龍 脈
「緋月、お前は、両親の事をどのくらい知っておる?」
「あたしが生まれてすぐ亡くなったとだけ…」
龍山の問いに、麻莉菜はそう答えた。
「そうか…」
龍山はその答えを聞いて、立ち上がって縁側の方へと歩いていった。
「お前の両親は、十七年前に凶星の者と戦っているのじゃ…。中国の地でな」
「え?」
「じゃ、麻莉菜を狙ってるのは、そいつなのかよ!」
「麻莉菜のお父さんとお母さんがいないから…麻莉菜を?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。奴にとって、緋月はそれだけの存在では
ないのじゃ」
「え?」
振り向いた龍山は、再び麻莉菜達の側に近づいて来た。
「緋月…。お前は類まれな《力》を持った者と菩薩眼の娘の間に生まれたのじゃ」
「!?」
「麻莉菜の母親が菩薩眼…」
「私と同じ…」
「《力》を持つ者と菩薩眼の間に生まれたお主は、一つの宿星を持っている。すなわち龍脈
を制する事のできる『黄龍の器』と言う宿星をな…」
「龍脈を…」
「そんな運命を麻莉菜が…」
全員の視線が麻莉菜に集まる。
「彼の地で、お主の両親は、命を落とした。その時の相手が今度は東京を狙い、お主の事も
狙っておるのじゃ」
「…」
「納得いかねぇ。なんでそんなものの為に、麻莉菜が狙われなきゃいけねぇんだ。麻莉菜は
麻莉菜以外の何者でもないじゃないか」
そんな中、一人、京一だけがそう言った。
「京一君…」
「運命だの宿星なんて、関係ないだろう。俺達はそんなものの為に闘ってきたんじゃない
からな」
麻莉菜の身体を抱き寄せながら、彼はきっぱりと言い切った。
「…良い仲間を持ったな…。じゃが…今まで、真実を隠していた儂の事を恨むか?」
麻莉菜は少し俯いて、しばらくしてから顔をあげてゆっくりと答える。
「いいえ…。あたしは、今の両親に可愛がって育ててもらったから…。幸せに暮らす事が
できました。だから…恨む事なんてないです…」
麻莉菜の手は、京一の手をしっかりと握り締めていた。
「優しい娘じゃ…そして強い…。そういうところは弦麻と迦代に似たのじゃな…」
龍山は嬉しそうに…しかし何処か寂しげにそう言った。
「一度、楢崎道心に会ってみるといいじゃろう。あやつなら、もっと詳しい事を知って
がおる筈じゃ」
「楢崎道心?」
「十七年前の闘いで、一緒に闘った男じゃ。数年前に中国から帰国したらしいが、儂には
一言の挨拶もない。まぁ、奴らしいと言えば言えるのじゃがな」
「麻莉菜のご両親と一緒に戦った人なら、私達の事も助けてくれるかもしれないわね」
「うん」
葵の言葉に、麻莉菜は頷いた。
「それでその人はどこに?」
「新宿中央公園にいる筈じゃ」
「中央公園!?そこに住んでるのかよ?」
「でも、それらしい人なんて、見た事ないよ?」
「自ら、結界を張って暮らしておるからな」
「じゃあ、俺達はどうやってそいつと会えるんだ?」
京一がもっともな意見を口にする。
「心配はいらん。あやつの方から、結界内に招きいれるじゃろう。ただし、結界内では道心
に会うまでは決して名前を言ってはならんぞ。それだけは注意する事じゃ」
「名前を?」
「そうじゃ。それさえ注意すれば大丈夫じゃ」
「判りました。注意します」
「うむ、くれぐれも気をつけてな…」
龍山に見送られて、彼女達は庵を後にした。
「何か、凄く途方もない話になって来ちゃったよね…」
「ああ…」
「驚いちゃった…。麻莉菜もこの事…知らなかったんだよね?」
「うん…」
小蒔の問いに、麻莉菜は小さく頷いた。
「何かボク混乱して来ちゃった…皆はどう?」
「私も…少し…」
「今日はこれで解散したほうがいいだろう。遅くなったし…道心と言う人の所に行くのは、
明日でもいいだろう」
小蒔と葵の言葉を聞いて、醍醐が全員の顔を見回してそう尋ねた。
「そうね…少し落ち着いてからの方がいいかもしれないわね…」
葵も静かに言った。
「…麻莉菜もその方がいいでしょう?いっぺんに色んな事があったから…」
「うん…」
何かを考えていた麻莉菜は、小さく頷いた。
「京一、ちゃんと麻莉菜と一緒に帰るんだよ」
「判ってるよ、そんな事」
小蒔に念を押されて、京一は渋い表情を作った。
「じゃあね」
