木漏れ日の中で

 

コツリと額をつけた窓の外は暖かな陽射しが溢れていた。

溜息を一つ吐くと、外の様子を眺める。

「葵?どうかした?」

そんな彼女の様子に気づいた親友が声をかけてくる。

「え?ううん何でもないの。ただ、もうすぐ卒業式だと思って」

「そっかぁ。もうそんな季節なんだね」

「この一年、物凄く早く過ぎたわね」

「そうだね。本当にあっと言う間だった」

彼女の横に並んで、小蒔は笑った。

「もうすぐ、みんなばらばらになっちゃうんだね」

この3年間親しんだ学園とも後数日で別れる事になる。

「この学校と別れるのは辛いけど…皆と会えなくなる訳じゃないからね」

「そうね」

去年の春から始まった出来事は、彼女達の価値観を変えていた。

「龍麻が来てから、本当にいろんな事があったわね」

「でも、ボク、よかったと思うよ。いろんな人達と出会えたし。やりたい事も見つかったしね」

「婦警さんになるんでしょう?小蒔ならきっといい婦警さんになるわね」

「へへっ、ありがとう。そう言えば、龍麻と葵は一緒の大学に行くんだっけ?」

「ええ、学部は違うけど」

「醍醐君もプロレス団体に入る事が決まったって言ってたし…進路が決まってないのは、

京一だけだね」

その名前を聞いたとたん、葵の胸の鼓動が激しくなる。

「さっきも、進路指導の先生に追いかけられてたけど、本当どうするつもりなんだろうね。

この時期に決まってないなんて…」

「京一は京一で考えてるさ」

「龍麻」

背後からかけられた声に、2人は振り向いた。

「心配要らないって。きっと時期が来たら、言うだろう」

「龍麻、何か聞いてるの?」

小蒔が不思議そうに、恋人に聞く。

「少しだけな。一応、相棒やってたからな」

「う〜ん、なんか複雑だけど…、話してくれるのを待った方がいいんだよね」

小蒔は何処か複雑な表情を浮かべながらも、納得した様だった。

「だから、葵も待っててやってくれよな」

「え?」

「あいつは必ず言うからさ」

龍麻の微笑みながらの言葉に、葵の表情が穏やかなものに変わる。

「ええ」

「ボク達、帰るけど、葵も一緒に帰らない?」

「私は、もう少しここにいるわ。気にしないで、2人で帰って」

小蒔の言葉に、微笑みながら、葵はやんわりと断った。

「そう…?じゃ、先に帰るね」

2人を見送ってから、葵は再び窓の外を眺める。

土曜という事もあってか、運動部の部員たちがグラウンドのあちこちで活動していた。

(…)

しばらくその様子を見ていた葵は、思いを吹っ切る様に、机の上の鞄を持つと、

教室を出ようとした。

扉に手をかけた時、反対側から扉が開く。

「!」

「…と、悪ぃ」

扉の向こう側には、京一が立っていた。

「なんだ、まだ帰ってなかったのか?」

「ええ。京一君は、進路指導の先生の話は終わったの?」

「ああ、いつまでも同じ事を言いやがって」

京一は少し不機嫌そうにそう言った。

「美里は用事、まだあるのか?ないなら、一緒に帰ろうぜ」

「ええ」

 

2人は連れ立って、帰路についていた。

途中、さしかかった公園の前で京一は立ち止まった。

「少し寄り道していかないか?話があるんだ」

「…」

葵は黙って、京一の問いに頷いた。

近くで遊んでいる子供達の姿を見ながら、2人は空いていたベンチに座った。

「…ガキの頃ってのは何も考えないで、無茶が出来たよな。真っ直ぐ前だけ見てれば

良かったんだから」

「京一君や龍麻はいつも前を向いてるじゃない」

「でも、ガキの頃のような訳にはいかねぇよ。色んな大事なものが出来てくるからな」

京一はそこで言葉を切って、葵を見つめた。

「何?」

「美里は大事な者の中でも、俺にとっては一番大事な者だから…。黙ってるのは

卑怯だと思うし…」

妙に歯切れの悪い京一を葵は黙って見つめていた。

「俺、しばらく中国に行って来ようと思ってる」

「…そう…」

葵は短く答えた。

彼女の長い黒髪を風が揺らした。

「どのくらいで戻ってくるかも、判らねぇし…待っててくれなんて…」

「待ってるわよ」

京一の言葉に、即答を返す。

「美里…」

「だから、私がお婆さんになる前には戻ってきてね?」

少し戸惑ったような京一に、微笑んで見せる。

「本当に何時帰ってこれるか、判らねぇんだぞ?」

「私、結構しつこいのよ。京一君が『待っていろ』って言ってくれるなら、待ってるわ」

彼の顔を覗きこむと、軽く笑った。

「だから、何も心配しないで、行って来て」

「ああ、行ってくる」

京一はいつもの自信に満ち溢れた表情を、その日初めて見せた。

「だから、待ってろよ」

「ええ」

葵は、静かに頷いた。

「何か、安心したら眠くなっちまった」

京一は、一つ欠伸をすると、葵の膝の上に頭を乗せた。

「き…京一君!?」

「悪ぃ、少し眠らせてくれ」

すぐに静かな寝息が聞こえてきて、葵は微笑んで、彼を見つめていた。

風に舞う紅い髪の毛を静かに指で梳きながら、彼の瞳が再び自分を映すのを待っていた。

暖かな木漏れ日の中で。

 

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