魔獣行(前)

 

「…りな…麻莉菜ってば!」

「え?」

自分を呼ぶ声に、麻莉菜は顔をあげた。

「あ、小蒔。買出し終わったの?」

「うん、なんとかね。使えそうなCDあった?」

「あ、ごめんなさい。見てなかった…」

「しっかりしてよ。あれはまったく役に立たないみたいだし」

小蒔は、少し離れた所にいる京一に視線を移した。

彼らは二手に別れて、文化祭のクラス企画で使うCDや雑貨を探しに来ていた。

「それにしても和風喫茶か…マリア先生が和菓子好きとは思わなかったな」

そう言って、小蒔は麻莉菜に視線を戻した。

「何?」

「マリア先生、麻莉菜のとこの和菓子を食べたいだけだったりして」

「まさか…」

「判らないよ、あの様子じゃ」

小蒔は、その時の様子を思い出して少し笑った。

「うん、あれは意外だった…」

麻莉菜も少しだけ笑った。

「凄い勢いだったものね。校長先生の許可も保健所の許可もすぐにとっちゃったし」

「おっ、戻ってきたのか」

京一が近づいて来て、そう聞いた。

「うん、今…。って、京一、何持ってるのさ」

小蒔は京一の持っていたCDを取り上げた。

「なに?舞園さやかじゃない」

「悪いかよ」

「あんたねぇ!何しにここに来たか、判ってんの!?」

「いいじゃねぇか、別に」

京一は小蒔の手からCDを取り戻した。

「京一君、その人好きなの?」

麻莉菜のその問いに、京一は少し慌てた。

「あのな、好きとかそう言う事じゃなくて」

「あたしも好きなの、この人。TVで見ただけだけど、声が凄く綺麗よね」

「あ…ああ、そうなんだよ、俺も声が好きで…」

「京一の場合、声だけじゃないだろう」

「うるせぇ」

小蒔の突っ込みを小さな声でかわすと、京一は麻莉菜の方に向き直った。

「もし良かったら、今度CD貸してやろうか?」

「本当?」

「ああ、彼女のCDなら、ほとんど持ってるから」

「嬉しい、ありがとう。京一君」

麻莉菜は本当に嬉しそうに笑った。

「じゃ、部屋に持ってくから、一緒に聞こうぜ」

「うん!」

「あら、小蒔?戻ってたの?」

CDを数枚抱えた葵が近づいて来た。

「醍醐君は?」

「大荷物を持って入るのは、迷惑だからって外で待ってるよ」

「じゃ、これを借りてくるけど…麻莉菜?」

「あ、これも…」

麻莉菜は慌てて手に持っていたCDを葵に渡した。

「判ったわ」

葵は、カウンターへ歩いていき、貸し出しの手続きを行った。

「後は、飾りつけだけだね」

「とても楽しみ」

「ボクも楽しみだよ。高校最後の文化祭だしね」

「お前が楽しみにしてるのは、麻莉菜の家の和菓子だろう」

「京一みたいに、麻莉菜のエプロン姿を楽しみにしてるよりマシだろ」

「お前、一言多いぞ」

「本当の事じゃないか」

二人は、言い争いをしながら、店を出ていってしまった。

「あら、小蒔達は?」

「外に行っちゃた。何か凄く楽しそうに…」

「そうなの?」

葵は少し困ったような表情を浮かべた。

「私達も行きましょうか?学校に、一度戻らなきゃ行けないし」

「うん」

麻莉菜と葵も店を出た。

外では、京一と小蒔がまだ言い合いを続けていて、大きな荷物を抱えた醍醐が困り果てて

いた。

「京一君、小蒔。学校戻らないと」

麻莉菜が二人に声をかけた。

「あ、ごめん。京一が馬鹿ばっかり言うから、つい、むきになっちゃた」

「俺のせいかよ。だいたい、お前が突っかかってくるから悪いんだろうが」

「何言ってんだよ!この馬鹿!」

小蒔の拳が見事に決まり、京一は麻莉菜の足元に転がった。

「あ…」

「わ!ごめん、麻莉菜!京一、眼を開けちゃ駄目だよ!」

