咆 吼
上野寛永寺の門前には、他のメンバーが既に集まっていた。
「おっそいぞ。麻莉菜!」
槍を携えた雪乃がそう言った。
「待ちくたびれちゃったわよ」
髪の毛をかきあげながら亜里沙がそう続ける。
「まぁ、真打ちは最後に現れるってのが常套だがよ。それにしてもゆっくりしたご登場だな」
「私達を束ねているのですから、それくらいの大物でなければ困りますよ。村雨」
村雨と御門がいつもの調子で語る。
「麻莉菜、いつもの調子でいいんだよ」
「僕らは、君の側にいるからね」
そう言ったのは如月と壬生。
「自分達の護りたいもんを護るだけやからな。麻莉菜はんは好きなように行動しい」
「僕達も負けないように頑張りますから」
笑顔を浮かべながら劉と霧島が言った。
それ以外の仲間も、笑いながら麻莉菜を見つめていた。
「あ…」
自分を取り囲む仲間達を麻莉菜は見回した。
「ありがとう、皆。あたしに何処まで…出来るかなんて…判らないけど…。精一杯頑張るね。
これを最後の闘いに出来るように…」
ゆっくりと語られるその言葉に、彼らは頷いた。
「まぁ、余程の無茶をしない限り、俺らは止めないから。好きなようにすればいいさ」
自分の背中を叩いて、京一がそう言うのを聞いて、麻莉菜は振り向いた。
「うん、ありがとう」
そして、自分達を待ち受ける敵がいる境内に向かって歩き出した。
「かなり瘴気が強いな」
境内に踏み込んだ京一は、溢れだす霧に顔をしかめた。
「油断しない方がいいな。何処に敵が潜んでるか判らんぞ」
醍醐の言葉に、緊張が走る。
「上等じゃネェか。返り討ちにしてやろうぜ」
そう言って、京一は襲いかかってきた鬼を叩きのめした。
「それしかないようだな」
「できるだけ、無視して。柳生と渦王須を倒せば、鬼は消える筈よ」
麻莉菜の言葉に、彼らの視線が彼女に集まる。
「余計な体力を使う必要はないと言う事ですね」
御門が制服のポケットから何枚かの符を取り出して、呪を唱えて、式神を放つ。
「うふふ〜。ミサチャンにも任せて〜」
最後尾にいたミサが召還した魔物が鬼達に襲いかかった。
「柳生は、本殿近くにいるようですね」
戻ってきた式神の報告を聞いた御門が麻莉菜に告げる。
「どうしますか?麻莉菜さん」
「…」
決断を任せられた麻莉菜は、僅かに下を向き、すぐに顔をあげた。
「みんなで最後の決着をつけよう。…正面突破して、柳生の所に…。あたしが道を開くから…」
その言葉を聞いた劉が少し複雑な表情を浮かべた。
「…麻莉菜。俺と劉も先陣を張るぜ。いいだろう?」
「え?」
その表情を見た京一が麻莉菜にそう言った。
「俺と劉も柳生に言ってやりたい事があるしな。いいな?劉」
「おおきに!蓬莱寺はん、ほんまにおおきに!」
劉の表情が一瞬にして明るくなった。
「それじゃ、行くぜ!」
京一は地面を思いきり蹴って走り出した。
「来たか。『陽の器』」
本殿の前に立っていた柳生が麻莉菜の姿を認めて薄く笑った。
「覚悟しろよ、しっかり引導渡してやるからな」
最初に彼の前に辿りついた京一は、木刀を構えた。
「もう既に『陰の器』は覚醒の最終段階に入っている。お前達の為すべき事はないのだ」
本殿の階段をゆっくりと降りながら、柳生はそう言った。
「そこで、自分達の無力さを思い知りながら、死んでいくがいい」
彼は日本刀を鞘から引き抜いた。
鈍く光る白刃が麻莉菜に向けられる。
「さぁ、誰から死への旅路に出る?それ位の希望は適えてやろう」
「ふざけんな!」
