IF 閑話

 

「う〜ん、久し振りにいい天気。洗濯と掃除を午前中に済ませて、買物に、行こうっと」

朝、起きた時のあまりの天気の良さに、麻桜はその日のスケジュールを決める。

簡単に、朝食を済ませると、彼女は洗濯と掃除を手早く済ませる。

戸締りをして、マンションを後にした。

真神の前にさしかかった時、ちょうど学校からでてきた京一と諸羽、そしてさやかに出会った。

「あら、お揃いで、どうしたの?」

「こいつがどうしても訓練をつけてくれてくれって言うんでな」

「散々、皆に心配かけたんだから、それ位当然でしょう。霧島君、どんどんこの馬鹿、こき使って

いいからね」

「お前、それが相棒に言う言葉か?」

「さやかちゃんは、どうしたの?」

京一の言葉を綺麗に無視して、麻桜はさやかの方を向き直った。

「今日はオフなので、霧島君がこの後買物につきあってもらう約束をしていて、それで…」

「ああ、それでここにいるのね」

「ええ、麻桜さんはどうして?」

「久し振りにのんびりしようと思ってね」

「じゃあ、ご一緒しませんか?」

諸羽の邪気のない言葉に、麻桜と京一は顔を見合わせた。

「諸羽…お前な…」

「ありがたいけど、遠慮しておくわ。お店が混まないうちに行った方がいいわよ」

「はいッ。じゃ、失礼します」

二人を見送った後、麻桜は京一に近づいた。

「京一?判ってるわよね?」

「ああ、あの影に隠れてる奴らだろ?」

「お友達?」

「なんで、あんな奴らと友達じゃないといけねぇんだ」

京一が凄く嫌そうに言った時、電柱の影から数人のヤクザが姿を現した。

「へへッ、今度はこの前みたいにはいかないぜ。覚悟しな」

「この前のお礼をしてやるからな」

あまりにも芸のない言葉に麻桜と京一は呆れ果てて、彼らを見つめた。

「こんな頭の足りない人間と付き合うと、よけい馬鹿になるわよ。京一」

「だから、付き合ってるわけじゃねぇって…」

京一は溜息をつきながら、持っていた袋から木刀を取り出した。

「女の前だからって、格好つけない方がいいぜ。みっともない姿見せたくはないだろう?」

京一の後ろにいる麻桜を見て、チンピラが嘲笑した。

「下手に逆らうと、その女がどうなっても責任持たないぜ?」

「はぁ?何言ってんだ?お前ら」

その言葉に、彼らは顔を見合わせてから、再び目の前のチンピラ達に視線を戻した。

「あたしをどうするって?」

「俺達で頂いてやるさ。あとでたっぷりと楽しもうぜ」

「…下司…」

「命大事にしろよ、お前ら…」

麻桜の口からは怒りの…京一の口からはうんざりしたような何処か心配そうな言葉が発せられた。

そして、5分後。地面に倒れ伏していたのは、人数に頼ったチンピラ達の方だった。

「で?こいつら、何者?」

「この間、世話になった娘の店に手出ししようとしてた奴ら…親父さんの借金の取立てに来ていて」

「ふ〜ん」

京一の返事を聞いた麻桜は、一人のチンピラを叩き起こした。

「あんた達の事務所は?案内してくれるわよね?」

「は…はい…」

「京一、行くわよ」

チンピラを先に歩かせながら、麻桜は振り向きもせずにそう言った。

「ああ、判った」

彼女のしようとしている事を理解した京一はすぐにその後に続いた。

事務所のあるビルの前に来た麻桜は、かかっている看板を見て、何処かに連絡をする。

「どこに連絡してんだ?」

「ちょっと、ある人にね。口をきいてもらおうと思って…」

「?」

京一が不思議そうな顔をしているのを気にせずに、麻桜は電話を切った。

「さ、行きましょうか?」

古びた階段を昇っていって、突き当たりのドアを勢いよく開ける。

中にいた男達が、いっせいにこちらに向き直った。

「届け物よ。それと組長さんは何処にいるの?」

掴んでいたチンピラの襟首を離すと、麻桜はそう聞いた。

「ああ〜?お嬢ちゃん、寝ぼけてるんか?」

