文化祭編
「予定通り届けさせるから、待ってなさい」
電話を切った後、立ち上がると障子を開けて、奥にある厨房へと向かう。
「悠はいる?」
そこには、何人かの若者が忙しく働いていた。
「おかみさん、何か?」
「ああ、ご苦労だけど、明後日の朝、着くように、東京まで行ってきてくれない。麻莉菜
に届けて欲しいものがあるのよ」
「お嬢さんに?」
「文化祭で、和風喫茶をやるので、和菓子が必要らしいのよ。いくら、催し物だと言って
も下手な菓子を出されたりするのは許せないわ。だから、届けてきてちょうだい」
「はぁ…」
何か言いたげな若者の言葉に、その女性はにっこりと笑った。
「それとな、麻莉菜に悪い虫がついてないか、確認しておいで」
「おかみさん…」
「半年近く、東京に行ったままで、ろくに連絡もしてこない。向こうで一週間位ゆっくり
してきていいから、詳しく友人関係を調査してきてちょうだい」
「あの、お嬢さんもするべき事があるから、東京に行ったのだし…。それは…」
「いいから、調べてくる!」
「はい!」
有無を言わさない女主人の言葉に、反射で答えてしまい、悠は口を押さえた。
「よろしい」
満足した様に笑うと、彼女は厨房を出ていった。
「悠…」
「何も言うな、所詮…おかみさん…一迦さんに逆らうなんて事、俺達にはできないんだ」
溜息混じりの言葉に、その場にいた同僚が全員頷いていた。
「上手そうだな」
何時もどおり、テーブルに並べられた料理を見て、京一は絶賛した。
「京一君、今日部活の方で、模範試合するんでしょう?だから…頑張ってもらおうと
思って」
「え…ああ」
自分でも忘れていた事を言われて、彼は驚いたように顔をあげた。
「それにしても…よく知ってたな」
「アン子ちゃんが教えてくれたの」
麻莉菜は、にこにこしながらそう言った。
「午前中なら、準備さえすめば見に行けるから…応援に行くね」
「本当か?」
「うん、楽しみにしてるから」
「ああ、麻莉菜が来てくれるなら、頑張るからな。約束だぞ」
「うん」
麻莉菜が頷いた時、呼び鈴がなった。
「?」
「誰だぁ、こんな朝早く」
麻莉菜は、急いでインターホンの受話器を取る。
「悠さん?」
彼女は急いで、玄関の扉の鍵を解除する。
「知り合いか?」
「うん、うちの店で働いてる人」
自分の後ろに立ってきた京一の問いに、麻莉菜は答える。
「俺、ここにいても大丈夫か?」
「なんで?京一君、朝ご飯食べてるだけじゃない」
きょとんとして自分の言葉に答える麻莉菜に、京一は何とも言えない顔をする。
「あたし達、悪い事してるわけじゃ…ないでしょう?」
麻莉菜の不安そうな表情に、京一は慌てて笑ってみせる。
「ああ、そうだな」
彼女は安心した様に笑った。
その時、玄関の呼び鈴が鳴って、麻莉菜は玄関に走っていく。
(まぁ、人に後ろ指さされるようなことはしてねぇけどよ…)
京一は少し複雑な気分になった。
「わぁ、こんなにたくさん持ってきてくれたの?」
玄関から麻莉菜の声が聞こえる。
「ご苦労様、疲れたでしょう?入って。食事もまだでしょう?」
二人分の足音が聞こえて、麻莉菜が若者と一緒に入ってくる。
「お嬢さん…」
京一の姿を認めた途端、動きが止まった悠は、すぐに麻莉菜の方を振り向いた。
「な…何ですか!?どうしてこんな時間から男がいるんですか!」
「京一君、ご飯食べに来てるの」
悠が何を怒ってるのか、判らない麻莉菜は、あっさりとそう言った。
「ご飯…?」
「うん、近くで鍛錬してて…。あたしも一人でご飯食べるの寂しいから…。あ、今、
悠さんの分も用意するから、待っててね」
麻莉菜が台所に行ってしまった後、悠は京一に近づいて来た。
