沢村ふう子 さわむらふうこ |
【HPコラム 2026・10】 まかり通る「性差別」 皇室典範「改正」の意味するもの |
| 二〇二六年の七月、あっという間に二つの悪法が成立、怒りと嘆きはおさまらない。言わずと知れた「国旗損壊罪」法と「皇室典範改正」法である。いずれも憲法違反になるのではないか。ここでは「皇室典範改正」について、両性平等の精神から考えてみたい。 そもそも現憲法が象徴天皇制を定め、その皇族たちは一般国民の持つ「基本的人権」を持たないと位置づけられていることに、根本的矛盾があることを想起しておきたい。同じ敗戦国イタリアは国民投票により、王政を廃止し共和政国家となった。日本では、占領軍が日本統治を進める上で「天皇」の利用価値を認め、また戦争責任を逃れて「天皇」自ら日本全土を差し出し保身をはかって天皇制が残った。日本では「戦前」と「戦後」は断絶していない。 それ故に、「男系男子」のみが皇位継承資格者となる明治「皇室典範」が継承されてしまった。今回の「改正」により、旧宮家の男系男子を養子に迎えてそこに男子が生まれれば皇位継承権があるという制度が加えられた。徹底した女性排除であり、天皇家及び遠い血縁にいたる親戚まで、女性は男子を産むことが期待される。血統が薄れてもともかく男子でなければならない。しかも「神武天皇以来の二六〇〇年」を持ち出してもいる。まさに戦前の「大日本帝国」である。 国連の「女性差別撤廃条約」が日本で批准されたのは一九八五年、性差別が明確に定義された画期的条約である。その批准のための国内法整備で「男女雇用機会均等法」が出来た。その後も同法の改正が重ねられて、性別を理由とする差別禁止、間接差別やハラスメントの禁止などが成立していったが、「罰則や強制力の不足」「賃金格差・非正規増加」など解決されない問題点も指摘され、「両性平等」は道半ば、時にバックラッシュも起きている。今年発表されたジェンダーギャップ指数でも一一七位(一四八カ国中)という低位が続いており、今も固定的な性別役割分業は根強く残っている。これが「女性差別撤廃条約」「男女雇用機会均等法」の四〇年後である。 この間、教育現場で働いていた私たち女性は、一九八〇年代から、「性」による区切りが差別になっていく構造を変えていくために、「両性同一カリキュラム」(特に家庭科・保健体育)を求め、また「性別名票」から「混合名表」に変える運動をやってきた。また賃金も社会保障も、「性別役割分業」を基本とした「世帯単位」で制度設計されているが、「個人単位」の制度にすべきという主張もしてきた。女性も男性もともに働き、家事育児を担い、税金を納めるあり方が、賃金格差など差別をなくしていく筈である。女性の進学率も上がり、多様な分野への進出も進んだ。しかし一方で「グローバル資本主義」の進行は、より安い流動的な労働力として大量の非正規労働者を作り出していく。多くの女性が非正規労働者になり、その流れは今も止まらない。 そこに、今回の「皇室典範改正」は女性排除を公然と打ち出したことになる。王政を維持する国にあっても、両性平等原則から女性も王位継承権を持つように変える国も少なくない。日本は文字通りの逆コースである。二一世紀の今日、日本では「選択的夫婦別姓」すら通らず、多くの女性は低賃金で働き、家事育児をこなし、シングルマザーは貧困の暮らしを余儀なくされあえいでいる。これでは憲法の保障する「両性平等」は真っ向から否定され、私たち女性の尊厳が傷つけられている。今こそ、象徴天皇制と基本的人権の矛盾から考え直してみるべきではないだろうか。 |
| 【HPコラム 2025・12】 労働者のみえなくなった時代 |
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過日、現役時代の組合運動に関わった人たちが七十代、八十代になって、「最後の顔合わせ」になりそうとの思いで集まった。二十名近い高齢者がそれぞれの健康状態を体現しつつ席についた。 |
| 【HPコラム 2025・1】 沖縄・・・米軍基地と性犯罪 |
