陰陽師
「京一君…遅いなぁ」
麻莉菜は食事の並んだテーブルと壁にかかった時計を交互に眺めながら溜息をついた。
(また…何かあったんじゃ…)
嫌な考えが頭の隅を過った時、玄関の方で物音がした。
「!」
振り向いた時、京一が室内に入ってきた。
「悪ぃ、遅くなって…」
「ううん、それはいいんだけど…。京一君、具合でも悪いの?」
京一の顔が蒼褪めているのに気づいて、麻莉菜が彼の額に手を伸ばした。
「少し…熱があるみたいだよ。横になった方が良くない?」
心配そうなその言葉に、京一は笑って見せた。
「大丈夫だって、鍛えてるからな」
「だったら…いいけど…」
麻莉菜は心配そうに京一を見つめながら、食卓についた。
深夜、目が冴えて寝つけなかった麻莉菜は起き上がって、台所で暖かい飲物を作っていた。
(京一君…起きてるかな…)
和室でいる京一に声をかける。
「京一君…起きてる?」
襖の向こう側に声をかけた時、苦しげな息遣いが聞えた気がした。
「京一君?」
驚いた彼女は襖を開けて中に入った。
「どうかしたの?」
京一が苦しそうな息を繰り返しているのを見た麻莉菜は、彼の額に手をあてた。
(凄い熱…)
慌てて台所に戻り、洗面器に水を張り、タオルを浸す。
絞ったタオルを京一の額に乗せる。
(どうしよう…お医者さんを呼んだほうがいいのかな…)
「う…ん」
苦しい息を繰り返す京一を見て、麻莉菜は静かに立ちあがって台所に向かった。
(冷たくて…気持ちいいな…。なんだ?)
ぼんやりとした意識の中で、彼は薄く目を開けた。
額に乗せられているものに手を伸ばす。
(タオル?)
顔を横に向けると、麻莉菜が壁に凭れかかって眠っていた。
「麻莉菜?」
その声に彼女の瞳が開く。
「あ、京一君。気がついた?熱は…良かった…少し下がったみたい」
近づいて来た彼女は、京一の額に手を当てて、安心したような表情を浮かべた。
「悪ぃな。ずっと、ついててくれたのか?」
「京一君、辛そうだったから…」
そこまで言って、麻莉菜は立ち上がった。
「ちょっと、待ってて…」
彼女は部屋を出ていった。
(?)
「喉…渇いてない?」
盆の上に、水差しとコップ、そして桃のシロップ漬けの入った皿を載せて、彼女はすぐ戻ってきた。
「それは?」
シロップ漬けの皿を見て、京一が尋ねた。
「あたしが、熱出した時、いつもお母さん、これを用意してくれて…」
布団の横に、盆を置きながら、麻莉菜がそう言った。
「あたし、これ食べると、いつも楽になったから…」
麻莉菜の言葉を聞きながら、京一は添えてあったフォークに手を伸ばした。
「そんなに甘くないから、大丈夫だと思うんだけど…」
「これくらいなら食べれるから、心配ないって」
「良かった…」
美味しそうに食べている京一を見て、彼女の顔に安堵の表情が浮かぶ。
「でも、どうして風邪引いたりしたの?確かにここ2,3日寒くなったけど…」
もっともな疑問に、京一の顔が強張る。
「ちょっとな…」
(言えるかよ。情けなくて、理由なんて…)
口篭もる彼を見て、麻莉菜は首を傾げる。
「ありがとうな。少し楽になった。眠れば大丈夫だから、麻莉菜も休んでくれよ」
話題を打ち切った京一は麻莉菜の髪をかき回すと、そう言って笑った。
「うん…もし何かあったら、すぐに呼んでね」
麻莉菜はそれだけ言い残して、和室を出ていった。
「…」
厚手の毛布を自分の部屋から持ってくると、居間のソファに横になる。
(熱…下がるといいんだけどな…)
そんな事を考えながら、麻莉菜は浅い眠りの世界に入っていった。
コトリと何かが置かれる音で、京一は眼を覚ました。
「?」
「あ、眼が醒めた?」
小さな土鍋をのせた盆を枕元に置いて、麻莉菜は彼の額に手を当てた。
「良かった…熱、下がったみたいね」
彼女は笑いながら、そう言ってエプロンを外した。
「おかゆ作ったんだけど…食べれる?」
「ああ、悪いな…面倒かけて…」
京一はそう言って身体を起こした。
「今日一日、ゆっくり休んでた方がいいよ。マリア先生には言っておくから…」
側で茶碗におかゆをよそいながら、麻莉菜が言った。
「お昼ご飯も用意しておくから、食べれるようなら、食べてね」
「ああ、すまねぇ…。麻莉菜」
「?何?」
「戻ってきたら、付き合ってもらいたい所があるんだけどよ…いいか?」
「いいけど…何処に?」
「歌舞伎町」
「うん、じゃあ、出来るだけ早く戻ってくるね」
麻莉菜は頷くと、マンションを後にした。
「麻莉菜。今日付き合ってくれない?うるさいのもいないみたいだし」
放課後、帰ろうとしていた麻莉菜に杏子が声をかけてきた。
「アン子ちゃん」
「画家の秋月マサキの個展、今日までなのよね。麻莉菜も好きだって言ってたでしょう。