「伝言があるのよ、直接会って言わなきゃいけないんだけど」

「伝言〜?」

「そう、とっても大事な伝言だから、会わせて?」

男達は顔を見合わせた。

「こんな所で、素人の…しかもか弱い女子高生に手を出して、騒ぎになったら、この組、日本全国の

組織の笑い者になるけどいいの?その覚悟があるなら、相手になってあげるけど」

その言葉で、京一が転びかけた。

「いったい、誰からの伝言なんだ?」

「偉い人よ、あんた達が腰抜かすくらいの」

「姉ちゃん、舐めてるのか?」

組員の一人が麻桜の襟を掴もうと手を伸ばした。

彼女は室内を見回して、一番奥の豪華な扉に目を留めた。

「あそこね」

麻桜はゆっくりと歩いていって扉を開けた。

「何やってるのよ」

「いや、信じられない言葉を聞いた気がして…」

「しっかりしなさいよ、来るわよ」

麻桜は飛びかかってくる男達を瞬く間に叩きのめしていた。

「誰が、か弱いんだよ。全く…」

麻桜の半分の人数を片付けていた京一が呆れかえったように言った。

「ほとんど自分で倒してりゃ、世話ないぜ」

「正当防衛でしょう。さてと…組長さんがいるのは…」

「お邪魔します」

室内にいたのは、どうしようもないほどのいかにも『自分は悪者です』と言う雰囲気を出している中年の男だった。

「あなたが組長さん?」

「何の用だい?姉ちゃん」

「どうしても組長さんと話したいって人がいて、電話借りるわね」

麻桜は、テーブルの上に置かれていた電話に手を伸ばして、ダイヤルを押す。

「…あたしです。ええ、お願いします」

電話の向こうと2言、3言話すと、麻桜は受話器を組長に手渡した。

「はい」

「誰だ?一体…!え、いえ。そんな事は決して…は、はい判りました。おっしゃる通りにしますので。

はい、はい。…失礼します」

電話の向こう側の見えない相手に向かって、何度も頭を下げて見せる。

「伝言伝えたからね。それと借金の事は必ず返させるから、無理な取立てはしないでね」

「借金、棒引きにしなくて…」

「借りたものは返させるわよ。それが当り前でしょう。ただし、無茶な取立てしたら…判ってるわよね?」

「わ…判った」

「じゃあ、お邪魔しました」

麻桜は、背を向けて歩き出した。

「一体…お前何者だ…。なんで、あの人が…!!まさか、お前!」

「緋埜 麻桜。ただの女子高生よ」

それだけを言うと、彼女は京一と事務所を後にした。

「待て!こら!!」

起き上がった組員たちが、その後を追いかけようとした。

「やめろ!手を出すんじゃない!」

その組員達の足を止めたのは組長の怒鳴り声だった。

「組長、いいんですか!?コケにされたままで…」

「あの娘には関わるな。下手に手を出せば、この組は日本中の組織を敵に回す事になる。バックも

怖いが、何よりあの娘自身が恐ろしい。いいか?決して手を出すんじゃねぇぞ」

「あの娘は一体何者ですか」

「緋桜のマオだ。名前を聞いたことくらいはあるだろう」

「まさか…あの噂の…」

「そうだ、いいか。2度と関わるなよ。そんな事をしたら、この組なんぞすぐに潰される」

「…」

組長はきつくそう言い含めた。

「せっかくの休日なのに、もうこんな時間」

時計の針が2時を回ってるのを見て、麻桜は溜息をついた。

「どう責任とってくれるの?」

「責任って、お前が首を突っ込んだんだろうが」

「何言ってるのよ。あのまま、いたちごっこを繰り返すつもり?ああいうのはね、元を何とかしないと

駄目なの」

「だったら、借金も棒引きにさせればいいじゃねぇか」

「何言ってんのよ。借りたのは事実でしょう。返すのは当り前じゃないの。そこまで手を出すつもりは

ないわよ」

彼女は京一の方を振り向いた。

「それに、そんな事を望むような人間じゃないでしょう?その人は?」

「あ…ああ。確かにな」

