転 校 生
東京について、山手線に乗り換えた麻莉菜は、ラッシュ時にぶつかってしまって、困り果てていた。
(どうしよう…立ってられない)
大きな荷物を持っていた麻莉菜は、小さな身体をますます小さくしていた。
荷物を抱えた麻莉菜は、邪魔者でしかなく、あからさまに睨みつける者もいた。
なるべく扉の側にいようとするのだが、人込みに押されて、それもかなわなかった。
せめて網棚に荷物を載せようと試みるのだが、背の低い彼女にはどうやっても無理だった。
「…」
困り果てていた彼女の斜め前の空間が少し空いた。
そこに移動しようとして身動きした彼女は、また人に押される。
「!」
転びかけた彼女の腕を背後の誰かが掴んで支えた。
f「ご…ごめんなさい!」
慌てて振り向いた彼女の腕から、荷物がなくなる。
(え…?)
「ラッシュ時にこんな荷物持って、ガキが何してんだ」
自分より30cm近く背の高い少年が、簡単に彼女の荷物を網棚に置く。
「何処まで、行くんだ?」
「し…新宿」
「なんだ。同じか。いいや、じゃ掴まってろよ」
麻莉菜は、言われたとおり、少年の腕にしがみついて立っていた。
扉の横に凭れた少年は、彼女をかばう様に背中に腕を回して立っていた。
「まったく、ラッシュ時の電車ってのは、これだからよ」
押しこまれる乗客に文句を言いながら、彼はしばらくそのままの姿勢を保っていた。
やがて、新宿駅に着くと、荷物を下ろして、麻莉菜の手を引いて電車を下りる。
「ほら、気をつけろよ。ここらへんは、危ないからな」
「ありがとうございました」
荷物を受け取った彼女は、何度も頭を下げる。
「いいって、じゃあな」
ホームの階段を降りていく少年の後姿を見送った後、麻莉菜はポシェットの中から、新しい
住所が書かれたメモを取り出す。
(あの人、ちょっと、お兄ちゃんに似てたな)
そんな事を考えながら、改札を抜け、交番で住所の場所を教えてもらう。
駅から少し離れた高層ビル群のはずれに、そのマンションは建っていた。
(凄い…豪華)
少し気後れしながら、オートロックの扉を開けて、エレベーターに乗り込む。
「この部屋、何…?」
一人で使うにしては、あきらかに広い部屋の居間の中央に立って、麻莉菜は呆然としていた。
亡父の遺産で購入したというマンションは、女子高生が一人で使うには、贅沢過ぎるもの
だった。
「父さんって、お金持ちだったんだ…」
荷物がある程度片付けられた部屋を見回し、麻莉菜は、呆然と呟いて座りこんだ。
衣服以外の荷物は、きっちりと整理されていて、彼女のする事は、あまりなかった。
とりあえず、ダンボールの中から、服を取り出して、クローゼットにしまっていく。
大体片付けた頃には、もう回りは闇に包まれていた。
(もう、いいや。今日は、疲れたからこれくらいにして、簡単に食事して寝ちゃおう)
麻莉菜は、台所に行って冷蔵庫を開けるが、中身が入っているはずもなく、散策を兼ねて
買物に出かける。
(人が多くて、物凄く歩きにくい)
育った町とあまりにも違い過ぎて、彼女は戸惑っていた。
近くのデパートの地下で、必要な食料を買いこむ。
(こっちの人って、食料もデパートで買うのかな)
マンションに戻って、作った料理を居間で一人で食べる。
(一人で、食べるご飯って、美味しくない…)
今まで家族に囲まれて、食事をしていた彼女には、初めての経験だった。
(こんな事じゃ、いけない。お兄ちゃんを探す為に、東京に来たんだから。一日目から弱音
吐いて、どうするの。しっかりしろ、麻莉菜)
自分で自分に喝を入れて、麻莉菜は食事をたいらげる。
