外法都市

「これで…安心だね」

最後の宝珠を封印し、安心した様に麻莉菜は振り向いた。

「葵…顔色、悪いよ…大丈夫?」

「ええ…大丈夫…」

麻莉菜の心配そうな声に、笑いながら答えようとした葵の身体が崩れ落ちる。

「葵!」

麻莉菜や小蒔の叫び声が響き、意識を失った葵の身体は京一に支えられる。

「そんなに具合…悪かったの」

「病院に連れていこう」

京一のその言葉にしたがって、彼らは桜ケ丘へと向かった。

「実験の後遺症…なのかな…」

岩山が葵を診察している間、待合室のベンチに座っていた小蒔がぽつりと

呟いた。

「小蒔…」

麻莉菜は小蒔の顔を見やった。

「どうして…葵は我慢しちゃうんだろう。葵が苦しんでても、僕ら…判らない

じゃないか」

「…」

麻莉菜は小蒔の肩に手を置いた。

「大丈夫だから…。きっと、葵は大丈夫だから…」

「麻莉菜…」

「今は、診察の結果が出るのを待つしかないな」

「院長を信じるしかねぇだろ」

彼女達の横に立っていた醍醐と京一が、そう言った直後、病室の扉が開いた。

「院長先生、葵は?」

「ああ、意識は戻った」

「やっぱり…実験の後遺症ですか?」

「可能性は否定できん。もう少し調べてみる必要があるね。とりあえず、今夜はここに泊まって、様子を見ることだね」

「ボク達も!」

「…安心おし。ここは病院だ。あの娘の事は任しておけ。お前達は面会が

済んだら、帰るんだよ」

岩山は珍しく優しげな口調で言った。

「はい…」

小さく頷いて、彼らは病室の中に入った。

「葵…」

「皆…」

「大丈夫?」

「ええ、ごめんなさい…心配かけて…」

「今日は、ゆっくり休んで。明日の朝、また来るから」

麻莉菜は起き上がろうとした葵を止めて、そう言った。

「院長先生もそうした方がいいって。ボク達もその方が安心だし」

小蒔にも言われて、葵は横になった。

「色々あったから疲れたのかも知れねぇな。ま、ゆっくり休めよ」

「珍しい…京一が麻莉菜以外の人間の心配してるよ」

小蒔が驚いたように言った。

「あのなぁ。俺だって、仲間の心配くらいするに決まってんだろうが!」

「だって、麻莉菜の事しか眼に入ってないのかと思ってたから」

小蒔の言葉で、病室内に笑いが溢れた。

当事者の麻莉菜以外の人間が笑みを浮かべていた。

「?」

彼女だけが訳が判らない様子で、仲間達を見ていた。

「皆…何を笑ってたの?」

桜ケ丘を出た後も、訳の判らない表情を浮かべている麻莉菜は、横にいた京一

に尋ねた。

「麻莉菜が気にする必要ねぇよ」

「そう…なの?」

麻莉菜は腑に落ちない表情で京一を見つめていた。

「まったく…あいつらときたら…」

麻莉菜に聞こえない様に、京一は呟く。

「?」

「ほら、マンションに着くぜ」

京一は話題を変えようと建物を指差した。

「うん」

「そう言えば…あのハムスター元気か?」

「凄く元気。夜になるとホイールを一生懸命回してるし」

「寝不足にならねぇ?」

「平気、馴れたから」

心配そうなその問いに、麻莉菜は笑って答えた。

「会っていく?もうそろそろ起きてると思うよ」

彼女は腕時計を見ながら、そう言った。

「ああ、そうだな」

二人は連れ立ってマンションの中に入っていった。

「本当に元気だよな、こいつ」

ゲージの中のハムスターを見ながら、京一が言った。

「そうでしょ」

キッチンでコーヒーを煎れながら、麻莉菜が言った。

「こいつ、幸せだよな。麻莉菜に可愛がられてさ」

京一が本当に羨ましそうに言った。

「え?」

麻莉菜が不思議そうな顔をした。

「あ…いや」

何を言っていいのか判らず、京一は言葉に詰まった。

そんな京一の顔を下から覗きこむようにして、麻莉菜は見つめた。

(う…)

