京洛綺譚
「あれ、麻莉菜は?」
朝、登校してこない麻莉菜に気づいた小蒔が、京一に尋ねる。
「何か、会いに行かなきゃいけねぇ奴がいるとか言って、出かけた。遅れてくるって
言ってたぜ」
「麻莉菜の知り合いがこっちにいたの?」
葵が不思議そうに、聞いてきた。
「前に、世話になったんだと」
九角の件が片付いて、彼らは落ち着いた日々を送っていた。
「それにしてもさ、今日は修学旅行の班が決まる日だよ。何もこんな日にいかなくても」
小蒔が少し膨れて言った。
「どうして、京一止めなかったんだよ」
「遅れてくるだけだろう。別に、問題はないじゃないか」
小蒔の言葉に、京一は顔を上げた。
「何言ってんだよ。麻莉菜と班が別れたら、どうするつもりなのさ!?」
「大丈夫だろう、希望は提出してるし、心配しなくても」
「何言ってんだよ!麻莉菜と同じ班になりたいって言う人間が、どれだけいると
思ってんのさ!」
「あ?」
「麻莉菜は、人気あるんだからね。とんびに油揚げ、浚われてもしらないよ!」
「桜井、落ち着け。修学旅行の班分けは、本人の希望が優先されるんだ。そうだったろう?美里」
「ええ、そうよ」
葵が困った様に微笑みながら、そう言った。
「麻莉菜が他の希望、出すわけないだろうが」
「京一、言いきれる訳?そんな事」
小蒔の冷たい言葉に、京一はうろたえた。
「だ…大丈夫だろ…多分…」
少し蒼褪めた表情を浮かべながら、京一は教室を出ていってしまった。
「小蒔、あまり京一君、苛めたら可哀想よ」
「いいんだよ、たまにはいい薬だよ」
小蒔は、そう言って椅子に座った。
「麻莉菜が、自分のものだなんて、自惚れてたら、絶対足元をすくわれるね」
「まあ、それはそうかもしれないが…」
「でも、麻莉菜が他の人に…なんて、考えられないけど…」
「何言ってんだよ。そんな事、判るわけないだろう」
「でもね」
葵は、麻莉菜の事を思い浮かべた。
少し幼く見えるが、誰よりもしっかりしていて、見かけとまるで違う。
何より、恋愛に関しては一途で強情だと思う。
そこまで考えて、葵は小蒔を見る。
「小蒔…あなた、京一君を焚きつけて、どうするつもり?」
「あの二人、見てるとさ。なんか、心配なんだよね。京一も一歩進んで、二歩以上
ってどうするんだよ」
「まあ、いつもの奴らしくない行動だがな」
「麻莉菜が、可哀想だよ。いつまでも、宙ぶらりんのままじゃ」
「だからって…」
「こう言う事は、自然に任せた方がいいんじゃないのか?」
醍醐も少し困った様に言う。
「何言ってんのさ。京一がどうなろうと知った事じゃないけど、麻莉菜が泣くのは
嫌だからね」
小蒔はきっぱりと言いきった。
「このままじゃ、埒があかないな。他の方法も考えないと」
小蒔は、何事かを考え始めた。
「こ…小蒔…?」
ぶつぶつ何事かを呟きつづけている親友を、葵は心配そうに見ていた。
その頃、麻莉菜は、一軒の家を捜し当てていた。
(あ、ここだ…)
麻莉菜は、メモに書かれた名前と表札の名前を見比べた。
そして、呼び鈴に手を伸ばそうとした時、一人の青年が扉の向こうから現れた。
「誰だ?」
「あ…あの、鳴瀧さんは…?」
「海外出張に出かけられている」
「あ、あなた、息子さんですか?」
「…いや」
無表情なその青年を、麻莉菜は戸惑いの表情を浮かべて見つめていた。
「ご…ごめんなさい、中から出てきたからてっきり…」
麻莉菜は慌てて頭を下げた。
「あの、鳴滝さんはいつ、お帰りになります?」
「判らない。詳しい事はお聞きしていないから」
「じゃ、伝言をお願いできますか?」
「いつ、伝えられるか判らないよ。それでも良ければ」
「構いません」
「それなら、構わないが」
「片付いたと思いますと…緋月がそう言っていたと伝えてください」
「それで、判るのか?」
「ええ、判ると思いますので、それだけ伝えてください」
麻莉菜は、それだけ言うとぺこりと頭をさげて走って行った。
残された青年は、その後姿をずっと見送っていた。
「あ、あれ?京一君は?」