(明日から、新しい学校に行くんだから。ちゃんとしなきゃ)
使った食器を片付けて、寝室に入る。
ベッドの横の壁に真新しい制服がかかっていた。
(どんな学校なんだろう…楽しい所なら、いいな)
麻莉菜は、明日から通う事になる学校の事を考えながら、眠りについた。
翌日、眼を覚ました彼女は、仕度を整え、転入先となる高校に向かう。
歩いて、五分くらいの所に、その学校はあった。
職員室で、担任教師に紹介される。
「緋月サンね。ワタシはマリア・アルカード。あなたのクラス、3―Cの担任です。
これから、一年間よろしくネ」
「は…はい」
「そんなに緊張しないでも大丈夫よ。クラスの皆は、いい子ばかりだから、あなたもすぐに、
仲良くなれるわ」
そう言って微笑むマリアを見上げて、麻莉菜は彼女に見惚れていた。
(凄い…スタイルいいな)
自分と彼女のスタイルのあまりの違いに、麻莉菜はほんの少し落ちこんだ。
(あたしなんて、同い年の皆に比べても、背は低いし…スタイルもそんなによくないし…)
「HRがそろそろ始まるから、行きましょうか?」
「あ、はい」
マリアの後について、麻莉菜は歩いていった。
教室内に入った麻莉菜は、クラスの生徒から質問責めにあった。
見かねたマリアが質問を打ち切って、麻莉菜の席を決める。
「美里さんの横が空いていたわね。彼女は生徒会長でクラス委員長だから、色々教えてもらうと
いいわ」
「はい」
麻莉菜は、鞄を持って指示された席に座った。
隣の席の少女が、麻莉菜を見て微笑んだ。
おとなしそうで綺麗なその少女に、麻莉菜の自己嫌悪はますますひどくなる。
(こんなに綺麗な人の隣なんて、見比べられちゃうな)
自分と彼女―美里 葵―との違いに、気づかれないように溜息をつく。
「どうかしたの?」
自分の考えてる事を知られるのが、嫌で、麻莉菜は首を横に振った。
「ううん、何でもないの」
「そう?なら、いいんだけど」
心配そうな表情を浮かべて麻莉菜を見つめながら、葵はそう言った。
(ああ、もうどうしてこうなっちゃうんだろう。心配してくれてるのに、こんな態度をとっちゃう
なんて)
麻莉菜は、他人の視線から自分の姿を隠すように、身体を小さくする。
(友達になれたかもしれないのに…)
一つの事を除いて、物凄く人見知りをするこの性格を、麻莉菜自身が疎ましく思っていた。
(本当にどうしてこんな性格に生まれちゃったんだろ)
麻莉菜は、俯いてしまった。
「緋月さん」
休み時間になって、机に突っ伏していた麻莉菜に、葵が声をかけてきた。
「今日は、生徒会があるから無理だけど、明日にでも校内を案内するわね。…どうかした?」
自分の事をじっと見上げている麻莉菜を不審に思って、葵が尋ねる。
「ううん、綺麗だなと思って」
「もう、からかわないで」
葵は少し恥ずかしそうに顔を赤らめると、そう言った。
「あ〜お〜い!」
彼女の背後から、もう一人の少女が現れた。
「よろしく、ボク桜井 小蒔って言うんだ。一年間、よろしくね」
「よ…よろしく」
葵と違ったタイプの元気そうな少女が、麻莉菜を見ながらそう言った。
「可愛い!葵と違うタイプで可愛いから、男子が放っとかないよね」
「え?」
「葵もうかうかしてられないよね」
麻莉菜の髪を撫ぜながら、小蒔はそう言った。
「小蒔、緋月さんが困ってるわよ。それにあんまり馬鹿な事を言わないでちょうだい」
葵は、小蒔を止めようとした。
「だって、可愛いんだもの」
小蒔は、麻莉菜を離そうとしなかった。
「小蒔ってば」
葵は、ようやく小蒔を麻莉菜から引き離した。