一緒に行かない?」
「ごめんなさい…これから、京一君に付き合う約束してて…」
彼女はすまなさそうに断った。
「あんな馬鹿に付き合ってどうするのよ。第一、今日は風邪で休んでるんでしょう?」
「歌舞伎町に付き合って欲しいって言われてるの」
「歌舞伎町!?」
麻莉菜が何気なく言った言葉に、小蒔や醍醐が驚いたように立ちあがった。
「…?どうしたの、みんな?」
突然の事に、麻莉菜は眼を丸くした。
「歌舞伎町に誘われたの!?京一に!」
「緋月、お前、歌舞伎町がどんな所か…」
「駄目よ!京一と二人きりで歌舞伎町になんか行ったら、何をされるか判らないわよ?」
「あたし、歌舞伎町行ったことあるよ?亜里沙ちゃんや舞子ちゃんや雨紋君とカラオケしに…。
あの時、葵も一緒だったよね」
皆に詰め寄られて、麻莉菜は葵に助けを求めた。
「ええ、そうね」
葵は微笑みながら、そう頷いた。
「あの馬鹿がそんな安全な場所に行く訳ないじゃない!何かあったらどうするのよ!」
「大丈夫…京一君がそんなに危ない場所に行く訳ないもの」
小蒔の言葉に、麻莉菜は即答した。
「う〜。判った。ボク達も一緒に行く。いいよね?麻莉菜」
「う…うん。あたしは構わないけど…」
麻莉菜は、勢いに押されて頷いた。
「仕方ないか…個展には、一人で行くわ。その代わり、麻莉菜の事、お願いね」
杏子は眼鏡を直しながら、そう言った。
「ごめんね、アン子ちゃん」
「いいわよ、それより気をつけなさいね。本当に歌舞伎町は危ないんだから」
彼女の言葉に、麻莉菜は頷いた。
「そうだ、さっき、麻莉菜の事、マリア先生が探してたわ。急いでるだろうけど、行って来た方が
いいかもね」
「マリア先生が?なんだろう…?」
その言葉で、麻莉菜は教室を出ていった。
「…」
「マリア先生、一体何の用なんだろう?もしかして…またばれたのかな…」
麻莉菜の後姿を見送っていた杏子は、小蒔の声に振り向いた。
「用事なんて、ないわよ。マリア先生、さっき帰ったもの」
「え?」
「麻莉菜に聞かせたくない情報があるから、嘘を言ったの」
「アン子ちゃん?」
「彼女の負担を減らしたいから…」
「まさか、何かまた起こってるのか?」
醍醐の言葉に、杏子は溜息をついて彼らを見た。
そして教室の扉を閉めに行ってから、また元の場所に戻ってきた。
「最近ね、高校生が相次いで襲われてるの」
「高校生が?」
「そう言えば、新聞でそんな記事を読んだわ」
「でも、それが麻莉菜に何の関係があるのさ?」
「これは伏せられてるんだけど、襲われてるのは、全員が高3で、転校生なのよ」
「転校生…」
「それって、麻莉菜と…」
「そう、麻莉菜も転校生よね。だから、もしかしたら犯人の目的は…」
「緋月の可能性もあると言う事か…」
「確かに、そんな事を麻莉菜が知ったら、気にするよね」
「伝えない方がいいでしょう?」
「ありがとう、アン子ちゃん」
「いいのよ、あたしだって皆と一緒で麻莉菜の事が好きなんだから。あの子には…それこそ、あの
木刀馬鹿じゃないけど、いつも笑っていて欲しいんだから」
葵の言葉に、杏子は笑ってそう言った。
「そうだ、これがその現場に落ちてたって…」
彼女は鞄の中から、一枚の紙を取り出した。
それには、見た事のない文字が書かれていた。
「これは?」
「ミサちゃんに見せたら、陰陽師が使う符の一種だって…。たぶん、何かがまた起こってるのよ」
「陰陽師?」
「ミサちゃんが言うには、この東京に陰陽師を束ねる一族がいるそうよ」
「もし、その一族に接触できたら、何か判るかもしれないわね」
「取り合えず転校生の事は、緋月には黙っておこう。何か起こってると言う事だけそれとなく…」
その時、麻莉菜が首を傾げながら、戻ってきた。
「あ、麻莉菜。マリア先生の用事って何だったの?」
杏子が、その姿を見てそう聞いた。
「それがおかしいの。犬神先生がマリア先生は、もう帰ったって…」
「急用でもできたんじゃないの?」
麻莉菜の疑問を、杏子はあっさりとかわした。
「そうかなぁ…」
まだ、首を傾げている彼女に、葵が微笑みながら問いかけた。
「京一君、待ってるんじゃなかった?急いだ方がいいんじゃない?」
「あ、そうだった…」
「じゃあね、アン子」
小蒔が、麻莉菜の背中を押すようにして歩き出した。
「またね」
杏子に見送られて、彼女達は教室を出ていった。
「それにしてもさ、京一、麻莉菜を歌舞伎町に連れていってどうするつもりだろうね。
理由聞いてる?」
「ううん、何も…」
小蒔の問いに、麻莉菜は首を横に振った。
「つまらない話だったら、断って…。どうして、麻莉菜の部屋に行くのさ?」
