「あれ、アン子ちゃん。何やってるの?」

放課後、新聞部の部室を訪れた麻莉菜は、散らばっている書類と杏子を交互に見つめて

そう聞いた。

「ちょっと3年間の資料を整理してたのよ。こうしてみるとなかなか終らないものね」

「凄いね、これ…」

麻莉菜は落ちている紙を拾い上げながらそう言った。

「あたしに何か出来るなら、手伝うけど」

「本当?助かるわ。残していく訳にはいかない資料もあるから」

「じゃ、何をすればいいか教えて」

「そうね、じゃ、こっちの資料を細かく破いてダンボールに入れてってくれる?」

「うん、判った…」

麻莉菜は、言われたとおりに作業を進めていった。

「これ、何の資料なの?」

「私が取材した生徒のプライベート資料よ。個人的な物だから、残しておくわけにもいかない

でしょう。そうだ。京一の資料あげようか?」

「え?いいの?」

麻莉菜は資料を破く手を止めて、杏子を見た。

「麻莉菜には必要ないかもしれないけどね。え〜っと…ああ、あった。はい、これ」

彼女は、資料の山の中から、数枚の紙を引っ張り出して麻莉菜に手渡した。

「有難う、アン子ちゃん」

渡された資料を見た麻莉菜は、一瞬顔を強張らせた。

「?どうかした?」

「ううん、なんでもない。あ、こっちも破いちゃうね」

彼女は、貰った紙を鞄の中に仕舞うと、すぐに作業を再開した。

(どうしよう…)

ある程度片付けて、杏子と別れての帰り道。麻莉菜は何度目か判らない溜息をついた。

(どうしよう、後一週間しかないなんて…あたし、何も考えてなかった…)

さっき貰った資料を見て、再び溜息をつく。

「京一君の誕生日…後一週間なんて…ケーキとかは用意できるけど…プレゼントどうしよう…」

デパートのショーウィンドーを覗きながら、彼女は考えこんでいた。

「麻莉菜!」

「きゃ!?」

突然、背後から抱きつかれて、麻莉菜は悲鳴をあげた。

「どうしたのよ、深刻な顔をして」

「亜里沙ちゃん…」

「何?悩み事?だったら相談に乗るわよ」

「亜里沙ちゃん…あたし、どうしよう…京一君の…」

「何?あの馬鹿についに愛想つきたの?」

「違うの…京一君の誕生日…来週なんて、あたし知らなくて…何も用意してなくて…」

「何だ、そんな事くらいならいくらでも相談にのるわよ」

「…」

「そうね、喫茶店にでも行く?」

「うん…」

亜里沙と一緒に麻莉菜は近くの喫茶店に入っていった。

「で?何をあげたいのよ」

「判らない…京一君が何を欲しいのか判らないし…」

麻莉菜は、下を向いたまま、亜里沙の言葉に答えた。

「まぁ、あいつが欲しがるものなんて一つしかないけどね…」

亜里沙は運ばれてきたコーヒーを飲みながらそう言った。

「亜里沙ちゃん、判るの!?何?教えて!?」

「いいけど…もう麻莉菜は京一にあげたでしょう?クリスマスの時に」

「?あたし、京一君にクリスマスプレゼントあげてないよ?」

「そりゃ、そうでしょ。買うものじゃないもの」

「??」

「あの馬鹿が欲しがるものなんて麻莉菜しかないでしょう?」

その言葉を聞いたとたん、麻莉菜の顔が真っ赤に染まる。

「えっと…あの…」

(真っ赤になって…可愛いわよね)