「小蒔!下級生が呼んでるよ!」
クラスメートの自分を呼ぶ声に、小蒔は2人から離れて、教室の出入り口の方へ行って
しまった。
「あ…あの、小蒔が言ったこと、気にしないでね。悪気がある訳じゃないから」
葵もそれだけ言って離れていった。
「女同士の友情ってのも過激だねぇ」
何処かで聞いたことのある声が、頭上から降ってきて、麻莉菜は顔をあげる。
「あ…」
「よぉ、また会ったな。しっかし、同い年だとは、思わなかったぜ」
この間、電車で助けてくれた少年がそこにいた。
「あの時は、有難うございました」
「いいって。当り前の事しただけなんだから。俺は、蓬莱寺 京一ってんだ。よろしくな」
(蓬莱寺 京一…)
麻莉菜は、目の前の少年を驚いたように見つめた。
「まぁ、縁あって、同じクラスになったんだ。仲良くしようぜ。それよりも…」
京一は、麻莉菜の後ろの方向を見た。
「注意しろよ。このクラスには、美人を見ると見境なくなる奴らがいるからな」
「?」
麻莉菜は振りかえって、京一の視線の先を見つめた。
教室の後ろの方には、いかにも柄の悪そうな男子生徒が数人、こちらを見つめていた。
「まぁ、相手にしなきゃいいんだけどよ、っと、じゃ、またな」
授業担当の教師が入ってきたのを見て、京一は席に戻っていった。
「あ…」
我に返った麻莉菜は、呼びとめようとしたが、すぐに授業が始まってしまった。
だが、教師の話す授業内容は、麻莉菜の耳を素通りしていくだけだった。
(お兄ちゃんだ…)
彼女は、頬が緩むのを押さえるのに、物凄く努力を強いられていた。
やがて、昼休みになり、麻莉菜は京一の姿を探して立ち上がった。
「おいっ!緋月!」
彼女に近づいてきたのは、さっき、京一が言っていた男子生徒の一人だった。
「?」
麻莉菜は、不思議そうに彼を見つめる。
「おい、緋月」
別の方向から聞こえてきた京一の声に、舌打ちをすると、その男子生徒は、麻莉菜から
離れていった。
「なんだ?佐久間のヤロー」
京一は佐久間の後姿を見て、そう言った。
「まぁ、いいか。昼飯、まだなんだろう?案内がてら、購買部に連れてってやるよ」
「ありがとう」
麻莉菜は嬉しそうに笑って、京一の後をついていった。
昼休みをほぼ使って、彼は校内を案内してくれた。
途中で、隣のクラスの裏蜜 ミサや遠野 杏子、隣のクラスの担任の犬神 杜人と出会う。
最後にやって来た屋上に二人並んで腰を下ろし、購買部で買ってきたパンを食べる。
「どうだった?俺のガイドは」
「とても、判りやすかった。でも…」
「なんだ?」
「お…蓬莱寺君って、さっき会った人たちの事、嫌いなの?」
犬神達に会った時の京一の様子を、麻莉菜は不思議に思っていた。
「嫌いって訳じゃねぇけどよ。何となく、苦手っていうか、性に合わないって言うか…」
京一は、少し笑って、困った様にそう言った。
「悪い奴じゃないだろうってのは、判ってんだけどよ…。そろそろ、昼休みが終わるな」
パンの入っていた袋を丸めると、京一は立ち上がった。
それを見て、麻莉菜は慌てて残ったパンを食べ始める。
「焦んなくてもいいから、ゆっくり食べろよ。予鈴もまだ鳴ってねぇから」
急いで食べようとして、むせ返った麻莉菜の背中を擦りながら、京一は笑った。
「ご…ごめんなさい」
一緒に買っておいた飲物を飲んで、なんとか落ちつきを取り戻した麻莉菜は、涙の浮かんだ瞳
で、京一を見上げた。
「謝る事ないって」
京一は、再び座りなおした。
「まぁ、ゆっくり、食べな」
そう言って、彼は空を見上げた。