教室の中に入ってきた麻莉菜は、周囲を見まわしてその場にいた仲間達にそう聞いた。
「サボリだよ。出てったまま、戻ってこないから」
「え…だって、今日は…」
小蒔の言葉を聞いた麻莉菜はそこまで言って、困ったような表情を浮かべた。
「そうなの。多分、屋上にいると思うから、麻莉菜、探してきてくれる?」
「うん!」
葵に言われて、麻莉菜は一つ頷くと、出ていってしまった。
「葵!?」
「だって、可哀想じゃない。あんな表情されたら」
小蒔に責める様に言われて、葵は小声で言った。
「そりゃ、そうかもしれないけどさ」
小蒔は自分の机の上に座った。
「京一もおかしいよね。何もしないなんてさ」
「しないんじゃなくて、できないんじゃないのか?緋月は、今まで相手にしてきた者と
まるで違うタイプだしな」
「まあ、遊び歩いてる…いわゆるおネエチャンタイプじゃないから、戸惑うのも
判るけどさ」
「なるようになるわよ。今まで、バタバタしていたから、京一君もきっかけを
掴めなかっただけだと思うわ」
「きっかけかぁ。いっそ、二人きりでデートでもさせようか」
小蒔が、葵の言葉に何かを思いついたように言った。
「うん、そうだ。それがいいや。二人ともちょっと、耳貸して」
彼女は、葵達に何かを囁いた。
(んしょ…と)
そんな事をまったく知らない麻莉菜は、屋上への重い扉を両手で開けた。
眩しい光に、少し眼を細めながら、辺りを見まわす。
「あ…」
物陰に赤い色を見つけて、彼女はその方向に歩いていった。
「京一君?」
建物の影で京一は寄り掛かって眠っていた。
(嘘…こんな所で寝てる…)
麻莉菜は、京一を起こそうと手を伸ばした。
「京一君、起きて」
京一の肩を揺すっていた麻莉菜は、いきなり腕を掴まれた。
「!」
麻莉菜は突然の事で抵抗できずに、彼の腕の中に抱きしめられる。
慌てた様に京一の顔を見上げると、眼は閉じられたままで、彼が眠ったままである事を
指し示していた。
(えっと…)
麻莉菜はどうしていいか判らずに、身動きする事ができなかった。
(ん?なんだ。この香り)
鼻腔をくすぐる甘い香りに、京一は少し意識を覚醒させた。
薄く開いた目の前に、明るい栗色が見える。
(へっ?)
慌てて、眼を開けると、困り果てている麻莉菜がそこにいた。
「ま…麻莉菜!?」
京一は自分の腕の中に麻莉菜がいるのに気づいて、慌てて腕を開いた。
「悪ぃ!寝ぼけてた」
照れくさそうに、京一は麻莉菜の方を見ながらそう言った。
側に立てかけていた木刀の包みを手に取りながら、彼は立ち上がった。
「なんで、こんな所で寝てたの?」
麻莉菜の何気ない問いに、京一は言葉に詰まる。
(言えるかよ…。修学旅行の班分けが不安で、悩んでるうちに何時の間にか
眠っちまったなんて…)
「あ〜、何となく天気が良かったもんで…ついな…」
京一の苦しい言い訳を麻莉菜は何の疑いもなく受け入れた。
「本当にいい天気だもんね。眠くなるの、判る気がする」
笑いながら、麻莉菜はそう言った。
「ところで、麻莉菜はどうしてここにいるんだ?」
「京一君がここにいるから、呼んで来てって、葵に言われたの。もうすぐ、HRが
始まるし」
「え?もうそんな時間か?」
京一は、慌てた様に尋ねる。
「うん」
麻莉菜は小さく頷いた。
「やべぇな。今日はサボるわけにいかねぇもんな。行こうぜ」
京一は麻莉菜の手を握って、屋上を後にした。
「何してたんだよ、サボってばかりで、卒業できなくてもしらないよ!」
教室に戻った京一に小蒔の罵声が飛ぶ。
「うるせぇな。ちゃんと考えてるからいいんだよ」
「何を考えてるんだか…。麻莉菜に馬鹿が移ったらどうするんだよ」
小蒔は、溜息と共にその言葉を吐き出した。
「何妬いてんだよ。美少年」
「誰が、美少年だ!」
京一の言葉に、小蒔の鉄拳が飛ぶ。
「き…京一君、大丈夫?」
背後に吹き飛ばされた京一に驚いて、麻莉菜が駆け寄る。
「痛ってぇな、いきなり何すんだ!」
「自業自得だろう!」
過激にじゃれあう二人を仲間達はそれぞれの思惑で見つめていた。