自分のマンションの中に入っていこうとした麻莉菜に、再度小蒔が問いかける。
「あ、だって京一君、ここにいるから…」
「ええっ!?」
何気なく返された言葉に、彼女は麻莉菜の肩を掴んだ。
「京一がここにいるってどうして!?」
「小蒔、痛い…」
「あ、ごめん!つい、驚いて…」
小蒔は慌てて、手を離した。
「それより、何で緋月の部屋に京一がいるんだ?」
「そうだよ、どうして!?」
醍醐の言葉に小蒔は頷いて麻莉菜を見つめた。
「この前の事件の後に、あたしがちゃんと眠っているかどうか心配だからって…」
「麻莉菜、京一君がいたら安心して眠れるものね」
「うん!」
葵の微笑みながらの言葉に、麻莉菜は頷いた。
「京一君、待ってると思うから、行こう」
彼女は先にたって、マンションの中に入っていった。
「京一君…ただいま」
部屋の鍵を開けて、室内に入った麻莉菜の声に答えて、京一が奥から出て来た。
「な…なんで…お前らまでいるんだよ!?」
「何って、麻莉菜を京一と二人きりで歌舞伎町に行かせられると思う?誰が考えたって、危険
過ぎるじゃない」
背後にいる自分達を見て、驚きの表情を浮かべる京一に、あっさりと小蒔が答えた。
「京一と二人きりで麻莉菜を歌舞伎町に行かせる訳に行かないだろう」
「一体、歌舞伎町に何の用があるんだ?」
「…取られたモンを取り返しに行くんだよ」
「取られたもの?」
麻莉菜も初耳だったので、京一を見つめる。
「昨日…歌舞伎町で見た事ねぇ白いガクラン野郎に花札に誘われて…財布から何から巻き上げられて…」
「呆れた!そんなの自分が悪いんじゃない!」
小蒔が呆れた様に叫んだ。
「あいつは、絶対にイカサマやってやがるに違いねぇんだ!そうでもなければ、あんな大きな役が
立て続けに来るわけねぇんだ!」
「それで…緋月を連れて行こうと言うわけか」
黙っていた醍醐が得心した様に呟いた。
「どう言うこと?」
葵や小蒔、当の麻莉菜までがその言葉に首を傾げた。
「緋月は、古武道で養った鋭い動体視力がある。それでイカサマを暴こうと言うわけだな?」
「そう言えば、麻莉菜は素早い動きを見るのが得意だよね」
「…あたしで、役に立つの?」
麻莉菜の不思議そうな問いに、京一は頷いた。
「麻莉菜なら、指の動きを見て、イカサマやってるかどうか判るだろう」
「まったく、そんな事で麻莉菜を歌舞伎町に連れて行こうなんて…」
小蒔は、溜息混じりにそう言った。
「うるせぇ!嫌なら、お前は来んな!」
「ボクだって、イカサマが暴かれる瞬間って見てみたいもの。一緒に行くよ」
「お前、結局楽しんでやがるな!?」
「まぁ、イカサマの有無は別として、新宿に白いガクランの学校はない筈だ。よそ者に好き勝手を
させておくわけにもいかないだろう」
小蒔の言葉にいきり立つ京一を宥めながら、醍醐がそう言った。
「それじゃ、出かけようか?」
「お前が仕切るな!」
いつものように、京一と小蒔が言い争いを始めた。
「いい加減にしろ!お前達はいつも…!」
見かねた醍醐が、二人を引き離した。
「歌舞伎町に行くんだろう、遅くなると本当に危険だぞ」
その一言で、彼らは動きを止めた。
「ねぇ、葵…」
麻莉菜は、隣にいた葵に尋ねる。
「どうしたの?」
「歌舞伎町って…そんなに危ないの?」
「場所によるわ。麻莉菜がいつも行く所はそんなに危なくないわよ」
「そうなんだ…」
葵の言葉に、麻莉菜は何となく納得した様に頷いた。
「そろそろ行こうぜ。麻莉菜、危ないから歌舞伎町についたら絶対に手ぇ離すんじゃないぞ」
「うん」
「うわぁ、本当に裏通りなんだね」
歌舞伎町の裏、怪しげな店が立ち並ぶ通りを見て、小蒔は驚いたように言った。
「高校生が出歩く所じゃないな。京一、自重しろよ」
「判ってるよ…」
「それで、何処らへんなんだ?そいつがいたのは」
「ああ、もう少し先だ」
醍醐の質問に答える様に、京一は先に立って歩き出した。
「奴が現れるのは、ネオンが灯ってかららしいから、もうそろそろ…」
「よぉ、また来たのか?」
時間を確かめる様に、彼が回りを見回した時、一軒の店の前から声が聞えた。
「!」
白いガクランの青年がこちらを見ながら、笑っていた。
「一人で敵わなかったから、今度は団体でか」
「今度は昨日みたいには行かないぜ。覚悟しろよ」
「まぁ、何人来ようと構わねぇけどよ。それで、何を賭けるんだい?」
「何だと!?」
「何もかかってない勝負なんて面白みがないだろう。俺が負けたら、昨日の戦利品は全部返して
やる。なんなら、財布の中身は倍返しにしてやってもいいぜ。その代わり、あんた達が負けたら…
そうだな、後ろの姐さん達寄越してもらおうか」
「ボク達は品物じゃないぞ!」
