闘いも、無事終結し、彼らは普通の高校生活に戻っていた。

大学入試も一段落して、クラスの話題は迫ってきたバレンタイン一色になっていた。

そんな話題を避けるように、麻桜は屋上に来ていた。

「麻桜」

そんな彼女に背後から声がかかり、振り向くと醍醐が立っていた。

「こんな所で、何をしてるんだ?」

「なんとなく、教室に居辛くてね」

彼女は、手摺に頬杖をつきながら答えた。

「?」

要領の得ない顔をしている醍醐を見て、麻桜は苦笑した。

「バレンタインの話題ばっかりでしょう?ついてけなくてね」

「ああ。だが、京一にやるんじゃないのか?」

「京一?」

「てっきり、そうだと思っていたんだが。違うのか?」

醍醐の問いに、麻桜は黙ってしまった。

「醍醐君、あたしね…ここ一月ばかり、京一とまともに話してないんだよ」

「え?」

信じられない事を聞いて、醍醐は麻桜を見つめた。

「京一ね、葵や小蒔はもちろん、他の女の子とは話すけど、あたしとは必要最小限の

話しかしないんだよ」

屋上から、グラウンドを見下ろしながら、麻桜はそう言った。

「今だって…」

麻桜の見つめる視線の先で、京一が数人の女子生徒に囲まれていた。

「ここんとこ、ずっとあの調子…。しょうがないかもしれないけどね」

「あいつは、一体どう言うつもりで…」

醍醐は、呆れたように親友の行動を見ていた。

麻桜は、堪えきれないように視線を外すと、手摺に身体をもたれさせて、空を仰いだ。

「どうして、あんなの好きになったんだろう。どうせなら、醍醐君や紫暮君みたいに、

誠実な人好きになればよかった。あたしも懲りないよね」

「だが、麻桜の一番は、京一なんだろう?」

「…」

麻桜は、少し困ったような表情を浮かべた。

「でも、京一にとっては、あたしが一番じゃないんだよね、きっと…。この間まで、女

扱いされてすらいなかったし…」

「それは、トラウマに近いものじゃないのか?『あの刻』の…」

醍醐の言葉に思い当たる事があるのか、麻桜は溜息をつく。

「でも、京一は思い出してはいない筈だよね?」

「ああ。だが、何かを感じてはいるんだろう」

「じゃあ、どうしようもないよね。『あの刻』、あたしが望んだ事だし…」

「だが、京一は麻桜を選んだんだろう?それを信じてやったらどうだ?」

「京一のタイプって、本当は亜里沙みたいな女の子よね。でなきゃ、さやかちゃんみたい

に、可愛いタイプよね。あたしは、どっちでもないから…。日常に戻ったら、こんな

可愛げのないあたしの事なんて、どうでも良くなったのかもしれない」

「そこまでいい加減な男じゃないぞ。京一は」

「どうだか。なんだか、最近利用されてるだけじゃないかって、気がしてきてね。

第一、京一はあたしの部屋を無料の宿泊施設と間違えてるんじゃないかしら。

しょっちゅう、泊まりに来るのよね」

「京一が?麻桜の部屋に?」

「や…やだな。おかしな想像しないでよ。本当に、泊まりに来るだけなんだから」

醍醐の驚いた表情を見て、麻桜は慌ててそう言った。

「いや…そうではなくてな、京一にとって、やはり麻桜は特別な存在だと思ってな」

「え?」

「あいつが他人の家に泊まるなんて、珍しいからな。例え、どんなに親しくなったと

しても、泊まるなんて事はなかったからな。他人が傍にいると落ち着いて眠れない

らしくてな」

「修学旅行、行ったじゃない。あの時は?」

「だから、出歩いていただろう。酒も飲んでたしな」

麻桜は、宿を抜け出して出歩いていた京一の事を思い出した。

「そんな風に見えないけど…すぐに、ソファを占領して寝てるわよ」

「それだけ、麻桜に気を許してるんだろう。当然かも知れないがな」

醍醐は、麻桜の肩を一つ叩いた。

「京一にとっても、麻桜が一番だと言う事だ」

麻桜は黙って、再びグラウンドに眼をやった。

既に、京一の姿はなかった。

「何か、こんなの…らしくないよね。何時までもこんな事で悩んでるなんて」

「おかしくはないだろう。普通の高校生なら、そういう事で悩んでも当たり前じゃない

のか?」

「そっか、これが普通なんだよね。色々、あって忘れていた」

「京一が、麻桜を見る時、落ち着かない表情をするのに気づいていたか?最近、特に

そうだが…あんな余裕のない表情を浮かべるあいつを見たのは、初めてだ」

「でも、何も言ってくれないんだよね。あたしの事、本当にどう思ってるんだか」

麻桜が何を言って欲しいのか判っていたが、醍醐は、それが自分が伝えるべき事でない

のも、理解していた。

「慰めてくれてありがとう。少し、気が楽になった」

麻桜は、醍醐に笑った。

「もう、しばらく、あたしここにいるから、みんなにはうまく言っておいて」

「ああ、判った」

コンクリートの床に座って、そう言う麻桜に答えて、醍醐は屋上を出ていった。

(もう、諦めなきゃいけないのかな…)