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昨年の12月初旬、1週間程沖縄で辺野古の抗議行動に参加した。その時に高里鈴代さん(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会共同代表)の講演を聞く機会があった。「米軍基地と性暴力事件」と題して、米軍が上陸した1945年から80年にも渡って続いている米兵による性暴力の実態と背景が語られた。 (1)1945年〜280件 米軍上陸から敗戦、占領、ベトナム戦争(1955〜1975)中に起こった性犯罪は際だって多い。「午後3時頃、母親と畑の除草中の24歳の女性、ジープで乗り付けた米兵2人に林の中に連れ込まれ、強姦される」美里村(1947)、「6歳の女児が、嘉手納高射砲隊所属の米兵に拉致、強姦され惨殺される(由美子ちゃん事件)」石川市(1955)、「午後2時頃、市場に向かっていた19歳の女性、米兵3人の乗ったワゴン車に引きずり込まれ、農道で2人に強姦される」コザ市(1968)など暴力的な荒っぽい性犯罪が頻発した。沖縄の本土復帰(1972)から徐々に件数は減ったが、95年に起こった「3米兵による少女レイプ事件」に対する県民の怒りは85000人の県民大会になった。翌年にSACO合意で負担軽減がうたわれたが、実質は基地機能強化と普天間返還の代替として辺野古新基地建設が決定された。その後もレイプ殺傷害や未遂も含め10件から20件近い事件が記録されている。中でも2016年にうるま市で行方不明になっていた20歳の女性が、レイプ後殺害、1ヶ月近く後にその遺体が発見された事件は傷ましい。これらの背後には声をあげることが出来ず泣き寝入りしたケースも多い。本土でも性犯罪はあるが、沖縄では米軍人軍属による性犯罪がほとんどである。 |
| 「下北半島から北海道・泊原発への旅」 2017年 web労動者文学会作品集 「「大東亜共栄圏」という神話を考える 火野葦平から」 第34回労働者文学賞2022 評論/ルポの部門 入選 『労働者文学』91号(2022年) 沢村ふう子作品集 『ともに在る/ともに生きる』 2018年 自家版 「ともに在る、ともに生きる」 第24回労働者文学賞 小説の部門 入選 『労働者文学』71号(2012年) 「時給八百円也」 第22回労働者文学賞 小説の部門 佳作 『労働者文学』47号(2010年) |
| 【HPコラム 2023・9】 旧宗主国 VS 旧植民地 |
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あまり報道されていないが、ロシアへの経済制裁に参加している国は国連190カ国余の中で40カ国に満たない(2023年4月)という。アジアでは日本・韓国・台湾・シンガポールのみ。何故か。 |
【HPコラム 2022・8 後半】![]() 「場所からたどるアメリカと奴隷制 の歴史」を読んで |
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(アフリカ系アメリカ人クリント・スミス著・原書房) この本を読んで、今現在もアメリカでは「奴隷解放未だならず」と言うべきだということに衝撃を受けた。著者は奴隷制の物語がいまもなお生き続ける場所・・・八カ所を訪ね歩いた。「奴隷解放宣言」から一世紀半以上たっていても、なおこの国では黒人が差別・・・貧困や暴力・・・にさらされている。普通、歴史は時間軸に沿って叙述されていくが、著者はアメリカの広大な地域を巡って、歴史を横空間に広げて展開する。奴隷制度がなくなった今なお、奴隷の子孫たちが苦しめられている現実とその構造を、実にたくさんの事例をもとに、読者の目の前に見えるように叙述した。訪問先のガイドの説明やツアー参加者の表情、その場所の描写などが具体的に述べられているので、あたかもそこに自分が参加しているかのような臨場感のある記録になっている。私たちは「ブラック・ライブズ・マター」が起こらざるを得ないアメリカの現状をあらためて知らされるのだ。 のっけから驚かされるのはアメリカ独立宣言を起草したとされるトーマス・ジェファソンが多くの奴隷を所有し続け、その利益によって読書や執筆活動、来客をもてなす生活を維持していたということである。時に子供や孫に「奴隷」をプレゼントしていた(ジェファソンは「農園記録」という奴隷についての名前や売却の詳細な記録を残している)。「独立宣言」の有名な一節「すべての人は平等につくられていること。彼らはその創造主によって、一定の譲るべからざる権利を与えられていること」はこの起草者の実際の生活によって裏切られていた。 ジェファソンのプランテーション巡りから始まった奴隷制に関わる物語は、終わりの方でニューヨークという「自由」の象徴である場所がおぞましい奴隷市場の跡地であることを明らかにする。南部だけが奴隷制の甘い汁をすったのではない。アメリカの経済・資本そのものが奴隷労働によって発展したのだ、奴隷解放の前も後も。 アメリカで現在まで続く黒人支配の有り様が歴史の隠蔽や書き換えを伴って続いている。それを読んで、植民地支配や侵略戦争についての歴史を隠蔽、改ざんする日本の姿が重なるように感じられた。 |