「んふふふ」
見事なプロポーションの少女が抱えきれない程の紙袋を持って、新宿の街を歩いていた。
人目を惹きつけずにはいられないその少女はそんなものを気にせず、上機嫌で目的のマンションに入っていった。
受け取っていた鍵を使い、オートロックを解除するとエレベーターで最上階に上がっていった。
角の部屋の呼び鈴を押すと、しばらくたってから京一が顔を出した。
「麻莉菜、いる?」
彼女を見て怒ったような表情を浮かべた彼を気にもせず、いつもの調子でそう聞いた。
「藤咲、てめぇ…今度は麻莉菜に何を吹き込みに来やがった!?」
「吹き込みにとは、ご挨拶ね。あんたが一番喜ぶ事を教えてあげただけでしょう」
「馬鹿野郎!、てめぇが変な事を教えたおかげで、ここ一週間、麻莉菜がぐるぐるして
大変だったんだぞ。あいつに金輪際、おかしな事を教えんじゃねぇ」
「京一君、誰?」
別の声が、奥の方から聞こえてきた。
「気にしなくていいから、寝てろ」
その声に返事を返す少年を押し退けると、彼女は玄関に上がりこんだ。
「麻莉菜、あたしよ。あがっていい?」
「あ…藤咲、てめぇ…」
「亜里沙ちゃん?」
あたふたした気配が、奥の方から伝わってくる。
「ちょっと待ってて。すぐリビングに行くから」
「ゆっくりでいいわよ。それまでこの馬鹿、からかってるから」
笑いながらそう言って靴を脱いだ亜里沙を京一は睨みつけた。
「てめぇ、いい加減にしろよ」
「京一、この部屋の持ち主は麻莉菜なの。その麻莉菜が許可してくれてるのに、あんたに
とやかく言われる事はないの」
「う…」
「ほら、突っ立ってないでどいてちょうだい」
「一体何しに来やがった」
「お礼に来ただけよ」
「お礼?」
「そうよ」
亜里沙は、いつまでも絡んでくる京一に対して、さすがに少しむっとしたようだった。
「亜里沙ちゃん、ごめんね。待たせちゃって」
リビングに出てきた麻莉菜は、扉の所で立っている京一と亜里沙を見て首を傾げた。
「何…してるの?」
「この馬鹿をからかうのが楽しくてね」
「てめぇな!」
「?」
麻莉菜は、不思議そうな顔をしたまま、ソファに座った。
「今日は麻莉菜にお礼をしようと思ってね。持ってきたものがあるのよ」
「お礼?」
麻莉菜も亜里沙の言葉の意味が判らない様だった。
「何の事?」
「やだな。ほら、この部屋の事よ。ただでこの部屋を貸してくれるなんて、本当に助かるわ」
「あ…京一君のお姉さんに頼んでたんだ…」
「何の事だ?」
京一が麻莉菜の横に座ってそう尋ねた。
「春から、この部屋に住む人を探してもらえるように、京一君のお姉さんに頼んでおいたの。
誰も住まないよりも、住んでくれる人がいてくれた方がいいと思って…」
「そういや、藤咲。姉貴の事務所に入るんだったな…」
モデル事務所をやっている姉にせがまれて、亜里沙を紹介した事を京一は思い出した。
「あたしも一人暮らしをしようと思って、部屋を探し始めてたのを祐華さんも知っててね。
それなら、麻莉菜の事を知ってるあたしがここに住んだ方がいいだろうって言ってくれたの」
「それはいいけどよ。麻莉菜のお袋さんの許しは出てるのかよ?」
「うん、あたしが京一君と一緒に行くから、この部屋をどうしようって相談したら、信頼できる
人に貸していいって。それで京一君のお姉さんに聞いてみたの」
「そっか。まぁ、誰かが住んでくれるならその方がいいな」
「亜里沙ちゃんなら、安心して貸せる…」
「ありがとうね、それでね、これお礼って言ったら悪いんだけど、持ってきたのよ。
気に入ったのがあったら着てみてくれない?」
亜里沙はそう言って、持ってきた紙袋を指し示した。
「え?」
「麻莉菜に似合いそうなのを持ってきたのよ」
彼女は嬉しそうに、袋の中身を出してみせた。
瞬く間に居間に服の山が二つ出来あがる。
「亜里沙ちゃん…」
「着せ甲裴あるのよね、麻莉菜って」
「おい…」
全員がその山を見て、言葉を発する。
「でも、こんなに沢山…」
「いいのよ、着ないよりはいいでしょう」
「でも、中国に行くのに、こんなに持っていけないよ…」
「心配しないで、全部、今着る服じゃないから。麻莉菜が帰って来た時に、着る服もあるから」
「?」
「帰って来た時に服がなかったら困るでしょう?」
亜里沙は、山の一つを指差す。
「こっちが、今着れる服だから」
そう言って、彼女は立ち上がる。
「合わせてみようか。」