クリスマスの日に抱き締められた事を思い出して、麻桜は辛さに堪えるように下を向いた。

「夢だったら良かったのに…」

呟いた麻桜の瞳から、涙が零れ落ちた。

「そしたら、こんな辛い思いしなくても済んだのに…」

(ずっと、相棒のままでいられたら良かった…。そしたら、期待なんてしなかった。

京一が、他の娘に笑いかけても、きっと平気でいられたのに)

麻桜は、自分の中にあった嫉妬と言う感情に戸惑っていた。

(こんな醜い感情、知りたくなかった。どうして、京一ははっきり言って

くれないんだろう。そしたら、諦めだってつくのに…)

そんな事をぼんやりと麻桜は、考え込んでいた。

 だが、麻桜はもちろん、先に戻った醍醐も気づいていなかった。

グラウンドから姿を消す直前に、京一が屋上を見上げていた事に…。

 

「麻桜と何を話してたんだよ」

教室に戻った醍醐に、先に戻っていた京一が尋ねてきた。

「相変わらず、眼がいいな。あの距離で気づいたか」

「あれだけ、存在感のある奴らが二人揃ってて、気づかないわけないだろう。

それに、なんでか知らねぇけど、麻桜の気配は、何処にいようと判るからな」

「気になるのか?」

『あの刻』を覚えていなくても、京一の何処かにそれが存在してる事に気づいて、

醍醐は、微かに笑った。

彼らの間の絆は、まだつながっているらしい。

「別に…。麻桜だって、お前と話す事くらいあんだろうし…」

京一は、少し横を向きながら答えた。

「安心しろ。相談に乗っていただけだ」

「相談?」

京一は、驚いたように醍醐を見た。

「ああ、どこかの女好きの馬鹿についてな」

「なあに?京一、麻桜がいるのに、他の娘になんかしたの?」

話を耳に挟んだ小蒔が、近寄って来た。

「信じられない。麻桜を泣かせるなんて!何を考えてるんだよ、京一!」

「そんな事、誰がするか!」

京一が怒ったように叫んだ。

「京一の場合、過去の行動が行動だからね」

小蒔は睨みつけるように、京一に向かって言った。

「どうせ、また何かしたんだろう!麻桜を哀しませるような事をしたら、如月君や壬生君

に殺されるよ!」

「だから、そんな真似してねぇって!」

京一は苛立って、再び叫んだ。

「ただ…」

小声で、次の言葉を綴ろうとして、仲間達が自分を見つめているのに気づいて、京一は

口を閉じる。

「ただ…?なんだよ」

「何でもねぇ」

京一は、鞄と木刀を持って立ち上がった。

「俺、帰るな。ごまかしといてくれ」

「ちょっと、京一!?」

小蒔の制止の声を振り切るように、彼は教室を出て行った。

(判ってんだよな、はっきり言わなきゃいけねぇ事くらい…)

「本気で、惚れちまったもんな」

誰も聞いていない事を知った上で、呟く。

 最初は、あの真っ直ぐを見て輝いている瞳に魅せられた。

そのうちに、眼を離す事が出来なくなった。

(自分でも、良く判らなかったもんなぁ。惚れてるなんて事…)

闘っているうちに、傍にいる事が当たり前だと思っていた。

背中を任せられる程、信頼できる人間だと思い始めた。

性別なんてどうでも良くなっていて、ただ一緒に闘える事を誇りにできた。

自分の闘い方を一番理解していてくれて、どうすれば、一番有効な闘い方ができるかを

組み立ててくれた。

だから、何も考えないで、敵に突っ込んでいけた。

必ず、彼女がフォローしてくれていたから、心配する必要はなかった。

何時の間にか、誰よりも安心して傍にいる事ができて、他人の部屋にも関わらず、

安心して身体を休める事ができたのは、彼女の部屋だったからだと、やがて気づいた。

(あんなに安心して眠れた事なかったもんな)

