相談編

 

その骨董店を、彼女達が訪れたのは、秋も深まり始めた土曜の昼下がりだった。

「やぁ、いらっしゃい。もう、彼らが来て待ってるよ」

自分達とさほど年の変わらない若い店主は、奥を示してそう言った。

「悪いわね。場所を提供してもらって」

「何、別に構わないよ。密談をするなら、君の家より、ここの方が適している

からね」

彼−如月 翡翠−は、そう言いながら、表の札を『休業中』のものにかけかえる。

「あがってくれ。飲み物を用意してすぐに行くよ」

その言葉に従って、彼女らは奥の座敷に入っていった。

そこには、学生服を着た巨漢の若者と金髪の外人が座っていた。

OH!アミーゴ、久しぶりね。元気してマスカ?アオイも元気でしたか?ボク、

アオイに会えなくて、寂しかったネ」

そう言って、同じセーラー服を着た少女のうち、おとなしそうな美少女に、

抱きつこうとした外国青年の襟首をもう一人の若者が、その巨体に似合わない

素早い動きで捉まえる。

「醍醐君、ナイス」

「離すネ、ダイゴ。ボクとアオイの邪魔をどうしてスル?キミにはコマキが

いるのに、他にも手を出すのは良くないネ」

「お前や京一と一緒にするな」

「キョ−チと一緒にされるなんて、ボク、心外ネ。ボクあそこまでヒドクないネ」

自覚があるのかないのか、判らない言葉に、葵ともう一人の少女―麻桜―が

溜息をつきながら、畳の上に座った時、一番幼い少女がアランの前に行って、

彼を見上げると無邪気に笑いながら言った。

「アラン、そ―いうの、五十歩百歩とか、同病相憐れむとか言うんだよ」

何の含みもないその言葉に、一同は静まり返り、少女―マリィ―を見つめた後、

爆笑の渦が起こる。

「マリィにまで言われたら、お終いよね」

「言い得て妙だな」

「アラン、マリィに日本語習った方がいいんじゃない?」

「アミーゴまで、ひどいね」

「楽しそうだね。何の話をしてるんだい?」

人数分の飲み物を持って座敷に来た翡翠が、逃げようとしたアランの襟首を

捉まえながら尋ねた。

「離すネ。ヒスイ!」

「いい加減にしないか!今日、何の為にここに来たんだ!?」

ジタバタと暴れるアランの身体を畳に押さえつけると、翡翠は諌めた。

「もし、他の連中が来たらどうするんだ?」

「そうね。聞かれたら困る話もあるし…」

麻桜は、真顔に戻ってそう言った。

「さっさと済ました方がいいわね」

彼女は、集まった仲間の顔を見回した。

「みんな、どれくらい『あの刻』の事を覚えてる?葵は、殆ど覚えてるって

言ってたよね。醍醐君は?」

「俺は、切れ切れしか覚えていない。九角を倒した事は覚えているが、

それ以外ははっきりしないな」

「アランは?」

「ボクはほとんど覚えてナイネ。闘いが終わってすぐに帰ってしまったカラ」

「マリィも殆ど覚えてないよ。夢で見るくらい」

「麻桜は、どうなんだ?」

「あたし?あたしは、ほとんど覚えてるかな。九角にどんな扱いを受けたの

かも、どんな最期を迎えたかもね」

何事もなかったように、あっさりと言う麻桜の言葉を聞いて、葵が小さな悲鳴

を漏らす。

「でも、まぁ昔の事だし、今のあたしには関係ないけどね」

麻桜は、葵の様子を見て笑った。

「『あの刻』は『あの刻』か。まったく、君らしい意見だな」

翡翠が、その言葉を聞いて、軽く笑った。

「だって、そうでしょう?昔に拘ってたって、しょうがないじゃないの」

「確かに、そうだな。九角は倒れたんだし、気にしてもしょうがないな」

「覚えていても、仕方ない事だけど、記憶がある以上は、しょうがないわね。

皆揃って、記憶喪失になる訳にもいかないし」

「アミーゴ、言う事過激ね」

アランが、麻桜の言葉を聞いて、からかう様に言った。

「そうよね、これ以上、何もないかもしれないし、私達しか覚えていないなら、

皆に知らせる必要は無いってことよね」

葵も、少し落ち着いた様で、何時もの口調に戻っていた。

「そうだな。必要があるならともかく、闘いが終わった今は関係ないだろうな。

全部を思い出さないなら、必要ないという事だろう。全員が思い出した訳でも

ないからな」

「如月の言う通りだな。俺達は、俺達の生を生きるべきかもしれない」

「そう言う事。これ以上、話し合っても時間の無駄よね。それより、旅行の

お土産持ってきたから、宴会でもやらない?」

麻桜は持ってきた紙袋の中から、土産を取り出した。

「いいね。せっかく集まったんだ。ゆっくりしていくといい」

