| 秋沢陽吉 あきざわようきち |
第27回労働者文学賞(評論・ルポ)入選 「井上光晴・虚構のありか」 2015年『労働者文学』77号
『駱駝の瘤』 同人
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【HPコラム 2025・10】
青木実氏とは
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青木実氏(1927―2025) 2015年夏に初めてお会いした。私の入選作について。「井上光晴は『地の群れ』についていけなくてそれ以来読むのをやめていた。切実感をもう一度確かめようとは思わなかった。だが、今回の評論で目が醒めた。いい評論だ」当時のメモに書いてある。別の合評会の折に、木下昌明さんがこのメンバーの中には凄い人がいるとおっしゃった。青木実さんもそのひとりと思った。詩の審査では求める水準が高くほとんどを認めなかった。国鉄の全国ストを指令するときの緊張感に触れたこともある。ある時は私の恋人ですと福島瑞穂氏の応援名刺を渡された。
「操作場にて 日記抄3」(労働者文学賞佳作1991年)は素晴らしい詩だと感銘を受けた。全部を読みたくて探したがなかった。『青木実詩集 機関士霊歌』(1984年)を手に入れて読んだ。「「BEDの対話」「機関士霊歌」「事故・T」「事故・V」「ある始発駅風景?」「時計について」はとてもいい詩だと思った。他にも闘いを鼓舞する詩がある。
「自然主義的な生活派の、現実をそのまま写しとるという、従来あった方法から、青木の詩は一歩抜け出している」という評は的確だ。実験や様々な試みを行うところに個性が横溢している。55年頃は国鉄詩運動が盛んで、詩サークルの全盛時代だったと青木実は書いている。様々な詩誌に作品を発表し、編集にも携わった。62年には針生一郎と武井昭夫の推薦で新日本文学会に入会した。
この詩集の「「あとがき」に変えて」が実に面白い。波乱万丈と言いたいほどの華々しい活躍が描かれている。何といっても秀逸なのは国鉄新人賞を受賞した「BEDの対話」についての内容だ。選ばれるまでの顛末、毀誉ではなく褒貶の数々。そして大阪文学学校の講師が青木実の詩は論外であると否定する批評に対して抗う、歯に衣着せぬ物言いに驚く。青木実自身によって優れた作品であることが明らかになるところが読みどころだ。
労働者が自分の詩をひっさげて闘う姿勢はおそらくは労働運動の現場でも存分に発揮されたのではと想像する。略歴から引用する。41年に国鉄に就職。45年大宮機関区でSLの機関士となる。55年気動車運転士兼務で田端機関区へ転勤。61年、動労東京地方本部役員となり、68年公労法18条で不当解雇。翌69年より動労本部役員。法対、組織本部長から書記長を経て、現在特別中執。(現在とは84年)
この方と労働者文学会で同じ部屋で共に時間を過ごせたことを誇らしく思う。
国鉄民営化とは何か。地方の鉄道を潰し、都会の資産を売り食いして儲けようという企みだ。失敗ではなく資本が目論んだ通りになった。だから組合は邪魔ものだった。
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「世界は暗澹たる荒蕪地ーこれは人間の国か、フクシマの明日より」 2022
web労動者文学会作品集 (外部リンク)
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「流謫の行路」で
第六回 「丸山健二文学賞」を受賞!