「それでも…」

彼女が倒れた時、それまで頭で判っていた事を、初めて心で理解した。

彼女が自分とは違うか弱い少女だと認識した時、どうすればいいのか判らずに

戸惑う事しかできなかった。自分の気持ちさえ判らずに、現実から逃げ出そうとした。

そんな自分の意思を尊重して、何もかも許そうとしてくれた彼女を見て、始めて自分の

気持ちに気づいた。彼女の傍にいたいという気持ちの裏側にあったのは、彼女を愛してる

という気持ちだった。だが、その時は、片思いだと思っていたから、告げようとは

思わなかった。

相棒のままで、傍にいて彼女を護ろうと思っていた。

そんな気持ちが変化したのは、彼女が口を滑らせて、彼女にふりかかるかも知れない運命

を聞いた時だった。自分の気持ちをぶつけた自分に、彼女は決して逃げないと言った。

そんな彼女を見るのが何故か哀しくて、無理に抱こうとした。

それなのに、彼女は『愛している』と告げてくれた。その時は、本当に嬉しかった。

彼女を腕の中に抱き締める事が出来た時は、出会えた運命にすら、感謝する事もできた。

 だが、彼女に相応しい男は、自分以外にいるような気がして、不安で仕方なかった。

(情けねぇよな。強気が売り物だった筈なのに、麻桜の事になるとこんなに

弱くなっちまうんだから)

本気だからこそ離れたくなくて、でも離れるしかない事も判っていた。

中国行きを告げて誘った時、自分はやりたい事があるとはっきり断られた。

「未練だよな。麻桜は自分の道を選んだのに、俺はまだ迷ってるんだから」

何も言わずに行くのは、卑怯だと判っていた。

あの瞳で見られるのが責められているようで辛くて、再び逃げようとした。

告げる為に二人きりになってしまったら、必ず抱き締めてしまう事が、判っていた。

それ以上の事を求めてしまったら、二度と離れられなくなってしまう。

彼女の将来を自分の我侭で潰すような真似はしたくなかった。

(連れてく訳にいかねぇもんな)

京一は、暗くなっていく思考に気づいて溜息をついた。

「…らしくねぇよな、本当に…」

髪の毛をかきむしると、思い直すように歩き始めた。

街の中は、バレンタインの音楽で溢れ、道行く人々は幸せそうに笑っていた。

(うざってぇなぁ)

京一は、擦れ違う人々を横目で見ながら、家路についた。

 