彼らは、夜更け過ぎまで、宴会を行っていた。

皆が眠りについた頃、麻桜は一人で庭に降りた。

「…」

「眠れないのか?」

突然、背後からかけられた翡翠の声に驚きもせず、彼女は振り向いた。

「ちょっと、気になる事があって…」

「なんだい?」

「どうして、『彼』だけいないのかなって…」

「…ああ、君は知らないんだったね」

「何を?」

「あの時、『あいつ』を殺したのが、『彼』だと言う事を…」

「え?」

信じられない事を聞いて、麻桜の表情に驚愕の色が浮かぶ。

「嘘!だって、彼は、幼馴染だったのよ。あたし達の!なのに、どうしてそんな事を」

「いいえ、事実よ」

「葵?」

静かに語られた葵の言葉に、麻桜は形のいい眉をひそめた。

「あなたがいなくなった後、幕府は私達を殺そうとしたの。そしてそのやり方に、

絶望した『彼』は、幕府に刃を向けた。そして、止めようとした彼を手にかけたの」

「じゃ…そのせいで、『彼』は…?」

葵の言う二人の『彼』と言うのが、誰の事をそれぞれ指しているのかを理解して、

麻桜は問い続けた

「それは判らない。『彼』が僕達と同じ様に、転生してるならば、君の側に

いないのは不自然だ。何よりも君の事を大事に思っていたはずだからね。

それこそ『あいつ』に負けない位」

「転生していない可能性の方が高いわね」

翡翠と葵の言葉に、麻桜は少し考えこんだ。

「でも…彼ほどの《力》があって、どうして、闇に落ちるような事…」

「それほど、麻桜の事を大事に思っていたのよ。いつも…」

「僕達には、『彼』が何を考えていたのかは、判らない。たぶん、『あいつ』も

判ってなかったと思うよ」

「それは、無理よ。『あいつ』にそんな高等技術があるわけないじゃない。

『彼』の方がそう言う事には向いていたわ。」

「君の毒舌は、いっそう磨きがかかった様だね。あの頃よりも」

「状況が違うわ、あの頃とはね。あたしは、あたしとして生きている。

それが何よりも大きな違いだと思うわ」

「君は、あの頃を悔やんでいるかい?」

「まさか。言ったでしょ。悔やんでなんかないって。それにあの時はやれる事

を精一杯やったんだしね」

麻桜はそう言って笑った。

「強いな、君は」

「あたしを誰だと思ってるの?」

「緋埜 麻桜だろう?」

「判ってりゃいいわ」

麻桜は、軽く笑った。

「夜も遅いし、そろそろ寝ようか。明日、如月君は買い付けに行くんだっけ?」

「ああ」

部屋に戻りかけた麻桜は、思いついた様に足を止めた。

「そうだ、一つ調べて欲しい事があったんだ。九角を倒した後、何か別の気配

を感じたの。《力》の持ち主が他にいるのか、調べてくれない?」

「…判った」

漠然とした依頼だったが、翡翠は承諾した。

「何か判ったら、連絡するよ。それでいいかい?」

「お願いね。まだ、何かあるなんて思いたくもないけど、用心するに越した事

はないから」

「気を抜かない方がいいだろうな。たぶん、君の選択は正しいよ」

「じゃ、お願いね。そうだ、明日の朝は期待してなさい。あたしと葵、マリィ

でとびきりの朝食作るから」

「楽しみにしてるよ。それじゃ、お休み」

翡翠は、先に部屋に戻っていった。

「麻桜…」

「なぁに?葵」

「まだ…終わってないのかしら?」

「それを調べてもらうんじゃない。大丈夫、あたし達なら、何があっても

乗り越えられるわよ」

同じ様に重い宿星を背負う少女の問いに、麻桜は笑ってみせる。

「心配なんて要らないよ」

障子を開けて、寝室に指定された客間に戻り、用意されていた布団に潜りこんだ。

「今までだって、切り抜けてきたんだから」

「…不思議ね…。麻桜が言うと、本当にそうなるような気がするわ」

「あたし達で、そうしていくんでしょう」

「そうね」

静かに寝ている義妹の布団を直しながら、葵は微笑んだ。

「きっと、みんながいれば大丈夫ね」

「当り前でしょう」

麻桜は、葵の方を見て笑った。

「さってと、そろそろ寝ようか?明日の朝は早いし」

「そうね」

麻桜は、葵の返事を聞いて灯りを消した。

「お休み」

「お休みなさい」

三つの静かな寝息が室内に流れて来た。

やがて、もっと大きな波が彼女達を飲みこもうとして、力を蓄え始めている。

今はその事を誰も知らずに、与えられた一時の平穏の中で過ごしていた。

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