会った事がない筈の那雲摩紀の事を言い当てた麻桜に、少し驚きながらも京一は頷いた。

「それより、京一。少し付き合いなさいよ。あんたの方に付き合ってあげたんだから」

「付き合うって何処にだよ」

「買物よ、食料品の買出し。今日は日曜日だから1週間分まとめて買おうと思ってたのよ。

ちょうどいい荷物持ちが見つかったから助かったわ」

「荷物持ち〜?マジかよ」

「それくらいしたって、バチは当たらないでしょう。あたしは巻き込まれたんだから」

「…どっちかっていうと、お前が首を突っ込んできたような気がするんだが…」

「何か言った?」

麻桜の冷たい視線が京一に突き刺さった。

「いいから付き合いなさい」

手を伸ばして京一の耳を引っ張ると、彼女は歩き出した。

「い…痛てて」

小さな悲鳴を上げながら、彼は引き摺られていった。

麻桜の買物を両手で下げながら、京一はぶつぶつ呟いていた。

「何でこんなに買ってるんだよ。これ、一人で食うのかよ」

1週間分だって言ったでしょう。なんなら夕食食べてく?」

部屋の鍵を開けながら、麻桜は京一を誘った。

「いいのかよ」

「別に構わないわよ。今更気を使うなら、最初から使いなさいよ」

これまでの行いを思い出させる様にゆっくりと言いながら、麻桜は食料品を仕分けしていった。

「それにしても、久し振りにのんびりしようと思ったのに、どうしていつもこうなるのかしらね」

「悪かったな」

居間のソファに座っていた京一は、その言葉を聞いて渋い表情を浮かべた。

「まぁ、あんたの相棒になっちゃった時点で、あたしはあきらめてるからいいけどね。

でも、少しはおとなしくしなさいよ」

「判ってるよ」

ことことと鍋の音が響いている。

「京一、冷蔵庫にビール入ってるから、出しといて」

言われて、京一は立ちあがった。

「相変わらず、酒の種類揃ってるな」

冷蔵庫の中には色々な種類の酒が揃っていた。

「相変わらず、酒が揃ってるな」

「誰が一番飲んでるのよ」

麻桜は、できあがった料理を皿に盛りながら、そう言った。

「酒代だけでも徴収しようかしら」

彼女は、料理を運んで来た。

「人の部屋にきたら、必ず只で飲んでいく人間の方が多いんだから」

料理をテーブルの上に並べながら、麻桜は言った。

「まったくね…休日だからいいけどね」

「休日以外は飲ませてくれないくれによ」

「それ以外に飲みたいなら、自分の家で飲めば?」

麻桜は冷たい言葉を投げかけた。

「明日は学校なんだからね。そんなに飲むんじゃないわよ」

釘をさしながら、麻桜は料理を取り分けていった。

「まあ、こんな休日もいいけどね」

彼女はビールの栓を開けてそう言った。

「休日ね…」

「たいした事も起こらなかったんだからいいんじゃないの」

缶を軽く当てると、麻桜はそう言った。

「たまにはいいけどね。あたしはあんたの相棒になっちゃったんだから、仕方ないって諦めるわ」

「仕方なくかよ」

「出来の悪い相棒の面倒は最後まで見ないとね」

「出来の悪い相棒で悪かったな」

京一は少し拗ねた様に、目の前に置かれた缶ビールに手を伸ばして、飲み干した。

その後、二人は、食事をしながら少し言い争い、笑いあい…いつものように過ごしていた。

やがて、京一は床に転がって眠ってしまい、麻桜は溜息をつきながら、予備の毛布を持ってきて

上から掛けてやる。

(まったく、世話の焼ける…。ここまで、面倒見てやるなんて、あたしもいい加減お人好しよね)

しばらく京一の寝顔を見ていた麻桜は小さく欠伸をすると、立ちあがって、寝室に入っていった。

別々の場所から静かな寝息が聞えて、一つに溶け合っていった。

こうして、二人の少し騒がしかった休日は終りを告げていった。

 

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