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 白いカラス         村松孝明
  最近、白いカラスを見かけるようになった。ほとんどの人々は、あれ以来だと感じていた。あれというのは、最高権力者が公の場で、『カラスは白い』と言ったことだ。ご本人は気まぐれの戯言だったのかも知れない。あるいは、権力を完壁に掌握したことを確かめたかったのか、どちらにしても迷惑な話だ。

 大臣や官僚も鶴や白鷺でもあるまいしと、内心小バカにしていた。しかし、正面切って、反論する者はいなかった。誰もが間違いだとわかっていたが、触らぬ神に崇りなしと沈黙を通した。その結果、お互い探り合う微妙な空気が流れた。その状態に堪りかねたある大臣が『カラスは黒い、白いカラスなど見たことないわ』と、放言したのだ。大臣の子守役をしていた官僚は慌てた。『黒ではなく、限りなく自に近いグレー……』と、いかにも役人らしい詭弁で助け舟を出した。

 最高権力者の耳には、そんなチマチマした話は入らなかったかも知れないが、その取巻きは許さなかった。大臣なら誰もが受け取っている賄賂を問題にされて、刑務所にぶち込まれた。官僚は北国の人口三万足らずの副市長に島流しになった。噂では毎日寒さに震えているという。そのように処分したとされる人物は、権力者の右腕に抜擢された。

 国立大農学部の教授は、白いカラスを十数羽捕獲したとインターネットに動画付きで発表した。その教授の研究室には、例年の十倍の研究費が付いたと話題になった。小学一年の教科書に、初めてカラスは白いという文言が掲載され、文科省の検定に合格した。カラスは黒いと書かれた教科書は、不合格となった。特に上部からの指示もないのに、従来の教科書を生徒に墨で消させる教師まで現れた。そのような教師は例外なく出世した。困ったのは一般の教師たちだ。今まで黒いと言ってきたのに、急に白いと教えなければならないのだ。良心的な教師ほど頭を抱えてしまった。しかし、それほど心配することはなかった。白いカラスが日ごとに増えてきたからだ。原発事故の影響で突然変異が起きているのではないかと、心配する者もいた。

 大手出版社の編集会議では、著名な民俗学者の重版に当たって、『黒い鴉』の部分をどうするかで揉めていた。歴史的な名著に手を加えるべきではないとする者と、発禁にでもなったら大損害だという者に分かれて、議論が沸騰した。

 ある朝、私は新聞の折込広告に目が留まった。手すき時間を利用して、誰にでもできる簡単な仕事。時給1500円。時間を持て余していた私は、場所も近かったので飛びついた。廃校の跡地に、箱のような四角い建物が何棟も建っていた。看板にはホワイト研究所とあり、幌付きの小型トラックが頻繁に出入りしていた。仕事の内容は一切公言しない、という書面にサインを求められた。白衣を着て仕事が始まった。麻酔を打たれたカラスに、特殊なスプレーをかける仕事だった。

 



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