小蒔の言葉に、京一は眼の上を見た。

「!?」

「眼を開けちゃ駄目だって言ってるだろ!」

小蒔の叫び声を聞いた途端、京一は飛び起きた。

「す…すまねぇ!麻莉菜!」

「まったく、何処までも馬鹿なんだから…」

「うるせぇ!だいたい、おまえが!」

「いい加減にしろ!二人とも!」

再び、言い合いを始めようとした二人を醍醐が一喝した。

「何時までも騒ぐな。みっともない」

「それに遅くなったから、早く学校に戻って、荷物を置いてこないと」

葵にも諌められて、二人は離れた。

「本当にすっかり遅くなっちゃったね」

荷物を置いて、学校を出た時は、辺りは薄闇に染まっていた。

「ラーメンでも食って帰ろうぜ…ん?なんだ、ありゃ。喧嘩か?」

繁華街に差し掛かったところで、路地の方を覗いた京一が足を止めた。

「え?」

麻莉菜が京一の視線を追うと、見なれない制服の少年と少女が不良達に絡まれていた。

「こんな所で騒ぎを起こすなんて…」

「放っとく訳にもいかねぇな」

「京一は、喧嘩したいだけだろ」

「馬鹿言うな。仲裁だ、仲裁」

小蒔の言葉を否定して、京一はそちらに足を向けた。

「おい、お前ら。何してんだ」

京一の声に不良達が彼の方を見る。

「なんだぁ?お前は?」

「それはこっちのセリフだぜ。人ん家の庭先で、いたいけな少年少女をいたぶろうなんて、

放っとける訳ねぇだろう」

「今のうちに、手を引けば見逃してやる。そうでなければ、痛い目を見る事になるが」

「お…おい、こいつら、帯脇さんの言っていた…」

「真神の奴らか!」

「へっ、その帯脇って奴は、少しはモノを知ってるみたいだな。俺は真神の蓬莱寺 京一だ」

「俺は同じく、醍醐 雄矢だ」

「あ…相手が悪すぎるぜ」

「てめぇら、中野さぎもり高校の帯脇さんに逆らってただで済むと思うなよ!」

捨てゼリフを残して、不良達は逃げていった。

「思うに決まってんだろうが。…怪我はないか?」

「大丈夫?」

京一と麻莉菜に聞かれて、少年の方が慌てて返事をした。

「あ、はい。大丈夫です。有難うございました」

「ここら辺も物騒になったからな。気をつけろよ」

「あ、いえ…はい」

「何か、絡まれる心当たりでもあるのか?」

「え…」

「霧島君、この人達なら大丈夫だと思うわ」

ずっと少年の背中に隠れていた少女の声が聞こえる。

その声を聞いた京一の顔に驚きの色が浮かぶ。

「京一君、どうしたの?」

「その声…まさか…!舞園さやかちゃん?」

「え?」

「あ、はい。おはようございます!」

「まさか…本物?」

「はい。よろしくお願いします」

「やっぱり、何か理由があるのね?」

「え?」

さやかの背後を見ながら、麻莉菜はそう言った。

「麻莉菜?」

「さっきの人達、こっちを見てる」

「ま、放っといていいだろう。それより何処か落ちつける所で、話を聞こうぜ。

ここじゃ、目立ちすぎる」

「じゃ、予定通り、ラーメン屋に行く?二人もそれでいい?」

「私もご一緒していいんですか?」

「もちろんよ」

そして、彼らはラーメン屋に移動して、おおよその事情を聞いた。

「まぁ、何かあったら相談しに来いよ。?どうした?」

さやかと一緒にいた少年―霧島 諸羽―がぼんやりしてるのを見て、京一が聞いた。

「あ、いえ」

「ふふっ、霧島君。ずっと、蓬莱寺さんの事を見てたでしょう」

「ぼ…僕はただ格好いいなと思って…」

その言葉を聞いて、言われた京一も、葵達も凍りついた。

ただ一人、麻莉菜だけは別の意味で疑問符を浮かべていた。

(京一君、格好いいのに…なんで皆、変な顔してるんだろ?)