「そんな事が出来る訳ないだろう!」
その言葉に、彼らの表情に驚きと怒りが入り混じったものが浮かぶ。
「今度こそ、そのイカサマ暴いてやるから、覚悟しろよ!」
京一が彼を睨みつけながらそう言った。
「言っとくが俺は、イカサマなんて、生まれてこの方一度もやった事はないぜ」
「なんだと!?」
「俺は運がいいのさ。それこそ、人並み外れてな」
「運だけで、勝てる訳が…」
「…それが、あなたの《力》…?」
京一の背後で、状況を見ていた麻莉菜が、顔を覗かせてその青年に尋ねた。
「麻莉菜…?」
「《力》だと!?」
その言葉で、全員の視線が彼に集まる。
「くく…察しがいいねぇ。あんたが緋月 麻莉菜かい」
「!?」
「どうして、あたしの名前…」
「知ってるさ。俺はあんたに会う為に、ここに来たんだからな。それにこの前から、噂になってた
からな。真神の女が、この辺を夜毎歩き回ってるってな」
「てめぇ、一体何者だ!」
麻莉菜を背で隠しながら、京一が問い詰めた。
「俺に勝ったら、教えてやるよ。ただし今度は花札じゃないぜ」
何時の間にか、回りを胡散臭そうな男達が取り囲んでいた。
「面白いじゃねぇか。すぐに叩きのめして、白状させてやるから覚悟しやがれ!」
京一は、木刀を袋から引き抜いた。
10分後、男達は倒れ伏していた。
「さぁ、言ってもらおうか。麻莉菜に何の用があるんだ?」
「…俺は今は何も知らないぜ。ただ、その姐さんを呼んできてくれと頼まれただけだ」
「ふざけんな!大体名前も言わねぇ奴を信用しろって言うのか!?」
「せっかちな兄さんだな。俺は皇神の村雨 祇孔って言うんだ。明日は土曜だし、そうだな…
一時に日比谷公園に来てくれ」
「明日、一時に行けばいいのね…?」
「さすがに話が判るね。そこに来てくれれば、案内してやるよ」
麻莉菜の即答に村雨は笑った。
「判ったわ。必ず行く」
彼女の言葉に、軽く手を上げて合図すると村雨は裏通りに姿を消した。
「信用していいのか?あんな奴を」
「でも…何か教えてくれるなら、行ってみてもいいと思うの…」
京一の言葉に、麻莉菜はまっすぐ前を見つめながら答えた。
「それに嘘を言うような人には見えなかったから」
彼女の言葉の中には、全ての真相を知りたいという想いが感じられた。
「そっか、まぁ中途半端にしとくのもなんだしな。教えてくれるなら、行ってみてもいいだろうな」
麻莉菜の髪の毛をいつものようにかき回しながら、京一はそう言った。
「そうね、それに麻莉菜が言うように、嘘をつける人ではないと思うわ」
「すべては、明日か」
「…うん、そうだね…」
「じゃ、気をつけてね」
歌舞伎町を出て、3人を見送った後、麻莉菜と京一はマンションへの道を歩いていた。
マンションに辿りついた後、何処か元気がない麻莉菜に気がついて、京一が声をかけた。
「どうした?」
「昼休みにね…壬生君から、連絡があったの…」
「何かあったのか?」
「うん…気をつけろって…、最近、転校生が狙われる事件が多いからって…」
「転校生が…?」
「うん、だからあたしにも気をつけろって…」
「そうか…あいつらには?」
「言えなくて…もしかしたら…あたしが原因かも知れないのに…怖くて…」
「麻莉菜のせいじゃねぇだろ。そんなに気にするなよ」
「でも、最近の事件…全部、あたしのせいかもしれないのに。今度もそうじゃないって、
言い切れないよ」
麻莉菜の表情がだんだんと沈んでいく。
「だったら、これ以上何も起こらないようにすればいいじゃないか。その為にも、明日あの野郎を
締め上げないとな」
京一はそんな彼女の肩を2,3回叩いてから、明るく笑った。
「そうだろう?」
「…」
「その為にもさ。腹ごしらえしとこうぜ。よく言うだろ?腹が減っては戦が出来ぬって」
「うん…待っててね」
麻莉菜は台所に入っていった。
彼はその姿を見て、ソファに座った。
(あいつがこれ以上泣かないようにしないとな。麻莉菜は笑ってるのが一番似合ってるんだから)
「京一君、出来たけど…」
「おう、今行く」
麻莉菜の呼び声に、京一は立ち上がって食堂の方に歩いていった。
翌日、日比谷公園に来た彼らは、村雨に迎えられた。
「時間どおりだな」
「で、何処に俺達に会いたいって奴はいるんだよ」
「案内役が来るまで待ちな」
「案内役?」
「そいつが来なければ、行けない場所だからな」
「?」
村雨の言葉に、全員が顔を見合わせた。
「お、来た様だな」
「緋月麻莉菜様…以下四名様。全員お揃いですね」
何処からともなく現れた妖艶な美女が、彼らに声をかけた。
(綺麗…)
麻莉菜は自分の目的を忘れて、その美女に見惚れた。
「どうかなさいましたか?」
麻莉菜の視線に気づいて、無表情のまま、彼女はそう尋ねた。