京一は、麻莉菜と柳生の間に割りいって、日本刀を弾き飛ばした。
「死への旅路に出るのはてめぇだ。てめぇの思い通りにしてたまるかよ」
「わいの村を滅ぼしたおとしまえ、きっちりつけてもらうで」
劉も前へと進み出る。
「愚かな…」
二人を見つめた柳生が自分達の背後を見ながら笑うのを見て、麻莉菜は慌てて回りを見回した。
「京一君!劉君!駄目!」
背後から襲いかかってきた白刃から、二人を護るように地面に突き飛ばし、同じように麻莉菜
も身を伏せる。
「うわっ!?」
「な…なんや!?」
いきなり突き飛ばされた二人が顔をあげた時、目の前にいた柳生の姿が消えていた。
「!?」
「麻莉菜!?」
「くっ…!」
京一と劉が麻莉菜の方を振り向くと、彼女は自分の首元に突きつけられた日本刀をなんとか
両手で押さえこんでいた。
「麻莉菜!」
「卑怯な真似しくさりおって!」
柳生に切りかかった劉が、彼の手の一閃で弾き飛ばされる。
「劉!」
「劉君!」
「そこでおとなしくしてろ」
「ふざけるな!」
京一の木刀を握る手に力が篭る。
「俺の女に汚い手で触るんじゃねぇ!」
その一閃に、柳生の体勢が少し崩れる。
「てめぇは、麻莉菜を傷つけやがった。それだけでも、俺は許せねぇんだよ!」
その隙を見逃さずに、京一が麻莉菜の腕を引っ張って立たせる。
「それにな。わいの村を滅ぼしおったやろ。死んでった皆の仇、きっちり取らせてもらうで」
「客家の村の生き残りか。俺に適うとでも思っているのか」
柳生はすぐに体勢を整えて、劉の言葉を一笑した。
「人間が俺を倒せるとでも思ってるのか」
「お前だって、人間だろうが!」
「俺をお前らと一緒にするな。俺は『黄龍の器』を支配して、この世界の覇者となるのだ」
「そんなものに…なってどうするの?世界を支配して…どうしようって言うの?」
麻莉菜が京一の前に出て、柳生を見つめた。
「一人の人間に支えきれる物でもないでしょう」
「俺が作るのは混沌の世界だ。強者が弱者を支配する世界。素晴らしい世界だと思わないか?」
「…そんな事思わない…、生きるものにそんな順列がつけれるなんて思わない!」
彼の言葉を聞いた麻莉菜の《気》が急激に変化する。
「あなたは何処かで間違った道を選んでしまったんだね。その為に、大勢の人が傷ついて…」
麻莉菜はゆっくりと《気》を高めた。
「あたし達は、そんな事を許せない…。だから、あなたを倒すよ」
麻莉菜は拳を柳生にぶつけた。
「全てを終らせるために」
「お前らの希望など適う訳がないと知るがいい!」
麻莉菜に向かって柳生の刃が振り下ろされる。
「あたし達に出来るのは一つだけ…あなたを倒して、世界を正常に戻す事!」
麻莉菜は迷う事なく、柳生を倒すための拳をふるっていった。
乱戦を制したのは麻莉菜。
「あなたの考えを世界は受け入れたりしない。どんな事があっても」
それだけを言い残し、彼女は本殿の階段を駆け登っていった。
「劉、止めをさしてやれ」
彼女の後姿を見ながら、京一は劉にそう言った。
「お前がそれをやれば、少しは村の人の無念も晴れるだろう」
「…」
劉は青竜刀を振り上げて、動きを止める。
「どうした?」
「…止めとくわ。こないな奴、殺したかて、村の皆は喜ばへん。そんな価値すらない相手や」
持っていた青竜刀を降ろして、彼が言うのを、京一は笑って聞いていた。
「よし、じゃ、先に麻莉菜の手助けをして来い」
「蓬莱寺はんはどないするんや?」
「俺はする事があるからな」
「判った」