「おい、本当にメシ食ってるだけだろうな」
「それ以外の事は何もねぇよ」
京一の答えに、悠は少しほっとした様で、台所の様子を窺った後、小声で囁いた。
「頼む、お嬢さんが許可するまで、何もしないでくれ。俺達、従業員を助けると思って、
手を出すのだけは止めてくれ」
「はぁ?」
意味の良く判らない願いに、京一は首を傾げた。
「何、言ってんだ?」
「今は判らなくてもいい。後で必ず判るから。ただ、お嬢さんの許可がないのと
あるのでは大きな違いがあるんだ。後生だから、これ以上の事をしないでくれ」
「いや、俺も無理強いするつもりは…」
(それをやると、たぶん速攻で俺の命なくなるし…)
「なあに?楽しそうね」
麻莉菜が一人分の食事を運んできながら、そう聞いてきた。
「いや、お嬢さんの学校の話を聞いてたんです」
悠が、話を誤魔化した。
「別に心配する事ないのに…」
食事を並べながら、麻莉菜はそう言った。
「おかみさんがご心配なさってましたからね」
「最近、電話もする暇なかったから…」
麻莉菜は、悠を見た。
「悠さん、ゆっくり出来るなら文化祭を覗いていって。それをお母さんに伝えてくれれば
お母さんも安心すると思うし」
「いいんですか?」
「うん、見学自由だし」
「それなら、お邪魔させていただきます」
マンションを出て、学校へ向かう道で麻莉菜を見つめながら、京一は横を歩いていた
悠に尋ねた。
「なぁ、麻莉菜のお袋って、そんなに怖いのか?」
「何故、そう思う」
「いや、昔、俺の師匠がそんな事を言っていたような記憶があってな」
「何もしなければ、穏やかでいい人だ。人当たりもいいし。だが、一度その逆鱗に
触れると…」
「その逆鱗が、麻莉菜か」
「昔は、妹さんだったそうだがな。お嬢さんは、その方の忘れ形見だそうだからな」
「え…?」
「何だ。知らなかったのか?お嬢さんは、おかみさんの実の娘じゃない。おかみさんの
妹夫婦の娘だ。お嬢さんが生まれて、すぐ亡くなったので、唯一の血縁のおかみさん夫婦
が引き取られたんだ」
「麻莉菜はその事…」
「ご存知だ。中学に入学する時に話されているからな」
「…」
「驚いたか?」
「少しな。でも、納得できるとこもあるし」
麻莉菜が一人になるのを嫌う事や、一見弱く見えるがとても強く思える事がある事など、
思い返せばキリがない。
「それより、さっき言わなかったことがあるんだけどよ」
「なんだ」
「俺、麻莉菜と同じベッドで寝た事が何度もあるんだ」
「!。貴様…さっきは何もしてないと!」
「してねぇよ、本当に寝てるだけなんだから。でも、隠しとく訳にはいかねぇだろ。
調査されてる側じゃ。」
「気づいてたか」
「色々、あったからな。連絡もしてないなら、親が心配になっても無理ねぇだろ。
まして、そこまで可愛がってる娘なら」
「…」
「だから、別に報告してくれてもいいぜ。それで俺がどう思われようと、俺は麻莉菜から
離れるつもりはないから」
「…本当に眠ってるだけだな?」
「ああ。そうしないと麻莉菜が眠れないらしくてな」
悠はその言葉に少し何かを考え込んでいた。
文化祭は何事もなく始まった。
3−Cが主催する和風喫茶は、最初から盛況で、ウェイトレス役の麻莉菜は
休む暇もなく走り回っていた。
和風の衣装を着た麻莉菜目当てに、押しかけてくる男子生徒で教室内は満席だった。
「麻莉菜、こっちもお願い」
裏方に徹していた小蒔も汗だくになっていた。
「はーい」
麻莉菜は次々に出される注文を、テーブルの間を走り回ってこなそうとしていた。
「忙しそうだな」
その時、部の方を終えて顔を出した京一が、その様子を見て、声をかけた。