 それから、数日後のバレンタイン前日。校内は、朝から何時もと違う雰囲気に包まれて

いた。

昼過ぎに、学校から帰ろうとした麻桜を校門の所で、劉と壬生が待っていた。

「小姐!」

彼女の姿を見た劉は、笑顔を浮かべて近づいて来た。

「どうしたの?二人とも」

麻桜は、不思議な顔をして、二人を見た。

「なんや、日本には、バレンタインゆう行事があるんやてな。だから、小姐に、これを

渡そ思うて」

劉はにこにこ笑って、細長い包みを渡そうとした。

「弦月…。まさか、紅葉も同じ事考えてる訳じゃないでしょうね?」

麻桜は、軽く頭を押さえて、壬生に尋ねた。

「いや…まさか、こんな事を考えてるとは思わなかったから…」

壬生も少し困ったように答えて、劉の頭を殴って地面にしばき倒した。

「痛っ。な…なにすんねん!…?わい、なんかおかしな事言うたんか?」

劉は、壬生にくってかかろうとして、二人の困り果てた表情に気づいた。

「弦月。バレンタインっていうのは、女の子が好きな男の子に、告白できる日なんだけど」

「なんや、そうなんか?でも、別にかまへんやろ?わい、小姐の事、好きなんやから」

「…別に、貰ってあげてもいいけどね。あたし、後ろの娘と気まずくなるのは嫌だしなぁ」

麻桜は、劉の視線に合わせるようにしゃがみこむと、顎に手を添えてそう言った。

「へっ?」

その言葉に、劉が振り向くと織部 雛乃と比良坂 紗代が立っていた。

「ひ…雛乃はん!?」

「弦月さん、やっぱり麻桜様の事が…」

雛乃は哀しそうな表情を浮かべて、劉を見つめていた。

「ちゃうって!小姐は、わいの大事な姉貴みたいなもんやから!」

慌てて、劉は立ちあがると雛乃の所に駆け寄った。

「わい、雛乃はんの事、好きなんやから!」

「…帰ろっか?紅葉、紗代ちゃん」

その様子を見ていた麻桜は、馬鹿馬鹿しくなったのか、立ち上がって歩き始めた。

「そうですね…」

いきなり、横で行われたラブシーンに驚いたのか、紗代は言葉少なげに答えた。

「しっかし、人の高校に来て、何をやってんだか…」

背後で行われてるラブシーンを見ながら、麻桜は呆れたように呟いた。

「麻桜は…」

「麻桜さんは…」

壬生と紗代が、異口同音に麻桜に問い掛けて、顔を見合わせた。

「凄い、息がぴったりだね。二人とも」

二人の息のあいかたに、麻桜は驚いて見せる。

「からかうのはよせ。僕達が何を言いたいかは、判ってるだろう?」

「蓬莱寺さんには、チョコレートあげないんですか?」

「京一?たぶん、あげない。何も言ってくれない情けない奴には、何もあげない。

第一、京一はあたしより弱いのよ。酒だって、なんだって、あたしより弱いんだから。

そんな情けない奴に、なんであたしが…」

「麻桜」

静かな声で、言葉を遮られて、麻桜は黙り込んだ。

「自分をごまかしてどうするんだ。本当は、判ってるんだろう?何をやりたいのか」

「…」

壬生に言われて、彼女は下を向いた。

「迷ってる暇はない筈です。それに麻桜さんが私に教えてくれたんですよ。

信じてればは必ず適うって」

「人の気持ちだけは、どうにもならないでしょう」

麻桜は、少し寂しそうに微笑った。

「じゃぁ、あたしの家、こっちだから。二人でデートでもなんでもしてなさい」

壬生達と別れて、麻桜は帰ろうとした。

「麻桜さん!逃げるんですか!?自分の気持ちをごまかしたままで…。それでいいと

思って…」

「紗代ちゃん、恋愛って…一人でやるもんじゃないんだよね」

「!」

一瞬、振り向いて、そう言った麻桜の漆黒の瞳の中に、深い感情の渦を見て、

紗代は言葉を失った。

「あ…」

紗代は、それ以上何も言えずに俯いてしまった。

「じゃぁね」

人ごみの中に姿を消した麻桜を、二人は見送る事しか出来なかった。

 部屋に帰った麻桜は、ソファに鞄を放り出して、私服に着替えた後、テーブルに

突っ伏した。

床の上には、鞄から落ちたチョコレートの包みが落ちていた。

(仕方ないよね…。もう渡せないもの)

その包みを拾い上げて、ごみ箱に入れようとして手を止める。

「…」

どうしても捨てる事が出来なくて、テーブルの上に置く。

その包みを見ながら、何時の間にか彼女は声を殺して泣いていた。

「京一…」

他に誰もいない事が一番辛くて、麻桜は涙を流しつづけていた。

一人きりのがらんとしていた部屋で、どれくらいそうしていただろうか。

チャイムの音で、麻桜は身体を起こした。

眠っていたのか、窓の外は闇に包まれていた。

(何時の間にか、眠って…)

