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労働者文学会 
労働と生活にねざした文化
                      
                      



田中 透
【HPコラム 2026・7】

近況報告
 (血圧のこと)
 この春から私、血圧の数値を下げるべく、毎日45分歩いております。
 前回お話ししましたが、一昨年(2024年)7月に転職する際、前の職場(食品〈だし〉製造会社)の上司から「年次有給休暇が11日あるから、その分休んで、と言われたので、私は『今しかない』と思い、K医院へ行き、前から気になっていた頭の中(脳)をMRIで調べてもらったところ、
「赤みの薄い箇所が3つもある。これだと脳梗塞になる可能性が大きい。もう少し様子を見たいので、1年半か2年後また来て下さい。それから、いつも水分を多めに摂るように」とまだ30歳代と思わしき 院長先生に言われたのです。
 その1年8ヶ月後の今年(2026年)3月に同病院でMRI検査を受けたのですが、
「脳に変化なし。ただ、血圧の数値が高い(最高150、最低80、脈拍70くらい)ので、次回は念のため、首の周りを調べます。それまでに毎朝晩、血圧を計っておいてください。血圧計なら薬局で6000円程度で買えます。ただし、正確に計ってもらいたいので、手首に着ける型(タイプ)のものではなく、腕帯を着ける型のものを」と若き院長に言われたのです。その帰り、私は薬局に寄らず、量販店へ行き、上腕式血圧計を買い、その晩から計ることにしたのですが、布団の出し入れ直後に計ると高めの数値がさらに高くなる(最高160、最低90、脈拍80くらい)ので、起床後と就床前はなるたけ身体を小さく、ゆっくり動かすようにしています。
 その1ヶ月後の4月、今度はエコー(超音波)で頸動脈を調べてもらったのですが、
「血管内にプラーク(コブ状の隆起)ができている。それにこの1ヶ月間、血圧の数値も高い(1ヶ月前とさほど変わらず)。このままでは危険です。どうしますか、血圧を下げる薬を出しましょうか?」と彼に言われたのです。
「先生、ちょっと待ってください。血圧が下がるように何とかしますんで、薬だけは勘弁して下さい」
「そんなこと出来るんですか?」
「はい、やってみます!」
「分かりました。では、ちょっと様子を見ましょう。ただ、これだけは守って下さい。?充分な睡眠。?適度な運動。?バランスのとれた食事。特に甘いもの、油っこいもの、乳製品は控えるように」
「はい、甘いものや油っこいものは食べないようにします。牛乳も飲まないようにします。とりあえず毎日30分以上歩きます」と言って私は診療室を出ました。その日から私は大好きな甘いものや油っこいものはなるべく食べないようにして、大嫌いな散歩を日課として始めたのですが、正直辛くてならないのです。食べ物はある程度我慢できるのですが、仕事(交通誘導)のある日は1日正味7〜8時間立ちっ放しで、帰宅後、(運動の効果があらわるという)30分以上歩いているので、本当に疲れるのです。
 ところで、どうして私がエコー検査の後、薬を飲みたくないと言い出したのかと言いますと、@薬や処方箋などでお金がかかる。A医院・薬局の行き帰りや順番待ちなどで時間がかかる。B薬を飲むようになると献血ができなくなる。という3つの理由があるからなのです。@とAは説明不要かと思い、省略しますが、問題はBでして、実は1997年12月(当時29歳)に十二指腸潰瘍から急性腹膜炎で、2010年2月(同42歳)には腸閉塞と2度入院しているので、再発防止のために10年程前まで少量ながら薬を飲んでいたのです。ある日、当時お世話になっていた方から「あなたの病気、もう治っているのだから、薬は飲まなくてもいいんじゃないの?」と言われたので、私も『それもそうだなあ……』と思い、かかり付けのN医院の医院長先生に相談したところ、「3〜4年に1回は内視鏡検査を受けること」を条件に私は薬を飲まなくても良いことになったのです。
 ですから私の場合、献血を始めたのが48歳と他人様よりだいぶ遅かったので、その分、短期間ながらせめて(献血可能な)69歳までは健康でいたい。しかも、次回の献血は8月某日以降、30回目の予定なので、何としてもこれを続けてゆきたい。そう思いつつ、雨風の日以外は昼夜問わず、毎日30分から60分の閨i45分前後)、JR東三条駅周辺を歩いております。
 


【HPコラム 2025・6】

近況報告

 

△今年4月、ウェブ担当のMさんから連絡があり、「君の作品をまたHPコラムに載せたいので、何か書いて欲しい」とのこと。そこで、あれこれ考えた末、前回は『自己紹介』でしたので、今回は『近況報告』にしました。
△昨年7月15日に食品(だし)製造会社を辞め、翌日(16日)に交通誘導の会社に入りました。その理由は、毎月の給料が手取り13万円前後ではとても暮らしていかれなかったから。もっとも、その後、現在の会社から15〜18万円もらっていたのですが、今年に入ってから少しずつ仕事が減り、ここ数ヶ月は9〜12万円しかもらっていません。
△私の場合、仕事のある日は5時に起き、朝飯を食べ、弁当を作り、現場には7時30分頃着くようにアパートを出ます。
△誘導員の勤務時間は8時から17時まで(休憩は12時から13時まで)になっていますが、朝の通勤通学時間を避けるため、じっさい工事は8時30分から始まります。
△作業人員は、たいがい1人か2人で、3〜5人の時もあります。
△業務内容は、片側交互通行や通行止めといった車両、歩行者の誘導ですが、作業員さんを見守ることも大事な業務です。とはいえ、実情はかなり複雑でして、ダンプカーや重機の出入りに合わせ、歩行者はいないか、一般車両は来ないか、と周囲の安全を確認しながら、矢印板やセーフティ・コーンを置いたり取ったりしています。
△先日も3人で片交をしていて、私は工事区域の中程に立っていたのですが、何をしたらいいのか、まったく分からず、とりあえず様子を見ていると「何ぼーと突っ立っている!」「早くあのコーンを動かせ!」と先輩たちから怒鳴られてしまいました。こんな調子ですので、先のことを思うと、不安です。

 

【HPコラム】

自己紹介

(おくればせながら入会のあいさつ)

 皆さん、ごめん下さい。
 昨年の4月に賛助会員として入会した田中透です。新潟県三条市在住の56歳の独身男性、同じく8月から同市栄地区にある食品(だし)製造工場で非正規社員として働いています。
「労働者文学会」の存在は約30年前に某公募誌で知ったのですが、当時の私はまだ、いわゆる「労働者意識」がなかったので、文学賞に応募することはおろか、雑誌を購読することさえ考えていなかったのです。
 ところが、8年前、仕事のことで私が「九条の会・三条」の先輩に相談したところ、その方から「良かったら入らないか?」と誘われたのが(個人で加入できる)地域合同労働組合「えちごユニオン」でした。面白そうなので加入してみると、何人かの先輩と知り合うようになり、その中のお一人から「良かったら読まないか?」とすすめられたのが「週刊新社会」でした。試しに購読してみると、時々第8面の下段に雑誌「労働者文学」の広告が掲載されている。興味はあるものの、どうしようかなあ、と考えているうちに、あっという間に月日が経ったので、4年前の退職を機に事務局に問い合わせ、定期購読を始めました。その後、文学賞に2度応募するようになると、今度は事務局長のSさんから「良かったら入らないか?」と誘われたので、これも何かのご縁と思い、事務局に会費を送りました。
 今回、こうして皆さんから書く機会を与えて下さったので、あまり気負わず、少しずつ書いていこうと思います。
 ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。