霧島はその間にも自分の思った事を口にしていった。

「それで、お願いがあるんですけど…。京一先輩ってお呼びしてもいいですか?」

「そ…そりゃ…別に悪い事はないが…」

「ありがとうございます!あ、僕の事は諸羽と呼んでいただいて構いませんので」

「あ…ああ、判った…」

「京一ったら、おかし〜い」

一番早く立ち直った小蒔が、笑いながらそう言った。

「これから霧島君の夢を壊さない様にしなきゃ駄目だよ」

「うるせぇ!」

そうしているうちに、駅の側までやってきていた。

「こっからはもう大丈夫だろう?」

「気をつけて帰ってね」

「はい、わざわざ有難うございました、…!」

霧島とさやかが挨拶をして、彼らと別れようとした時、その目の前に突然現れた人物が

いた。

「帯脇…!」

「よぉ、霧島ちゃん、元気そうじゃないか。あんまり、俺の女に馴れ馴れしくしてんじゃ

ねぇよ」

そう言って伸ばされた手を霧島は思いきり弾いた。

「さやかちゃんは誰のものでもない!」

「さやかは俺のものなんだよ。霧島ちゃんは引っ込んでな」

「!」

霧島を突き飛ばした後、再び伸ばされた手を、麻莉菜が掴んだ。

「嫌がってる女の人に無理強いするなんて、一番やっちゃいけない事なんだよ」

「そうだよ!ここでこの二人に手を出したりするなら、ボク達が相手になるからね!」

「五体満足で、新宿を出ていきたかったら、さっさと失せな」

次々に紡がれる言葉を聞いても、帯脇は嘲笑してるだけだった。

「お前らは知ってるぜ。馬鹿の蓬莱寺に、巨漢の醍醐、男女の桜井に、生徒会長の美里。

結構いい女だな。ん?お前は、俺様のリストにないぜ?中学生か?」

自分の手を掴んでいる麻莉菜を見て、不審そうな顔をする。

「緋月麻莉菜!京一君達の同級生よ!」

「チビの緋月か。お前も俺様の抹殺リストに載せておいてやるよ。それともさやかと一緒

に、俺の女になるか?」

「おい、ふざけるのもいい加減にしとけよ。麻莉菜…俺の相棒は、お前なんかが相手に

出来る女じゃないんだぜ。それに俺達の事もあんまり甘く見るなよ。痛い目を見る事に

なるぜ」

「そうだよ!顔を洗っておととい出直しといでよ!」

麻莉菜の背後から京一と小蒔が帯脇を睨みつける。

「相棒?こんなチビを相棒にしてるなんざ、真神の蓬莱寺は噂と違って、たいした事は

ないんだな。それとも、夜だけの相棒…」

その言葉を最後まで帯脇が紡ぐ事はできなかった。

高い音がして、帯脇の頬が赤く腫れ上がる。

「てめぇ…」

「言っていい事と悪い事があるって幼稚園で習わなかったの!?高校で偉そうにしてる暇

があったら、幼稚園から通い直したら!?」

自分を睨みつけてくる麻莉菜の視線の強さに、帯脇は思わず後ずさりかけた。

「ま…まぁ、いいさ。今日は俺は機嫌がいい。このまま、見逃してやるぜ。だが、今度は

そうはいかないから、覚悟しとくんだな」

それだけを言い残して、帯脇は去っていってしまった。

「なんだよ、あいつ!ボクの事男女だって!ムカツク!!」

「しかし…簡単に諦めそうにはないな」

「そうね、何か方法を考えないと」

「何かあったら、すぐに言って来いよ」

「でも、皆さんの方が…」

「俺達の事は心配しねぇでいいから、さやかちゃんをちゃんと護れよ」

「はい、京一先輩。じゃ、さやかちゃん。そろそろ行こうか」

「うん。皆さん、本当に有難うございました」

二人を見送った後、彼らもその場を後にした。

「ねぇ、なんであいつ、あんなに自信満々だったんだろう。もしかして…あいつも」

「《力》の持ち主かも知れないな。遠野に言って情報を集めてもらった方がいいかも

知れない。明日にでも、頼んでみよう」

「そうだね」