彼はどうしていいのか判らずに、混乱した。

「あ…!そういえば、今日お袋いねぇんだ。夕メシ、食わせてくれねぇか?」

「うん、いいよ」

麻莉菜は、ぱたぱたと台所に走っていった。

「京一君、好き嫌いなかったよね」

「ああ、特にないぜ」

その後、しばらく包丁の音や鍋のことこと言う音が室内に響いていた。

京一はソファに座ったまま、台所の麻莉菜を見つめていた。

「京一君…出来たけど…」

麻莉菜の声が聞こえるまで、彼は物思いに耽っていた。

「どうか…した…?」

「あ?」

京一は慌てて顔を上げた。

「あの…食事…出来たんだけど…」

「あ、ああ…悪ぃ」

京一は、その呼びかけに答える様に、すぐ立ち上がった。

「口に合えば…いいんだけど…。最近、葵に教わって和風の料理を勉強

してるの」

不安そうな麻莉菜の様子に、京一は笑いかけた。

「大丈夫だって。麻莉菜の料理は、上手いんだから」

麻莉菜の髪をかき回しながら、京一はそう言った。

「冷めないうちに食べようぜ」

「うん」

二人は、食卓について食事をし始めた。

食事が終わり、帰りかけた京一はふと振り向いた。

「なぁ、麻莉菜…」

「何?」

彼は、何かを言いかけて、躊躇したように黙り込む。

「あ…いや、何でもねぇ…」

京一は、少し俯いてから、すぐに顔を上げた。

「ちゃんと、戸締りしとけよ。最近は物騒だからな」

「うん…」

「じゃあな」

帰りかけた京一の上着の裾に、麻莉菜は無意識に手を伸ばしかけていた。

「どうした?」

「あ…ううん…何でもない…」

麻莉菜は少し恥ずかしそうに笑った。

「京一君も気をつけてね」

伸ばしかけていた手を引っ込めると、麻莉菜はそう言った。

「何か来たら返り討ちにしてやるから、心配するな」

京一はそう言って、エレベーターの方へ歩きかけた。

「下まで送る…」

麻莉菜の声に、京一は振り向いた。

「休んでろよ。色々あって、疲れただろう?」

「大丈夫」

彼女は、京一の先に立って歩き出し、エレベーターのボタンを押した。

「あのね…」

少し迷った様に、麻莉菜は切れ切れに言葉を選んで話し出した。

「こんな事言ったら怒られるかも知れないけど…とても怖いの…」

「…」

「負けたらどうしようとか…そんな事ばかり考えちゃうの…。こんな事じゃ

いけないって判ってるけど…」

京一は、黙って麻莉菜の言葉を聞いていた。

「おかしいよね…。いろんな人と闘って…倒してきて…とっくに血に染まって

るのに…」

「…そんな事ねぇよ。突然、化け物と闘わなきゃいけない事になって、怖く

ない方がおかしいんだ」

そう言って、京一は麻莉菜を腕の中に抱きしめた。

「だから、そんな気にすんなよ」

「京一君…」

「不安なら、何時だってこうやって抱きしめてやるから」

麻莉菜は、彼の腕の中で目を閉じてその言葉を聞いていた。

「麻莉菜は一人じゃないだろ?」

「うん…」

エレベーターの扉が開いたが、彼は乗ろうとしなかった。

扉は静かに閉まり、無人のまま下降していった。

しばらくたった時、麻莉菜はかすかな笑いをこぼした。

「…?どうした」

「京一君の腕の中にいると安心できるの。同い年なのに、おかしいなって

思って…」

顔を上げてそう言った麻莉菜に、京一も笑った。

「麻莉菜はしっかりしてるのにな」

(少し幼く見えるけどな)

「…あふ…」

京一の腕の中で、麻莉菜が一つ小さく欠伸をした。

「麻莉菜…?」

彼が麻莉菜の顔を覗きこむと、彼女が安心しきった表情で眠っていた。

(マジかよ。こんな所で)

京一は慌てて麻莉菜の体を支えた。

「どうすりゃいいんだ」

とりあえず、麻莉菜を抱えたまま、彼女の部屋に戻る。

寝室のベッドに横たえると起こさない様に、その場を離れる。

そしてリビングに戻って、溜息をつく。

(なんか、こう毎回眠られたら、俺の事をどう思ってんだか不安だよな)

