魔人学園

「皆、大変よ!って、麻莉菜だけしか来てないの?」

教室に駆け込んできた杏子が、麻莉菜の姿を見て近寄ってきた。

「おはよう、アン子ちゃん」

「麻莉菜、京一におかしな真似されてないでしょうね。何かされそうになったら、すぐに

逃げなさいよ。油断ならないんだからね」

朝の挨拶をする麻莉菜の肩を掴んで、杏子はそう言った。

「お…おかしな真似って…」

突然の言葉に、麻莉菜は困惑の表情を浮かべる。

「気をつけなさいよ。あの馬鹿、手だけは早いんだから。麻莉菜に何かあったら、泣く

男子は星の数ほどいるんだからね」

「うるせぇんだよ。お前がとやかく言う事じゃねぇだろう」

「あ、京一君。おはよう」

麻莉菜は、杏子の背後に向かって、挨拶をした。

「何よ、本当の事でしょう」

京一の反論を杏子は簡単に封じこめた。

「アン子ちゃん、それより何かあったの?」

「そうよ!この馬鹿と言い争いしてる暇なんてなかったんだわ。葵ちゃんが誘拐された

のよ」

「え?」

麻莉菜は、その言葉に驚いて立ちあがった。

「それ、本当?」

「嘘なんて言わないわよ。さっき、通学路でマリア先生と一緒に、男達に自動車に

押し込められてたのよ」

「なんで、葵がさらわれるのさ!」

遅れてやってきた小蒔が叫んだ。

「桜井ちゃん、声が大きいわよ。…たぶん、狙われたのは葵ちゃんね。名指しだったから」

「どんな人達だったの?」

「黒人の男の子と白人の男の子だったわ」

「…遠野、どうして警察に行かなかった?」

黙っていた醍醐が口を開いた。

「普通の誘拐なら、駆けこんでたわよ。男の子達…二人とも《力》を持ってるみたいだったのよ」

「だから、俺達にか…」

「他に手がかりは?」

麻莉菜の言葉に、杏子は持っていたバッヂを差し出した。

「これは?」

「たぶん、もみ合っているうちに落ちたものだと思うわ」

「鉤十字(ハーケンクロイツ)に似てる…」

「校章か…社章だろうか…」

「新聞部の部室へ行きましょう。何か判るかもしれないわ」

新聞部の部室で、彼らは山ほどある資料をひっくり返していた。

「学校…会社…ないわね。一体…」

杏子は、溜息をつきながら、見ていた資料を放り投げた。

「まぁ、そんなにこんを詰めてもしょうがないだろう。茶を入れた

から、少し休んだらどうだ」

「あんた、さっきから何もしてないじゃない。少しは働きなさいよね」

文句を言いながら、杏子は京一の差し出した湯呑を取り出した。

「あちっ!熱すぎるわよ!何考えてんのよ!」

一口飲んだ杏子は、慌てて湯呑を離した。

「そうか?飲めればいいじゃないか」

「あんたね。限度ってものを考えなさいよ」

「いちいち、うるせぇな。麻莉菜は何も言わずに飲んでるじゃねぇか。少しは見習えよ」

言われて、杏子が麻莉菜を見ると、湯呑を両手に持って黙って飲んでいた。

「麻莉菜…熱くないの?」

「少し…熱いけど…飲めないほどじゃないから…」

そう言いながら、麻莉菜は少しずつ飲んでいた。

「麻莉菜は、京一に甘いから…」

溜息をつきながら湯呑を机の上に戻した杏子は、そこに置かれていた新聞をふと見た。

「あ!みんなこれ!」

「え?」

「この記事、ちょっと見て!」

杏子が広げた新聞記事を全員が覗きこむ。

「これ…」

「この写真に映っている人の胸元を見て」

写真に映っている男の胸元には、杏子が持ちかえったバッジと同じものが飾られていた。

「誰だよ、こいつ」

「え〜と…大田区にあるローゼンクロイツ学院の院長で…ジル・ローゼスですって…」

「行ってみるしかないな。手がかりはこれしかないんだから」

「そうね」

「遠野、お前はここに残って、二人の事を誤魔化しておいてくれ」

「どうしてよ、いつもあたしの事を邪魔にして」

「まぁ、そう言うな。遠野にしかできない事だから、頼んでるんだ」

「…判ったわよ。その代わり、ちゃんと二人を助けてよ」

「任しとけ」

4人は、学校を後にした。

「京一君、ありがとう…」

移動のために乗りこんだ電車の中で、麻莉菜が横にいた京一にそう言った。

「何が?」

「皆が緊張していたから、お茶をわざと熱くしたんでしょ?場を和らげる為に」

「そんな事ねぇよ」

慌てて、否定する京一を麻莉菜はじっと見つめた。

「皆、ピリピリしてたから…どうしようかと…思ってたの…」

「偶然だって。そんな事より、もうすぐ着くぜ」

京一は、アナウンスを聞いて、会話を打ち切った。

「ここか」

ローゼンクロイツ学院に来た彼らは、周囲を見て回った。

「どうする?」

「正面から、突破するわけには行かなねぇよな」

「ガードマンに止められて終わりだな」

彼らが方法を考えていた時、天野 絵莉が現れた。

「どうしたの?こんな所で」

「天野さん?」

「何かあったの?」

「ええ、ちょっと。天野さんこそどうしたんですか?」

「私は、取材よ。ローゼンクロイツのね」

「取材…。あの、お願いがあるんですけど。一緒に連れてってもらう訳には行きませんか?」

麻莉菜は、絵莉にそう頼み込む。

「…何か、あったのね?いいわ、連れてってあげる」

絵莉は、事情を聞く事もせずに、了承した。

彼女と共に校内に入った彼らは、すぐに絵莉と別れた。

「探すといってもどこを…」

「とりあえず、片っ端から探すしかないよ。見つからない様に…」

「誰か来る…!」

人の気配を感じて彼らは物陰に隠れた。

(この学校の生徒かな?)

黒猫を肩に乗せた金髪の少女が、廊下を歩いてきた。

(猫を連れてかよ)