ぼんやりと考えていた彼女の耳に、今度はチャイムの音と扉を叩く音が聞こえた。

他人に泣き顔を見られたくなくて、洗面所に行って急いで蛇口をひねって顔を洗う。

その間にも、チャイムは鳴り続けていた。

「は−い」

急いで扉を開けると、雨紋と村雨が立っていた。

「どうしたの?二人とも?」

「先生に届け物があってな」

村雨はそう言いながら、室内に入ると背負っていた者をソファに落とした。

「届け物って…京一?」

「呼び出されて、一緒に飲んでたんだけどよ。妙にピッチが早くてな。完全に絡み酒だぜ。

しかも、しょうもないことを何時までも言い続けて、困ってた所に村雨サンと会ってな」

「俺のシマで大酒くらって騒がれたら、喧しくてしょうがねぇや。先生、こいつの保護者

だろ。ちゃんと、責任とんな」

「なんで、あたしがこの酔っ払いの世話しなきゃいけないのよ!」

村雨の言葉に、麻桜はくってかかった。

「何言ってんだ。最後までやっといて、今更、それはないだろう」

「な…何言って…」

麻桜の顔が紅く染まる。

「麻桜サン、諦めなよ。麻桜サン達は俺達の間じゃ公認なんだから」

玄関の所で、雨紋が笑いながらそう言った。

「じゃあ、確かに届けたからな」

「一人暮らしの女の部屋に、こんなもん、捨ててくなぁ!」

帰っていく二人の背中に向かって、麻桜は叫んだ。

その言葉を無視して、二人は帰っていってしまった。

「ったくぅ…」

扉を荒々しく閉めて、居間に戻るとソファで寝ている京一の頭を拳で殴った。

「さっさと起きて帰んなさい!あたしの部屋は、宿じゃないんだからね!」

「ん…、あれ、麻桜?なんで、お前がいるんだ?」

薄く眼を開けた京一は、事態がよく判ってないようだった。

「ここは、あたしの部屋なの!さっさと、帰って…」

麻桜はいきなり京一の腕に抱き締められた。

「な…何するのよ!」

「麻桜、俺と一緒に…」

「やだって、言ったじゃない!京一は、あたし以外の女の子にも同じ事言ってるんでしょ。

その子を連れて行けばいいじゃない!」

「麻桜以外の女に、そんな事言うわけねぇだろう!俺が傍にいて欲しいのは、麻桜だけ

なんだから!」

「ふざけた事言わないで!どうして、今頃…そんな事」

麻桜を抱き締める京一の腕に、力が込められる。

「第一、あたしは大学に…」

「判ってる。それでも俺は一緒に来て欲しいんだ。だから…一年間でいいから、

麻桜の時間を俺にくれねぇか?」

「…馬鹿言って…」

麻桜は、京一の腕から逃れようとして抵抗した。

「離して!」

京一の腕の力は、ますます強くなり、麻桜は逃れる事が適わなかった。

「京一、いい加減に離しなさい!」

「嫌だ…俺は、麻桜に傍にいて欲しいんだ!麻桜以外、いらねぇ!」

京一は、麻桜の身体を押し倒した。

「京一!?」

麻桜の驚愕の声を無視して、京一は麻桜の首筋に唇を這わせた。

「馬っ…いい加減に…」

抵抗しようとした麻桜の動きを封じて、京一は行為を進めようとした。

「ふざけてんじゃ…ないわよ…」

掌の動きに翻弄されて、快感を感じ始めた麻桜は、それでも京一から逃れようとした。

そんな麻桜の着ていた服を、京一は力任せに破り捨てた。

「!?」

背中に残った布地を通して、フローリングの床の冷たさを感じて、麻桜は我に返る。

「止めてよ!これじゃ、まるで…」

麻桜の言葉を封じる様に、京一は荒々しく唇を塞ぐ。

深いそのkissに麻桜の意識は、再び快感の渦の中を漂い始める。

胸の膨らみを両手で触れながら、京一は麻桜が行為に溺れていくのを見つめていた。

「なんで…?どう…して…こんな真似…」

以前、受け入れた時と違い、優しさの欠片もないその行為と背中に感じる床の固さに

知らず知らずのうちに、麻桜の瞳から涙が零れ落ちて、京一はその雫を唇で拭う。

「俺は、何時までも麻桜を見て、抱き締めていたいんだ。それ以外の望みはねぇんだ。

だから…」

京一は、麻桜から少し身体を離して、そう言った。

「お前を離したくねぇ」

「っつ…な…なんで…、そんな大事な事…こんな時に言う…のよ…」

「ずっと悩んでた…俺なんかが、麻桜の傍にいていいのかどうか、不安だった…」

「なんで…今頃…そんな事…悩むのよ…!あたしは、ちゃんと…」

再び、胸の膨らみを掌で掴まれ、反対側の突起を唇で弄ばれて、麻桜の腕が力を失った

ように床に落ちる。

「や…あっ…」

麻桜の声が嬌声に変わっていく。

「馬鹿ぁ…離して…よ」

流されまいとして麻桜は抗うが、与えられる感覚に既に酔い始めていた。

「やっ…だ…」

「麻桜…」

「もう…止め…て…あっ…」

耳元で低く囁かれる自分の名前に、麻桜はただ流されていた。

そんな彼女の様子を見ながら、京一は自分の着ていた服を脱ぎ、再び麻桜に覆い被さる。

直接、京一の肌の温もりを感じて、その熱さが自分の身体に移るような錯覚に、麻桜は

陥って、さらに彼を求める様にその背中に腕を回した。

「もう…やだぁ…京一ぃ」

指で奥まで貫かれて、麻桜は何も考えられなくなり、ただ嬌声をあげつづけた。

「あ…う!お…お願い…これ以上は…あたし…イっちゃう。虐めないで…あっ…やああ!」

「イっていいぜ」

京一は、麻桜を激しく攻めたてながら、短く答えて、また行為に没頭する。

「意地…悪…あたしは…京一…と一緒に…あっ…ん」

口内に深く舌を挿し入れられ、弱い部分を集中的に攻められた麻桜は、ついに陥落した。

「っつ…う…は…あ…、は…早く…来てぇ!お…願い…きょう…いち…あ…ああっ!