「あ…あのごめんなさい…」
「あんまり、綺麗だから見惚れてたんだろう。許してやってくれ」
慌てて謝る麻莉菜の頭を撫ぜながら、京一はそう言った。
「綺麗…?」
不審そうな声をその美女は発した。
「くくっ…確かに綺麗だよな。何も知らなければ、見惚れてもするだろうよ」
横でその会話を聞いていた村雨が軽く笑った。
「もうそろそろよろしいですか?移動せねばなりませんので…」
「あ、はい」
「…なんか、無愛想な人だねぇ」
表情を変えることなく、言葉をつむぐ彼女を見て、小蒔が麻莉菜にそう囁いた。
「まぁ、許してやってくれ。こいつはちょっと訳ありなんでな」
「村雨、早くなさい」
事情を知ってるらしい村雨が、苦笑混じりにそう言った。
「何処へ行くの?」
「浜離宮でございます。そこで私の主が皆様を待っております」
「浜離宮…」
その美女に連れられて、彼らは浜離宮にやってきた。
「広い…」
「姐さんは、ここは初めてか?」
「う…うん」
自分の発した声を聞いて問いかけてくる村雨に、麻莉菜は頷いた。
「素直だねぇ。そう言う人間は嫌いじゃないぜ」
「それで、ここの何処に俺達を待ってる奴がいるんだ?」
村雨の言葉に、京一は不機嫌そうに尋ねた。
「焦るなって」
「皆様、ご案内致しますので、手をおつなぎください」
「?」
麻莉菜に近づいて来た彼女は、その手を取った。
「決して手をお放しになりませぬように。何が起こるか保証できませぬ故に」
彼らが手をつないだのを確認した彼女は、空いた方の手で空中に何かの印を描く。
「参ります」
突然、彼らの回りの風景が変わった。
「な…何?」
「手を放すんじゃねぇぞ。本当にどうなるか保証は出来ないからな」
「ここは何処なんだよ!?」
「空間の狭間ってやつだ。俺にも良く判らねぇがな」
どこからか村雨の声が聞える。
「皆様。もうすぐ到着します」
女性の声が聞こえてすぐに光りの溢れる場所へ出る。
「ここは…」
「浜離宮じゃねぇか!どう言うことだ?」
京一の怒声が響く。
「違うよ。京一君、さっきいた場所じゃない…」
掌に落ちてきた桜の花びらを受け止めながら、麻莉菜が呟いた。
「それに空気も違うわ。凄く清々しくて…」
葵も周りを見回しながらそう言った。
「ここは…一体…」
「皆様、私の姿がご覧になれますか?」
彼女達を連れてきた女性が姿を現した。
先程のスーツ姿から特徴ある着物姿に変わっていた。
「申し遅れました。私の名は天后芙蓉。十二神将の一人でございます」
「十二神将…?」
「私の主が皆様をお待ちしております。こちらへどうぞ」
芙蓉の後について彼らは歩き出した。
「晴明様。緋月麻莉菜様以下四名様、お連れ致しました」
池のほとりに立っていた青年が、その声に振り向いた。
「ご苦労でしたね。芙蓉」
扇子で口元を隠しながら、彼はそう言った。
「私は御門晴明。あなた方に伝えたい事があったので、ここまでご足労願ったのです」
「それにしちゃ、随分回りくどい方法をとるじゃないか。このイカサマ野郎のやった事も、
お前の差し金か?」
「なるほど、村雨。また悪い癖をだしましたね?」
「暇つぶしをしただけだぜ。ただ待ってるなんて、性に合わないんでな」
「村雨!この方達に手を出してはいけないと、あれほど言ったではないですか!」
突然、鋭い声が聞こえてきた。
芙蓉の押す車椅子に乗った少年が、村雨を睨んでいた。
「申し訳ありません。村雨が、あなた方に失礼な事を…。僕が代りに謝ります」
「村雨のしでかした事で、秋月様が謝る必要などありませんよ」
「もう…済んだ事だから…。それより、あなたは?」
謝罪の言葉を述べる少年に向かって、麻莉菜が尋ねる。
「失礼しました。僕は秋月マサキ。あなた方に見ていただきたいものがあったので、御門に
頼んで来て頂きました」
そう言って、彼は一枚の絵を差し出す。
「まずはこれを見てください」
「…」
そこには、麻莉菜達と巨大な龍が描かれていた。
「ボク達がいる…」
「どう言う事だ?」
「秋月の家には代々未来を見る力を持つ星見が生まれます。僕はその星見なんです。そして、見た
物を絵に描く…。それが僕に宿った《力》です」
「じゃ、これはあたし達の未来なんですか?」
「俺達は龍と戦うってのか?」
京一が信じられないような声を出す。
「本物の龍と闘う訳ではありません。あなた方は龍脈と言うものはご存知ですか?」
「この世界を支える気脈の流れの事でしょう?」
御門の問いに、麻莉菜は即答した。
「そうです。さすがですね、あなた方が今まで戦ってきた鬼達はその龍脈の乱れによって現れた
モノです」
「じゃあ、その龍脈を元に戻せば…」