小声で話していた声が聞こえたのか、少女が立ち止まった。

「ダレ?」

麻莉菜達のいる方をじっと見ている少女の声に、麻莉菜が姿を現した。

「麻莉菜?」

「アナタタチ、ダレ?」

「あなた、ここの生徒?名前、なんて言うの?」

「マリィ…マリィ・クレア」

「マリィね。あたしは、緋月 麻莉菜。よろしくね」

「ボク達、怪しいものじゃないよ」

不審な目を向けるマリィに、小蒔が話しかけた。

「あたし達、友達を探しに来たの。何か…知らない?」

「トモダチ…?」

「そう、普段見かけない人を見なかった?」

「サッキ、アオイが院長センセイに実験室にツレテイカレタヨ」

「実験室?葵はそこにいるのね?」

たどたどしい日本語で答えるその少女の言葉に、彼らは顔を見合わせた。

「デモ、院長センセイが近寄ったらイケナイって…」

「マリィ…実験室の場所を教えて?」

麻莉菜は、マリィの視線に合わせるように、彼女の前に膝まづいた。

「私達は、葵を助けたいの」

「タスケル?ドウシテ?」

「当り前じゃないか。葵はボク達の大事な仲間なんだから」

「ナカマは大事じゃないヨ。スグに作れるし…」

「?」

マリィの言葉が、彼らはすぐに理解できなかった。

「ねぇ、マリィ?仲間や友達は、簡単に作れるものじゃないのよ。だから、あたし達は、

葵を助けたいの。傷つけたくないの」

「マリィ…ワカラナイヨ」

「君だって、失ったら哀しいものがあるだろう!」

小蒔が声を荒げて、その声を聞いたマリィは怯えた様に身体を竦ませる。

「小蒔、落ち着いて…」

麻莉菜は、小蒔の方を振り向いてそう言った。

「ねぇ、マリィ。その猫は、あなたの友達でしょう?その子がいなくなったら哀しくない?」

「メフィストが?」

「そう」

「マリィ、そんな事カンガエタクナイ…」

マリィはそう言うと、泣き始めた。

「ごめんなさいね、ひどい事言って…。でも、あたし達もそうなの。葵がいなくなる事

なんて考えたくないのよ」

「…実験室は、コノ先にアルヨ」

マリィは泣きながら、廊下の先を指差した。

「ありがとう、マリィ」

麻莉菜は、マリィに笑いかけると立ちあがった。

「皆…」

「ああ、行こう」

麻莉菜の言葉に、後ろにいた仲間達が頷いた。

彼らは、急いでその場から走っていった。

一人、残されたマリィはメフィストを抱きしめたまま、立ち尽くしていた。

実験室に飛びこんだ彼らは、ジル達と向き合った。

「お前らがサラの予言の者か。まぁいい、邪魔者は消えてもらおう」

ジルの嘲笑が響く中、実験室にマリィが入ってきた。

「ちょうどいい、おまえがこいつらを始末しろ。お前の力を見せてやれ」

ジルは、マリィにそう命じた。

「アオイ…マリィに優しくしてくれた…。そのアオイを苦しめる人は許さない…。アオイはマリィが護る!」

マリィは俯いていた顔を上げた。

彼女の周りに炎が巻き起こる。

「マリィ…」

「マリィはもう迷わない!」

マリィを加えた彼らはジル達を撃破した。

「葵!」

葵が閉じ込められている実験ケースのガラスを、麻莉菜は思いきり叩いた。

「退いてろ、麻莉菜」

麻莉菜を下がらせると、京一は思いきり気を込めて木刀でガラスを叩き割った。

「な…馬鹿!」

小蒔が悲鳴を上げ、麻莉菜が崩れ落ちる葵の身体の下に飛び込んだ。

「きゃん!」

「麻莉菜!大丈夫!?」

麻莉菜は葵の下敷きになる形になって、床に倒れこんだ。

そんな二人を仲間達が抱き起こした。

「葵は?」

「大丈夫だ、気を失ってるけどな」

京一は麻莉菜を支えながら、そう言った。

