龍の刻

 

「君は、新宿に行かなければならない」
人間がいきなり目の前で化け物になり、倒した途端に消滅するという、常識どころか、神経を疑われるような事態を目の当たりにした彼女が、疲れきった表情を浮かべて、

一度だけ訪れた事のある道場に辿りついた時、その道場の主はそう言った。
「え?」
彼女は、その言葉を聞いて、驚いたように顔をあげた。
「新宿に行けば、君は君の宿命を知る事に…」
「新宿!あたし、東京に行っていいんですか!?」
「あ…ああ」
自分の襟首を掴まんばかりの勢いで、そう聞く彼女に、彼は少し後ずさりながらそう答えた。
「じゃ、もちろん鳴滝さんが母を説得してくれるんですよね!」
「ああ、必要とあれば…」
「やったぁ!これで、堂々と東京に行ける!もう、家出するしかないと思ってたもの。鳴滝さんが、口を聞いてくれるなら、お母さんも反対できない!」
「おい、君は、新宿で、何が待っているか…」
「これで、お兄ちゃんを探しに行ける!」
「お…お兄ちゃん?」
「あ〜、言うだけ無駄だと思いますよ。こうなった緋月は、誰も止められませんから」
一緒に来ていた比嘉 焚実が、痛む頭を押さえながら、鳴滝に言った。
「緋月の…これは病気に近いものですから。他の事なんて、何も聞こえてませんよ」
同じ学校に通っている焚実は、彼女―緋月 麻莉菜―のこの状態を耳にして知っていた。
「緋月は、その…お兄ちゃんの事になると、他の事なんて関係なくなりますから」
「し…しかし、そんな簡単なものではないのだが…」
鳴滝は、困り果てたような顔をしていた。
「大丈夫です。彼女は東京に行って、何をすればいいんです?」
「さっきのような人ならざるような者を、相手にして闘わないといけないんだが…」
「判りました」
焚実は、麻莉菜の傍に近寄って行って、その耳元で呟いた。
「緋月、新宿に行って頑張って闘わないと、お前のお兄ちゃんを探せないし、護れないぞ?」
「頑張る!」
興奮していた麻莉菜は、その一言で落ち着きを取り戻した様だった。
「あたしがやらなきゃいけない事を、詳しく教えてください」
「ああ…」
鳴滝は、そんな彼女から眼を逸らして溜息をついた。
(本当に、これが『器』なのか?大丈夫なのか?こんな調子で…)
彼の知る彼女の父親と余りにも違うその性格に、鳴滝は物凄い不安におそわれた。
(どこをどうしたらこんな性格に育つんだ?)

彼の不安をよそに、それから三ヶ月。麻莉菜は、熱心に道場に通い、元々天性もあったのか、めきめきと腕を上げていった。
「麻莉菜」
「あ、さとみ。見送りに来てくれたんだ」
駅の構内で、時間待ちをしていた麻莉菜の所に、焚実と彼のクラスメート、

青葉 さとみがやって来た。
「頑張ってね」
「電話するね」
「お兄ちゃんを頑張って探すのよ。他の事なんて、ほっといていいんだからね」
「うん、頑張るよ。二人とも元気でね」
麻莉菜は、笑顔でやって来た列車に乗り込んだ。
「じゃあね」
麻莉菜は軽く手をふって、二人に別れを告げた。
列車は、彼女を乗せて走り出していった。
「大丈夫かな…あいつ」
「平気よ。ちゃんとお兄ちゃん、見つけられるわよ」
「そうじゃなくて…」
焚実は、幼馴染の脳天気な言葉に、頭を抱えた。
「心配要らないって。麻莉菜、ああ見えてもしっかりしてるんだから」
さとみは、笑った。
(本当に、大丈夫かな)
焚実の胸を不安がよぎった。
「焚実、行くわよ」
さとみは焚実に声をかけて、歩いていってしまった。
(絶対、判ってないだろう。これから、緋月がやらなきゃいけないことなんて)
焚実は、溜息混じりに彼女の後を追っていった。




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