「ええ。だがそう簡単には行きません。龍脈の乱れはこの世の乱れを呼びます。その乱れに乗じて
この世界を手に入れようとしている者がいるのです」
「先にそいつをぶちのめせって事か?」
「簡単に言えばそういう事です。しかも龍命の塔が発動するまでの間にです」
「龍命の塔?」
「龍脈の流れを司る役割を持っていると言われています。どこにあるかは未確認ですが…」
「それが発動するとどうなるんですか?」
麻莉菜の問いに、御門は少し困ったような表情を浮かべた。
「判りません。使い方しだいでどうにでもなりますからね」
「龍脈のエネルギーが暴走する可能性もあると言う事か…」
醍醐の言葉に、麻莉菜は彼を仰ぎ見た。
「戦前には龍命の塔と同じ働きをする物を作ろうと研究して実際に建築しようとしたらしいですね。
設計図も残っていますし。その設計図を元にして作られたのが現在の都庁です」
「都庁にそんな秘密が…」
「この東京の繁栄を願っての事でしょうけれどね」
「だが、それも全てが上手く運んでいればこそだ。龍脈が暴走すれば、どうなるか…あんたなら
判るだろう?」
「東京が…ううん…日本が無茶苦茶になる可能性もあるよね…」
「そうです。それだけは何としても阻止しなければなりません」
「…あたし達に、今、できる事は、龍脈を元にもどすようにする事だよね」
「あなたが、自分の役目を正しく理解できる人で助かりましたよ。私も余分な手間をかけずに
済みます」
「晴明様、そろそろ…」
話が一段落したのを見て、芙蓉が御門に声をかける。
「ああ、もう時間なのですね。もし、何か判れば芙蓉を使いに出しますので、あなた方は元の
世界に戻っていてください」
「よぉ、芙蓉ちゃんって十二神将とか言ってたけど、一体何の事だ?」
最初に仲間達が抱いた疑問を、京一が御門にぶつける。
「芙蓉ちゃんねぇ。くくっ…俺もこれから、そう呼ぶかね」
京一の芙蓉に対する呼称を聞いて、村雨が笑いを溢す。
「村雨」
「そんな眼で見るなよ。ちょっとした冗談だって」
その言葉を聞いた芙蓉に睨まれても、彼は少しも怯んだ様子はなかった。
「芙蓉は、人ではありません。私が召還した式神の一人です」
「式神?」
「そうです、便宜上人の姿をしていますが」
「でも、普通につきあって大丈夫なんだろう?呼び方とかも、好きなとおりでいいよな?」
「…お好きなようになさって構いませんよ」
説明を聞いた京一の問いに御門は少し笑いながら、そう言った。
「晴明、少しだけ時間いいかな。緋月さんと話をしたいんだ」
「少しの間なら。芙蓉、頼みましたよ」
マサキの申し出に御門は頷いて、芙蓉に指示を出す。
「御意」
芙蓉の押す車椅子に乗ったマサキの案内で、麻莉菜は池のほとりにやってきた。
「少し、昔話を聞いて頂けませんか?」
「え…ええ」
「ボクは、以前ボクの大事な人が死に到ると言う啓示を受けて、無理に星の軌道を捻じ曲げました」
「それって…」
信じられない話の内容に、麻莉菜は眼を見開いた。
「星の軌道を捻じ曲げると言う事は、到底許される事ではありません。この足は、その代償です。
でも、ボクにとってはその人が生きているという証なのです」
「…」
(あたしも…もし、京一君や皆がそんな事になったら…そんな《力》を持っていたら、そうしてる
かも知れない…)
その話を聞いた麻莉菜は、唇を強く噛み締めた。
(泣いたりしちゃ駄目なんだ…。この人は、同情や憐れみが欲しい訳じゃないんだから…)
「あなたはボクを愚かだと思いますか?」
「いいえ。だって、あなたは大事な人を助けたかっただけでしょう?その事を否定する事なんて、
あたしには出来ません。あたしも大事なものを護りたいから闘って来たのに…」
黙っていた麻莉菜に問いかけたマサキに、麻莉菜は即座に否定の言葉に紡いだ。
「ありがとう、あなたにお話して良かった…」
「ホ〜ホッホ!でも、マサキちゃんはその足のせいで、厄介者扱いされてるんですものね」
「誰!?」
麻莉菜は、突然聞こえてきた声に、緊張する。
「秋月様!」
急降下してきた黒い影から、マサキを庇うように芙蓉が彼に覆い被さった。
「秋月くん!芙蓉さん!」
「ああっ!」
「芙蓉!」
麻莉菜は再度攻撃をかけようと上昇した黒い影に攻撃をかける。
「巫炎!」
影は、炎に包まれて、地上に落ちる。
「あらら、やっぱり本物は違うわね。式神くらいじゃすぐに倒しちゃうのね」
「姿を見せなさい!」
「怒鳴らなくても、行ってあげるわよ」
ぼんやりとした影が現れ、すぐに青年の姿になった。
「ふう〜ん、あんたが『あの人』が言っていた人間なのね。こんなほけほけした娘がどうして脅威
になるのかしらね」
「あなたが、転校生を…」