「久し振りにいい天気だよな。こんな日に、授業出るなんて、もったいねぇけど、しかたねぇか」
京一が呟く横で、麻莉菜はパンをたいらげていた。
予鈴ぎりぎりに食べ終えた麻桜を連れて、京一は教室に戻っていった。
「まっ、残りはまた案内してやるからよ。それから、俺の事は京一でいいぜ。堅苦しいのはあんまり好きじゃねェし、ガラでもないからな」
それだけ言うと、京一は自分の席に戻っていった。
「おい、緋月!」
先程の佐久間と言う男子生徒が再び近づいて来たが、教師の姿を見てすぐに離れていった。
「緋月さん」
放課後、麻莉菜が帰ろうとした時、遠野 杏子がやってきた。
「一緒に帰らない?インタビュー…じゃなかった。お話しながら、帰りましょ」
「あたしと?」
「色々と聞きたい事もあるし…きゃっ!」
杏子の身体を突き飛ばす様にして、不良の一人がやってきた。
「緋月、佐久間さんがお呼びだ。一緒に来な」
「ちょっと!いきなり、何なのよ!第一、佐久間が緋月さんに何の用があるって…!」
杏子が麻莉菜を庇う様に、その不良に食ってかかった。
「ブンヤは引っ込んでな」
杏子の言葉を鼻で笑うと、麻莉菜の腕を引っ張ろうとした。
「ちょっと!止めなさいって!!」
麻莉菜の顔が痛みに歪むのを見て、杏子は立ち上がった。
「うるせぇな。お前みたいなブンヤは、ゴシップでも追っかけてりゃいいんだ」
その暴言に、杏子はムッとしたようだった。
「あんた達こそ、今なら荷物持ちくらいになら、使ってあげてもいいわよ。あ、でも、あんた達の
頭じゃそれもできないかしらね」
「何だと!こいつ!」
「おい、お前ら」
扉を開けて、佐久間が入ってきた。
「あ、佐久間さん!」
「まったく、お前らは使いの一つも満足にできねぇのか」
「す…すいません」
「緋月、あんまり手間をかけさせるな。おとなしく一緒に来い」
「ちょっと!佐久間、あんた何のつもりよ!?」
「うるせぇんだよ。いいか、先公にチクったりするんじゃねぇぞ」
佐久間はそれだけを言い残して、麻莉菜を連れて出ていこうとした。
「遠野さん、大丈夫だから…先に帰ってて。ごめんなさいね」
腕を掴まれたままの麻莉菜は笑いながら、そう言った。
「た…大変だわ」
杏子は慌てた様に教室を飛び出していった。
体育館裏に連れてこられた麻莉菜は、周囲を不良たちに囲まれた。
「何の用ですか?」
「判ってんだろ」
麻莉菜の問いに、不良達は下品な笑いを浮かべた。
「ヤル事なんて、一つしかないだろうが」
「でも、あたし、あなた達は好みじゃないし…。ごめんなさい、用事がそれだけだったら、
帰ります」
麻莉菜は一つ頭を下げると、その場を離れようとした。
「はい、そうですかって、帰すわけにいかねぇんだよ」
「腕づくでも、従わせてみせるぜ」
麻莉菜を取り囲む輪は、縮まっていった。
「おい、それが女を口説くやり方かよ」
突然、側の樹の上から、声が降ってきた。
「まったく、人が部活サボって、昼寝でもしようと思ったのに、足元がこう煩くちゃ、のんびり
寝る事も出来ねぇじゃないか」
樹から下りてきた京一が、佐久間に向かって言葉を続けた。
「佐久間、お前、女を口説きたかったら、もう少し頭を使えよ。だから、美里にも相手に
されないんだろうが」
その一言で、佐久間の怒気が膨れ上がる。
「蓬莱寺、俺はお前が気に入らなかったんだ。いつもすかしやがって」
「奇遇だな、佐久間。俺もお前の事が気に入らなかったんだ」
喋ってる間にも、京一は持っていた袋の紐を解く。
「緋月、俺の側から離れんじゃねぇぞ」
