塩野光弘 しおの みつひろ




第8回 労働者文学賞 (1996年)  
小説 佳作

「残弾」

  
『群雲』  「群の会」(年2回発行)




『遥かなる残影』自撰集T 家族編 2015年

『遥かなる幻影』自撰集U 職場・地域編 2017年

『遥かなる地平』自撰集V 2019年




【HPコラム 2023・3】

亡骸と化す9条

              塩野 光弘

 小学3年の秋だったか、担任が「新しい憲法の話」をした。「これから先日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。放棄とは「捨てる」ということです。しかし心細く思うことはありません。日本は、正しいことを、ほかの国より先に行ったのです」。幼い心に、正義と新日本建設への熱い思いが伝わってきた。
 だが、この「憲法9条」は2015年、安倍元首相の「安全保障法制」で、ほぼ死命を制された。そして今次国会では、『敵基地攻撃能力の保有』が案に上がった。岸田首相は、自衛のためなら、ミサイルを撃ち込んでも「憲法の範囲内である」と繰り返した。問題は、この「憲法の範囲内」である。自衛隊の武力行使に、なお憲法9条の制約があるか否かの真摯な突き詰めた憲法論議が行われていないのだ。
 政府が根拠に上げたのは、1956年の鳩山一郎首相の「座して自滅を待つべしというと言うのが憲法の趣旨だとは、どうしても考えられない」との古色蒼然とした回答であった。
 戦後の米軍の駐留は戦略的意味を持つが、「戦力」を保持しない日本の自衛能力を補完するものとして、沖縄を含む基地を提供し、その費用を負担してきた。これが現実的な日本の平和主義の証であり、「盾」に徹しての専守防衛と、憲法9条が実力組織である自衛隊の装備に嵌めた唯一のタガではなかったのか。それを外すことは憲法9条を第一義的に論議せねばならない。
 5万人を超す在日米軍の存在を指摘すると、岸田首相は「今や米軍に依存せず、自ら守る努力が不可欠だ」と驚くべき返答をした。どういう意味か。「政府は憲法解釈を変えたのか」と考えるのが普通だが、首相は「変更しておりません」としらを切った。これが国会での討論である。
 何と杜撰な論議なのか。単に憲法の議論を避けて通りたいだけではないのか。本来ならば国家権力を縛る『憲法』を、解釈的変更を行い、時には政権が勝手気ままにねじ曲げる。そして曲げたことすら認めない。勿論謝罪などまったくない。
 圧倒的勢力の自民党政権の「黄金の3年」はどこまで続くのか。もしも憲法9条の平和主義が時代にそぐわず、現在の自衛隊では、この国を守れぬと考えるならば、トマホーク購入以前に正面から国民に訴え・問うべきではないだろうか。
 憲法の規定に反する立法や施策を積み重ね、法治国家の名を汚し、立憲主義をないがしろにしていく。そして亡骸と化す9条が消えていく。


【HPコラム 2021・11】

劣化する日本

              塩野 光弘

 バブル崩壊後の「失われた30年」に私たちの賃金はどのように変化したのか。IMFの統計に愕然とする。GDP(国内総生産)は世界3位ながら、この30年間を比較すると中国は37倍、米国は3・5倍なのに日本は1・5倍に過ぎない。

 賃金を比較すると更に格差が開く。2020年の日本の平均賃金は、加盟35カ国中22位で約424万円だという。この30年で日本は4・4%と横ばいだが、米国は47・7%増、英国44・2%増である。明らかにアベノミクスの失政である。

 同様に00年には世界1位だった日本の製造業の生産性は、18年には16位に後退し上昇の兆しはない。これが日本経済の現在値である。

 この状況下でパンデミックが襲った、「コロナ禍」である。露呈した医療構造の脆弱さは多くの人が論じている。問題点は医師の絶対数の不足であった。しかも、日本の全病院数の約80%を民間病院が占めている現実は重要である。日本の医療の中核を担うのは民間の中小病院なのだ。仏国や独国では公的セクター病院が全病床の65%〜85%を占めるという。日本の民間の中小病院は戦力にならなかったのである。結果的にはいわゆる「公」の支えが限界に達し、ご承知の如く「在宅死」という無惨な結末を迎えた。

 日本は「医療機能の分化・連携」の名のもとに国・公立病院を減らしてきた。明らかに安倍―菅政権の敗北であったと言わざるを得ない。著名な経済学者の宇沢弘文さんが唱えるように「医療は社会的共通資本」なのだ。

 突き詰めて言えば、日本は緊急医療体制の拡充を通してPCR検査と隔離を実行するという方向には向かわず、感染症対策を最小限で済ませようとしたことである。つまりそこには、人々の健康を守るという現状維持が「最善」であるとの口実を隠れ蓑にして、逆説的には人々の生命を犠牲にしていったという偽善と倒錯がある。

 「トリアージ」という恐るべき言葉が出て来た。
 「生」に序列は絶対に為すべきではない。