劉は、麻莉菜の後を追っていった。
一人残った京一は、倒れている柳生を冷ややかに見つめて、刀を向けた。
「麻莉菜や劉が許しても、俺は貴様を許さねぇ。お前は麻莉菜を傷つけた。それにお前が
全ての元凶だ。麻莉菜を苦しめて泣かせた報いは、命で償ってもらうぜ」
それだけを言うと、彼は柳生の心臓に目掛けて刀を振り下ろした。
刀をゆっくりと抜きさった彼は刀についた血しぶきを拭くと、すぐに麻莉菜達の後を追って
いった。
「あなたが渦王須…」
目の前の青年に麻莉菜が呼びかけた。
「柳生の呪縛から、解放してあげる。もう、普通の人として生きていいんだよ。誰にも
縛られる事なんてないんだから」
自分の目の前に、立っている青年に麻莉菜はゆっくりと話し続ける。
「ね、もう、あたし達は自由になっていいはずだよ…。自分の思う通りに…!」
語りつづける彼女に向かって、渦王須が突然攻撃を仕掛ける。
「!麻莉菜はん!」
走りこんできた劉が咄嗟に麻莉菜を抱き止めた。
「大丈夫か?」
「あ…ありがとう…劉君」
「ええって、それよりあいつが渦王須…『陰の器』なんか?」
「うん…」
「あいつ、説得するのは無理や。半分暴走しかかっとる」
麻莉菜の腕を掴んだまま、攻撃の範囲外に逃げた劉がそう断言した。
「そんな…」
その言葉に麻莉菜は絶句する。
「麻莉菜はんが辛いのは判るんやけど、あいつの事思うんやったら、止めさしてやるんが
情けやで。このままやったら、柳生の呪縛から逃げる事できへん」
「…判った…」
その言葉に、彼女は真っ直ぐに顔をあげる。
「最後の決着は、あたしがつける…。劉君、京一君、見ててね」
麻莉菜は、ゆっくりと渦王須の前へと歩いていった。
「終わりにしてあげる…。あなたの呪縛を解くのは、あたしの…『陽の器』の役目だと
思うから…」
彼女の拳に、気が集まっていく。
「むりやり、背負わされて苦しかったよね…もう、何も気にしなくていいよ。あたしが全て
背負ってあげるから」
彼女のすべての《力》が渦王須にぶつけられた。
「麻莉菜!」
駆けこんで来た京一や仲間の前で、眩しい光が溢れる。
「きゃあ!」
全員が、その眩しさに目をつぶった。
「う…」
最初に、意識を取り戻して、起き上がったのは麻莉菜だった。
「ここは…?」
暗闇の中にいくつもの色とりどりの珠が浮かぶ空間に、彼女達はいた。
「京一君、皆!起きて!」
麻莉菜の声に、全員が起き上がる。
「ここは?」
「う…」
「判らない…」
彼らの問いに、麻莉菜は首を横に振った。
「判らない…」
「あ!あれは…!」
珠に護られるように黄龍が姿を現わした。
「黄龍…」
「なんだって?」
麻莉菜の言葉に、全員の視線が宙に浮かぶ龍を見つめる。
「あれが…渦王須かよ…」
「渦王須が黄龍に変わったっていうの?」
「多分、柳生が何らかの術を渦王須に施したのでしょう。龍脈を支配しやすくする為に」
龍を見つめながら、御門はそう言った。
「どうすれば…止められるの?」
「…恐らくあの宝珠が何らかの力を与えていると思われます。ですから…」
「壊せばいいのね?」
「そうです」
「時間がない…急ごう、みんな」
「あの宝珠はそれぞれに属性があります。属性を考えて攻撃してください」
「ありがとう」
御門のその言葉に、麻莉菜は宝珠を見つめた。
「あの色が、属性を現わしてるなら…」
「赤の宝珠は、俺と如月で分担する」
「じゃ、青い宝珠はボクとマリィで何とかするね」
小蒔が弓の張り具合を確かめながら、そう言った。
