「なぁ、麻莉菜。お前の部屋に泊まりにいっていいか?」

「え?今日?」

「いや、今日だけじゃなくて…。その…心配なんだよ。お前がちゃんと眠ってるかどうか。

勿論、寝室には入らねぇし、だから…」

数日後、一緒に帰っていた麻莉菜に、京一がそんな提案をした。

「でも…京一君の家族の人が心配するよ?」

「それは心配しなくていいって。俺が一月以上家に帰らなくても、別に心配なんて

しやしないんだから」

「だったら、構わないけど…」

「俺は一度帰ってから荷物をまとめて来るから、先に帰っててくれよ。すぐに行くから」

「うん」

京一と別れて、帰ろうとした麻莉菜は何か思いついたように走ってきた。

「買物に行ってるかもしれないから、これ…渡しとくね」

鞄の中から、鍵を取り出して、京一に手渡す。

「留守だったら、部屋に入って待ってて」

「いいのかよ?」

「うん、だって食料品、なくなりかけてるから買っておきたいし」

「そっか…だったら、待ってろよ。荷物持ちくらいしてやるから」

「判った…」

「一時間くらいで、行くからな」

言葉どおり、京一は一時間しないうちにやって来た。

「随分、早かったのね?」

「また、必要なものは取りに行けばいいしな。取り合えず、いるものだけ持ってきた」

手にしていたスポーツバッグを床に置きながら、京一は言った。

「買物行くなら、暗くならないうちに行こうぜ」

「うん!」

2人は連れ立って、食料品を買いに出かけた。

「ねぇ、京一君、今度の日曜日…時間ある?」

ビニール袋一杯の食料品を抱えながら、麻莉菜がそう聞いた。

「日曜日?別に今の所、予定はねぇが」

「あの…ね、一緒に来てもらいたい所が…あるの。いい?」

「構わねぇけど…何処に行くんだ?」

歯切れの悪い麻莉菜の言葉に、京一が尋ね返す。

「旧校舎に入ろうと思って…」

「え?」

「ほら、あそこは一人で入れないから…」

「判った、一緒に行こうぜ」

(ここ何日か考えこんでたからな)

京一は、麻莉菜をちらりと見た。

「気が済むまで付き合ってやるから、一人で行ったりするなよ」

「うん…」

「なんなら、皆にも声かけるか?」

その言葉に、麻莉菜は首を横に振った。

「皆…忙しそうだから…」

(ああ、そうか。進路指導がもうすぐあったな)

京一の頭の中に、まだ進路の心配のない高2や高1の仲間の顔が浮かんだが、麻莉菜の

顔を見て、その後、何も言わなかった。

(強くならなきゃ…。何があっても負けないように…。皆を危ない目に合わせないように

しないと)

この前の事件で何も出来ずに、蹲る事しか出来なかった自分が、麻莉菜は悔しくて、

仕方なかった。

(せめて皆に迷惑かけないようにはしたいし…)

まっすぐ前を見つめる麻莉菜の手を京一は握り締めた。

「なぁ、麻莉菜。一人で何処かへ行ったりするなよ?」

「え?」

「お前がいなくなるのは嫌だからな」

「京一君もいなくならないでね」

「ああ、約束する」

京一は握り締めた手に力を込める。

「もう、二度と黙っていなくなったりしねぇから」

「うん…、ありがとう」

麻莉菜は静かに頷いてまた歩き出した。

 

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