麻莉菜の前に立って、京一が少し振り向きながらそう言った。
「ま、すぐに片付くからよ」
安心させる様に軽く笑うと、彼は向き直って袋から木刀を取り出す。
「舐めやがって!」
不良達は、京一に飛びかかってきた。
だが、すぐに半数近くが地面に倒れ伏した。
「くそっ!緋月だ、緋月を狙え!」
うろたえた佐久間は、それでも一番的確と思える指示を出す。
「卑怯者!女を人質にするつもりかよ!」
麻莉菜に殺到する不良達の動きを見て、京一が叫んだ。
彼は、麻莉菜に群がる不良達を叩きのめそうとした。
その時、信じられない光景が目の前に広がった。
「あたし、身の程をわきまえないしつこい馬鹿な人って大嫌い!」
麻莉菜はそう叫ぶと、自分に近づいてきた不良の一人を叩きのめした。
「へ?」
京一を始めとして、その場にいた全員の動きが凍りつく。
麻莉菜は、自分を取り囲もうとしていた不良達を倒していった。
(つ…強ぇ)
先に我に返ったのは京一で、一人残された佐久間に木刀を突きつけた。
「まだ、やんのか?」
「ふざけんな!」
佐久間は我に返ると、京一に突進してきた。
京一は軽くその攻撃をかわすと、木刀を振り下ろした。
佐久間はその攻撃を堪えると、今度は麻莉菜に向かって行った。だが、麻莉菜の拳によって、
すぐに地面に倒れ伏した。
「てめぇら、ぶっ殺して…」
「そこまでだ!」
校舎の影から、聞こえた低い声に、佐久間の動きが止まった。
「そこまでにしておけ。今、止めれば、今回の事は眼をつぶってやる」
「もう、止めて…佐久間君」
「美里…」
見知らぬ男子生徒の後ろから現れた美里の姿を見て、佐久間の怒気が収まる。
「醍醐?おまえ、どうしたんだ」
「美里が教えてくれたんだ。佐久間が女子生徒を連れて行ってしまったとな。それにしても…」
醍醐と呼ばれたその男子生徒は、麻莉菜を見た。
「こいつらを一撃で倒すとはな。人は見かけによらないな」
「女にやられるなんて、佐久間の腕もたいしたことないよな」
京一の言葉に、佐久間の怒気がよみがえる。
「なんだと!」
京一に掴みかかろうとした佐久間を、醍醐が一喝する。
「よさないか!京一、お前も佐久間を挑発するな」
京一は、軽く肩をすくめて苦笑いを浮かべる。
「佐久間、今日はもう帰れ。くれぐれも騒ぎを起こすなよ」
佐久間は、醍醐の言葉に渋々従って帰っていった。
「転校生…緋月と言ったか。レスリング部の部長の醍醐 雄矢だ。部員が迷惑をかけた様で
悪かったな」
「ううん、こっちこそ…怪我させてしまって、ごめんなさい…」
麻莉菜は、小さな声でそう返事した。
「何、自業自得だ。それよりもこの真神学園…いや、もう一つの名前を教えて
おいた方がいいか。何時頃か判らないが、この学園はこう呼ばれている…
魔人学園とな」
醍醐は落ちていた木の枝で、地面にその文字を書いてみせる。
(魔人…学園…)
「ま、呼び方なんてどうでもいいじゃねぇか。とりあえずは歓迎するって事だろう?醍醐」
「ああ、そうだな」
京一の言葉に、醍醐は頷いた。
「歓迎する。これから一年間、よろしくな」
醍醐は大きな手を麻莉菜の前に差し出した。
「よろしく…」
麻莉菜は、少しためらってから、その手を握り返した。
「そろそろ、帰るとするか。あまり遅くなってもいけないだろう?」
京一の言葉に従うように、彼らはその場を後にした。
そして、その日を境にして、彼らは怪奇事件の渦の中に巻き込まれていく事となるのだが、
誰一人として、その事に気づいているものはいなかった。
平穏な生活が、静かに非日常へと変化していこうとしていた。
TOPへ