「黒の宝珠は…」
麻莉菜が属性を見極めようと、黒の宝珠の方に向き直った時、突然黄龍が火を噴き出した。
「!」
「麻莉菜!」
彼女は、慌てて飛びのいた。
「間隔を置いて、攻撃してくるようですね。射程圏内に入ると危険ですね。それも注意
して下さい」
「そう言う事は早く言えよ!」
御門の言葉を京一は怒鳴りつけた。
「みんな、宝珠の方をお願い。あたし、渦王須をどうにかしてみる…」
「判りました。なるべく早く片付けましょう」
仲間達がそれぞれ散っていくのを見て、ゆっくりと麻莉菜は龍…渦王須の前に歩いて
行った。
「ねぇ、もしかして…ずっと辛かった?一人にされて…柳生にこれまでの暮らしを全部
否定されたんだものね…」
麻莉菜が自分の前にやってきて、語り掛けるのを黄龍は不思議そうに見つめた。
「だけどもういいんだよ…。ね、だから今までの暮らしに戻ろうよ」
彼女はゆっくりと手を差し出した。
「あなたにも今まで大事にしてきたものがあるんでしょう?それを護ろう」
彼女は微笑みながら言葉を紡ぐ。
語られるその言葉に、一瞬反応しかけた黄龍は、宝珠の壊れる音に咆吼をあげて、
麻莉菜に襲いかかった。
「!」
麻莉菜は、その攻撃をさける様にその場に転がった。
「麻莉菜!そいつを説得するのは、無理だ!もう、言葉なんて通じやしないんだ」
京一の言葉に、彼女は唇を噛み締めた。
(そんな…絶対に通じる筈なのに…)
麻莉菜は俯いて、考えこんでしまった。
殆ど同じに地面が激しく揺れる。
「あかん!早くなんとかせな、龍脈が暴走してまう!」
劉の叫びが耳に届く。
(どうすれば…いいの…。判ってもらいたいのに…)
やがて、顔をあげた麻莉菜は真っ直ぐ黄龍を見上げた。
「ねぇ、あたしが一緒にいてあげる。そしたら、寂しくないでしょう。だから…」
彼女は一度そこで言葉を切った。
「麻莉菜?」
「だから、一緒に眠ろう。元々、二つにわかれる事はなかったんだもの。そうするのが
一番いい方法だよね」
「馬鹿野郎!ふざけた事言ってんじゃねぇ!」
その言葉を聞いた京一が麻莉菜の側に駆け寄ろうとする。
「京一君、みんな、ごめんね…アン子ちゃんにも謝っておいてね」
一瞬振り向いて、そう言うと、麻莉菜は走り出した。
「龍脈を暴走させたいわけじゃないでしょう。だから、渦王須…落ちついて。ずっと、
一緒にいてあげるから」
下げてきた黄龍の首に腕を巻きつかせるように、麻莉菜は言った。
彼女達の周りに薄い光の膜のような物が少しずつ張られていく。
「…!」
それを見た途端、動きの止まってしまった全員の中で、一人だけ行動を起こした人間が
いた。
「麻莉菜!」
一人走り出した彼は、膜が完全に張られる前に、その内部に飛びこんだ。
「なっ…!」
「一人で行くなって、いつも言ってるだろう!どうしてそれが判らねぇんだよ!」
「…」
いきなり、腕を掴まれた麻莉菜は、痛みよりも発せられた言葉に驚いたようだった。
「あの…京一君…?」
「何時でも側にいるって、俺はいつも言ってるだろうが!」
「だって、これは…」
「お前にしかできない事だって、言うのかよ!」
京一の怒鳴り声が辺りに響いた。
「…」
麻莉菜は言い返す言葉が見つからなかった。
「判った。もう、いい!」
京一は、麻莉菜の腕を離すと、龍の方に向き直った。
「てめぇがどんな思いをして来たか、俺達には判らねぇよ!辛い思いや寂しい思いを
して来たかもしれねぇよ。柳生に無理やり人生狂わされたかもしれねぇ!