「アオイ、マリナも大丈夫?」

心配そうなマリィに、麻莉菜が笑った。

「ありがとう、マリィ。大丈夫よ」

「ヨカッタ…」

マリィが安心した様に泣くのを見て、麻莉菜は彼女の髪にそっと触れた。

「心配してくれたの?ありがとう」

「そう言えば、あの学園長は?」

ジルの姿は消えていた。

「何処へ…」

「屋上…ダト思う。園長先生、そこから何処かへ行くから…」

「ヘリポートか」

「マリア先生、助けたら追いかけよう。このままにはしておけない」

「そうだな」

「もう一人なら、地下にいるよ」

「京一君、醍醐君、お願い」

麻莉菜の言葉で、京一と醍醐は実験室を出ていった。

しばらくして戻ってきた二人は、落胆した表情を浮かべていた。

「マリア先生は?」

「地下に牢みたいな部屋があったけど、誰もいなかった」

「一緒に連れて行かれたってことね」

「たぶん、そうだろうな」

「早く、助けに行こう」

仲間の言葉に、麻莉菜は頷いた。

「そうね、行こう…。マリィはどうする?」

「マリィも連れて行って!」

「…判ったわ。一緒に行こう」

マリィの手を取って、麻莉菜は歩き出した。

麻莉菜達が屋上へ続く階段を上りきった時、銃を突きつけられたマリアがいた。

「マリア先生!」

「アナタ達!早く逃げなさい、ココには爆弾が仕掛けられて!」

「先生を残していける訳ないじゃないですか!」

「緋月サン…」

麻莉菜の言葉に重なる様に、笑い声が聞こえてきた。

「麗しい師弟愛じゃないか。お前も見習うべきだったな」

槍を担いだ鬼面の男が姿を現わす。

「鬼道衆…」

「この事件も貴様らの仕業か!?」

「だとしたら、どうする?」

「てめぇらの好きにさせるかよ!」

京一の木刀を握る手に力がこもる。

「なるほど、九角様が言っていたのは、貴様らの事らしいな。それなら、こう言う方法で

相手をしよう」

その男が腕を一振りするとジルの身体が変生する。

「我が名は雷角。鬼道衆が一人」

「ふざけるなよ!何処まで、俺達を馬鹿にするつもりだ!?」

京一が一歩前に出た。

麻莉菜を背に隠すような位置に立ちながら、彼女に小声で囁く。

「俺が一撃放ったら、マリア先生を助けろ」

「うん…」

麻莉菜は小さく頷いて、背後の醍醐達に合図を送った。

彼らが頷くのを見て、麻莉菜は目前の敵を見つめた。

京一が一気に間合いを詰めて、敵の間に斬り込んでいく。

その瞬間、崩れた敵の輪の間から、麻莉菜がマリアを助け出す。

「葵、マリア先生をお願い」

体力の戻っていない為、後方にいた葵にマリアを任せると、彼女はゆっくりと歩き出した。

「本気なのね…本気で、この東京を破壊しようと考えてるのね。こんなひどい事に手を

貸してまで…」

麻莉菜は、拳を握り締める。

「我らの悲願、邪魔するものは許さない」

雷角は、持っていた槍を麻莉菜に突きつけた。

「麻莉菜!」

後方で闘っている仲間達が、その様子を見て叫ぶ。

「逃げろ!」

京一は周りに群がってくる下忍に阻まれて、麻莉菜の側に近寄れなかった。

「あなた達が、東京を破壊すると言うなら、あたし達はそれを阻止してみせる」

「九角様を倒す事などできんわ。その前に、お前達はここで死ぬのだからな」

雷角の槍に雷が集まり始める。

「…」

麻莉菜の身体が黄金色の光に包まれ、その光が雷角の雷を無効化する。

「!?」

「あなた達を見逃すわけにはいかないの。あたし達は、大事なものを護りたいから」

そこまで言って、麻莉菜は一瞬俯いて、すぐに顔を上げた。

「たとえ…何があっても…」

(麻莉菜…)