「そうよぉ、高校三年生で転校生って言う事しか判らなかったから、苦労したわよ。結構、あたし
好みの子もいたのに、もったいない事しちゃったわ」
「許さない!」
麻莉菜の身体から、炎が噴き出した。
「ちょっとぉ!いきなり、何するのよ!!危ない子ね!髪の毛焦げちゃったじゃないの!」
咄嗟に飛びのいた青年は、文句を言った。
「何の騒ぎですか」
騒ぎを聞きつけた晴明達が駆けつけてきた。
「伊周。よくこの結界の中に入れましたね」
「晴明様…」
晴明の姿を見た芙蓉の姿が紙に変わる。
「芙蓉さん!」
「私達が来るまで、秋月様を護っていてくれたのでしょう。ご苦労でしたね、芙蓉」
「ともちゃん、少し悪ふざけが過ぎるんじゃないのか?」
「ほんの挨拶に来ただけよ」
「なるほど…、誰かの力を借りましたね…。そうでもないとお前如きが、この結界に入りこめる
筈がありませんからね」
「その高慢ちきな鼻っ柱すぐにへし折ってあげるわよ」
「ねぇ、あの人って…ひょっとして…おかま?」
青年の口調を聞いた小蒔が、横にいた葵に囁いた。
「おかまって言うんじゃないわよ!」
その言葉が聞えたらしく、青年が反論する。
「やっぱりおかまだ…」
小蒔はその一言で断定した様だった。
「あんたたち、覚えてなさいよ!ただじゃ、置かないからね!」
「伊周…おまえは、判ってるのですか?私に対する禁忌を犯した事を」
御門の言葉を聞いた青年―伊周―の顔色が一瞬蒼褪めた。
「そ…それがどうしたって言うのよ!あんたがそんな口聞けるのも後少しなんだからね!」
捨てセリフを残して、伊周は姿を消した。
「あ!待ちなさい!」
麻莉菜の言葉は、届く事はなかった。
「…ごめんなさい…芙蓉さんを護れなかった…」
「あなたが、気に病む必要はありません。本体が傷つけられて、異界に一時期戻っただけです。
すぐに、こちらに呼び戻しましょう」
落ちていた白い符を拾い上げると、御門は呪を唱え始めた。
符は、すぐに芙蓉の姿に変わった。
「晴明様」
「御苦労でした。大丈夫ですか?」
「はい、申し訳ありませんでした」
「何、この礼はしっかりと伊周にしてもらいますからね。お前も手伝いなさい」
「御意」
「緋月さん、恐らく伊周は富岡八幡宮にいると思います。すぐに行くのが得策だと思いますよ」
「だがよ、ここを留守にするのをまずいだろう?」
「そうですね、緋月さん。あなたは私と村雨…どちらの力を必要とされますか?」
「え…と、あの…」
(さっき、村雨君、あの人の事、親しそうに呼んでた…)
「御門さん…一緒に来てもらえますか?」
「いいでしょう、芙蓉。案内をしなさい。それでは秋月様、少し留守にします」
「気をつけて」
「村雨、頼みますよ」
「ああ、任しとけ」
彼女達は、来た時と同じように戻っていった。
「さっきの人ってどういう人なんですか?」
「私の先祖である安倍清明と勢力を二分していた芦屋道満の直系の子孫です」
麻莉菜の問いに、御門が即答する。
「権力争いに敗れてからは、表舞台に出る事はありませんでしたが」
「どうして、その人があたしを…」
「恐らく、何者かに唆されたのでしょう。大それたことを仕組める人間ではありませんから」
「その誰かが判らねぇ限り、同じ事が繰り返されるって事か」
京一が、一瞬空を見上げてから、忌々しそうに呟いた。
「早いとこ、決着つけねぇとな」
「同感ですね。このような茶番に何度もつきあう謂れはありませんからね」
御門もその言葉に頷いた。
富岡八幡宮で、麻莉菜達は再び伊周と向かい合った。
「よく逃げずに来たわね。誉めてあげるわ。七名様、ご案内…」
「悪いな、ともちゃん。一名追加だ」
麻莉菜達の背後から聞えた声に、伊周の眼が見開かれる。
「村雨、秋月様は?」
「マサキが行って来いってよ。嬢ちゃん、余計な気を使うなんて、十年は早いぜ」
村雨の後半の言葉は麻莉菜に向けられたものだった。
「あ…あの…」
「使えるもんは徹底的に使うべきだぜ。ましてや命がかかってる勝負にはな」
「ふ…ふん、まぁいいわよ、何人だろうとアタシ達が負けたりするわけないんだから」
伊周は、すぐに気を取りなおしたように、先にたって歩き出した。
「誰に頼まれたのですか?素直に喋った方がいいですよ」
「どうせ、あんた達が『あの方』に敵うわけないんだから、諦めた方がいいわよ」
「ごたくはいいから、とっとと喋れ!」
闘いはあっけないほど簡単に終わり、伊周とその父親は倒れた。
「その人物に何を言われたのです。大方、世界を掌握しようとでも言われたのではないですか?」
「…」
伊周は口を閉じていた。
「う…ううっ!」
「パパ!?」
突然、伊周の父親が苦しみ出し、驚いた麻莉菜達の囲みを破って、彼は父親を連れて逃亡した。