それから、数日後。

「やっと、明日か」

「準備に結構かかったもんね。でも、なんか少し寂しいな」

「何、感傷的になってんだよ。らしくねぇぞ、少年」

「だから、ボクは女だって言ってるだろう!」

校門前で、漫才を始めようとした京一の袖を麻莉菜が引っ張った。

「あれ…舞子ちゃんじゃない?」

「え?」

「麻莉菜ちゃん!京一君もいる!よかったぁ〜」

「どうかしたの?」

駆け寄ってきた舞子に、麻莉菜が尋ねる。

「そうなのぉ、もう大変で大変で…」

「え?」

「あのねぇ、霧島君って、知ってるぅ?」

「霧島君?」

「霧島がどうかしたのか?」

「あのねぇ〜大怪我して、今桜ケ丘にいるの」

「えっ!」

「それでね〜意識はないんだけど、時々京一君とさやかって人の名前を呼ぶの。

だから、先生が呼んで来いって」

「…!」

その言葉を聞いたとたんに、京一は走り出した。

「あたし達も行こう」

麻莉菜達も走り出していった。

「霧島!」

桜ケ丘に辿りついた彼らは、無人の待合室で周りを見回した。

「霧島!くそっ、霧島は大丈夫なんだろうな!」

「あれぇ〜おっかしいなぁ。何か変な感じがするぅ」

「何か、来るわ!」

舞子と葵が何かを感じとって、警告を発した時、扉を閉める大きな音が響いて、

岩山が走ってきた。

「岩山先生?」

「お前達…!?早く、逃げるんだよ!」

「え…」

「麻莉菜!」

岩山の後を追いかけるように、『それ』は現れた。

「!?」

「何!?」

「麻莉菜!」

『うつわ…?器…。なんだ?この気は…?』

その場を動かなかった麻莉菜の気に飲み込まれるように、『それ』は消え去った。

「麻莉菜、大丈夫か!?」

「うん」

「まったく無茶な娘だね。怪我はないかい?」

「はい…」

蒼褪めながらも、麻莉菜ははっきりと答えた。

「先生、あれはいったい…」

「あの少年についていた気だよ」

「そうだ!霧島は!?霧島は大丈夫なんだろうな!」

「安心おし。容態は落ちついてるよ。今はまだ集中治療室だがね」

「そっか…」

京一が安堵の表情を浮かべる。

「それより、お前達に話があるから、一緒においで」

彼らを診察室に連れていった岩山は、ゆっくりと口を開く。

「お前達、ヤマタノオロチは知っているか?」

「神話の…ですか?」

「そうだ。あの少年に憑いていたのは、どうもそれに類するものらしいね」

「それって、帯脇がそうだって事ですよね」

「帯脇?あいつが、絡んでるのかよ!?」

「うん、たぶん間違いないと思うの。さっきのと帯脇…似てるものを感じたから…」

「じゃ、さやかちゃんは…」

その時、背後で扉が開く音がして、彼らは振り向いた。

「霧島君!?」

「お前!何をやってる!まだ、動ける状態じゃないだろう!」

岩山が、慌てて立ち上がる。

「さやかちゃんが…学校で…帯脇に…京一先輩…」

そこに立っていた包帯姿の霧島は、それだけ言って崩れ落ちた。

「京一君」

「ああ。先生、こいつ頼むな。俺達でこのふざけた事をしでかした奴にケリをつけてくる

からよ」

「任しておおき、こんな可愛い少年をむざむざ死なせたりするものか」

「あ…ああ、頼むぜ」

岩山の言葉を聞いて、背筋に冷たいものを感じながら、京一は返事をした。

「ああ、そうだ。忘れていたが、この少年をここに運んで来た者がいる。

もし、何処かで会ったら礼を言っておけ」

「どんな人だったんですか?」

「え〜とぉ、棒みたいな物入れた袋を持っててぇ、凄く明るい人だったよぉ」

麻莉菜の問に舞子が答える。

「それじゃ、俺じゃないか」

「あ〜、そっか。誰かに似てると思ってたんだけど、京一君に似てたのね」