そんな様子を教室の外から犬神が見ていた。
(無邪気なものだ…。まぁ、他の事に興味をもたれるよりましだが…)
火のついてない煙草を手で弄びながら、職員室に戻ろうと方向転換をした彼は、マリアと
ぶつかった。
「キャッ!」
「あっと、失礼」
「気をつけてクダサイ。犬神先生」
弾みで床に散らばった書類を拾うために、屈んだマリアにそう言われて、犬神はぼさぼさ
の髪をかき回した。
「拾いますよ」
彼も、床に屈みこんで書類を拾い集めようと手を伸ばす。
「…」
一枚の書類を拾い上げた彼の手が止まる。
「犬神先生?」
動きの止まった犬神をいぶかしんで、マリアが再度声をかける。
「え?」
「あら、身上書じゃないですか。紛れこんでたのね」
「マリア先生…、これは緋月の…?」
「え?ええ。転校時に提出してもらったものですけど、それがどうかしました?」
「あ、いや…別に」
珍しく狼狽した犬神は、だがすぐにその表情をかき消した。
拾い集めた書類をマリアに渡すと、彼はその場を立ち去った。
(緋月…一迦だと。彼女が緋月の義母だとは…)
犬神の背中に冷たいものが流れる。
「確かに珍しい苗字ではあるが…」
18年前、他の人間が一迦への対応を誤ったせいで、何が起こったかは熟知していた。
決して踏んではいけない虎の尾、いや対人用地雷以上の一迦の怒りの矛先が自分に
向けられるのだけは、ごめんだった
(蓬莱寺に釘を刺しておくか…)
犬神は心の中で確認すると、職員室に戻っていった。
「まったく何だってんだ。犬神のヤロー」
放課後、職員室に呼び出された京一は、ぶつぶつと文句を言いながら、教室に戻ってきた。
「訳、判らねぇ事言いやがって」
自分の椅子に座りながら、京一は怒ったような表情を浮かべていた。
(俺と麻莉菜がどんな付き合い方してようが、いいじゃねぇか)
『蓬莱寺。おまえ、緋月とはどういう関係だ?』
『どうって…』
『真剣につきあってるのか?』
職員室に呼び出された途端のその問いに、京一は面食らった。
『なんで、そんな事を答えなきゃいけねぇんだよ』
『俺も、こんな事まで口を挟みたくはないんだがな』
犬神は、短くなりつつある煙草を指に挟みながら、そう言った。
『真剣に付き合う気がないなら、止めておけ。それがお前の為だ』
『?何言ってんだよ』
『遊びで付き合っていい相手じゃない。それだけは覚えておけよ』
(真剣に付き合いたいから、悩んでんじゃないか)
何時だって抱きしめていたくて、でも誰よりも大事だから触れられない。
(こんなに惚れるなんて、初めてだ…)
「でもなぁ、『好き』って言われたことはあっても、『愛してる』って言われたことは、
ねぇんだよな」
京一は、机の上に突っ伏した。
(麻莉菜、俺の事、どう思ってんだろうな。『お兄ちゃん』のままなんて、ごめんだぜ)
彼は陽に透けて輝く紅い髪をかきむしった。
「何…らしくない事してるんだろうな…」
独り言を呟いて、溜息をつく。
その時、教室の扉が静かに開いた。
「あ、京一君。犬神先生の用事、終わったの?」
麻莉菜が葵と一緒に入ってきた。
「ま…麻莉菜!?」
京一は驚いたように立ち上がった。
「こんな時間まで、何してたんだよ」
「葵のお手伝いをしてたの」
「麻莉菜に残務整理を手伝ってもらったんだけど、凄く計算が早くて助かったわ。部の
予算の残金もすぐに計算できたし」
麻莉菜は褒められたのが嬉しいのか、照れくさそうに笑った。
「ごめんなさいね、遅くまでつき合わせて。京一君、麻莉菜を送ってあげてね」
「ああ…」
「葵も一緒に帰ろ」
麻莉菜は、葵の方を見てそう言った。
「え、でもいいの?」
「だって、一人じゃ危ないよ?」
「気を使う事ねぇよ、一緒に帰ろうぜ」
京一にもそう言われて、葵は微笑んで頷いた。
「じゃ、そうさせてもらうわ」
3人は、一緒に学校を後にした。
「それにしても良かったわ。皆、一緒の班になれて」
「うん、自由行動も多いし、一緒に楽しめるね」
麻莉菜は、嬉しそうに笑った.