いぬわし書房HP
2022年10月1日発行
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【HPコラム 2024・9】
『双葉町不屈の闘将井戸川克隆』日野行介、平凡社を是非読んでほしい
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3・11福島第一原発事故。メディアがもはや取り上げないから、終息したと思われている。汚染水放出やジブリの取り出し失敗が話題になる程度。 それもこれも民主党政権から自公政権が一貫して進めた後処理が表向き成功しているからだ。原発推進を国是とする経産省が中心となって悪政を進めた。甲状腺がんの被害者が多数いるのに原発由来の放射性物質のせいとは決して認めない。いかさまでしかない除染の言葉に騙されて放射能が消滅したと思い込まされる。セシウム137は半減期が30年。事故後何年経過したのか。ばら撒かれた放射性物質は除染しない山林や川や湖にじっとりと沈潜しては不気味に蠢く。測定もしない。健康被害も調査しないから因果関係は不明のまま闇に隠される。帰還困難区域が次々に名称と定義を変えて、何百年も近づけないとされた事故直後の真っ当な見方が書き換えられた。原発近くに住む人さえ現れた。3基のメルトスルーとメルトダウンを起こした世界最大の原発事故。政府が遮二無二進める政策の基本は放射性物質の健康影響はないという虚構。事故前の公衆の被ばく限度が1ミリシーベルトから度肝をぬく20倍の20ミリシーベルトに上げた。 しかし、ただひとり真の戦いを挑む人がいる。井戸川克隆だ。事故当時の双葉町長は加須市に町民を率いて避難し、仮の町を作る構想を提案。町長の座を追われたのも福島県知事選で敗北したのも彼個人の責任ではない。政府の施策の何もかもが間違っている。裁判は当初の弁護団とは異なる弁護士を選んで未だに延々と戦っている。「事故は終わったかのように言われているが、まだ終わっていない。いつもきれいごとばかり言って、被害者を除け者にして決めてきた。声なき声をいいことに県民不在で何でも決めてきた。声なき声を無視して幕引きしようとするのは間違っている」(県知事選挙演説) 田中正造と生き方が重なると日野行介が言う。調査報道記者を名乗る日野行介彼が全身全霊を打ち込んで書いた。
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【HPコラム 2023・6】
新型コロナワクチンの甚大な被害をどうする!
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「NHKがワクチン接種後急死を隠蔽」と植草一秀が3502日目のブログで重要な指摘をした。新型コロナワクチン接種直後に家族が亡くなった遺族の発言を、新型コロナ感染で死亡した遺族の発言のように編集して放送した数ある偽報道のひとつ。以下信頼できるブログから。「 2021年から国民総動員でワクチン接種が実施された。ワクチンは当初、感染を予防する効果があるとされた。しかし、その後、感染を予防する効果は低いことが一般的に指摘されるようになった。すると、今度は,ワクチンは重症化や死亡のリスクを減らすこととされた。しかし、その後、ワクチン接種を受けても死亡や重篤化を防止する効果はないとの専門家見解が示されるようになった。コロナウイルスの変異のスピードは速く、接種に使われるワクチンが変異後のウイルスには有効でないことも指摘された」。 効果が皆無なのにワクチン接種による被害は甚大である。
被害のひとつは日本の死者数が2022年に激増したことだ。「2021年、22年、23年の日本の死亡数は2020年 1,372,755人、2021年 1,439,858人、2022年 1,582,033人。前年との増減は2020年 −8,338人、2021年 + 67,103人、2022年 +142,175人。2020年の死亡数は前年比減少。2021年の死亡数増加は東日本大震災が発生した2011年の56,054人を超え、1936年の68,342人以来、85年ぶりの多さを記録した(数値が不明の第2次大戦中を除く)。2022年の死亡数増加は2021年の倍以上であった」。「コロナパンデミックが発生したのは2020年。この年の死亡数は前年比で減少した。ところが、2021年、2022年と死亡数が激増した。2020年と21年および22年の相違はワクチン接種の有無」。「ワクチン接種の甚大な影響と考えざるを得ない」。