「俺の事…『男』だって判ってるのかよ…」

閉じた扉の向こう側で眠っている想い人に、一人呟く。

「いい加減にしないと、襲っちまうぜ…」

自分の髪の毛をかきむしると、京一はソファに横になった。

「判ってんのかよ…麻莉菜」

彼は扉をしばらく見つめていたが、やがて、目を閉じた。

何時の間にかうとうとしていた彼は、かすかな気配と暖かな感触に

目を覚ました。

「?…!ま…麻莉菜?」

「ごめんね…また眠っちゃったんだね」

タオルケットを持った麻莉菜が、済まなそうな表情を浮かべて謝る。

「お…起きたのかよ」

「うん…」

身体を起こした京一の前で、麻莉菜は少し俯く。

「本当にごめんなさい…。京一君の腕の中って、気持ち良くて安心できるから、つい…眠っちゃって…」

「いいって」

(他のヤローの前でやられるよりましだよな)

京一は、麻莉菜の顔を見た。

「眼ぇ、赤いぞ。どうかしたのか?」

「悪い夢見たみたいで…よく覚えてないんだけど…」

麻莉菜は、少し恥ずかしそうに言った。

「夢で泣くなんて、子供みたいだよね…」

麻莉菜はそう言って笑う。

そんな彼女の事を京一は抱き寄せた。

「京一君…?」

「こうしてってと安心できるんだろう?側についててやるから、寝ちまえよ」

麻莉菜の髪の毛に触れながら、京一は耳元で囁いた。

「うん…」

彼女は京一の胸にもたれて、瞳を閉じた。

そんな彼女を抱きかかえると、京一は少し考えた後、寝室に入っていった。

麻莉菜を抱きしめたまま、ベッドに横になる。

「あ…あの?」

「こうしてた方が安心できんだろう?」

麻莉菜に笑いかけると、京一は彼女を抱き直した。

「早く寝ちまえよ」

「うん」

麻莉菜は、少し安心したような表情を浮かべると頷いて、目を閉じる。

やがて、静かな寝息が腕の中から聞こえる。

腕の中の少女の髪の毛を梳きながら、京一は布団をかけ直す。

(まぁ、いいか。特別だって事は間違いないみたいだしな)