だけど、こいつは…麻莉菜は俺の女だ!絶対にてめぇには渡さねぇ!」
木刀を突きつけながら、一気にそう言い放った。
「ええっと…」
麻莉菜が何を言えばいいのか判らずに、困り果てている時、外でも仲間達が困ったような
表情を浮かべていた。
「なんや、論点が思いっきりずれてるような気がするんはわいの気のせいやろか…?」
「安心しろ、俺もそう思っていたところだから」
青竜刀を抱きかかえたまま、劉が呟くのを聞いた村雨も花札を持て余しながら
それに同意した。
「この緊張した場面で、よくあんな言葉が吐けますね。彼は…」
御門は何時ものように扇子で口元を隠しながら、そう言った。
「晴明様、あれがらぶしーんと言うものなのですか?」
「…そうですね。時と場合を考えなければ、一般的にはそう言われていますね。
でも、芙蓉、良くそんな事を知っていましたね」
「先日、藤咲様と高見沢様にお聞きしました。男女で、時々そのような事が起こり得ると」
何時もの無表情で芙蓉が喋るのを聞いて、亜里沙は舞子の腕を引っ張ってその場から
逃げ出そうとした。
「何処へ行くつもりですか?藤咲さん?」
背後からかけられた声に、亜里沙は恐る恐る振り向いた。
「あはは…何処にも行ったりしないわよ、やあねぇ」
彼女は、引き攣った笑いを浮かべた。
「芙蓉に色々と教えて下さるのは嬉しいですが、秋月様が答えに困るような事を
教えるのは出来るだけ控えて下さい」
「判ってるわよ、あたしだって選んで教えてるんだからね!」
開き直ったのか、腰に手を当てて亜里沙が怒鳴った。
「京一らしいって…言うのかなぁ…」
「しかし、時と場合というものをもう少し考えて欲しいと思うのは、俺のわがまま
だろうか?」
その横で、小蒔と醍醐が頭を抱えていた。
「違うと思うよ…」
「いいんじゃないの?麻莉菜もよく判らなくなってきてるみたいだし」
あっさりとそう言ったのは、葵だった。
「少しは時間に余裕が出来たようだから、今のうちに宝珠を…」
その言葉に、全員が宝珠に向き直った途端、凄まじい爆風と音が響き渡った。
「京一君!」
突然の黄龍の攻撃から麻莉菜を庇った京一が、光の膜にぶつかっていた。
「!」
その腕から握っていた木刀が鈍い音を立てて、地面に落ちる。
麻莉菜は慌てて、京一の側に駆け寄った。
「…大丈夫!?」
彼を抱き起こした彼女の手にべったりと赤い液体がついた。
京一の腕が大きく裂けて、血が流れ出していた。
「あ…」
麻莉菜の眼が大きく見開かれて、彼女はゆっくりと黄龍を見上げた。
「なんで…?」
「急ぎましょう、彼女が危険です」
御門の言葉で、残った宝珠を壊すべく、彼らは駆け出していった。
「どうして、京一君を傷つけるの?京一君があなたに何をしたのよ!渦王須!」
麻莉菜の叫びとともに、彼女の身体から光が溢れ出した。
「京一君や皆を傷つけるのは絶対に許さない!」
その声とともに、光が黄龍を包み込んだ。
光の奔流を感じて、京一が意識を取り戻した。
(麻莉菜…?)
何とか起き上がると、彼は周囲を見回した。
「なんだ…?この光…」
傷を庇いながら、京一は光の中心を見定めようとする。
「麻莉菜!」
その中心に麻莉菜が立っているのに気づいて、彼は駆け寄っていった。
「戻って来い!」
「…京一君?」
彼女が振り向いた途端、京一はその腕を引っ張った。
「!」
体勢を崩した麻莉菜の身体を腕の中に抱きしめる。
「京一君、怪我…」
「こんなの何でもねぇから、無茶するんじゃねぇ」
その言葉に、麻莉菜の身体から溢れていた光が収まっていく。
「な?」
彼女を落ち着かせる様に、何度も背中を擦る。
「…」
その暖かさに安心したのか、麻莉菜の瞳から涙が零れ落ちた。
その時、残りの宝珠の割れる音が響いた。
「!」
黄龍は哀しげに吼えるとその姿を消していった。
「…渦王須…」
麻莉菜は、その姿を寂しそうに見つめていた。
