高橋省二 たかはし せいじ

社会人講談師 高橋織丸

憲法寄席




2024年5月19日(日)
午前11時45分開場 12時15分開演
北とぴあ(ペガサスホール)
木戸銭 1000円



「日曜に想う」有田哲文
訴え届ける選挙演説 必要なのは

古くからある講談をもとに、経済格差への怒りを織り込んだのが社会主義者の堺利彦(1871〜1933)だった。「社会講談」と銘打って雑誌に載せた物語には、貧しい人を相手にしない医者や機織りの女性たちを搾取する豪商などが出てくる。堺の作品をいまも高座にかける社会人講談師高橋織丸さんによると、その筆致に芝居心を強く感じるという。「芝居や歌舞伎、講談を相当みていたに違いない。どうすれば庶民に訴えが届くのかを常に考えていたのではないか」

『朝日新聞』2023年4月16日(日)朝刊



『講談で核を語る』 DVD 送料込み1000円

@ 2020年9月11日霞が関経産省前
「テントひろば」での辻講談のライブの模様

A 2020年9月13日神田香織講談教室
自主発表会の模様




核問題を語る社会人講談師  


張り扇で釈台を「パパン!」とたたき、話術によって物語をリアルに紡ぐ講談。プロではない社会人講談師として、核問題にまつわる創作講談を発表してきた。東京都内の区役所を定年退職した後、興味のあった講談で一芸を身につけようと、講談師・神田香織さんの教室に入った。翌年にデビュー。各地に出向き、高橋織丸の名で高座にあがる。

終戦の2年後に広島県で生まれた。被爆者の父は多くを語らなかったが、髪が抜けたり、体がだるくなったりするたびに、病に侵される恐怖を口にしていた。2011年に福島で原発事故が起き、ボランティアとして現地に通うようになった。「放射能が体に入っているから子供を産めるか心配」「結婚は敬遠されるかも」。不安を抱え、差別におびえる人たちの姿が父と重なった。終わらない核被害を前に、考えた。「庶民の怒りを代弁するのが講談の役目。大衆性があるから若い人にも聞いてもらえるかも」

新作は、米国が1954年に太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験をテーマにした。日本の漁船も被爆し、多くのマグロが捨てられた。話は、原水爆反対の署名運動が全国に広がり、「平和利用」という名のもとに原子力発電が推進された歴史へと続いていく。「原爆と原発は無関心じゃない」。そんな思いを込めている。

 (朝日新聞 朝刊「ひと」 2020年3月2日) 文・写真 西村奈緒美




【HPコラム 2021・9】

今なぜ小熊秀雄か―小熊秀雄生誕120年「第39回長長忌」によせて

高橋省二

 詩人小熊秀雄(1901〜1940)の活動と作品に込められた詩精神を継承するために、1978年に創樹社から「小熊秀雄全集」(全五巻)が刊行されたことを契機に、当時創樹社代表の玉井伍一氏と詩人の木島始氏らが中心となって小熊秀雄協会が設立され、以後毎年、「小熊秀雄文学賞」の発表を兼ねた「長長忌」が行われてきた。

 今年は生誕120年という節目の年でもあり、より多くの人に小熊の作品や活動を知って欲しいということから、私たち「憲法寄席」が協力して朗読、講談、歌などによる構成舞台「今こそ時代と向き合い しゃべりまくれ〜小熊秀雄を語り、歌い、唸る〜」(仮題)の上演による「長長忌」を開催します。(11月28日(日)13時半〜、東京・文京区民センターにて)

 私と小熊秀雄作品との出会いは、発刊時での全集購入後は、グループ演劇工房公演「土の中の馬賊の歌―小熊秀雄と今野大力―」(2005年)や「憲法寄席」創作集団公演「長長秋夜―小熊秀雄と朝鮮―」(2019年)に続いて、今回の「長長忌」で3回目となる。しかし毎回、「いまなぜ小熊秀雄か」を突きつけられ、改めて作品を読み返している。

 小熊は、戦前のプロレタリア文学運動の中でもアヴァンギャルド精神に溢れた型破りな詩人だといえる。治安維持法によってプロレタリア文化運動が弾圧され、多くの詩人や文学者たちが沈黙を強いられている時代に、詩「しゃべり捲れ」を発表。さらに植民地主義に根差した「日本的なるもの」への鋭い批判やアイヌや朝鮮、中国の民衆への連帯の視座をもった優れた作品を書きのこしている。

 小熊は、池袋モンパルナスという文化村に住み、若き芸術家たちと安酒で激論を交わし、自ら詩を朗読したり、童話・小説・評論、さらには絵や漫画の台本まで手掛けるなどジャンルを超えて活躍した。特に画家や漫画家、詩人たちとともに「サンチョ・クラブ」を結成し、笑いと風刺を武器にした総合文化運動誌「太鼓」の発行など、常に時代に抗い文壇や左右の硬直した思想や表現を辛らつに批判し続けた詩人でもあった。

  昨今、植民地時代の反省もないどころ正当化し、再び中国、朝鮮を敵視排除する政治家が、長期にわたりこの国の政権を担い。その結果、メディアや文化はすっかり懐柔・自粛させられ保守・反動化しているのが現状である。それだけに今日、改めて小熊秀雄から学ぶことが多いのではなかろうか。