「関西弁を使っていたが、どうも日本人ではないようだったな」

「そいつのおかげで、霧島が助かったんだったら、探し出して礼を言わなきゃな」

「そうだね」

「ともかく、今はあのふざけた野郎をぶちのめしに行かねぇとな」

自分の言葉に、頷く麻莉菜の髪の毛をかき回しながら、京一はそう言った。

「ここか」

「何か凄く静かだね」

霧島の高校の前に来た彼らは、その静かさに顔を見合わせた。

「本当にここにいるのか?」

「間違い…ないよ。上の方に帯脇の気を感じるもの」

「なんて、禍禍しい気…」

麻莉菜と葵は屋上の方を見上げて、蒼褪めていた。

「行けるか?麻莉菜」

「うん…この前ほどじゃないから…」

京一の問に、はっきりとした声で麻莉菜は答えた。

「よし、じゃ行こう」

開いていた門から彼らは校内に入った。

シンと静まり返った校舎には、人の気配があまりしなかった。

「誰も…先生もいないのかな…」

「見つからない方が好都合だ。緋月、屋上だったな?」

「うん」

麻莉菜は階段を見ながら言った。

「急がないと…」

「ああ」

階段を上がって屋上近くまで来た時、麻莉菜は駆け下りてきた誰かとぶつかった。

「きゃ!」

「おい、大丈夫か!?」

慌てて京一が彼女を支える。

「うん」

「ご…ごめんなさい…!緋月さん達…どうしてここに…」

驚いた様子のさやかがそこに立っていた。

「さやかちゃん、良かった。無事だったのね」

「もしかして…助けに来て下さったんですか?」

「うん」

「良かった。どうしようかと思ってたんです。みんな、何か変だし…不安で…一人で

どうしようかと…。!それより、早く逃げないと…」

『さやか!かくれんぼの時間は終わりだぜ』

屋上に続く扉の向こうから、帯脇の声が響く。

「この向こうに、帯脇がいるのね」

「まさか…みなさん、帯脇と」

「さやかちゃんは、危ないから隠れてて…」

「私も行きます!このまま、逃げてるだけなんて嫌です」

「でも…」

麻莉菜達は、一瞬顔を見合わせた。

「いいんじゃねぇか?さやかちゃんだって、馬鹿にされっぱなしじゃ嫌だろう。

帯脇に一矢くらい報える資格はあるさ」

「…判ったわ。ただし、決して葵の側から離れないでね」

「はい!」

麻莉菜は、さやかの言葉に頷くと、扉に手をかけた。

「なんだぁ、お前達は!?」

帯脇は、麻莉菜達を見て、怒り出した。

「これ以上、馬鹿な真似は許さない。さやかちゃんに手は出させない」

「判らない奴だな。さやかは俺の女なんだぜ。俺達を邪魔するなら、霧島みたいに

してやるぜ?」

「霧島君に何をしたの!?」

さやかは、その帯脇の言葉に顔をあげて、前に進み出た。

「何を怒ってるんだ?俺達の邪魔をする奴を取り除いただけだぜ?今頃は、あの世に…」

「そんな事ない!霧島君は、私を護ってくれるって言ったもの!ずっと、側にいてくれる

って…!」

「さやかちゃん、霧島君は無事だから大丈夫よ」

「そうだぜ、あいつには、新宿一の名医がついてるんだ。心配しなくても大丈夫だ」

さやかの前に出ながら、麻莉菜と京一がそう言った。

「だから、安心して」

さやかの顔が、安堵したものに変わる。

「はいっ!有難うございます!」

「後はこいつだな」

「この二人に、手を出さないと誓うなら、見逃してあげる…」

麻莉菜の言葉を、帯脇は一笑に伏す。

「何を寝ぼけてんだぁ?さやかは、俺の女だって何度言えば判るんだ?」

「ふざけた事を…」

「どうやら、痛い眼を見ないと判らねぇらしいな」

帯脇の態度に業を煮やして、京一が袋から木刀を引き抜く。

「せっかく、こっちが穏便に済ましてやろうって言ってるのによ」

その言葉にも、帯脇は余裕を持ち続けていた。