「京都って、初めてなの。どんな所なのか、とても楽しみ」
「そういえば、如月君が観光名所、教えてくれるって…」
「うん、昨日FAXで届いたの。朱日さんも教えてくれて…」
「なんで、如月が?」
「如月君、お店の用事で、よく京都に行くんだって。修学旅行が京都だって言ったら、
お店とか教えてくれるって言ってくれて」
麻莉菜は本当に嬉しそうに笑っていた。
「これで、何処に行くか迷わなくていいよね」
「ああ、そうだな」
短く答えながら、京一はふとある事が気にかかった。
「あきひって…誰だ?」
「んと…如月君の同級生で、彼女だよ」
「彼女ぉ!如月の!?」
京一は、驚いて大声を出した。
「彼女かどうかは、判らないけど、いい雰囲気なのは間違いないわよ」
葵の言葉に、京一は心の中で小さくガッツポーズをとった。
(やったぁ、ライバル一人脱落!)
「京一君?」
知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたのか、京一は自分を不思議そうに見ている
麻莉菜と葵に気づいた。
「どうしたの?」
「あ、いや、別に」
京一は、何でもないような風を装った。
「それよりさ、麻莉菜」
彼は、麻莉菜の耳元で囁いた。
「どっかでさ、二人で行動しようぜ」
「…うん!」
少し驚いた表情を浮かべた麻莉菜は、すぐに嬉しそうな表情で頷いた。
そして、修学旅行当日。初日こそヤクザがらみのごたごたがあったが、残りの日程は
比較的穏やかに過ぎていった。
「あ、舞妓さん」
最終日の自由行動時間、京の大通りを歩いていた麻莉菜が、目の前を通りかかった舞妓に
見惚れていた。
「綺麗…」
「写真撮らせてもらうか?」
一緒に行動していた京一が、そう聞いた。
「アン子ほど、うまくねぇけどな」
「うん!」
京一は、カメラを取り出して、舞妓に声をかける。
「ええどすぇ」
舞妓は快く引き受けてくれて、麻莉菜と一緒にフレームの中に収まった。
「学生さん、修学旅行どすか?どこから、いらしたんどすか?」
「東京からです」
「そうどすか。そや、時間があるんやったら、舞妓の着物着てみまへんか?ええ想い出に
なりますえ」
「え?」
「置屋のお母はんに、うちから頼んであげますさかい」
舞妓の言葉に、二人は顔を見合わせた。
「でも、ご迷惑じゃ」
「そない気にせんでもええですわ。まだお座敷まで時間ありますさかいに」
「着せてもらうか?」
麻莉菜は少し考えてから、頷いた。
「うん」
「ほな、一緒に行きましょか」
仲間の一人によく似た笑顔を浮かべるその舞妓に『否』も言えずに、連れられるまま、
二人は置屋に入っていった。
「お母はん、いてはる?」
格子戸を開けて、舞妓が奥に向かって声をかける。
「なんや、月花。お座敷には、まだ早いで。後ろの二人はなんやの?」
「修学旅行で、来たんやて。舞妓体験させてやってくれへん?」
「月花の頼みやったら、断るわけにもいかへんな。ええわ。あがってもらい」
奥から出てきた置屋の女主人は、少し困った様に笑うと、彼らを招き入れた。
通された座敷で、京一は何をするでもなく、過ごしていた。
「可愛らしい舞妓はんの出来あがりや」
女主人に連れられて、麻莉菜が姿を現わした。
「ま…麻莉菜?」
顔に白塗りをし唇に紅をさしてあでやかな着物を身に纏った麻莉菜は、少し恥ずかしそう
に俯いていた。
「ほら、彼氏によお見せたり」
彼女に言われて、麻莉菜は少し前に出た。
「京一君…」
「凄ぇ…麻莉菜、可愛い」
麻莉菜に見惚れながら、京一は呟いた。
「そうやろ、こないに飾りがいのある子は、久し振りやわ。このまま、スカウトしたい位
やもの。ほら、写真くらい撮ったらんかい。これもええ想い出になるやろ」
女主人のその言葉に、麻莉菜は再び恥ずかしそうに俯いて、京一は慌ててカメラを
取り出した。
写真を撮り終えるのを満足そうに見ながら、女主人は笑っていった。