「また、明日」
3人が帰っていくのを見送ってから、麻莉菜は京一に気づかれないように小さく溜息を
ついた。
「俺達も帰ろうぜ」
「う…ん…」
差し出された手を躊躇う様に彼女は見つめる。
「何を気にしてんだよ。ほら、行くぜ」
彼らはゆっくりと歩き出した。
しばらくの間、黙っていた京一が口を開きかけた時、冷たいものが降ってきた。
「雨かよ…しょうがねぇ、雨宿りしてこうぜ」
麻莉菜の手を掴んだまま、京一は屋根のある所まで走った。
「いきなりだもんな…。麻莉菜、寒くないか?」
「うん…平気…」
俯いたまま、自分の問いに答える麻莉菜の肩に京一は上着をかけた。
「とりあえず、それ掛けとけ」
「ありがとう…でも、京一君は平気?」
「俺の事は気にしなくていいから」
降り続いている雨を見ながら、京一はそう言った。
「…なぁ、麻莉菜…」
「何?」
彼が口を開いたのは少し経ってからだった。
「俺な、卒業したら中国に行こうと思ってるんだ。今度の事がって訳じゃなくて…
もっと強くなりたいんだ…」
「…!」
(また、遠くに行っちゃうんだ…しかたないよね、京一君、あたしのせいで死にそうな目に
あったんだし、嫌われても当り前よね)
「あたし…京一君がいなくても大丈夫だから…頑張ってね…」
麻莉菜は俯いたままそう言った。
「最後まで聞けよ、麻莉菜」
彼女の言葉に、京一は苦笑した。
「一緒に行かねぇか?」
「え?」
「俺は、麻莉菜と一緒に行きたいと思ってる」
「だって、あたし京一君に一杯迷惑かけたのに…」
「俺が、自分で選んでるんだぜ。麻莉菜が責任を感じる必要なんてねぇよ」
京一はいつもと変わらない笑顔を見せた。
「だから、一緒に行く、行かないは麻莉菜が選んでくれ。俺は無理強いはしない」
彼はそう言うと、真っ直ぐ前を見つめた。
その背中に麻莉菜が顔を押しつける。
「一緒に行きたい…皆が許してくれなくても、京一君と一緒に行きたい…」
麻莉菜の小さく呟いた言葉に、京一はゆっくりと振り向いた。
「じゃ、春になったら一緒に行こうぜ」
「うん…京一君…」
京一の制服の裾をしっかり握りながら、彼女は呟いた。
「そのためにも、とっとと全部片付けねぇとな」
麻莉菜の肩を抱き締めながら、京一はそう言った。
翌日、放課後になり、彼らは中央公園にやってきた。
「ここの何処かに、その爺はいるわけか…」
「招き入れるって言ってたけど…どう言う意味なんだろう…」
「何…この霧…」
ねっとりとした霧が彼らを包み込んだ。
「気をつけろよ、何かあるぞ」
「うん…」
彼らは何時何が起こっても大丈夫なように気を高めた。
その直後、現れた『田中』と名乗る人物と道を探すが、正体を表した彼とその場で
戦う事になる。
「…」
「この結界で名前を言っていたら、すぐに餌食だったな」
「龍山のオジイチャンが言ってたのは、こう言う意味だったんだね」
「ち、龍山の奴の入れ知恵かよ。余計な事をしやがって…」
「あなたが、道心さん?」
「おうよ、それにしてもお前ら、全員、真神かよ」
「?」
その謎の言葉に、彼らは顔を見合わせた。
「あの…真神に何かあるんですか?」
「ん?あそこはいわくつきの場所だからな。あるといえばあるだろうな」
「あのどういう…」
意味を計り兼ねて、麻莉菜が尋ねた。
「長話になるから、こっちに来な」
麻莉菜達は、道心の後について歩いていった。
道心に聞かされたのは、遥か昔から続いてきた龍脈にまつわる話だった。
そして人為的に作り出された黄龍の器がいる事も。
「そんな事ができるのかよ」
「それだけ凄まじい力を持ってるってこった。あの凶星の者…柳生宗崇は」
「柳生…宗崇…。それが全ての事件を起こした人なんですね」
「ああ、そうだ」
その時、凄まじい音が鳴り響いた。
「何!?」
「結界が破られたか…。緋月。お前の親父…弦麻は強い男だった。それでも、数年間封じる
のがやっとだった。それでも闘えるか?」
「あたしにできるなら…精一杯やります…」
「そうか…」
道心は何処か遠くを見るような哀しそうな眼をして麻莉菜を見つめた。
「あたしは決して独りじゃないから…」
「それなら儂の代りに居候をこき使ってくれ。そこらにおるはずじゃ。弦月!」
「弦月って…」
「そないに大声出さんかて聞えるわ」