示した方の服の山を抱えて、寝室に入っていく。
ばさばさっと何かを落とす音が聞こえて、亜里沙の声が聞こえる。
「麻莉菜、早く来なさいよ」
「う…うん…」
その声に応えるように麻莉菜が寝室に入っていった。
(藤咲…クリスマスで味をしめやがったな…)
一人残された京一は、ソファに座り直しながら、閉じられた扉を睨んでいた。
「亜里沙ちゃん、これ…おとなっぽすぎるよ」
自分が着せられた服を鏡に写しながら、麻莉菜がそう言った。
「大丈夫だって、いつも可愛らしい服ばかり着てるから、そう思うのよ」
他の服を選びながら、亜里沙はそう答えた。
「馴れれば何でもないって」
亜里沙は鼻歌混じりにコーディネートをしていく。
「さ、次はこれね」
「まだ、あるの…?」
もう既に10着以上着替えされている麻莉菜が少し疲れたような口調で言った。
「何言ってるの。おしゃれするのに手間なんて惜しんじゃ駄目よ」
有無を言わさず、麻莉菜を着替えさせる。
「一番似合う服が見つかったら、それを着て京一と街に出てらっしゃいよ。留守番してて
あげるから」
「京一君と?」
「ゆっくり、デートしてらっしゃい。せっかくの休みなんだから」
「亜里沙ちゃん…。もしかして、最初からそのつもりで?」
「馬鹿ね、休みの日に家の中にいてもしょうがないでしょう。せっかく、こんなにいい天気
なんだから」
「うん」
麻莉菜は納得した様に頷いた。
京一が見ている扉が開いて、まず亜里沙が出てきた。
「終ったのかよ」
「惚れ直す事間違いないわね」
亜里沙はそう言って、ソファに座った。
「心配なら、見てきたら?」
その言葉に立ちあがりかけた彼の前に、麻莉菜が姿を現わした。
濃いグリーンの襟元まで詰まったワンピースを着た彼女は、真っ直ぐに京一を見つめていた。
「似合う…?」
「ああ、何時もと感じが違うけど、良く似合ってる」
安心させる様に、笑ってみせる。
「嬉しい…」
少しはにかんだように笑うと、麻莉菜は亜里沙の方に振り向いた。
「ありがとう…亜里沙ちゃん」
「喜んでくれて良かったわ」
「あ、お茶入れるから飲んでね。昨日作ったケーキもあるから」
麻莉菜はキッチンの方に走っていった。
「そんな気を使わないで」
彼女の後姿を見ながらそう言った亜里沙は、すぐに京一を睨みつけた。
「あんたは、もう少し気を使いな」
突然、襟元を掴まれて、耳元で囁かれた言葉に、京一は驚いた様に彼女を見た。
「何の事だよ」
「麻莉菜よ、同意の元だろうけど、見える所に痕をつけるのはよしなさいね。
そのくらいは考えてやりなさい。本人気づいてないみたいだけどね」
「!」
言われた言葉に、京一は焦って立ち上がりかけた。
「お…お前…なんで知って…!見たのか!?」
口をパクパクさせてる彼を亜里沙は呆れた眼で見つめた。
「あんたねぇ、麻莉菜の着替えを手伝ったのが誰だと思ってるのよ」
言いながら、亜里沙は服を着替えさせようとした時の事を思い出す。
「さぁ、どれから着てみようか?麻莉菜、気に入ったのはある?」
服をベッドの上に並べながら、亜里沙は、そう聞いた。
「…」
「…?どうしたの?」
返事のない事に気づいた彼女は、振り返って麻莉菜を見つめた。
「まだ、脱いでなかったの?」
彼女は先程から大きめの綿のトレーナーの上下を身につけていた。
「なんなら、手伝ってあげようか?」
「…!いい!一人で出来るから!」
麻莉菜は慌てた様に、亜里沙から離れると着替え始めた。
「おかしな娘ねぇ、何を慌ててんのよ」
その様子を見て、亜里沙は疑問に思いながらも服選びを続けていた。
(おかしいと思ったのよね。いつもなら、あんな風にからかうとたいがい固まってたあの麻莉菜
があんな反応をするなんて…)
「麻莉菜,一応これが最後の服だからね」
少し満足した亜里沙が差し出した服を受け取りながら、麻莉菜は頷いた。
「うん」
さっきまでと同じように、少し離れた所で彼女は着替え始めた。
「ねぇ、なんでそんな離れた所で着替えてるの?女同士で恥ずかしがる事もないでしょう」
不思議そうな亜里沙の問いかけに、麻莉菜は慌てて振り向いた。
「だ…大丈夫」
渡された服を慌てて着ると、麻莉菜は背中のファスナーをあげようとした。
「手伝ってあげるわよ。何してるの」
彼女の背後に回った亜里沙は、ファスナーに手をかけた。
微かな音をたてて、ファスナーを上げた時、麻莉菜の首筋に紅い痕を見つけた。
(…!)
