胎動

 

「わぁ、すごく賑やか」

花園神社の参道を歩きながら、麻莉菜が歓声をあげた。

「はぐれるぞ」

はしゃいでいる彼女の手を掴んで、京一が注意する。

「うん、気をつける」

瞳をきらきらさせながら、麻莉菜は頷いた。

彼女が屋台の方に気を取られているのは一目瞭然だった。

「まったく…」

京一は苦笑しながら、麻莉菜を見つめていた。

「麻莉菜、凄く嬉しそうだね」

「ええ、本当に…」

葵と小蒔は、微笑みながらその様子を見つめていた。

「やっぱり、平和が一番だな」

醍醐の言葉に、葵と小蒔が顔を見合わせた後、笑い出した。

「?なんだ?」

「醍醐君、高校生の台詞じゃないよ。それ」

「そうか?」

「醍醐君らしいけどね」

小蒔が笑いながら、そういうのを見て、醍醐は苦笑した。

「あれ…」

その時、麻莉菜がふと立ち止まって、辺りを見回した。

「?」

「どうした?」

「この曲…何?」

神社の奥…広場の方から何か騒がしい音楽が響いてくる。

「何か…聞き覚えがあるような曲だな」

全員が曲に耳をすませていると、小蒔が何かを思い出した様に言った。

「そういえば、弟が言ってたよ。何とかレンジャーってのがショーをやるって」

「なんだ。子供向けのショーかよ」

「そんなレベルのものじゃないってさ。人気あるらしいよ。ねっ、麻莉菜、見に行って

みよう」

小蒔は麻莉菜の腕を掴むと、走っていった。

「こらぁ!麻莉菜をダシにすんじゃねぇ!」

「まったく…」

「小蒔ったら、よっぽど見たかったのかしら」

3人は少し困ったようにそう言いながら、麻莉菜達の後をついていった。

「面白い人達だったね」

コスモレンジャーに会って、少し話をした麻莉菜は帰り道でそう言った。

「きっと学校でも人気者なんだろうね」

「まぁ、目立ってはいるだろうな」

「確か…大宇宙って特殊な学校だったんじゃないかしら…入試の仕方も特別だったと

思ったけど…」

「特別って…葵?」

「確か…論文と面接だけだったと思うんだけど…」

「へぇ。京一、羨ましいだろう?」

小蒔がからかう様に言った。

「なんで俺が羨ましがらなきゃいけねぇんだ!?」

「え〜だって学科試験がないんだよ?」

「なんで、俺があんな変人のいるに行かなきゃなんねぇんだ!」

からかう小蒔と怒る京一、その二人の様子を麻莉菜はにこにこしながら見ていた。

「良かった、京一君。さっきの御神籤の事、忘れたみたい」

「御神籤って…さっきのか?」

「うん、京一君、凄く気にしてたみたいだから…。あたしじゃかえって気を使わせちゃう

でしょう」

「運が悪いのかいいのか、わからない奴だな。あんなものを引くとは」

「珍しいものね、雛乃さんも驚いてたし…」

葵がそう言って、京一の方を見た時、麻莉菜がぴたりと足を止めた。

小蒔に食って掛かっていた京一も動きを止め、醍醐も油断なく周囲を見回す。

「醍醐…」

「ああ…油断するなよ」

「判ってる。麻莉菜、美里と小蒔を頼んだぜ」

「うん」

麻莉菜は素早く葵と小蒔の前に移動した。

「何…?」

葵と小蒔は不安そうに麻莉菜達を見つめた。

「隠れてんのは、判ってんだ。こそこそしねぇで、でてきたらどうだ!」

木刀を袋から取り出した京一が、物陰に向かって怒鳴った。

「一体…何…」

葵が回りを見回した時、何人かの男達が姿を現わした。

「なっ!」

葵と小蒔は一歩後ずさる。

不気味な笑みを浮かべながら近づいてくる男達を、麻莉菜は阻もうとした。

「麻莉菜!気をつけろ。こいつら、普通じゃねぇ!」

京一が注意を促した途端、男達の姿が変化した。

「そんな…」

目の前で鬼に変化した男達の姿に、麻莉菜は絶句した。

「今更、鬼なんて…冗談が過ぎるぜ」

京一は目の前の男達を睨みつけながらそう言った。

「誰か通りかかると厄介だ。やるぞ」

醍醐が一歩踏み出した時、気の抜けそうな音楽が聞こえてきた。

「な…?」

(この音楽って…)

