木村 和





   野豚狩り地獄


            木村 和

兵役体験を林業労働退職者たちが語り合った時

遠い思い出話におちいりながらも

戦友の死は悔しそうに語り残虐行為については避け

大陸転戦と南方で戦った者とでは戦況も違い

一兵卒として語れることはわずかだった

フィリピン戦線にいたSさんが凄惨な話をした


密林に布陣したSさんの部隊は敵の餓死戦略を嘲り

土民と呼びすてた島の人びとの住居を襲って

食糧を略奪し抵抗する人びとは殺害した

親たち年長者から解体して調理した

それを上官たちから順に食べた

野豚狩りとして兵卒を指揮しやらせるのだ


でも野豚食いは兵卒にはほとんどまわってこない

野豚狩りを嫌がると察知されたら報復される

そのために部隊内で食べられた兵卒もいた

名目は戦病死とか何とでもつけるのが軍隊だ

落伍した友軍兵を食ってしまう組織なのだ

生きのびるためSさんは命令を絶対に守った


野豚狩りを命じた上官らは軍事法廷で裁かれたが

実際に処刑された者はほんのわずかである

自国民を食べられたフィリピンの大統領はなぜか

全員を特赦、皇軍兵どうしの食べ合いは不問

復員後も何も問われず恩赦によって

それぞれ故郷に戻ることができた


その後は内地の故郷を離れ北海道各地で働き

家庭をもつことなく生涯独り身で過ごした人

私が知った頃のSさんは温厚寡黙な雰囲気で

まさか野豚狩りを語るとは思わなかった

Sさんは望んだとおり天皇よりも一年長く生き

一九九〇年にこの世から去った




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「野豚狩り地獄」
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