「ねぇ、麻莉菜。インタビューさせてくれない?」
新聞部に呼び出された麻莉菜は、杏子の言葉に眼を見開いた。
「インタビューって、断った筈よ。アン子ちゃん…」
「うん、判ってるんだけど。でも、皆からの要望が凄く強いの。お願い、助けると思って
協力して」
「…でも」
「麻莉菜の事を知りたいって、男子生徒凄く多いのよ。麻莉菜の記事が載れば売上が
倍になるの。写真載せたら3倍にはなるのよね」
「…あたし、そんなにたいした人間じゃないのに…」
「麻莉菜は、自分の事を知らなさ過ぎるわね。今じゃ、美里ちゃんや桜井ちゃんと人気を
分けてるんだから」
「アン子ちゃん…あたしをからかって、楽しい?」
「麻莉菜…私の言う事信じられない?」
「だって、あたしが葵や小蒔と人気分けられる訳ないじゃない…」
「ああ、だって、それは京一が側にいるからよ。麻莉菜に近づこうとすると、あいつに
追い払われてるから」
「なんで、京一君がそんな事するの?」
麻莉菜は本当に判らない様子で、首を傾げた。
「…麻莉菜は知らなくていいの。取り合えずお願い。この質問に答えてもらった後、
それにそってインタビューするから」
「う…ん」
杏子に押しきられる形になり、麻莉菜は小さく頷いた。
「はい。じゃ、話しが決まった所でこれお願いね」
杏子は嬉々とした表情で、紙を麻莉菜達に手渡す。
「これ、何時までに渡せばいいの?」
「出来れば、今書いて欲しいんだけど…」
「うん、判った。机貸してね」
麻莉菜は空いていた机を使って、用紙を埋めていく。
「アン子ちゃん、これでいいかな…」
「もう出来たの?早いわね…って…これ何よ!?」
「駄目なの?」
返ってきたアンケートに目を通した杏子は絶句した。
「駄目って…なんで京一の名前ばかり書いてるの?これで、本当にいい訳?」
「だって、書いた通りだから…」
麻莉菜は少し哀しそうに俯いた。
「あのねぇ、麻莉菜。好きな人が京一ってのは判るわよ。でも、尊敬できる人や
格好いい人が京一ってどう言う事?」
「そう見えない様にしている所…」
「???、あの良く判らないんだけど…どう意味?」
麻莉菜の言葉に、杏子は首を捻った。
「京一君、本当は凄く格好いいの。決して、皆に見せようとはしないけど…」
彼女の表情が嬉しそうなものに変わった。
「優しいし、頼りになるし」
(そりゃ、恋人の麻莉菜に優しくしないで他に優しくしたら、問題でしょう)
その言葉に対して、杏子は心の中で突っ込みをいれる。
「いつも、側で支えていてくれるから…」
麻莉菜はそこで言葉を切った。
「これ…記事になるんでしょう?」
「そうよ。その為のアンケートだから…どうかした?」
「京一君の格好いい所、皆が知ったら困る…」
「?」
「あたしよりもっと綺麗で素敵な人が京一君を好きになったら、あたしかなわないから…」
「あいつを好きになる物好きは、そんなにいないと思うけど…判ったわ。じゃ、詳しい事
は載せない。それでいい?」
「うん…」
麻莉菜は杏子の言葉に頷いた。
「でも、本当に変わってるわよね。麻莉菜ならよりどりみどりなのに、よりによって京一
を選ぶなんて」
「京一君が一番好きなの。だから、いいの」
麻莉菜が本当に嬉しそうに微笑むのを見て、杏子は何も言えなくなった。
「まぁ、麻莉菜がいいならそれでいいわ。インタビュー続けるわよ」
その後、いくつかの質問に答えて、杏子のOKが出たのは夕焼けが空を染め始めた頃だった。
「協力ありがとうね。麻莉菜」
「ううん。役に立てたなら嬉しい…」
「充分、役に立ったわよ。これで新聞の売上がアップする事は間違いないわ。
本当にありがとう。私、これから編集があるから、もう少しいるけど、麻莉菜は
どうするの?」
「京一君、待ってるから帰るね。手伝えなくてごめんね」
「いいのよ、気にしないで。ここからは私の仕事だから」
「頑張ってね…」
背後で、扉が開閉する音がして、麻莉菜が去っていく気配がした。
足音が聞えなくなった時、杏子は回転椅子の弾みをつけて扉の方に回った。
(まったくあんな顔をされたら、何も言えないじゃないの)
本当に幸せそうなほんわかとした笑顔を見せられて、彼女はそれに見惚れてしまっていた。
(泣かせたり、不幸にしたりしたら承知しないからね。京一)
何もかも片付いて、彼女本来の笑顔を浮かべれる日がやっと訪れたのだから、二度と
泣くような事があって欲しくはなかった。
「ちゃんと護りなさいよ」
麻莉菜の側にいつもいる少年を思い浮かべて、杏子はそう呟くと再び机に向かった。
マンションへの帰り道、いつもの公園を通っていた麻莉菜は、賑やかな声を聞いて
そちらの方を覗いた。
そこには京一が何人かの子供達と一緒にいた。
「そうじゃない。竹刀はこう言う風に握るんだ」
彼は子供達に、剣道を教えていた。
(京一君、凄く楽しそう)
邪魔をしないように離れた所からその様子を麻莉菜は見つめていた。
京一も子供達も楽しそうに稽古を続けていた。
やがて、完全に闇に覆われて、子供達は一人二人と帰っていった。
最後に残っていた子供が帰っていった後、京一は麻莉菜のいる方に近づいて来た。
「こら、麻莉菜。何を隠れてるんだ」
「気づいてたの…?」
「麻莉菜がいるのに、俺が気づかないわけないだろうが」
彼はそう言うと、麻莉菜の身体を抱き締めた。
「まったく、こんなに冷たくなるまで見てるんじゃねぇよ。まだ寒いんだからな」
「楽しそうだったから、つい見惚れちゃって…ごめんなさい…」
「謝るなって。俺がもっと気を使ってればよかったんだから」
彼女を宥める様に、ニ、三回頭を撫ぜると、その手を握って歩き出した。
「部屋に戻ったら、暖かい紅茶いれてやるから、それでも飲んで暖まれよ」
「うん」
麻莉菜は嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、京一君。さっき見ていて思ったんだけど…凄く格好良かった」
マンションに戻って、京一の煎れた紅茶を飲みながら、麻莉菜はそう言った。
「あたし、格好いい京一君見るの大好き」
「諸羽みたいな事言ってんじゃねぇよ」
横に座っていた京一は照れたように返事をする。
「だって本当に格好良かったんだもの。凄く生き生きしてて。あたし、もっとそんな
京一君を見てたいな」
「何時だって、見れんだろう。ずっと一緒にいるんだから」
京一はそう言って麻莉菜の身体を抱き寄せた。
「うん、ずっと一緒にいてね」
麻莉菜は、京一の腕の中でそう呟いた。
「当り前だろ、そんな事」
彼はそう言って、麻莉菜の頬に軽いKISSを落とす。
「俺は、麻莉菜がいつまでも見ていたいと思えるように努力するからな」
「あたしも京一君の側にいれるように一生懸命頑張る」
少し恥ずかしそうに、麻莉菜は京一を見つめる。
「約束な」
二人は誓う様にKISSを交しあっていた。
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