あ…やあぁっ!あた…し、も…う駄目ぇ!…堪えら…れない…やあっ…ん!」

黒髪を振り乱しながら、自分に縋りつく麻桜の中で、京一は弱い部分を攻めたてた。

自分の中を京一の指が荒々しくかき回した後、それがゆっくりと引き抜かれるのを感じる。

そして、京一自身が身体の中に入ってくるのを感じて、麻桜は堪えきれずに嬌声を上げた。

「あっ!ああっ!」

麻桜の身体が耐え切れない様に震えて、彼女はのけぞるようにして果てる。

「京一、きょう…いちぃ…!」

麻桜の中の熱さと自分を呼ぶ声に、京一は酔い始めていた。

「麻桜、お前の中…凄く熱くて、気持ちいいな」

麻桜の耳に、京一の声と自分の中で響く淫靡な音が届き、その事が再び麻桜の快感を煽る。

「もっう、いやあ!ふっ…ああ…」

奥まで京一に貫かれた麻桜は、彼が前後に激しく動くのを感じて、その激しさに意識を

失う事も許されず、ただ京一にしがみついて、与えられる快感を追い続けていた。

「もう…離さないで…。京一が…いないと、あたし…。だから、一人にしないで…

あっ…!」

「麻桜…麻桜、愛してる」

乱れた黒髪を指で絡めとりながら、睦言の様に、京一は麻桜の名前を呼び続ける。

「一緒に連れてってね、約束…だよ…」

潤んだ瞳で自分を見つめながら、呟く麻桜の中に、京一は想いを吐き出した。

 つながったまま、麻桜の中の感触をしばらく楽しんでいた京一は、やがて麻桜と自分の

身体の位置を入れ替えて、彼女を自分の身体の上で抱き締める。

「?」

麻桜が薄く眼を開けて、自分を見つめようとしているのを感じながら、京一は彼女の上体

を起こして、上下に揺さぶった。

「やっ…!」

縋るものもなく、より深く貫かれて、麻桜は、再び感じ始める。

「はぁ…ん、あ…あ」

滑らかな白い肌に汗の珠が浮かび、麻桜は耐え切れない様に頭を左右に振った。

「い…いやぁ…」

腰を掴まれて、上下に激しく揺さぶり続けられて、麻桜は再び上り詰めた。

麻桜の中の熱さに翻弄されて、京一の動きも激しくなっていく。

「おねが…い、も…やめ…て…やだぁ」

「こんなに、俺を締めつけてるのに、やめていいのか?」

言葉と裏腹に、麻桜の内部は京一を熱く締めつけて離そうとしなかった。

「ふ…ぁ…やぁ…あ…ん」

首筋をのけぞらせて、嬌声をあげる麻桜は、京一の言葉を半分も理解していなかった。

彼は、そんな麻桜の様子を見て、京一はわずかに身体を起こし、胸の膨らみを手で掴む。

両手で胸を揉みしだかれて、麻桜は再び感じ始める。

「あ…!あっ!」

麻桜の動きも激しくなり、その身体を貪っていた京一も上り詰めていく。

「イっていいか?」

麻桜を宥める様に、何時の間にか乱れた長い黒髪に指を絡めながらそう尋ねる。

「ん…」

麻桜の短い答えを聞いて、京一の動きがいっそう速くなり、麻桜の身体が大きく仰け反る。

「ああっ…!あ…」

「うっ!」

二人は殆ど同時に絶頂を迎え、京一は麻桜の中に想いを叩きつける。

行為が終わって、身体を離した後、麻桜は京一の胸の上に倒れるように凭れかかった。

「汗…凄いな」

荒い呼吸を繰り返す麻桜の肌に触れながら、京一は独り言のように呟いた。

その言葉に、顔を紅くして、麻桜は京一から離れようと起きあがった。

「シャワー浴びてくる…きゃっ!」

自分から離れようとした麻桜の身体を抱き上げると、京一はバスルームに向かった。

そんな京一の首に手を回して、麻桜はされるままになっていた。

シャワーのコックを捻ると、暖かな湯の流れが二人を包み込む。

壁にもたれて麻桜がその流れに身を委ねてると、突然、京一の指が胸の蕾を掴む。

「なっ!」

驚いた様に反応する麻桜を見ながら、京一はもう片方の手を両足の間に割り入れて太腿を

開かせると、指を秘所に潜り込ませる。

