世にも奇妙な…

「ねぇ、皆、ちょっとこれ見て。面白いよ」

「え?」

帰り道、小蒔が一軒の店先で立ち止まって、皆を手招きした。

「どれ…?」

「これは…」

「確かに珍しいな。」

「こんなの作る奴、いるんだな」

全員が、注目した視線の先には、滅多に見ることがないだろう蟹の形をした和菓子が鎮座していた。

ぱっと見には本物のゆで蟹と同じ色彩のそれを彼らはしばらく見つめていた。

「どんな味がするんだろう」

「餡…詰めてるんだよね。」

「蟹味噌、使ってたりして…」

「それは和菓子にはちょっと…」

「物は試し。話のネタに買ってみねぇか?」

「これを?」

「皆で食べりゃ、少しずつですむだろう?」

そう言って、店の中に入った京一は、その和菓子を買って出てくる。

「さ、帰ろうぜ」

そうして、彼らは溜まり場と化しつつある麻莉菜の家に向かった。

 

「なんか、凄く大きいよね」

居間のテーブルの上に置かれた和菓子に、麻莉菜は改めて驚愕の言葉を漏らす。

「ああ、しかもこれだけだとはな」

「和菓子で笑いを取ろうとしようとする人がいるとは、思わなかったよ。ボク…」

「本当ね…」

「限定一個の代物だからな」

全員がそういうのも当然で、その蟹は、沢蟹などという可愛らしいサイズではなく、

高級料亭などが、欲しがる(要するに立派に成長しきった)であろうタラバ蟹とか

毛蟹といわれるサイズのものだった。

「苦労したんだろうね。こんなの作るの…」

しみじみとそう言いながら、小蒔はそれを切り分けるべく、ナイフを取りに行く。

「お茶入れてくるね」

麻莉菜もそう言ってキッチンの方へ向かった。

「あ…」

「どうした?」

「お茶の葉切らしてたの、忘れてた…。今から買ってくるから…」

「いいって、紅茶ならあったろう?そんなに変わりゃしないし、砂糖入れなきゃ何とかなるだろ?」

「そうね、今から、買いに行くと帰ってくる頃には暗くなるし」

「危ないから、やめときなよ」

「そうだな、一人歩きはやめたほうがいい。何があるか判らないしな」

友人達の言葉に従って、彼女は紅茶を入れ始める。

「ごめんね。いつもは買い置きしておくんだけど…」

すまなそうにそう言いながら、紅茶を運んできた麻莉菜から、全員が飲み物を受け取る。

「いいって。こんな珍しいものを食べるんだもの。紅茶でも、充分話のネタになるよ」

小皿に取り分けた蟹を配りながら、小蒔はそう言った。

「…中の餡、白くて蟹の身みたいだね」

「やっぱりこれ作った奴、よほど蟹が食べたかったんだな」

まず、足に当たる部分を食べながら、感想が出る。

「本当に蟹そっくり…」

麻莉菜がそう言った時、共同玄関の呼び出し音がなった。

「誰だ?」

戦いが終わってからも、誰かがここを訪れることがあったが、予告をしてから来る事が多かった。

「はい…?」

インターホンをとって訪問者と話していた麻莉菜はすぐに玄関を開錠する。

「麻莉菜?」

「村雨君だって…」

「何の用だって?」

「わかんない…」

麻莉菜が首を横に振ったとき、村雨が姿を現した。

「よぉ、お揃いだな」

「何の用だよ」

村雨にあまりいい印象を持ってない京一が、麻莉菜を抱きしめながら、そう聞いた。

「ご挨拶だな。越前蟹のいいのが手に入ったんで、持ってきたんだがな。ん…?」

村雨は持ってきた蟹を指し示した後、テーブルの上のものに気がついたようだった。

「なんだぁ?蟹あったのか?」

「あ、村雨君にもそう見えるんだ」

「見えるって、これが蟹以外のなんだって言うんだ」

「食べてみなよ」

小蒔が面白そうに小皿に取り分けて、村雨に渡す。

「…なんだ。これは」

一口食べて、彼は奇妙な顔をする。

「…こんなものを作る奴がいるとはな…」

「面白いから、みんなで食べようって事になってさ」

「まぁ、話のネタにはなるがな…。お嬢先生、こっちの蟹も調理してくれないか?

新鮮なもんだから、早い方がいいだろう」

「うん、ありがとう」

蟹を受け取って、麻莉菜はキッチンに入っていった。

「ねぇ、どうせなら夕ご飯食べてく?」

鍋に水を張って沸かし始めた麻莉菜が、顔を出してそう聞いた。

「え、いいの?」

「うん。せっかくもらった蟹もあるし…」

「じゃ、手伝うわ。その方が早いものね」

「うん、ボクも手伝うよ」

葵と小蒔はそう言って立ち上がった。

「何か、必要なものあるか?さっき、茶っ葉切らしたって言ってたな。買ってきてやるよ」

「えっと…」

麻莉菜は、頭の中で必要そうなものを思い浮かべてメモを書き出す。

「それじゃ、これだけ頼んでいい…?」

「ああ、わかった」

渡されたメモと財布を持って、京一は出かけて行った。

女性陣は、その間に料理の下準備を済ませていく。

「お嬢先生の料理は上手いからな。楽しみだ」

そう言いながら、村雨はソファに座ってくつろぐ。

やがて、買い物から帰ってきた京一の持ってきた材料を使って、彼女達は食事を作り終えた。

「出来たよ〜。テーブルあけてね」

料理を運んできた小蒔の言葉で、男性陣はテーブルの上を片付け始める。

「見事だな。」

色々並んだカニ料理に感嘆の声が上がる。

「ほとんど麻莉菜が作ったんだけどね」

「皆が手伝ってくれたから…」

「麻莉菜、いろんな料理を思いつくのよね。感心するわ」

葵と小蒔に褒められて、麻莉菜は嬉しそうに笑った。

「やっぱり上手い料理には、酒がないとな」

村雨は、そう言うなり、日本酒の瓶を取り出した。

「…!」

醍醐が何か言いかけたが、すぐに口を閉じた。

「さ、飲もうぜ。まぁ、お嬢先生達は茶の方がいいだろうけどな」

村雨は湯飲み茶碗に酒を注ぎだした。

蟹尽くしの宴が終わりかけて、和菓子の方の蟹の中心部を小蒔がつついていて、あるものを見つける。

「ねぇ…これ、ちゃんと蟹味噌まで再現してるよ…」

「え?」

白い餡に混ざって、薄茶色の餡が見える。

「…ここまでそっくりにするとはな」

「これを見ながら酒を飲むって言うのも面白いかもな」

「充分、話のネタになるね」

そこまで言って、彼らは笑い出す。

「可笑しい〜」

「こんな楽しいものが見れるとはな…」

「まったく、世の中には色々な人間がいるものだな」

彼らの笑い声がいつまでも部屋の中に響いていた。

 

追記…

蟹の和菓子を作った本人が、それが売れてしまったことを知って

その晩、「本物が無理ならせめてあれが食べたかった…」と呟きながら、

一晩中悔し涙を流しながら、酒を煽っていたのはまた別の話である

 

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