「あ!」
「待て!」
「…捨て置いていてもいいでしょう。もう何も出来はしないでしょうから」
御門の言葉に、麻莉菜達の動きが止まった。
「でも…」
「こんな所に長居は無用です。戻りましょう」
彼に促されるように、彼らはその場を後にした。
「あなたは、宿星というものを信じていますか?」
普通の空間に戻った後、御門は麻莉菜にそう尋ねた。
「あたしには、よく判らない…です。でも、人はそれに縛られて生きている訳じゃないから…。
確かに、大事なものだとは思うけど…。でも、それを変える《力》も人は持ってる筈だし…」
「あなたは、本当にそう思ってるんですか?」
「でも、晴明様。この方なら、秋月様の呪いを解く事ができるのではないですか?」
二人の会話を聞いていた芙蓉がそう告げる。
「お前が、そのような事を言うとは思いませんでしたよ。芙蓉」
「申し訳ありません。でも、この方は秋月様の話を聞いても、同情や憐れみの言葉はおっしゃいま
せんでした。それだけでも、信用に値すると思われます」
「確かにそうかも知れませんね。緋月さん、もし、私達の手が必要な時は声をかけて下さい。
その時、暇だったらなら、お手伝いしますよ」
「あ…有難う、御門君、芙蓉さん」
「それから、あなたが一番知りたがってることですが、白蛾老に…龍山老師に聞くと良いでしょう。
あの方なら、事情をご存知の筈です」
「!」
「龍山の爺が、麻莉菜の事を?」
「あの方は、昔、今のあなた達と同じ立場にいらっしゃったのですよ」
「…」
麻莉菜の眼が大きく見開かれる。
「龍脈を巡る闘いは、今回だけではなかったと言う事です。それこそ龍脈が乱れるたびに、
それを巡る闘いもあったのです。ここから先は、私の伝えるべきことではありませんから、
ここでは省きますが…」
そこまで言って、御門は、村雨を振り返った。
「私達は戻りますが、お前はどうしますか?」
「なぁ、嬢ちゃん。俺と賭けをしないか?」
「賭け?」
村雨の言葉に、麻莉菜は首を傾げた。
「そうだ、嬢ちゃんが勝ったら、俺の力を自由に使えばいい」
「あたしが負けたら…?」
「そうだな、俺のモンになってもらおうか?」
「ふざけんな!てめぇ!!」
「村雨!」
村雨の言葉に、京一と芙蓉が叫んだ。
それを御門が止める。
「受けるか受けないかを決めるのは緋月さんでしょう?違いますか?」
「俺の人生を賭けるんだ。そっちにもそれ相応のモノ賭けるのが、筋ってモンだろう?」
「麻莉菜、こんな勝負受ける事はねぇ。こんな奴、いなくてもいいんだから」
「…やる…あたし、その勝負…受けるよ」
「麻莉菜!」
「何言ってんだよ。こんな無茶な勝負やる必要ないじゃない!」
「やらないと負けるかどうかは判らないよ…。やらなかったら、何も始まらないんだから」
止めようとする京一と小蒔に、麻莉菜は笑いながらそう言った。
「前向きな考えってのは好きだぜ。確かに、やらなきゃ俺が仲間になる可能性はないからな。
いいかい?嬢ちゃん。このコインの表か裏か…どっちが出るかを当てるんだ。簡単だろう?」
そう言うと、村雨は持っていたコインを指先で弾いた。
「さぁ、どっちだ?」
「…表」
麻莉菜の言葉を聞いて、彼は覆っていた掌を外す。
「嬢ちゃんの勝ちだな。この俺に勝つほどの運の持ち主なら、安心して俺の《力》預けられるな」
「…」
「声をかけてくれたら、すぐに駆けつけるからな」
それだけを言い残して、村雨は歩いていってしまった。
「ありがとう…村雨君」
「まったく、はらはらさせて…」
「ごめんなさい…」
京一にそう言われて、麻莉菜は少しうなだれた。
「まぁ、いいさ。うまくいったんだから。でも、もう止めてくれよ。心臓に悪いからな」
「うん」
「これからどうしますか?龍山老師の所に行かれるなら、御送りしますよ」
御門の言葉に、麻莉菜達は振り向いた。
「お願いできますか?」
「もちろんです」
御門の用意した自動車で、彼らは龍山の庵の近くまでやってきた。
「緋月さん。例え、どんなに辛い話だったとしても逃げてはいけませんよ。あなたには受け止める
だけの《強さ》が備わってる筈です。それに、あなたは決して独りではないのですから」
去り際に、御門はそれだけを麻莉菜に告げていた。
「行こうぜ。麻莉菜」
走り去っていく自動車のテールランプを眺めていた麻莉菜に、京一が声をかけて促す。
「うん」
そして、彼らは龍山の庵へと向かった。
「全てを話す時が来た様じゃな」
待ち構えていた龍山が、それまで語らなかった事をゆっくりと話し始める…。
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