篠原貞治  しのはらていじ


1975年 「ろう城九十時間」 第12回「総評文学賞」受賞

1970年 「灰色の霧の中で」 第7回「総評文学賞」受賞 


前労働者文学会代表幹事


【HPコラム 2023・5】

振り回される情けなさ

                篠原貞治

 4月13日、朝のNHKテレビ「あさイチ」の番組で「『東京練馬区「らんまん」の舞台へ 都会と思えない魅力』という番組を放映するという予告があった。私は、練馬区の大泉学園町や埼玉県和光市・朝霞市に深く入り組んでいる新座市に住んでいる。これらの町と同じ生活圏に住んでいるといってよい。「らんまん」は牧野富太郎をモデルにしている。練馬区の東大泉に「牧野植物園」があり、何度か足を運んだことがある。同じ町内に息子たちも居る。そんなことがあって、4月13日は朝から前述のNHKの番組にチャンネルを合わせていた。その前に中国から黄砂が飛来するという予報もあり、現に北海道あたりに飛来しているということがあって、私は念入りに部屋の掃除を済ませていた。私は、黄砂は地球の自然現象であって、マスコミのなかに、ともするとある、元凶は中国大陸だと非難を持たせるようなこととは思わない。最近、妻は肺炎で緊急入院しているし、花粉症で悩んでいることもあり、黄砂を警戒しているが……。
 8時近くになった。突然テレビの画面が変り「Jアラート 国民保護に関する情報」として「北朝鮮からのミサイルが午前8時頃、北海道付近に落下するとみられる」「直ちに避難、直ちに建物の中、直ちに地下に避難してください」「屋外にいる人は、頑丈な建物や地下に……」と切羽詰まったアナウンスが流れた。その文字と共に北海道の留萌、奥尻島、江差、松前、函館の様子が映し出されていた。どのテレビにも同じような画面が映っていた。私は、放送の初めは、ミサイルは例によって日本のEEZの外側に落下するだろうと高を括っていたが、放送の様子から只事でないぞという気持ちに変わり、画面を見つめたていた。人の声も車の音もまったく聞こえない。突然「バタッ」と何か落ちる音がした。急いでキッチンに入って見ると、妻は流し台の下にある棚に食器を収めているところだった。棚のあるドアを足で閉めていたのか。もっと静かに閉めてよ、ミサイルが落ちたのかと錯覚するじゃないかと心の中で思った。
 その後のテレビ放送で「ミサイルは日本海域に落下した可能性なし」の情報があった。「では何処へ飛んで行ったのか?」「北朝鮮が落下させる位置の照準を誤ったのか?」という疑問に捉われた。「日本のレーダーから消えた」という。テレビでは、相も変わらず北朝鮮のミサイルを積んだ車列や金正恩総書記の敬礼している姿を映していた。
 息子が新車を買ったと言う。EV車、電気自動車らしい。「黄砂を洗う時は泡沫洗浄機でないと傷が付くっていうぞ」と言うと、「そんなことは分かっているよ」と言う。私は避難する時乗せてもらおうかと思う。この土地は基地にも面している。沖縄と同じだ。練馬区、和光市、新座市にまたがっている朝霞の陸上自衛隊駐屯地や練習場がある。災害時だけでなく、争いが起きると沖縄と同じくミサイルで狙われるに違いない。その時、避難するのに息子の車に乗せてもらえる可能性があるだろうか。私は、妻同様長く歩けない。