だが、数分後。地面に倒れていたのは帯脇だった。

「馬鹿な…俺が…」

「お前がどんな《力》を得たのか知らねぇけどよ。俺達は引く事なんて出来ねぇんだよ」

「あなたは…《力》の使い方を誤ってしまったの…!?」

麻莉菜が膝まづいて、帯脇に話しかけた時、彼の身体が変生し始めた。

「!?」

「何が、起こって…」

「さやかちゃん、退がって!」

呆然としているさやかの事を立ち上がった麻莉菜が、庇った。

彼らの間に緊張感が漂う。

「ヤマタノオロチ…」

「まさか、本当に!?」

『おお、そこにおったか。クシナダよ』

「クシナダ?」

『あの折は、スサノオに奪われたが、元々、我から派生したそなた。今一度、我が物と

しようぞ』

さやかの姿を認めた帯脇だったものは、彼女に近づこうとした。

「さやかちゃん!」

麻莉菜の頭上を飛び越えて、さやかに迫ろうとしたその動きを一振りの剣が止めた。

「!?」

「さやかちゃんに手は出させない!」

扉の所に霧島が立っていた。

「霧島君!?」

「お前、病院抜け出して…!」

『またしても…我の邪魔をするか。スサノオォ!』

息苦しいまでの邪気を撒き散らしながら、自分に迫ってくるものを睨みつけながら、

彼は前へと進み出る。

「さやかちゃんは、僕が護ってみせる!」

その言葉を聞いた京一は、満足そうに笑う。

「遅れをとるんじゃねぇぞ!諸羽!!」

「は…はい!京一先輩!」

二人が前線に立ったのを見た麻莉菜達は、京一の背後に回り、人魂に攻撃をしかけていく。

「往生際が悪いぜ!帯脇!!」

適わないと悟ったのか、逃げようとした帯脇の退路を京一が断った。

「諸羽!とどめを!」

「はい!」

諸羽の操る剣から繰り出される《気》が、帯脇にぶつかる。

「ぐぁあ!」

凄まじい叫びとともに、帯脇の姿が元に戻る。

「なんでだ…『獣』の力を得た俺は無敵じゃなかったのか?あの憑依師野郎、

騙しやがったのか!?」

「憑依師?」

帯脇の言葉に、麻莉菜達は顔を見合わせる。

「くくっ、覚えて置けよ。獣になりたがってるのは、俺だけじゃない」

その言葉を残して、帯脇は屋上から身を投げた。

「あっ!」

「なんかよく訳の判らない事件だったね…獣になりたがってるのは、俺だけじゃないって

どう言う事なんだろう」

鳳銘高校を出た小蒔が、ぽつりと言った。

「うん、何かすっきりしないよね…」

麻莉菜も頷いた。

「帯脇の姿もなかったし、何処に行ったんだろうね」

「謎だけが残った感じだな」

誰もが涌きあがる不安を押さえる事が出来なかった。

「考えこんでたって仕方ネェだろうが。なるようになるさ」

京一の言葉に、麻莉菜達は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

「一応、終わったんだしよ。さやかちゃんも無事だったんだからいいじゃねぇか」

「あ、はい。有難うございました」

「さっさと帰ろうぜ。これ以上遅くなってもしょうがねぇよ」

「はい。本当に有難うございました。京一先輩、皆さんも」

「あ、諸羽。お前が帰るのは、桜ケ丘だぞ?」

「え!?僕、またあそこに戻るんですか?」

「気持ちは、判るが…大方無断で抜け出してきたんだろう。ちゃんと怪我を治してこい。

でないと、もっとひどい目に会うことになるぞ」

「うっ…それは…」

諸羽が嫌そうな顔をした。

「諦めろ、諸羽。これ以上、あの院長の機嫌が悪くならないうちに戻る事だな」

「判りました…」

彼は渋々頷いた。

そんな彼の様子に、全員が笑い出してしまった。

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