麻莉菜達は慌てて背後を振り向いた。

「うそ…」

そこには、先程出会った正義の味方が立っていた。

「せ…正義の味方…?」

「なんで…?」

「俺達は、困っている者の味方だ。どんな所であろうと困っている者がいれば、

現れる」

状況を省みないその言葉に、京一が怒鳴った。

「馬鹿野郎!そんな事言ってられる状況かどうか、よく見やがれ!」

「えっ?きゃあ!何あれ…鬼!?」

「何で…こんなものがいるんだよ」

凍りついた様に動かなくなった彼らを見て、京一は苛立ちを隠さない。

「ちっ!いいか、てめぇら、邪魔だけはするんじゃねぇぞ!」

彼はそれだけ言い捨てると、木刀を構えなおした。

「醍醐、さっさと片付けるぞ」

「ああ」

短い会話を交わし、京一と醍醐は敵に突っ込んでいった。

「小蒔、援護して」

「任せて」

自分の前にいる麻莉菜の言葉に、小蒔は力強く頷いた。

「葵は、3人をフォローして」

「判ったわ」

麻莉菜もそれだけを言い置いて、走り出した。

そんなに時間もかからずに、男達は地面に倒れ伏していた。

「あんた達は、一体…」

コスモレンジャーのその言葉に、麻莉菜は哀しそうな表情を浮かべた。

それに気づいた京一が彼女の手を握りしめる。

「あなた達、正義の味方なの?」

「違う。あたし達は、そんな立派なものじゃなくて…ただ、護りたいものがあるから…」

「そうね…」

葵は、麻莉菜の肩に手を置きながら、そう言った。

「私達は、自分達の護りたいものを護ってきただけだものね」

「…かっこいい…」

「え?」

ピンク色のスーツを着た少女の言葉に、麻莉菜は顔をあげた。

「ああ、なんだかジーンとしたぜ」

「そうだぜ。これが本当のヒーローだ」

「あ…あの…?」

「よし!もし、何かあったら声をかけてくれ。あんた達の事、助けに来るぜ。

何せ、俺っち達は、正義の味方だからな。そうと決まれば、みんな練馬に戻って、

トレーニングだ!」

「え、あのちょっと…」

麻莉菜の言葉が終わる前に、3人は姿を消してしまった。

「何だったの?あれ…」

「さあ…」

弓を片付けながらの小蒔の言葉に、麻莉菜は首を捻った。

「自分達で、納得してたみたいだな。まぁ、放っておいていいだろう…」

醍醐が疲れきった声を出した時、不気味な声が響いた。

『ぐげげ…』

「!?」

先程、倒した男達がゆっくりと起き上がってきた。

「手加減しすぎたか」

『我、竹林に龍を捕らえて待つ』

「何?」

『竹林にて待つ…』

それだけを言うと、男達は再び地面に倒れ落ちた。

「気を失ってるわ…」

「竹林…?まさか…」

醍醐の顔に、緊張が浮かんだ。

「それって…龍山先生の事?」

麻莉菜の問いに答えず、醍醐は走り出した。

「醍醐!」

残された彼らもその後を追って、走り出した。

「先生!」

「おじいちゃん!返事して!」

醍醐や小蒔が叫ぶ中、麻莉菜や京一達は周囲を見まわしていた。

「なんじゃ、騒々しい」

「龍山先生…」

竹林の間から姿を現わした老人に、彼らは安堵の溜息を漏らした.