「京一、ま…まだ…酔ってるの…?」

「ああ…ただし、酒じゃなく、麻桜にだけどな」

京一の指で中を掻き回されて、麻桜の内部が再び熱くなると同時に、先程受け止めた彼の

想いが白濁した液体に姿を変え、彼女の白い足を伝わってタイルの床に流れ落ちる。

「やあぁ…ん!」

麻桜の嬌声がバスルームの中に響き、京一は指で挟んでいた蕾の反対側を唇に含む。

弱い部分を攻められて、麻桜の身体は再び熱に侵され始めて、支えを求めて京一の身体に

縋りついた。そうしなければ、既に一人で立つ事すら出来ないほどに、麻桜は追い詰め

られていた。

全身を打つ水にすら、麻桜は感じてしまい、堪えようとするが唇の端から吐息が漏れる。

「はあ…ん、もう…やめて…京一…熱…い…。立ってられな…い…あふっ…ああ…あん!」

「寄りかかって良いぜ」

蕾を舌で転がして弄びながら、京一は短くそう言って、自分自身を麻桜の中に侵入させる。

「ふっ…くぅ…」

麻桜は、京一を受け入れながら、自分の中の嵐が通り過ぎるのを待っていた。

「…きょう…いち…も…う…あたし…これ…以上…駄…目…また…イッちゃう!」

壁に凭れかかり、瞳を閉じて堪えている麻桜に、全ての想いをぶつけた後、京一は深い

kissをする。

二人の熱を冷ますように、何時の間にかシャワーの湯は、水に切り替わっていた。

自分の中の熱が急激に冷えていき、麻桜は身震いする。

そんな麻桜を暖める様に、京一は麻桜の身体を抱き締めて、後ろ手でコックを切り替える。

温もりを求める様に、麻桜は京一の胸にもたれかかって、荒い呼吸を繰り返した。

そんな麻桜を、京一は、バスルームの外に用意してあったバスタオルで麻桜の身体を拭き、

それを身体の上にかけて体温が下がらないように包みこんで、一度床に下ろす。

自分の身体を拭った後、麻桜の身体をタオルごと横抱きに抱き上げる。

瞳を閉じて荒い息を吐く麻桜の体を、京一は寝室のベッドに彼女を横たえる。

「京一…?」

柔らかな感覚が身体を包むのを感じて、薄く瞳を開けた麻桜の黒髪に触れながら、

京一は再び麻桜を抱きしめる。

「すまねぇ。まだ、麻桜を感じたいんだ。できるだけ、優しくするから…だから…いいか?」

京一の言葉に答える代わりに、麻桜は自分から京一にkissをして、彼の首に腕を回す。

「麻桜?」

自分の肩に顔を埋めた麻桜の身体が微かに震えているのに、気づいて、京一は苦笑する。

「…」

「やっぱり、無理だよな。あんな真似した後に、こんな事言ったって…」

そう言って麻桜の身体を離して横たえると、彼女に背を向けて、自分も横になる。

「いいよ…」

呟くような小さい声に驚き、振り向いて彼女を見ると、麻桜は自分の胸元をシーツで

隠しながら起き上がり、京一を見つめていた。

「言ったでしょ、イブの時に。京一の事、愛してるって…。忘れないで、京一があたしを

感じたい時は、あたしも京一を感じたい時だって…」

そんな彼女の身体を抱き締めて、京一はベッドに横たえた。

「出来るだけ、優しくするからな」

「うん…」

その後、どのくらい交わって、何度貫かれたのかすら判らないまま、途中で意識を失った

麻桜が、眼を覚ました時、ベッドの中で京一の腕の中に抱き締められていた。

さっき、水気を拭った筈の身体が、汗で濡れていたら、もう一度バスルームに行こうと、

麻桜は自分の腕を反対側の掌で触れてみる。

そして、自分に先程まで京一が纏っていたシャツが着せられていて、身体全体がシャワー

を浴びた後の様に濡れているのに気づいた。

意識を失ったままの自分を京一がシャワーを浴びさせて身体を清めてくれたのだと知り、

横で眠っている彼を見つめる。

(京…一…)

彼の胸にもたれて、規則正しい心臓の音を聞きながら麻桜は瞳を閉じる。

(やっぱり…安心…できる…)