うつむいたままもじもじしてる麻莉菜を見て微笑んだ亜里沙は、ふと嫌な予感に襲われて

思いついた事を尋ねてみる。

「ねぇ、まさかとは思うけど…麻莉菜…、あんた達、まだ…なの?」

その言葉に更に顔を紅くした麻莉菜は何度も小さく頷いた。

「何、信じられない!クリスマスの時、何してたのよ!あんた達!?」

「だって…あたしはそのつもりだったけど…京一君に怖がってるの判っちゃって…。京一君、

あたしが本気になるまで待つって…言ってくれて…。それに思い出作るみたいで嫌だからって…」

「信じられない、何それ。よく、あの馬鹿が我慢できたわよね。あんたを前にして」

「あ…亜里沙ちゃん。もう少し声を小さくして…」

その言葉で、自分達が店中の注目を浴びてるのに気づいた。

「やぁね。女同士の話を盗み聞きするなんて。芙蓉がいたらただじゃ済まないわよ」

店内の客を一瞥してのその言葉に、二人を見ていた客達は別の方向に視線を泳がせる。

「ふん、まったく…。で、どこまで話したっけ?」

麻莉菜の方に向き直った亜里沙はそう尋ねた。

「クリスマスの時の話まで…」

「ああ、そうだったわね。で、どうなの?麻莉菜は本気になれるの?」

「判んない…京一君ならいいかなって…思うけど…。でも、クリスマスの時もそれは思ったし…。

それじゃ、本気になった事にならないのかな…」

(まぁ、麻莉菜じゃ仕方ないわね。思いきり箱入りだから)

「ねぇ、麻莉菜。今は京一の事どう思ってるの?」

「大好き!」

「それは判ってるけど、どのくらい好き?」

即答してきた麻莉菜に笑いながら、亜里沙は次の問いかけをする。

「え…あの…」

「京一の事を本気で好き?抱かれてもいいと思う?」

「あたしは全然…かまわないんだけど…。あの時の気持ちと変わってないから、また本気じゃ

ないって言われたら…」

「それを本気にさせるのが、大人の女のテクニックよ。亜里沙さんに任せなさい。一から十まで

教えてあげるから」

「…」

「京一がメロメロになるようなくどき文句を教えてあげるから」

亜里沙は本当に嬉しそうに微笑んでそう言った。

数時間後、亜里沙と別れた麻莉菜は顔を真っ赤にして歩いていた。

(大人の女の人って、あんな事言えるようになるんだ…)

ぼんやりと歩いていた麻莉菜は、自分に向かって手を振っている絵莉に気づかなかった。

「どうしたの?ぼんやりして」

腕をつかまれて彼女は驚いたような表情を浮かべた。

「今日は一人なの?珍しいわね」

「天野さん…」

「何、悩みでもあるの?」

麻莉菜の様子に彼女は訊いてきた。

「あの…」

「私で判ることなら相談にのるわよ」

「…」

麻莉菜は何かを言いかけて、戸惑ったように下を向いた。

「言いにくそうね。いいわ、私のマンションここなの。落ち着いた所で話を聞かせて」

絵莉は、麻莉菜を連れて、目の前のマンションに入っていった。

「で…、どうしたの?」

ソファに座って落ち着かない様子の麻莉菜に、暖かい飲み物を手渡す。

「あの…天野さん。大人の女の人って…どうしたら成れます?」

「え?」

「大人の女の人って、何があっても動揺しないんですよね」

「時と場合によるけど…。何?麻莉菜ちゃん、大人の女になりたいの?」

その問いに彼女は小さく頷いた。

「理由を聞かせてもらえるかしら?」

その後、麻莉菜の話を聞いた絵莉は、声をかけた事をかなり後悔した。

「それで、大人の女になりたいわけ?」

こっくりと頷く麻莉菜に頭痛を覚える。

「あのね、麻莉菜ちゃん。そんなに背伸びして大人の女になる必要はないの。自分の素直な

気持ちを伝えればいいの。それが一番よ」

「でも…」

「大人の女になんてそのうち嫌でもなれるんだから」

「だって、亜里沙ちゃんが…」

「いい事?その子が言った事は忘れなさい。まだ、そんな事は麻莉菜ちゃんには早いから」

「…」

「あなたは、自分の気持ちを素直に京一君に伝えなさい。それだけでいいんだから」

「それだけで本当にいいんですか?」

「それで充分よ。それ以外はまだ必要ないから」

よくわからないような表情を浮かべてる麻莉菜を絵莉は見つめた。

「京一君にどうしたいのか、どうされたいのかを考えなさい。それが一番大事だから」

「…」

「さっ、もうお帰りなさい。あんまり遅くなると京一君が心配するわよ」

「はい…」

納得できないという表情を浮かべたまま、麻莉菜は帰っていった。

(あの子の弱点は人をすぐに信じることよね。そこが可愛いんだけど)

絵莉は窓から下を覗いて、麻莉菜が帰っていくのを見ながら、そう考えていた。

マンションに帰ってきた麻莉菜は、買わされた荷物を前にして溜息をついた。

(誰の言うことを聞いたら、一番京一君が喜んでくれるのかな…)