また被害の二つ目は「接種後急死などの副反応が多数報告されたことだ。接種後急死者が4000名も報告されている」。しかし、「政府はほとんどのケースでワクチン接種との関連性を認めていない。健康被害が生じた場合、厚労省の健康被害救済制度を利用するためには、健康被害補償を申請しなければならない。5月8日時点で7473件の健康被害補償申請が受理されており、審査済みが2941件、審査未了が4532件。審査済2941件のうち2595件で健康被害が認定されている。うち、死亡事例は53件。被害認定されなかったケースが346件。申請があり、審査が済んだ事例のうち、88.2%で被害が認定されている。「ほとんどのメディアが新型コロナワクチンの健康被害について報道しない。しかし、史上空前の薬害被害が広がっている疑いが強い。徹底的な検証が求められる」。新型コロナ騒動を煽った狙いはワクチン接種にあったと私は考える。次の数冊を読めば理解できる。『コロナパンデミックは、本当か?』(日曜社)『計画された!コロナパンデミック』(成甲書房)いずれも著者はスチャチット・バクディ、カリーナ・ライス。『新型コロナとワクチンのひみつ』(近藤誠、ビジネス社)『「副作用死」ゼロの真実』(近藤誠、ビジネス社)等。小さな本にこそ真実がある。
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【HPコラム 2022・10 前半】
丸山健二文学賞なんて
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文学賞の受賞者をただひとりの作家が決めることがあっていいのか。芥川賞でも川端康成賞でも何人かの作家が話し合って決めるのが通常で、選考会が開かれるまでに複数の人が関わってセレクトされる。ところがその過程を経ることなく、小説を読み評価するのがたったひとりの作家とは、まるで神様か独裁者のようではないか。
丸山健二は「文学賞宣言」で現代小説には文学の本道から外れた低級な作品しかなく、近代文学もまたさしたる収穫はないと次のように断じる。
「文学における真の狙いはどうでもよくなり、芸術性の理念などどこかへ消し飛んでしまい、中身たるや娯楽性をますます強め、言葉はただ単に万人受けする物語を万人に伝えるための道具と化した」。「安っぽいナルシシズムと安直な散文によって構成された、読み捨て用の作品を大量生産し、大量販売するという、最も安直で、最も下世話な路線を突き進むことを主たる眼目として、また、それが文学の王道であるという自分たちにとって都合のいい解釈と誤解に身を投じながら、惰性のままにだらだらとつづけてきた結果が、このザマという、あまりと言えばあまりな、当然と言えば当然の、恥ずべき答えを出すに至った」。「低級な作品のなかから一番を選び出すという悪習によって、あるいは、年功序列という売り上げと薄汚い政治的な力関係によって、あるいはまた、数々の文学賞や、芸術と言えども服従させたがる国家が授けるさまざまな賞や、芸術院の会員のごとき反芸術的な権威によって、どうしようもない作品が傑作の衣を纏うことになり、それらしいポーズを付けてみせるのがやっとのお粗末な書き手が文豪と呼ばれるようになり、作文に毛が生えた程度の、吹けば飛ぶよな苦悩を恥ずかしげもなくさらけ出すというお粗末な内容の稚拙な代物が名作などと称せられ、堂々と罷り通ってしまうようになった」。
どうしようもない作品には川端康成や大江健三郎や三島由紀夫や村上春樹も含まれる。
人間とは何か、この世は生きるに値するかという根源的な思想を丸山健二は小説によって見事に描き切っている。めくるめく圧倒的な読書体験の後には深い感動がもたらされる。
するうちに、私は文豪や名作とされる小説の序列やそれを支える文学にかかわる理屈の虚飾が剥がれていき、小説そのものをわが目で読めるようになった。丸山健二が作家となって10年以内に書いた『赤い眼』や『シェパードの九月』に匹敵する文学性を備えた作品は川端にも大江にも三島にもないし漱石にも一篇もないだろう。こんな感想を持つようになってしまった。
書下ろしだけを刊行するようになった『千日の瑠璃』以降30年、丸山健二は真文学のはるか高みへとぐんぐん突出していった。『夢の夜から口笛の朝まで』になると読める人が極端に少なくなり、50冊しか売らない最新作『BLACK HIBISUKUS』はどれほどの人が読み通せたか。
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