(俺は眠る…。最後にお前の情に触れる事が出来て、嬉しかったぞ。『陽の器』、
お前は人として生きるがいい)
「渦王須」
(再び、俺が…黄龍が再びお前達の前に姿を現わす事はないだろう。お前達は、
陽の世界を護り、歩いていくがいい)
何もない空間から、声が響く。
(さぁ、元の世界に戻るがいい。俺の眠りの邪魔はしないでくれ)
光の道が彼らの前に現れる。
「麻莉菜…行こう」
その道を通って出ていく仲間を見ながら、京一が麻莉菜の肩を叩いた。
「渦王須…ありがとう…」
残っていた麻莉菜はそう呟き、閉じかけた道を歩き出した。
「麻莉菜…」
先に出ていた仲間達が麻莉菜を迎えた。
「やっと、終ったのね」
葵の微笑みながらの言葉に、麻莉菜は首を横に振った。
「違うよ、これから始まるんだよ。渦王須も言ってたじゃない。あたし達がこれから
世界を護って行くんだって…」
「そうだな。人の心に光と闇がある限り、同じ事が繰り返される可能性があるな」
「…大丈夫だろう。例え、何があったとしても人は闇に負けるほど、弱くない…」
そう言いかけた京一の頭を、背後から小蒔が殴った。
「あんたが言うな!いきなり、人前であんな事しでかしておいて!恥ずかしくないの!」
「いいだろうが!麻莉菜が俺の女だって事は間違いじゃないんだからよ!」
京一は、麻莉菜を抱き締めながら、反撃する。
「何言ってるんだよ!時と場合を考えろって言ってんだよ!」
麻莉菜を抱き締めたままの京一に、小蒔が詰め寄る。
「やれやれ…成長しない奴らだな」
「相変わらずね…普段通り」
何時もどおりの会話に、仲間達から笑いが漏れる。
「そろそろ夜が明けるぜ。何時までも、ああさせておいていいのかよ?」
しばらく、その騒ぎを見ていた村雨にそう言われて、醍醐は空を見上げた。
「そうだな。そろそろ止めさせるか」
そう言って、彼は三人の所に歩み寄った。
「帰るぞ。緋月も疲れてるだろうし、ここで騒ぎを起こして、人目につかない方が
いいだろう?」
麻莉菜を抱き締めたままの京一と小蒔に声をかけると、彼らはぴたりと言い争いを止める。
「そうだな。麻莉菜を休ませないとな」
彼女の頭を撫ぜながら、京一はそう言った。
「そうだね、この時間なら始発も動いてるだろうし」
小蒔もそう言って、麻莉菜の顔を覗きこんだ。
「お疲れ様、帰りましょう。私達の街へ」
葵も側に寄ってきてそう言った。
「うん!」
麻莉菜は、全員の顔を見回すと嬉しそうな表情を浮かべて頷いた。
朝の光を浴びながら、彼らは日常を過ごしている街へと帰っていった。
「帰ってこれたね…」
自分達の住む部屋に戻ってきた麻莉菜は、感慨深げに呟いた。
「ん?」
自分の木刀を部屋に置いてきた京一は、聞き返した。
「短い間にいろんな事があったなぁって思って…」
「そうだな」
ソファに座った京一は、麻莉菜の事を抱き締めた。
「本当に色々あったけどよ。麻莉菜と再会できたし、俺はそんなに悪い事ばかりじゃ
なかったぜ」
「うん…あたしも…。楽しい事もたくさんあったし…」
京一の腕の中で彼女は呟いた。
「取り合えず、今はゆっくり休めよ。疲れたろう?」
「うん…」
麻莉菜は彼の腕の中の暖かさに睡魔に身を委ねかけて、ある事に気づいた。
「そう言えば…京一君!怪我は?」
「ん?大丈夫だよ、美里が治癒の技使ってくれたしな」
傷ついていた筈の腕を見せながら、京一は笑った。
「痛くない?」
「ああ、平気だぜ。ほら、傷痕も残ってねぇだろう?」
「ごめんね…」
「麻莉菜が謝る必要はねぇぜ。そんな事より、早く寝ろよ」
「ん…」
再び自分を抱き締めた京一の腕の中で、麻莉菜はゆっくりと眠りの世界に身を委ねて
いった。
その穏やかな寝顔を見ながら、京一も一つ欠伸をする。
(俺も寝るか…さすがに疲れたしな…)
暖かな部屋の中に二つの寝息が流れた。
やがて来るであろう久し振りに穏やかな日常を夢見ながら…。