そう自分を納得させて、彼も眠りについた。

次の朝。京一は寝不足のまま、麻莉菜と一緒に登校していた。

「どうしたの?」

歩きながら、何度も欠伸を繰り返す京一に、麻莉菜は不思議そうに問い掛けた。

「いや…ちょっと寝不足で…」

「眠れないほど、あたし、寝相悪かった?」

「あ?麻莉菜のせいじゃねぇよ。少し考え事をしてただけで…」

「おっはよう!何、朝から黄昏てるのさ」

走ってきた小蒔が、後ろから京一の頭を思いきり叩いた。

「痛ってなぁ!いきなり、何すんだ!」

「朝から、そんな顔をしてるからだよ。おはよう、麻莉菜」

「おはよう、小蒔。葵の様子、見に行ってくれたんでしょう?どうだった?」

「うん、もう大丈夫みたい」

「良かった…」

小蒔の言葉に、麻莉菜は安心した表情を浮かべた。

「お前ら、通学路で何をしてるんだ?」

近づいて来た醍醐が、不思議そうな顔をして、彼らを見ていた。

「通学路でみっともない真似をしてるんじゃないわよ」

その背後から、杏子も現れる。

「おはよう。醍醐君、アン子ちゃん。今、小蒔に葵の事を教えて貰ってたの」

「そうか。桜井、桜ケ丘に行ってきたのか」

「うん、もう大丈夫だってさ」

「一安心だな…おや?」

醍醐が、走ってくる人影を見つける。

「あれ…マリィじゃ…」

「オネエチャン!」

「どうしたの?」

麻莉菜の姿を見つけた途端、マリィは泣き出した。

「葵オネエチャンがいないの!」

「え?」

突然の言葉に、麻莉菜達は顔を見合わせた。

「いないって…マリィ、どう言う事?」

「舞子オネエチャンも何時いなくなったか、判らないって…。コレが置いて

アッタの」

マリィは握り締めていた手紙を、麻莉菜に差し出した。

「手紙…?」

麻莉菜は、その手紙を開いて読み始めた。

読み進めるうちに、彼女の顔色が蒼褪めていく。

「なんて書いてあるの?」

「さよならって…」

麻莉菜の言葉に、仲間達の身体が凍りついた様に動きを止める。

「ど…どう言う事さ…なんで、葵が!」

小蒔の叫びに、麻莉菜は頭を横に振った。

「麻莉菜オネエチャン、葵オネエチャンを助けて!」

「安心して、葵は必ず連れて帰ってくるから。マリィは、お家で待ってて」

「ウン」

マリィの顔は不安そうな表情から、安心しきった表情に変わった。

「一人で帰れるわね?」

「ダイジョウブ」

麻莉菜の言葉に頷くと、マリィはゆっくりと歩き出した。

「…」

「葵は何処に行ったのさ」

「多分…なんでかは判らないけど…九角…の所だと思う…」

「なんで!?」

「…」

麻莉菜は、首を横に振った。

「とりあえず、手分けして探そう。京一、緋月と一緒に行ってくれ。桜井と

遠野は、俺と一緒に。一時間後に、新宿駅前に集まろう」

醍醐の言葉に従って、彼らは二手に別れた。

「麻莉菜…?」

歩き出していた京一は、背後で立ち止まった麻莉菜をいぶかしんで、

振り返った。

「どうした?」

「どうしよう…葵、帰ってこなかったら…」

「何言ってんだ。そんな事あるわけないだろう」

麻莉菜を励ます様に、彼女の背中を2,3回叩く。

「だって…」

涙の零れ落ちそうな瞳で、京一を見上げながら、さっきから握り締めていた

手紙を彼に差し出す。

「?」

「マ…マリィがいたから…言えなかったの…」

差し出された手紙を読んだ京一の表情が強張る。

「こいつは…」

自分の横で泣きじゃくる麻莉菜の身体をそっと抱きしめた。

「心配すんなって。美里は麻莉菜の友達だろう?お前の前から、いなくなった

りしねぇ」

「帰ってくるよね…?」

「ああ、絶対だ」

京一の腕に力がこもる。

「だから、探しに行こうぜ」

「うん…」

麻莉菜は涙を拭うと、京一に向かって微笑んだ。

「早く見つけてあげないとね」

麻莉菜は京一の腕の中から脱け出た。

「行こうぜ」

二人は、再び歩き出した。

新宿のあちこちを探しても、葵の姿は見つからず、彼らは待ち合わせ場所に

集まった。

「駄目よ、何処にもいないわ」

「こうなったら、九角の居場所を探るしかねぇな」

「でも、何処を…」

全員が、焦りの色を浮かべた時、背後から声がかかり、天野がやってきた。

彼女の案内で、杏子を除いたメンバーは、九角のいると思われる場所へと

向かう。

古びた山門の前で、麻莉菜は立ち止まった。

「気持ち…悪い…」

「麻莉菜?」

小蒔が心配そうに麻莉菜を覗き込んだ時、京一と醍醐が目配せをして、天野を見た。

「天野さん、案内してくれてありがとうございます。ここから先は、俺達だけで行きます」

「絵莉ちゃん、戻った方がいいぜ。何が起こるか、判らないからな」

「…判ったわ」

天野は少し戸惑いの表情を見せた後、二人の言葉に従ってその場から

立ち去った。

「せっかく案内してくれたのに、何で追い返したりしたのさ」

小蒔は、麻莉菜を支えながら、二人に食って掛かった。

「なんで麻莉菜がこんな状態になってると思ってんだ。お前は」

「凄まじい憎悪だな。眩暈がする」

「え?」

「まったく、お気楽な奴だな」

小蒔の不思議そうな表情を見て、京一は溜息混じりに言った。

「動けるか?麻莉菜」