それが何かすぐに理解した亜里沙は、麻莉菜から離れて、彼女の姿を眺めた。
「うん、これも似合ってるけど。やっぱり、今の季節考えるとこっちの方がいいわね。
こっちの方にしようか」
そう言って、グリーンのワンピースを差し出した。
「京一だけじゃなく、街を歩いてる男も振り返る事間違いないわね」
「あたし、別に…そんな事…」
「まぁ、たまにはいいじゃないの。あれはあれで快感なんだから。さ、早く着替えて」
「うん…」
「あたし、向こうの部屋に行ってるからね」
麻莉菜を残して、亜里沙は居間に戻ってきた。
「まったく…今日はいいけど、明日からどうするのよ。消えるまで休ませるわけ?」
亜里沙の言葉に京一は顔を紅くする。
「…明日から一応自由登校だから、問題はねぇけど…」
彼はガシガシと頭をかいた。
「麻莉菜は成績いいものね、誰かと違って」
「放っとけ」
「何の話してるの?」
暖かい紅茶と切り分けたケーキを運んで来た麻莉菜がテーブルの上に食器を置きながら。
そう尋ねた。
「この馬鹿に、デートコースの伝授をね。いつも同じ所じゃつまらないでしょう?」
亜里沙は目の前に置かれたティカップに手を伸ばした。
「楽しんでらっしゃいな。少し位遅くなっても構わないから」
「ありがとう、亜里沙ちゃん」
何も気づいてない麻莉菜は嬉しそうに笑った。
一時間後、麻莉菜と京一は、マンションの玄関に立っていた。
「じゃ、ゆっくり遊んでらっしゃい。留守番はちゃんとやっておくから」
亜里沙が二人を見送った。
「冷蔵庫に入ってるもの自由に使っていいから…それと誰か呼んでもいいよ」
「そんな事を気にしないで、麻莉菜は楽しんでらっしゃい。京一、ちゃんとエスコートするのよ」
「判ってるよ」
麻莉菜の背後に立ちながら、京一はそう返事をした。
「じゃ、行ってきます」
亜里沙にそう言って手を振ると、麻莉菜は京一と出かけていった。
「まったく…」
その後姿を見ながら、亜里沙は小さく溜息をついた。
(世話が焼けるったら…あの二人らしくていいけどね…)
マンションの部屋に戻りながら、彼女は部屋の中の服を思い出す。
「さーて、どうやって仕分けしようかしら。持って行きやすいようにしないとね」
彼女は楽しそうにこれからの作業に思いを馳せた。
「たっぷり時間もあるし、ゆっくりとやろうかしらね。」
楽しそうな笑みを浮かべながら、パタンと扉を閉める。
この部屋の主が戻ってくるまで、まだ時間がある事を確認してソファに座りこむ。
(それにしても麻莉菜が首から下げてたのは、何だったのかしらね)
皮紐から不自然に下げられた皮の小さな袋。中身を尋ねても恥ずかしそうに笑ってるだけだった。
「新しい楽しみが増えたって事にしときましょうかね」
彼女の口元に新しい笑みが浮かぶ。
そして、テーブルの上に置かれていたカップに手を延ばした。
新たに思いついた企みをどうしようかとゆっくりと考えながら、のんびりと彼女達が帰ってくる
まで楽しそうに時を過ごしていた。
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