「京一君」
「ちょっと、京一。邪魔しないでよ!」
小蒔の言葉に、彼は肩を竦めた。
「まったく、うるさい奴だな。いいじゃねぇか、もうすぐ麻莉菜は交代の時間だろ」
「…ごめんなさい、京一君。代りの人がまだ来なくて…。もう少し待っててくれる?」
麻莉菜は済まなそうに、京一に謝る。
「ああ、いいぜ」
京一は隅の方に置いてあった予備の椅子に座ってそう言った。
「本当に、ごめんなさい…。これでも食べて待ってて」
麻莉菜は、カウンターに置いてあった和菓子と湯飲みを、彼に手渡した。
「京一君には少し甘いかもしれないけど…」
彼女はそれだけ言うと、仕事に戻っていった。
その後姿を見ながら、京一は渡された和菓子を一口、口に入れた。
それは麻莉菜が言うほど、甘くもなく、京一には食べやすかった。
一緒に渡された湯飲みに入っていた日本茶を飲みながら、彼女の仕事が終わるのを
ぼんやりと待っていた。
「や…放してください!」
突然聞こえてきた麻莉菜の声に、京一は慌ててそちらの方を見た。
近隣の住民と交流を図るために、毎年開放されているのだが、必ず何人かの
不届き者が入りこんでくる。今年も例外ではなかったらしい。
いかにもガラの悪そうな若者たちが、麻莉菜の腕を掴んでいた。
「いいじゃないか。少し位、俺達に付き合ってくれても」
「そうそう、俺達、この学校を案内して欲しいって言ってるだけだぜ?」
「何せ、不案内だからよ」
若者達は、いやらしい笑いを浮かべながら、麻莉菜に言い寄っていた。
「で…でも…」
「麻莉菜!」
京一と小蒔の声が重なる。
「てめぇら、その手を離せ!」
「嫌がってるじゃないか。やめなよ!」
二人の声に、彼らは京一達の方を見る。
「なんだぁ?邪魔するつもりか」
「俺達は、ただこのお姉ちゃんに、この学校を案内して欲しいって、言ってる
だけだぜ?」
「交流を図るためにも、この学校の事を良く知らないといけないだろう?」
「だったら、案内図でも見やがれ。麻莉菜に手を出してるんじゃねぇ!」
京一が、彼らに近づいていく。
「なんだぁ?格好つけてんじゃねぇぞ?」
「怪我する前に、失せなよ。大勢の前で恥かきたくねぇだろう?」
(うわぁ、命知らずだ。京一の目の前で、麻莉菜に手を出して、その上、あんなセリフを
言えるなんて…。無知って怖い…)
若者達のあまりの言葉に、小蒔は、一種、感動に近いものを覚えていた。
「いい加減にしろよ」
京一の声のトーンが一段低くなる。
「とっとと失せろ」
まさに一触即発の状態になりかけた時、それを遮る声が聞こえてきた。
「何の騒ぎだ」
「悠さん!」
その声を聞いた麻莉菜が、ほっとしたような表情を浮かべる。
教室内に入ってきた悠が、その場の状況を素早く見て取る。
「他校に入りこんで、騒ぎを起こすとは感心しないな。さっさと帰ったら
どうだ?」
悠のその言葉に、今度は彼に向かって絡みだす。
「部外者は引っ込んでろよ。俺達は、この女に用事があるんだから」
「下手に口出さない方が、身の為だぜ」
「雑魚が…」
悠が小さく呟いた言葉が聞こえたのは、一番近くにいた京一だけだった。
「お嬢さん。今日はお嬢さんの学校の文化祭ですね?」
手を掴まれたままの麻莉菜に向かって、悠はそう問いかける。
麻莉菜が、こくこくと頷くのを見て、彼はチンピラもどきに近づいていった。
「ここでは、他の人間の迷惑になる。別の場所で、話をしよう」
そういうなり、二人の腕を掴んで、麻莉菜から引き離した。
「ゆっくりと別の場所でな」
その時になって、初めて、その学生達は自分達の失策に気づいた様だった。
「放せ!放せよ!」