瞬間浮かんだ哀しそうな表情に、京一だけが気づいた。

「だから…」

「何も…知らぬ…餓鬼が…」

光の勢いに圧されて、雷角は苦しそうに後ずさりながら、憎々しげに言った。

「たとえ…何も知らないとしても…逃げたくない」

麻莉菜はそう言って、雷角に拳を叩きこんだ。

全体重をかけて繰り出されたその拳は、雷角を昏倒させるのに充分だった。

「ぐっ…」

倒れこんだ雷角は、麻莉菜の側に駆け寄ってくる彼女の仲間の姿に目をやった。

その中の葵の姿を見て、蒼褪めた面に驚愕の色が浮かぶ。

「お前…そうか…お前が…」

「?」

「くっ…はは…!お前はもう逃げられない。覚悟しておくんだな…」

その言葉を残して、雷角はその姿を宝珠に変える。

「何の事…?」

「さあ…」

麻莉菜達が首を捻った時、足元から鈍い振動が伝わってくる。

「なんだ?」

「爆弾を仕掛けたとか言ってなかった?」

「急いで逃げた方がいいな」

醍醐の言葉に従い、彼らはその建物から逃げ出した。

「絵莉ちゃん、無事に逃げ出せたかな」

建物は瞬く間に炎に包まれ、轟音と共に崩れ去っていった。

「ミンナ、ありがとう。助けに来てくれて」

「いいえ…」

「美里サンも無事でヨカッタわ」

「ええ…」

葵は、表情を硬くしながら頷いた。

「今日はもうお帰りナサイ。アナタ達も…イイワネ?」

「え…」

「学校の方は、ワタシが何とかしておくワ」

マリアはそう言うと微笑んだ。

「やった、公認で授業を休める!」

「馬鹿、何を言ってるんだよ」

喜ぶ京一に小蒔が釘を刺す。

「いいんですか?…マリア先生に、ご迷惑がかかるんじゃ…」

「そんな心配をシナイデ。それより、人が集まってくる前に立ち去った方がイイワ」

「でも…」

麻莉菜は、少し離れた所にいるマリィに目をやった。

「マリィ…私の家に来る?」

麻莉菜の横にいた葵がそう言った。

「葵?」

「私の家がマリィのになるの。お父さんもお母さんも判ってくれるわ」

「マリィのホーム…」

「マリィは、私がお姉さんじゃ…嫌?」

葵の言葉に、マリィは大きく頭を振った。

「じゃ…帰りましょう…」

葵は、マリィの手を取った。

「良かった…」

「ん?」

仲間と別れて、麻莉菜を送っていた京一は、彼女の言葉に振り向いた。

「マリィの事…。葵の家だったら、きっと幸せになれる」

「そうだな…」

京一は、麻莉菜の手を握った。

「それより、判ってるか?今度、何か起こったら…」

「うん…九角さんだよね…出てくるの…。京一君、あたし…」

「奴と、つけたいんだろう?止めねぇから、思いきり闘って来い。雑魚は、俺達が

引き受けてやるから」

「ありがとう」

麻莉菜の手を握ったまま、京一は歩いていた。

「…何、礼を言ってんだよ。麻莉菜がしたいようにすればいいんだ」

京一は、笑ってそう言った。

「本当は、俺が九角の野郎を叩きのめしたいんだけどよ。麻莉菜に譲る」

「どうして、京一君が…?」

「あいつ、麻莉菜に手を出そうとしやがって…。勘弁ならねぇ」

麻莉菜は驚いたように京一を見た。

「何だよ」

「ううん、京一君がそんな事を言ってくれるとは思わなかったから…」

「当り前の事言うなよ、麻莉菜を離すつもりはねぇぞ」

京一は麻莉菜の髪の毛をかき回した。

「俺は、麻莉菜の側にいるからな」

「うん」

「だから、頑張ろうぜ」

その声に、麻莉菜はこっくりと頷いた。

「勝とうね、絶対に」

「ああ」

彼らは、日の暮れかけた街をゆっくり歩いていった。

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