まったく違うことを言われて、彼女は混乱していた。

(何かすごく難しい…)

ベッドに座ったまま、彼女は悩んでいた。

その後、数日間、麻莉菜は普通に振舞おうとして、ことごとく失敗していた。

(どうしよう…。京一君に心配かけてばかりいる。こんなんじゃ駄目なのに…)

思考がまとまらずに、彼女は迷っていた。

「麻莉菜、今日ちょっと、家に行って来るな」

「え?」

「何か姉貴が用事があるから来いだとさ。せっかく、土曜日でバイトも休みでゆっくり麻莉菜と

過ごせると思ってたのにな」

「そうなの?」

「夕飯までには帰ってくるから、待っててくれな」

「うん、判った」

朝の食卓で、そんな会話が交わされる。

(京一君が戻ってくるまでに、ケーキくらいは焼いておきたいけど…)

麻莉菜は、冷蔵庫の中の材料を思い浮かべた。

(先に、買い物行ったほうがいいかな…)

足りない材料を頭の中でメモしながら、立ち上がった。

「?、もう行くのか?」

「あ、うん。たまには早く行くのもいいかなって思って」

「そうだな、向こうでゆっくりするのもいいだろうな」

京一も立ち上がった。

二人は並んで学校に向かっていった。

「麻莉菜!」

放課後になって、麻莉菜の席に小蒔がやってきた。

「せっかくの土曜日だしさ、みんなで遊びに行かない?」

笑いながら、小蒔がそう提案する。

「ごめんなさい、今日は用事があって…」

「え〜、そうなの?。今日は久し振りにみんなが揃うのに…」

少し、がっかりしたような小蒔の言葉に麻莉菜は申し訳なさそうな顔をする。

「小蒔、無理を言っちゃ駄目よ。麻莉菜には麻莉菜の予定があるんだから。急に言っても

困らせるだけよ」

見かねた葵が、助け舟を出してくる。

「う〜ん、仕方ないか…。じゃ、今度は一緒に行こうね。前もって言うからさ」

「また、誘ってね」

「もちろんだって」

小蒔は軽く笑うと、教室から出ていった。

「ごめんね、葵。迷惑かけて」

「いいのよ、それよりこれ」

葵は微笑みながら、麻莉菜の掌の中にメモを押し込んだ。

「頑張ってね」

それだけ言うと、葵は帰っていった。

「ありがとう…」

掌に押し込まれたケーキのレシピを手帳に挟み込んで、彼女も帰っていった。

(ケーキは焼けたし…料理は下ごしらえすんだから…)

麻莉菜は、キッチンの上に置いたケーキの隠し場所に少し悩んだ。

(冷蔵庫の野菜置き場なら、京一君、あんまり開けないから大丈夫かな)

そう考えた麻莉菜は、野菜置き場の中を片付け始めた。

何とかスペースを作った場所に、箱に入れたケーキをしまう。

取り出された野菜類は、煮込み料理の材料に姿を変える。

(これで、大丈夫だよね。京一君、喜んでくれるといいけど…)

「後は…」

寝室に置かれているものを思って、少し憂鬱になる。

気持ちを落ち着けるためにリビングに来た麻莉菜は、ソファに座った。

リビングのテーブルの上にはゲージが置いてあり、ハムスターが一生懸命回し車を回していた。

(お前は気楽でいいよね…。何も悩みなんてないんでしょう…)

「今度は…大丈夫だよね…」

「何が大丈夫なんだ?」

背後から声をかけられて、麻莉菜は慌てて振り向いた。

「どうしたんだ?」

「あ、ううん。何でもないの」

彼女は急いで立ち上がった。

「ずいぶん、早かったんだね。お姉さんの用事って何だったの?」

「茶」

「は?お茶…?」

「久し振りに茶でも一緒に飲もうとさ。まったくふざけた用事で呼び出しやがって」

京一は、少し苛立ったようにソファに座った。

(もしかして…亜里沙ちゃんが…)