「ふざけてただけだろう!」
「やっていい事と悪い事の区別を教えてやる。遠慮するな」
悠は、二人を引き摺って、何処かに連れて行ってしまった。
「何だぁ?」
その様子を呆然として見送っていた京一が、ぽつりと言った。
「いけない!悠さんを止めないと!」
「へ?」
「あの二人がどうなるか判らないの!悠さん、かなり怒ってたから」
我に返った麻莉菜は、教室を飛び出していった。
「お…おい、麻莉菜!?」
京一もその後を追っていった。
「ちょっと、二人とも!」
残された小蒔は、教室内を見回した。
「どうすんのさ…このお客…」
まだ教室内には、何人もの客が残っていた。
「小蒔?何かあったの?」
生徒会の用事が一段落した葵がちょうど戻ってきた。
「天の助け!葵、手伝って!」
「え?」
事情が飲みこめずに立ち尽くす葵に、小蒔はエプロンを押しつけた。
「少しの間でいいから!」
葵の手伝いもあって、その場にいた客はなんとかさばきる事ができた。
「一体何があったの?」
「ん、ちょっとね」
「何処に行ったんだ?」
「京一君、あそこ!」
校舎の裏に回りこんだ麻莉菜が声をあげた。
「見つけたのか?」
麻莉菜が急いでいる理由を聞いた京一が、その方を見る。
「悠さん!駄目、止めて!」
麻莉菜が振り上げられた悠の拳を止めた。
「殺すつもり!?」
「そこまでにしとけよ。充分、お仕置きにはなったみたいだぜ」
京一も持っていた木刀で悠の腕を止める。
先ほどの不良達は地面に這いつくばるようにして意識を失っていた。
「これ以上、騒ぎを起こす必要もねぇだろう。せっかくの文化祭をこいつらのせいで
潰す事もねぇだろう」
「お嬢さんに手を出そうとしたからだ。身のほど知らすが…」
悠は吐き捨てる様にそう言った。
「京一君、その人たちの様子は?」
麻莉菜が不良達の様子を見ていた京一に尋ねる。
「まぁ、しばらくは動けないだろうけど、こいつらの自業自得だ。
気にする必要はないな」
しゃがんでいた京一は、立ち上がってそう言った。
「さてと、こいつらの事は放っておいてもいいだろう。せっかくだから、
他の模擬店を見に行こうぜ」
「あ…あたし、お店放り出してきちゃった!」
「心配いらねぇって。麻莉菜の割り当て時間はもう終わってるんだろ?
時間を守らない奴が悪いんだから」
「でも、一言言ってくる。そうしないと、気になって…ゆっくり回れないから」
麻莉菜は、そう言って教室に戻っていった。
「おい!」
背後からかけられた声に、京一は振り向いた。
「この学校は、いつもこんな騒ぎが起きるのか?」
「いつもって訳じゃねぇよ。最近は外で何かが起こる方が多いからな」
「そんなに危険なのか?」
「判らねぇ…。どんな奴らが出てくるかも判らねぇし」
全てを知ってるらしい悠に、隠し事は無用だと判断して、京一は話す。
「麻莉菜の背中は、俺が護る。それだけは誰にも譲らねぇ」
「…」
「だから、帰ったら、麻莉菜の親にそう伝えて…」
「誰が、今日帰ると言った」
「へ?」
「しばらくは、お嬢さんの所に、滞在する。おかみさんに、頼まれてるからな」
「た…頼まれてるって、何を?」
「素行調査」
その言葉に絶句した京一を、その場に残して、悠は校舎の方に歩いていった。
「京一君?どうかしたの?」
制服に着替えて戻ってきた麻莉菜に、声をかけられるまで、京一は呆然としていた。
「あ…いや、別に…」
麻莉菜の方に向き直って笑いかけながら、京一は心の中で冷や汗を流した。
(素行調査って…やっぱり俺のか?いや、それよりもあいつ、麻莉菜の部屋に泊まるのか!?冗談じゃねぇ。麻莉菜の可愛さに、もしあいつが変な気でも起こしたら…!)