「ちょっと、見ないうちにたくましい顔つきになりおったな」

「そ…そんな事より、先生。何かあったんじゃ…」

「ん?」

龍山が醍醐の言葉に、彼を見た時、大きな物音が響いた。

「!?」

「来よったか」

「何?」

龍山を除いた全員の目が、そちらに向けられる。

そこには、倒した筈の九角の姿があった。

「まさか…」

「九角さん…生きてたの?」

麻莉菜の瞳が驚いたように見開かれた。

「生きて…そうだな。今の俺は、人としての感情も何もかも捨てて、お前達への恨みだけ

で、ここにいる。その状態を生きていると言うならば、生きているんだろうよ」

「そんな…」

麻莉菜の身体がかすかに震える。

「緋月麻莉菜、美里葵、お前らの肉は、さぞ柔らかいだろうな」

「!?」

その言葉を聞いた京一は、二人の前に出る。

「もう、化け物になったって事だ。だったら、遠慮はいらねぇな。二度と戻ってこれねぇ

ようにしてやる」

言いながら、木刀を袋から抜き去る。

「京一君…」

京一の言葉に、九角は嘲笑し、鬼の姿に変化した。

「きっちり、引導渡してやるから、覚悟しやがれ!…退ってろ、麻莉菜」

「お前達に、俺が倒せるとでも思ってるのか?」

「うるせぇ!麻莉菜に、お前を二度も倒す真似をさせるわけにはいかねぇんだよ!」

「甘いな。相変わらず…」

「うるせぇんだよ!」

京一は、九角に叫んだ。

「あいつの気持ちも判らねぇくせに、大きな事ばかり言ってんじゃねぇよ」

彼は木刀を構えた。

「麻莉菜がてめぇを倒した時、どれだけ嘆いたかてめぇにゃ判らねぇだろうが!」

「こんな奴らが、俺を倒したなど認める訳にいくか!」

九角の太い腕が京一を弾き飛ばした。

「!」

「京一君!」

地面に叩きつけられた京一を、麻莉菜は大きく瞳を見開いて見つめた。

「っつてぇ…」

「ははは、これがお前達の実力だ。おとなしく膝まづけばいい」

彼は全身の痛みを耐えるように、木刀を支えに立ちあがろうとしていた。

「うるせぇって言ってんだよ…!」

京一は唇を噛み締めながら叫んだ。

「しない…そんな事させない!」

京一の叫びと九角の嘲笑をかき消す様に、叫んだ麻莉菜は走り出した。

「麻莉菜!止めて!」

葵の眼には麻莉菜目掛けて太い腕を振り下ろす九角の姿が写った。

「麻莉菜ぁ!」

自分に向かって振り下ろされる腕をかいくぐって、麻莉菜は握り締めた拳に

全ての気を乗せて突き出した。

「護りたいものがあるの。京一君や皆も助けてくれたの。だから膝まづいたり

しないし、皆にもそんな真似させない。だから…そんな事を強要するなら、許さない。

例え、それが九角さんでも!」

大きな瞳から涙を溢れさせながら、そう叫ぶ麻莉菜の言葉に、倒れたままの九角は

微笑んでみせる。

「?」

麻莉菜の背後に立っていた京一は、そんな九角の様子を不審気に見つめた。

「おい、お前。あの時の言葉に偽りはないか?」

「何?」

「どんな状況になったとしても、こいつの側にいる覚悟はあるか?」

「当り前だ!」

京一は即答した。

「俺は麻莉菜の側から離れたりしねぇ!」

「ならば、その言葉を実行して見せる事だ」

「九角さん…?」

「来るんじゃねぇ!」

麻莉菜が一歩自分の方に近づこうとするのを、九角は怒鳴りつけて制止する。

「いいか?何故、俺が復活できたか考えろ。まだ、何も終わってない」

「え…?」

「これからお前達を待ち受けているのは、修羅の道だ。決して逃れる事はできない。

覚悟しておくんだな」

「何の事…」

「すぐに判るさ、そうすぐにな」

「九角さん…もしかして…その事を伝えるために…」

麻莉菜の言葉に、九角は笑ってみせる。

「相変わらず、おめでたい女だ。何故、俺がそんな事をしなきゃいけねぇんだ?」

麻莉菜の言葉を否定した彼は、夜空を見上げる。

「見事な月じゃねぇか…不思議なもんだ。お前らと一緒に月を見る事になるなんてよ」

そう呟く九角の姿はだんだんと薄れていく。

「九角さん!」

「あの世とやらから見ていてやるよ。お前達の無様な姿をな」

「いやあ!」

麻莉菜の悲痛な叫びが響く中、九角の姿は完全に闇の中に消え去った。

「いやあ!こんなのいやぁ!」

京一にしがみついて泣きじゃくる麻莉菜の横で、葵が力なく膝まづく。

「こんな事って…」

「先生、結局どう言うことなんです」

「そうだよ、何で九角が…」

小蒔と醍醐が龍山の方に振り向いて説明を求めようとした時、背後から京一の声が響いた。

「まだ、何も終わってなかったって事だろう?」

その静かな言葉に、醍醐と小蒔が振り返る。

「何も…?そんな…それじゃ…」

「むしろ、これからが始まりかもな」

麻莉菜を抱きしめながら、京一はそう言った。

「じいさん、知ってる事を話してもらうぜ」

「今、お前達に言えることは一つだけじゃ。時が迫っておる」

「え?」

「心するがいい」

それだけを言って、龍山は彼らを静かに見つめていた。

 

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