多分、亜里沙の方から祐華の方に話がいったのだろう。

京一を家から遠ざけるために用事を作って呼び出してくれたのだろう。

亜里沙と祐華に向かって、心の中で手を合わせる。

「京一君、食事まだだよね?すぐしたくするからね」

麻莉菜はキッチンのほうに歩いていってしまった。

やがて、いい匂いが漂ってくる。

「京一君、できたよ」

彼女が、料理を運んでくるのを見て、京一は立ち上がった。

「運ぶのくらい手伝うぜ」

「大丈夫だから、座ってて」

麻莉菜はそう言って、食事を載せた皿を運び始めた。

「今日は大した物作れなかったんだけど…ごめんね」

それでも、一汁三菜はきちんと揃っている。

「お、今日は野菜の煮込みかぁ」

「ごめんね、本当はお肉入れたほうがいいんだけど…ちょうど、切れてて…。買いに行ってる暇もなくて…」

「いいって。麻莉菜が頑張って作ってくれるのを、俺は知ってるからな」

食卓に座りながら、京一はそう言った。

いつもと変わらないペースで食事は進んでいった。

「京一君、コーヒー飲む?」

食後、ソファに座っていた彼に、問い掛ける声が聞こえた。

「ああ」

(いつもみたいに京一君の側にいて、眠くなっちゃうといけないから…あたしもコーヒーに

しよう…)

京一用のコーヒーの蓋を開けて、それぞれのカップに粉を入れる。

(濃い方がきっと効くよね…)

自分のほうのカップに多めに粉を入れる。

そしてポットのお湯を注ぐ。

いい香りがあたりに漂い、そのカップを持ってリビングに入る。

「はい、京一君」

カップを手渡して、彼の横に座る。

(…苦い…)

一口口に含んだ麻莉菜はその苦さに、顔をしかめた。

(こんなものをよくいつも飲めるなぁ。京一君…)

ちらりと横に座る京一の顔を盗み見る。

「ん?どうした?」

「京一君、コーヒーって苦くないの?」

「え?別に苦くはねぇな。馴れてるし」

京一はそう言って二口目を飲んだ。

「麻莉菜はココアだろ?」

そう言って、麻莉菜のカップの中身を覗きこんだ彼は驚いた。

「お前、何を飲んでだよ!」

麻莉菜の手からカップを取り上げると、京一は台所に向かった。

(いきなり、こんな濃いコーヒー飲むなんてどうかしてるぜ)

カップの中身を半分近く捨てると、砂糖とミルクをたっぷりと中にいれる。

「ほら、これを飲めよ」

差し出されたカップを受け取ると、麻莉菜はそれを一口飲む。

(甘い…)

「まったく、いつも甘いココアを飲んでるくせに、どうしたんだよ」

「飲んでみたかったの…、京一君、いつも美味しそうに飲んでるし…」

「せめて、もう少し薄くして飲めな。飲むのは止めないから」

「うん、ごめんなさい…」

彼女は、謝りながらカップの中身を飲んでいた。

時計の音だけがやけに響いてるような気がする中、麻莉菜は立ち上がった。

「京一君、お風呂入るよね。用意してくるから待ってて」

ぱたぱたと彼女は走っていってしまった。

(今度は、誰に何を言われたんだか…)

京一は、その後姿を見ながら、こっそりと溜息をついた。

去っていった時と同じようにぱたぱたと戻ってきた麻莉菜は、ソファに再び座った。

「30分くらいで沸くから、先に入ってね」

「ああ、判った」

残っていたコーヒーを飲み干すと、京一は立ち上がった。

「麻莉菜はどうするんだ?」

「後から入るから、気にしないで」

「そうか?じゃ、先に入らせてもらうな」

京一の姿が消えたのを見て、麻莉菜は溜息をつきながら壁の時計を見上げた。

(後、2時間で日付が変わる…。ちゃんと、言えるかなぁ)

ソファに座ったままで、自分の頬に手を当てる。

(やだ…なんかどきどきしてきちゃった…どうしよう…)

気を落ち着けようとするように、何度か立ったり座ったりを繰り返す。

深呼吸をしているとなんとか落ち着いてきた。

「これで大丈夫…」

「何、してるんだ?」

突然聞こえた声に、再び動悸が激しくなる。

「き…京一君…あがったの?」

「ああ、お先にな。冷めないうちに入ったほうがいいぜ」

「う、うん。入ってくるね」

麻莉菜は、京一の横をすり抜けるようにしてバスルームに向かった。

(え〜ん、恥ずかしいよぉ。どうしよう…)

彼女は脱衣所で固まっていた。

(できるだけ普通にしたいのに…。京一君が不思議に思っちゃうのに…)