「麻莉菜!」
「は…はい!」
いきなり耳元で叫ばれて、彼女は驚きの表情を浮かべる。
「今日から、しばらくお前の所に泊まってもいいか?いや、絶対に泊まるからな」
「ど…どうしたの?急に…」
「迷惑はかけねぇ。いいよな」
「う…うん…」
麻莉菜は訳の判らない表情で、京一の勢いに押されて頷いていた。
「じゃ、今日終わったら、用意してから行くから一緒に帰ろう」
「うん、判った」
そう言う彼女の手を握ると、京一は歩き出した。
「それじゃ、模擬店でも見に行こうぜ」
それから、彼らは催し物を見て回っていた。
「あ、小蒔と醍醐くん…」
お化け屋敷から出てきた時、友人を見つけて麻莉菜は声をかけた。
「麻莉菜、ここ面白かった?」
「うん」
「ボク達も入ってみようか」
「え?」
小蒔の言葉に、醍醐の表情が引き攣る。
「面白いって言うし、どうかした?」
「いや、何でもない」
ギクシャクした動きで、醍醐は歩き出した。
「頑張れよ、醍醐」
二人を見送りながら、京一は呟いた。
「醍醐君、まだ駄目なの?」
「らしいな」
醍醐の理由を本人から聞いていた麻莉菜の言葉に、彼は頷いた。
「いい加減、馴れればいいのによ。まぁ、作り物だから大丈夫だろう」
そう言って歩き出した時、微かに悲鳴が聞こえた気がして、二人は顔を見合わせた。
「今のって…」
「聞かなかった事にしよう」
麻莉菜を引っ張る様にして、京一はその場を離れた。
彼女は心配そうに何度も後ろを振り向いていた。
夕方になって、文化祭が終了して生徒達が帰り始めるのを、麻莉菜は
教室の窓から眺めていた。
「麻莉菜?」
京一の声に、彼女は振り向いた。
「高校最後の文化祭…終わっちゃたんだなって思って」
「随分、慌しかったけどな」
「でも、楽しかった…。終わっちゃって少し寂しい」
「祭りの後ってのはそんなモンだろう?」
「…」
「祭りの時は、凄く楽しいのに、終わった後は何もなくなっちまうんだもんな。
賑わってた広場もガランとしてさ」
麻莉菜の頭の上に手を置きながら、京一は言葉を続けた。
「来年もあるってぇのは判ってても、やっぱ寂しいんだよな。ずっとやってりゃいいのに
なんて思ったぜ」
「あ…あたしも小さい頃、そう言ってお母さん達を困らせた事ある。どうしても納得が
出来なくて…」
麻莉菜は少し笑う。
「あたし、あの頃から成長してないのもしれない…」
「そんな事ねぇだろう…」
京一がそこまで言った時、扉の方で物音がした。
「?」
顔を見合わせた後、京一は静かに扉に近づく。
「き…」
自分の名前を呼ぼうとする麻莉菜に黙ってる様に、合図すると、思いきり扉を開ける。
「きゃッ!」
カメラを抱えた杏子が勢い余って転がり込んできた。
「ア…アン子ちゃん…」
「あ〜もう少しでスクープ写真が撮れたのに!」
少し残念そうに言って、杏子は立ち上がった。
「人のプライバシーに首を突っ込むなよ」
「あら、あんた達の写真って高く売れるのよね。新聞の売れ行きも違うし」
悪びれた様子もなく、杏子は言葉を続ける。
「特に麻莉菜の写真は貴重なのよ。何せ、出回ってる枚数が少ないし」
パンパンとスカートの裾をはたきながら、にっこりと笑う。
「これからも写真撮らせてね。新聞部を助けると思って」
「う…うん…」
麻莉菜は驚いた表情のまま頷いた。
「ありがとう!そうだ、頼まれてた件、明日には報告できると思うわ。文化祭で
バタバタしてたから、遅くなっちゃたけど…」
「うん、ありがとう」
「じゃあね」
杏子は、それだけ言って教室を出て行った。
「なんだ?頼んでた事って?」
「この間の事件の事、アン子ちゃんに詳しい事を調べてもらってたの」
「帯刀の事か…」
「うん、あれで終わりじゃないような気がするから」
「そっか…まぁ、あんまり心配すんな」
「京一君やみんながいるから…平気。心配する事はないって判ってるから」
そう言って見上げた麻莉菜の顔は、夕陽に染まっていた。
それを見た京一の胸の鼓動が跳ね上がる。
(う…やべぇ。このままだと、何かしちまいそうだ)
「そろそろ、帰ろうか?遅くなっちまったし」
自分の焦りを隠すように、麻莉菜に手を差し出す。
「うん、京一君の荷物も取りに行くんだものね」
差し出された手に自分の手を重ねると、彼女は頷く。
二人は、静まり返った校舎を後にして、家への帰路を辿っていった。
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