「うん…平気…」

蒼褪めた顔を上げて、麻莉菜は頷いた。

「行くぜ」

彼らは、山門をくぐっていった。

「何…この霧…」

回りを包み込む霧に、小蒔が呟く。

「おいでなすったぜ」

京一は、木刀を袋から取り出して、正面を見据える。

「!」

「よく来たな」

「葵は何処!」

麻莉菜の声に、九角は薄く笑った。

「この奥にいるぜ」

九角は、自分の背後にある建物を指し示した。

「助けたければ、こいつらを倒す事だな」

何時の間にか、五人衆が彼らを取り囲んでいた。

「倒した筈なのに…」

「お前らに対する恨みが強くて、黄泉から戻ってきやがった」

「こいつらは俺達が引きうける。麻莉菜は九角を倒せ」

駆けつけてきた仲間と京一達に、五人衆を任せて、麻莉菜は九角と向き合った。

「お前に、俺が倒せるのか?」

「もう…迷わない…。あたしには信じて支えてくれる人がいるから」

麻莉菜の気が高まって、彼女の身体から金色の光が九角に向かって発せられる。

「…!」

その一撃は、九角を後退させた。

「これがお前の《力》か…」

彼は笑うと、日本刀を構えた。

振りかぶった日本刀をかいくぐって、麻莉菜が九角の懐に飛びこむ。

麻莉菜の渾身の力を込めた一撃が放たれる。

「ぐっ…」

九角の身体が音を立てて、地面に倒れる。

そのよこをすり抜けるようにして、麻莉菜は建物の中に走りこむ。

「葵!」

広間に倒れていた葵の側に、麻莉菜は駆け寄った。

「麻莉菜…?」

薄く眼を開いた葵の頬に、麻莉菜は平手打ちを食らわせる。

「馬鹿ぁ!なんで、あんな手紙残すのよ!葵は一人しかいないのに…誰も

変わりなんて出来ないのに!」

葵の身体に縋りついて、泣きじゃくる麻莉菜の姿に驚く仲間の動きを京一が

止める。

「マリィがいるから、葵がいなくても大丈夫なんて…葵の御両親だって思う訳

ないじゃないの!」

「麻莉菜…」

「あたしだって、葵がいなくなるのはいや…なんだから…」

自分にしがみついて、涙ながらに訴える麻莉菜を、葵は抱きしめた。

「ごめんなさい…本当にごめんなさい」

その時、外から声が響いた。

「出てこいよ。まだ、終わっちゃいないぜ」

「!」

倒した筈の九角の声に、麻莉菜達は表にでる。

「なんで…」

「復讐なんてもうどうでもいい。お前達を倒してやる」

九角の身体が、鬼へと変化する。

「そこまで…」

その様子を見た麻莉菜の哀しそうな声が、仲間達の耳に届く。

「どうして…命を大切にしないの」

「俺にはもう失うものはないのさ。お前達を道連れにしてやる」

そう言って彼は、麻莉菜達に襲いかかってきた。

「京一君…みんなも手を出さないでね」

攻撃を避けながら、麻莉菜はそう言った。

「麻莉菜!」

彼女を援護をしようとした小蒔の腕を、京一が押さえる。

「手ぇ出すんじゃねぇ!小蒔」

「どうして止めるのさ!」

「麻莉菜が自分でケリをつけようとしてるんだ。俺達が手を出すわけには

いかねぇ」

そう言う京一の表情はとても辛そうで、小蒔は何も言えなくなった。

木刀を握り締めたまま、彼は目の前の闘いを見守っていた。

「…」

「きゃ!」

麻莉菜は太い腕に殴られかけて、後退する様にして避ける。

(麻莉菜!)

京一の握り締めた手に力がこもり、小刻みに震える。

麻莉菜が傷ついていくのを見ていられなくて、仲間が眼を逸らす中、京一だけ

が闘いを見つめていた。

「駄目だよ、これ以上見てられない!」

小蒔が、弓に矢を番えながらそう言った。

「小蒔!」

木刀で、その動きを京一が止める。

「京一!?」

「手を出すなって、言ってんだろう!」

「麻莉菜がどうなっても…!」

京一を怒鳴りつけようとした小蒔は、彼の手が白くなっているのに気づいた。

「京一…」

「あいつは、九角を倒すって言ったんだ。俺達は、信じてりゃいいんだ」

麻莉菜から眼を離さずに、京一はそう言った。

その間にも、戦闘は続いていた。

麻莉菜が一瞬の隙をついて、九角の懐に飛びこんだ。

「!」

麻莉菜の姿を見失った九角に、麻莉菜の攻撃が放たれる。

「見…事だ…」

轟音と共に、九角の身体が地面に倒れる。

麻莉菜の身体も、糸が切れたように倒れかかり、京一に支えられる。

「大丈夫か?」

「た…倒したくなんかなかったよぉ!」

泣きじゃくる麻莉菜の背中をずっと京一は擦っていた。

その横で、葵が麻莉菜の怪我を癒す。

「九角の事を止めるには、ああするしかなかったんだ。だから全力で戦った

んだろ?」

「う…ん」

京一の言葉で、ようやく麻莉菜は顔を上げる。

「泣いたりしたら、九角に悪いぜ」

その言葉で麻莉菜は、涙を拭う。

「俺達は、できる事を精一杯やるしかないんだから」

「うん」

麻莉菜は背後にいる仲間達の方を振り向いて、少しだけ笑って

いった。

「ごめんね…みんな。帰ろう、あたし達の街に」

その言葉に、仲間達が麻莉菜達の側に駆け寄ってきた。

涙混じりになる者や笑みこぼす者と様々だったが、誰もが勝利を喜び合って

いた。

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