考えがまとまらないまま、麻莉菜は入浴していた。

一時間が過ぎて、彼女がリビングに戻った時、京一の姿はなかった。

(…)

京一が使っている部屋の方から明かりとかすかな音が漏れている。

「部屋にいるんだ…」

ホッとしたようなそうでないような気分のまま、麻莉菜は自分の寝室に入っていった。

ベッドの隅の方に置いてある紙袋に手を伸ばして、中身を取り出す。

そこには、亜里沙の選んだ衣服が入っていた。

(本当に、これで京一君が喜んでくれるのかな)

目の前にはシースルーのベビードールと呼ばれる衣服が置かれていた。

『自分の言いたい事、やりたい事をしなさい。それがあなたには一番大切よ』

絵莉の言葉が蘇る。

麻莉菜は、目の前の服に手を通す。

(京一君が認めてくれれば一番いいのに)

そのまま、時が過ぎていくのを麻莉菜はじっと待っていた。

(もうそろそろ、寝るか。こんな時間だしな)

枕元に置かれている時計は何時の間にか12時を指し示していた。

読んでいた雑誌を閉じて、聞いていたヘッドホンを耳から外す。

「ふぁあ…」

欠伸をしながら布団に入り込もうとした時、襖の向こうから麻莉菜の声が聞こえる。

「京一君…起きてる?」

「どうした?」

「入って…いい?」

「ああ、いいぜ」

静かに襖が開いて、麻莉菜が姿を見せた。

「…!?ま…麻莉菜!?なんて格好してんだ!」

彼女の姿に驚いて京一は立ち上がった。

「あの、お願いがあって…」

畳の上に正座してる麻莉菜は下を向いたまま、そう言った。

「い…いいから!後で聞いてやるから、とりあえず何か羽織れよ!」

(目のやり場に困るんだよ)

京一の叫びに、麻莉菜は顔を上げた。

「いいの…」

「いいって…」

「あのね…あたしを京一君のお嫁さんにして下さい…」

「え!?」

(俺の嫁さんにって…ええっ!?)

麻莉菜の言葉に、京一はうろたえた。

「京一君の生まれたこの日に…緋月麻莉菜を蓬莱寺麻莉菜にして下さい…」

(た…誕生日?俺の?今日、何日だ!?)

慌てて、京一は日付を確認する。

(確か、23日の土曜日で…さっき日が変わったから、24日…)

「駄目…?」

「駄目って…いや…そんな事はないけどよ…」

不安そうな麻莉菜の言葉と表情に、京一は少し慌てた。

(どうすりゃ、いいんだよ…)