「高校卒業したら、うちに来えへん?すぐに売れっ子になれるで」
「お母はん、困ってはるで」
先程の舞妓―月花―が座敷に入って来てそう言った。
「でも、ほんまにかわいいわぁ。道を歩いたら、ほんまの舞妓と間違われるかも知れへん
なぁ。一緒に大路を歩いてみいへん?」
彼女も麻莉菜を見て、そう言った。
「でも、もう行かないと、集合時間に間に合わないから…」
麻莉菜の言葉に、京一が慌てて壁にかかっている時計を見上げる。
「後、一時間しかねぇじゃないか!」
「なんや、慌しいなぁ。もう行くんかいな」
「今日、最終日なんです。五時に京都駅に集合する事になっていて…」
「そりゃ、急がんとあかんな。列車に乗り遅れたら、えらいこっちゃ」
女主人は、慌てて立ち上がって、麻莉菜を元の部屋に連れていった。
「また、京都に来はったら、寄ってな。いつでも歓迎するさかい」
女主人と月花に見送られて、二人は京都駅に向かった。
列車に乗り込んだ途端、麻莉菜はうつらうつらし始めた。
「眠いなら、寝ちまえよ」
「う…ん」
その後、五分もしないうちに彼女は眠ってしまった。
「よく寝てるなぁ」
「よっほど、疲れたのね」
京一にもたれかかって眠っている麻莉菜を見ながら、葵達は微笑んでいた。
「楽しそうな顔して、なんか夢でもみてるのかな。こら、京一。動いたりしたら駄目だろ。
麻莉菜が眼を覚ましちゃうよ」
京一がかすかに動いたのを見て、小蒔が小声で注意した。
「判ってるよ」
京一は、すぐに元の姿勢に戻った。
(つっ、寝息が首にかかって…)
「京一君、どうかしたの?」
葵が心配そうに、眉をひそめた。
「いや、なんでも…」
「京一、馬鹿な事考えてるんじゃないだろうね」
「なっ!」
小蒔の突っ込みに、京一は思わず腰を浮かしかけた。
「ん…」
麻莉菜がかすかに身動きして、京一の制服の袖を掴んだ。
「麻莉菜が起きるよ」
小蒔に言われて、慌ててその動きを止める。
「大丈夫よ、京一君。この状態で、麻莉菜が起きる事はないわ」
「え?」
「麻莉菜が、前に言っていた事があるの。京一君の側なら、安心して熟睡できるって」
「何処が安心できるのか、ボクらには判らないけどね。麻莉菜も変わってるよ。
京一の何処がいいんだろうね」
「でも、麻莉菜は京一君を探しに来たんでしょう」
「そうだね。別に、麻莉菜は化け物と喧嘩するために、東京に出てきたわけじゃなかった
んだよね」
葵と小蒔が麻莉菜の寝顔を見ながら、そう言った。
「それにしても本当によく寝てるわね」
「京一、麻莉菜に何かしたんじゃないだろうね」
「そんなことしてる暇があったと思うか?」
そんな会話がかわされてる事も知らずに、麻莉菜は、新幹線が東京に着くまで眠り続けて
いた。
「じゃあね、また月曜日に学校でね」
「麻莉菜、明日迎えに行くわね」
葵や小蒔、醍醐達と別れて帰り道についた麻莉菜に、隣を歩いていた京一が尋ねる。
「明日、何かあんのか?」
「如月君の所に、お土産持っていくの。いろいろと教えてもらったから、お礼も兼ねて」
麻莉菜は、紙袋を抱えながらそう答えた。
「他の皆も集まるって言ってたから、ちょうどいいと思って」
「如月の所、溜まり場になってねぇか…?」
気に食わない奴と思いつつも、少し同情を覚える。
あれだけの人数が店に出入りしていたら、立派に営業妨害になるのではないのだろうか。
「うん、でも、如月君、最近楽しみにしてるみたいなの。皆が来るの」
麻莉菜は少し考えた後、そう言った。
「楽しみねぇ。何考えてんだ、あいつは」
そんな話をしているうちに、麻莉菜のマンションの前についた。
「じゃあな」
「うん、また月曜日ね」
麻莉菜は、京一を見送ってからマンションに入っていった。
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