【一口コラム 2022・2 B】

『労働者文学』90号「カンナナの坂」「笑天峠」について

                篠原貞治

『労働者文学』90号の「創作特集」には、7作品が掲載されている。それぞれ読み応えのある作品である。特に三上広昭「カンナナの坂」と浅見幸夫「笑天峠」は、同じ郵便配達員が主人公で、共通点もあり、比較しながら読み進むことが出来、両者の作品には共に面白さがある。「カンナナの坂」の主人公は「岩垂」、「笑天峠」の主人公は「透」。
 岩垂は、元新聞配達員で、現在郵便配達員のアルバイト。時給1060円。社員への登用試験を受けようと正社員と同じ配達員として仕事に励んでいる。岩垂の朝は、皆と同じく、点呼、体操、郵便物の組立、書留のバ−コード入力、携帯品の確認から配達の準備、地下でのバイクの点検・清掃、トイレを済ませ、配達に出発する。配達に使うバイクは皆250CCだが、岩垂の使うバイクは50CC。馬力もなく坂を容易に上がれないバイクで誰も乗り手がいない。そのバイクに自分から手を挙げたのは岩垂だった。これから登用試験を受けようとする岩垂は、上司に自身の印象を良くしておこうという気持ちがあってのことだろう。労働者にとって雇用が何をおいても優先すると考えるから当然と思える。岩垂はバイクの件だけでなく、上司の指示にも忠実だ。多く持たされる書留郵便、未配達があったというクレーマーへの対応、年賀葉書の予約取り、日曜出勤の要請に応え、間違いなく配達したことの証拠として自撮りするビデオの携帯など、反論も文句も言わず受けていた。
 岩垂は、暗くなった時必要なライトをヘルメットに2個も装着し、午後の配達に出る。午前中の配達が終るのも、午後配達の終了する時間も遅いらしい。太った体躯を50CCのバイクに跨って走り回わる様子が読者にも見えるようだ。同僚は、環状7号線に出る坂通称「カンナナの坂」をうまく登れるか心配してくれているのを知っていて、岩垂は慎重に運転していた。
 配達区域内に、通称「亀池マンション」がある。そのマンションの1DKに母子が住んでいる。昼間母は留守、小学低学年の少年1人だけだ。母は少年に「書留郵便を受け取るな」と言われているという。少年には、書留とはどんな郵便なのか、何故受け取ってはいけないのか理解していないらしい。少年は岩垂に質問する。「カキトメって何?」「ハイタツショウメイって何?」「知らない人に部屋を教えてはダメって」。質問は亀他の亀にまで及ぶ。「亀って何食べるの?」と聞いてくる。「何でも食うだろう」と岩垂。「亀は死ぬまでここを出られないの?」「困るようなユウピン来たらどうするの?」と言うから岩垂は「捨てるんだな」と言うと少年は「捨てていいの?」というから、慌てて「ダメに決まってろだろ」と答えていた。
 岩垂は自分の撮ったビデオを再生して見る。ビデオに少年が写っている。少年は「亀、やっぱりユウビンを食べなかった」と言っている。岩垂は「パカっ」と独り言を言った。
 日曜日の朝、岩垂は一人作業に奮闘していると、玄関に例の母親と少年が出て来た。じじばばの所へ引っ越しすると言う。母親がタクシーを探す間、少年はバックから何通かの郵便物を取り出し、集合受け箱の上へ放り投げた。少年は郵便物をバッグに保管しているらしい。母子は嬉しそうにタクシー乗り場の方へ行った。
 作品を読んで感じたことは、郵便配達員という職責を超えた人間愛というか、人間に対する優しさのある岩垂に好感をもった。
「笑天峠」の主人公透は、郵便配達員で、配達区域は山地の過疎地で限界部落と言われている。空き家も多い。透は誰も望まない「配達センター」へ転勤を命ぜられた。当時、透は配達の主流を外れた思いで脳んだが、転勤辞令は絶対なものだし、体操の時課長の「声を出せん奴は手を挙げろ」と言うから声に手を挙げてしまった。そのため課長に睨まれたのだろうと思った。そのことを超え透は森林浴に出かけるような気持になった。缶コーヒーやドリンクを貰うこともあると思い直した。透は人生の半分を超え、体操も体に堪えるようになっている。それで課長の「声を出瀬ない奴……?」に応えてしまったのだった。      ,
 透の高校時代の同級生「悟司」は、一度関東へ帰って来たが再び関西へ行き、亡くなったという噂だ。けれどはっきりしない。父親の力夫に確かめようと書留の配達に向かう。透の友人だった「康晴」は、九州で刺されたとの噂で、いずれ確かめようと思っている。
 透の心の底には、知人や友人を求めこの過疎地を元のように楽しく賑やかな所にして、ここで生きようとする希望を持っているかのようだった。
 きつい坂道を上り力夫の家へ。力夫に書留を渡し、悟司の消息を聞く。力夫は刺すような視線だったが、ややあって「あいつは親不孝もんで、ずっと帰って来てねえんだ」と言う。透ははぐらかされた思いだった。「ヨネ」の家人行く。ヨネは坂の上で待っていてくれた。ヨネは一人暮らし。花を植え、人を喜ばせようと仕事をしている。「花木を植えるのは人の魂が木に宿るっていうから」と言う。「ならば、この峠は昇天峠だ」「まてよ、笑うと天を掛けて、笑天峠だっていいじゃないか」と笑った。
 この作品、知人や友人を求め生きようとする透やヨネに好感を持った。以上二作品に通じるのは、明らかされていない部分があちこちにあり、ミステリー風で、そこを探る面白さがある。また、郵便配達員は、郵便物をポストに入れるとか、速達なら手渡しハンコを貰えば職責を果たせるのに、二人の主人公は、宛先の人間に近づき知ろうとする優しさに好感を持った。