背中に冷たいものが流れる

「京一君…」

「言ってる意味、判ってんのか?」

「…うん…」

少し俯きながら、麻莉菜は頷いた。

「覚悟できてるから…」

自分をまっすぐ見ている麻莉菜の頬にそっと手をのばして触れる。

「…」

彼女は微かに身体を震わせたが、眼を逸らしはしなかった。

京一は、麻莉菜の身体を静かに抱き寄せた。

「いいんだな?今度は、途中で止めたりしねぇぞ」

「うん…」

京一は麻莉菜の胸元を飾っているリボンを解いた。

その下から真っ白い肌が現れる。

軽く口づけると、彼女の身体を横たえる。

「ん…」

首元に唇を這わせると、麻莉菜が微かに声をあげた。

京一が、自分の衣服を脱いで、麻莉菜が最後まで身につけていたものをとろうとした時、

彼女の小さな声が聞こえた。

「あの…京一君…灯り…消して…」

「あ、ああ」

彼女の願いを聞き入れて、彼は灯りを消す。

部屋の中は薄暗闇に包まれた。

「…」

少しずつ唇を下に這わせていき、胸元を吸い上げる。

「あ…」

「麻莉菜」

耳元で名前を呼ぶと、彼女が薄く眼を開ける。

「あのね…笑わない…?」

「なんだ?」

「うん…あのね…京一君が触れたところ…凄く熱くて…心臓があちこちにあるみたいで…

苦しいのに…、でも…身体が宙に浮いてるみたいにふわふわしてて…身体がおかしくなった

みたい…」

少し恥ずかしそうに麻莉菜が告げるのを聞いた京一は微笑んだ。

「だったら、落ちないようにちゃんとしがみついておけよ」

「う…ん」

麻莉菜が自分の首に腕を回すのを待ってから、京一は行為を再開した。

彼女が時々漏らす声だけが部屋の中に響く。

「いっ…!」

京一の指が麻莉菜の一番奥の隠された場所に辿り着いた時、彼女は漏れた声をかみ殺そうとする。

「麻莉菜?平気か?」

「う…ん、大丈夫…だから、京一君の思うように…」

自分を気遣う京一に、麻莉菜は微笑んだ。

そんな彼女を安心させるように、京一はもう一度だけ口づける。

「ん…」

「声、聞かせてくれよ、麻莉菜」

声を押し殺そうとする麻莉菜の耳元で小さく囁く。

「麻莉菜の声がもっと聞きたい」

「や…」

その言葉がきっかけになったのか、麻莉菜の声が響くようになる。

「あ!」

やがて麻莉菜の身体が軽く跳ねる。

「ふ…」

自分の身体の一番奥をかき回されて、彼女は声をあげ続けた。

「ふ…く…あぁっ…」

無意識に自分の身体を押し返して逃れようとする麻莉菜の手を京一は自分の手に絡める。

「麻莉菜、怖くはないから…」

京一は少しずつ自分自身を麻莉菜の中に挿れていった。

「京一君…あたしおかしくなっちゃう…」

背中に回された腕に力が入る。

「大丈夫だから、俺しか見てないから。安心してろ」

そう言いながら、彼は最奥まで自分自身を挿れる。

麻莉菜の目元に浮かんだ涙を唇で拭うと、彼はゆっくりと動き始める。

「いっ…!」

「少しだけ我慢してくれ」

「大丈夫だから…続けて…」

麻莉菜の言葉に誘われるように、京一の動くスピードが早くなる。

「あ…ああっ!」

彼女が一際高い声で叫んだ時、京一は欲望を吐き出していた。

「…りな…麻莉菜!」

自分の名前を呼ぶ声に、麻莉菜は意識を浮上させた。

「京一君…?」

目の前で心配そうな顔をしている京一の名前を呼ぶ自分の声が掠れているのを、麻莉菜は

気づいた。

「あれ…なんで…?」

「良かった…壊しちまったかと思った…」

安心したように自分を抱きしめる京一を麻莉菜は不思議そうに見つめた。

「あたし…?」

「大丈夫か?辛くねぇか?」

「…平気…」

麻莉菜は安心させるように微笑むと、起き上がろうとした。

「あ…あれ?」

突然、走った痛みに彼女は蹲りかけて、京一に支えられる。

「無理に起きようとするなよ、まだ寝てろ」

彼は麻莉菜の身体を横たえた。

「初めてだったのに、無理させちまったよな」

「京一君が謝らないで。あたしが言い出した事なんだから」

彼の腕に支えられながら、彼女はそう言った。

「まだ、朝まで時間があるから休んだほうがいいぜ」

「うん…」

少しまどろみ始めた麻莉菜を腕の中に抱きしめながら、ふと京一は気になっていた事を

思い出した。

「なぁ、麻莉菜?」

「な…に?」

「さっき、着てた服…あれ、どうしたんだ?」

「あれは亜里沙ちゃんが選んでくれて…。色々教えてくれたの。でも、その後天野さんに

聞いたら、亜里沙ちゃんの教えてくれた事は全部忘れなさいって…どうしてかなぁ」

(やっぱり、藤咲か。麻莉菜に余計なこと教えてくれて…。後で覚えてろよ)

眠そうな表情を浮かべながら返事をする彼女の髪を梳きながら、京一は苦々しい表情を浮かべた。

(絵莉ちゃんがフォローしてくれたみたいだから良かったけどよ)

「あふ…」

麻莉菜は軽く欠伸をすると京一の胸にもたれて眼を閉じる。

「何か、眠くなっちゃった…。京一君、朝になったらケーキ切るから起こしてね…」

それだけ言うとすぐに寝息が聞こえてきた。

「日曜なんだから、ゆっくり寝てろよ」

自分のTシャツを着て眠っている彼女の額に唇を落とすと、京一は麻莉菜を抱きしめたまま

横になる。

(今までで一番最高のプレゼントをありがとうな)

そのまま彼は眠りについた。

深夜の静かな時間が部屋の中を包んでいった。

ただ、微かな寝息がその空間に流れていた。

 

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