自分が一番安心できる人間に抱き締められている事に、麻桜は安堵した。

そして、何度も行われた行為のせいか、睡魔が再び彼女を襲う。

「京一…好きだよ…。ずっと…愛してる…」

それだけを小さく呟いた麻桜は、自分を抱き締めている青年の傍らで、再び眠りにつく。

「ん…」

カーテンの開かれていた窓から差し込む光で、麻桜は眼を覚ました。

起き上がろうとした麻桜を痛みが襲う。

「っつ…!」

激痛に、麻桜は顔をしかめて蹲りかける。

「…無理すんなよ」

倒れかけた麻桜の身体を支えながら、横で眠っていたはずの京一がそう言った。

「起きてたの?」

「麻桜がよく寝てたから、寝顔見てた」

京一は、身体を起こしながら、麻桜を横たえようとした。

「…!」

その言葉に、昨夜の行為を思い出して、麻桜の顔が紅く染まる。

「あ…あたし…朝食の仕度してくる…」

自分から離れようとした麻桜を、彼は引き止めた。

「メシの仕度くらい、俺がしてやるから、横になってろ」

自分を気遣う京一の腕を、微笑みながら麻桜は外す。

「いいの、今日はあたしが食事の仕度したいの。簡単なものしかできないけど…」

それだけを言い置いて、麻桜は寝室を出て行った。

その後姿を見ていた京一は、側に脱ぎ捨ててあったTシャツとズボンを身に着けて、

後を追ってキッチンに向かった。

「…」

手早く、ありあわせの物を使って、食事の仕度をしている想い人を壁にもたれたまま、

京一は見つめていた。

「京一」

突然、背を向けたままの彼女に、声をかけられて、京一は戸惑った。

「コーヒー党だって、知ってるけど…カウンターに置いてある飲み物でも飲んでて。

すぐに出来るから」

そう言われて、カウンターを見ると、白いコーヒーカップの中に茶褐色の液体が湯気を

立てた状態で入っていた。

「?」

カップを手にとって、京一は、一口液体を口に含む。

(!)

液体の甘さに驚いた次の瞬間、中身の正体を察して、半分以上飲み干す。

「ごめん…、やっぱり京一には甘すぎたんだ…」

京一の様子から、口に合わなかった事を感じて、麻桜が謝った。

「そんな事ねぇよ。麻桜が俺の為に、選んでくれたチョコレートだろう?」

そんな彼女の髪を片方の掌でかき回しながら、京一は笑った。

「それに、俺はもっと甘いもの知ってるから、これくらいなんでもねぇよ」

そう言って笑っている京一の手から、麻桜はカップを奪い取ると、残った中身を飲み干す。

「馬…!もったいない事すんな!」

そう言って、麻桜の手からカップを奪い返すと、中身が残ってないのを見て溜息を

漏らしながら、彼女を抱き締める。

「まぁ、いいか。もう一つ、甘いもの…残ってるしな」

そう言って、麻桜を引き寄せると深いKissをする。

「んっ…」

麻桜の口内に残っていたチョコの甘さを確かめる様に、深く舌を絡ませる。

「ふっ…」

息ができないほどのkissに、麻桜の腕が京一の背中に回されて、シャツを掴む手に

力がこもる。

「あ…」

麻桜は瞳を閉じて、その行為を甘受していた。

やがて、静かに身体が離れる。

「やっぱ、麻桜の唇の方が甘いな」

「馬っ…!」

恥ずかしい台詞に、京一を殴ろうとした麻桜の耳にケトルから響く沸騰音が聞こえる。

「!?」

あわてて、ガスを止めた麻桜の身体を、背後から京一が抱き締める。

「また…泊まりに来てもいいか?」

先刻とあまりにも違う弱気な言葉に、麻桜は微笑んで見せた。

「駄目だって言っても来るでしょ?」

自分より背の高い京一を見上げながら、麻桜はそう逆に尋ねた。

そして、彼の胸にもたれて瞳を閉じる。

「これからは、何かあっても一人で悩まないでよ。約束だからね」

「ああ」

京一は、麻桜を腕の中に抱き締めたまま、短く応えを返す。

「あたしが、一番安心できるのは、京一の腕の中なんだから。離しちゃ嫌だからね」

「判ってる」

二人は、見つめ合って、口づけを交わした後、抱き合ったまま、静かに時間が流れていく

のを感じていた。

お互いの温もりを確かめながら…。

(後日談)

月曜日、二人揃って登校した彼らは、仲間達からからかわれる事になる。

体育の授業があり、着替えの時に、小蒔が麻桜の首につけられたキスマークを見つけて

しまった為だったが、それで機嫌を損ねた麻桜が、京一を怒鳴りつけ、その後の一ヶ月間、

京一は、麻桜の部屋を訪れても、行為を禁止されるといういわゆる『お預け』状態を

くらう羽目に陥ってしまったのだが、それはまた別の話である。

 

 

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