進んでいっていた。

「なんで、こんな事になったのかしらね…」

白無垢を着て椅子に座った麻桜がぽつりと呟いた。

「あら、麻桜は嬉しくないの?」

横に立っていた世話係役の葵がそう聞いてきた。

「こんなに綺麗なのに」

「本当、あの馬鹿には勿体無いよ」

「小蒔、おめでたい日なんだから…」

「でもさ、京一の子までいるなんて、ビックリだよ。あいつ、手だけは早いんだから」

「あら、私は自然なことだと思うけど。それよりそろそろ時間よ」

「あ…本当だ。じゃ、麻桜。式場の方で待ってるからね」

小蒔はぱたぱたと部屋を出ていった。

「大丈夫?」

麻桜の体調を気遣って、葵が聞いてくる。

「うん…」

「それにしても、こんな事になるなんてね。驚いたわ」

「呆れた…?」

「まさか。麻桜は京一君と幸せにならなきゃ。それだけの事はしてきたんだから」

「…ありがと…」

小さなその呟きを、葵は微笑んで聞いていた。

「さあ、皆が待ってるから行きましょう」

葵に背中を押されるようにして、麻桜は控えの間から祭殿に足を踏み入れた。

共にこの一年を過ごしてきた仲間達が立ち上がって彼女を迎える。

拍手の響く中、彼女は正面に立っている若者の側に歩いて行く。

麻桜が彼の手を取った時に満場の拍手が再び沸き起こった。

厳かに式は行われて、場は披露宴の会場に移った。

自分達を祝うために集まった仲間達を見ながら、ウェディングドレスに着替えた麻桜

は京一に声をかける。

「疲れてるみたいだけど、大丈夫?」

「着慣れねぇもん着たから、肩こっただけだ」

締めていたネクタイを緩めながら、京一は笑った。

「それにしても、麻桜。」

「何?」

京一は隣に座ってる麻桜を眺めた。

「何よ」

「いや、綺麗だと思って…」

「今更、何を言ってんのよ」

麻桜は目の前のグラスを持って、そう言った。

「本当はさ…」

まるで選ぶ様に京一はゆっくりと言葉を綴った。

「出発前に写真くらいって、思ってた。貸衣装でも何でも借りて」

「え?」

「記念になるだろう。それ位なら、俺にも出来る範囲だったからな」

「京一…」

「やっぱり、一生に一度の事だからな」

「それで、この2、3日連絡つかなかったんだ」

何回電話しても、京一と連絡がつかずに麻桜はかなり苛々した日を過ごしていた。

「そっちはお袋たちがやってくれたから、まぁいいんだけどよ」

京一はスーツのポケットから小さな箱を取り出す。

「だからこれだけは俺が用意した」

「?」

「手袋外せよ」

言われるままに手袋を外した麻桜の左手を掴んで、京一は片方の手で箱を開ける。

中に入っていた指輪を麻桜の指にはめる。

同系色の蒼い石が3つはまった指輪は、光に当たって煌いていた。

「京一…結婚した相手に婚約指輪贈ってどうするの…」

「じゅ…順番が逆になっちまったのは謝るけどよ。取り合えず受け取れよ」

京一は、照れくさそうに横を向いて、自分の髪をかきむしった。

「まぁ、京一にしては上出来よ。ありがたく受け取っておくわ」

「お前…もう少し感謝しろよ…」

麻桜の言葉に、彼女の方に向き直った京一は、彼女からの不意打ちのキスを

食らった。

「!?」

「アッ、麻桜おネエチャン、キスしてる!」

それに最初に気づいたマリィが、大きな声を上げた。

「マ…マリィ…」

側にいた葵が慌ててマリィの口を塞いだ。

「せっかくのシャッターチャンスを逃したわ。残念」

カメラを抱えた杏子が悔しそうに言った。

「まったくそう言う事は、二人きりのときにやんなさいよ」

カクテルグラスを持った亜里沙が、二人をからかう。

仲間達の言葉に、二人は瞬間、顔を見合わせて微笑う。

「もうッ!皆が潰れる前に集合写真撮るわよ!」

杏子が号令をかけると、全員が部屋の中央に集まる。

「いい?」

セルフタイマーをセットした彼女が、麻桜の隣に座る。

「あッ!てめぇ、何処に座りやがる!」

「いいでしょう?こんな時くらい。あたしだって、麻桜の横に写りたいもの」

後ろに押し出された京一の文句を一言で封じると、杏子は前を向いて笑った。

シャッターのおりる音がして、フラッシュが光る。

「おーい、そろそろ出発するぞ…何見てんだ?」

「日本で皆と撮った写真」

麻桜はその声に答えると、見つめていた写真をボストンバッグの一番上にしまう。

「ああ、あの時の…」

「まだ、根に持ってる?」

「まさか…あいつらの持ってねぇ写真をたくさん持ってるんだぜ。根に持つ必要ねぇ

だろう」

足元に置いてあった大きめのナップザックを背負うと、眠っている子供を抱き上げる。

「光夏と夏恋もいるしな」

「この娘達だけ?」

「お前が一番に決まってるだろう」

麻桜の肩を抱いて京一はそう言った。

「それより、そろそろ行くぜ」

「うん」

彼らは、住み慣れた家を後にして、日本への帰路についた。

 

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