呼びかけにやってきたのは劉だった。
「劉君…どうして?」
「詳しい話は後や。いまはお客さんの相手をせなな」
呆然とする麻莉菜の前で、劉は背中に背負った青竜刀を引きぬいた。
「来るで!」
すぐに乱戦が始まり、麻莉菜達は相手の正体を知る。
結界の中に入りこんできたのは鬼だった。
苦戦しながらも、闘いに勝利した彼女達は一箇所に集まる。
「いまさら、鬼かよ…冗談きつすぎるぜ」
倒れている鬼を見ながら、京一が呟いた。
「でも、何で今頃鬼が…」
「鬼道衆がまだ動いて…」
「違うで。今まであんさんらが相手にしてきた鬼は人間の魄の部分…陰の部分を鬼に変えた
もんやった。今回の鬼は魂魄を分けずに、人間を鬼に変える術を使ったもんや」
「…」
「そないな事ができんのは、あの紅い髪の男しかおらへん…。わいの村を一瞬に滅ぼし
おった…凶星の者」
「劉君の村を滅ぼした?」
「あっという間やった…封印されとった岩戸を破って出てきよった奴は、わいの村を腕の
一振りで滅ぼしたんや。わい以外、誰も生き残らんかった…」
「!」
淡々と話す劉の言葉に、麻莉菜は息を飲んだ。
「星の動きで、今度奴が現れるんが、この東京やゆう事を知ったわいは、ここに来た。
緋月はん、あんさんらと知り合う事が出来て、わいはごっつう楽しかったわ。だけど、
ここでお別れや。こっから先、わいが闘うんは私怨の為や。あんさんらをそれに付き合わ
せる訳にはいかへん」
「どうして…?」
自分達との別れを告げる劉に、麻莉菜は問い掛けた。
「私怨でも何でも、闘う相手は同じでしょう。どうして、別れなきゃいけないの?」
「そうだよ!劉君の目的とボクらの目的は同じだろう?」
「一緒に闘っていけない事は、ないだろうが」
「あんさんら…ゆうとる意味判っとんのか?」
「判ってるつもり…でも、目的は一緒だし…なんで一緒に闘っちゃいけないの?」
麻莉菜は、劉の手を握り締めた。
「劉君は、今まであたし達を助けてくれたじゃない。今度は、あたし達が劉君を助けるよ。
だから、一緒に闘おうよ…」
「緋月はん、おおきに…。あんさんらもありがとうな…。わい、ほんまに嬉しいわ…」
劉は、眼を軽く擦ると、そう言って笑った。
「ほんまに、じっちゃんに聞いとったとおりの人やな。緋月はんは…。優しゅうて強くて…、
弦麻はんに…あんさんのお父はんにそっくりや」
「え?」
「わいの村…客家の村は、昔、緋月はんのお父はんらが闘った場所や。わいの名前の弦月
ゆうんは、弦麻殿から一文字をもろっとんねん。凶星の者を封じた英雄を忘れへんように…。
そして、いつか闘いが起こったときに、黄龍の器…あんさんの影になって闘えるように
願いをこめたんや」
「それで、劉君は最初に会った時、あたしにあった事があるって言ったのね…」
麻莉菜は少し俯いた後、ゆっくりと顔をあげて笑いながら、劉に頼んだ。
「今度…機会があったら、劉君の知ってるお父さんとお母さんの話を聞かせてね」
「ああ、ええで。わいの知っとる事全部話したる」
「ありがとう」
「礼をゆうんは、わいの方や。謝々…ほんまにおおきにな…」
溢れ出しそうな涙を拭って、劉がそう言った時、霧が突然彼らの視界を遮った。
「また、霧…?」
「麻莉菜!?」
霧に完全に包みこまれた麻莉菜は、辺りを見回した。
「真実を知ったか。緋月麻莉菜。だが、ここまでだ。器は二人もいらん。黄泉で眠る両親の
元へ行くがいい」
突然、聞えてきた声とともに突き出された刃は、麻莉菜の胸を貫いた。
「!」
(駄目!止めて!)
(我が娘を殺させはしない)
刀の反対側を持った紅い髪の男の動きが一瞬止まった。
「娘を思う心か?くだらん」
腕を一振りさせた彼は、すぐに麻莉菜の胸から刃を引き抜いた。
「ゆっくりと見ているのだな。あの世とやらから、この世界が地獄絵図に包まれる時を」
霧が徐々に薄くなっていき、京一達の視界に血溜まりの中に倒れている麻莉菜が映る。
「麻莉菜!?」
「緋月はん!」
その先で、笑っている男に、怒りに任せて京一は斬りかかろうとした。
「てめぇ!よくも俺の麻莉菜を!」
刀を振りかざそうとする彼の足首を掴んで、その動きを止める者があった。
「駄目…京一君…一人で行っちゃ駄目…」
葵の治療を受けている麻莉菜が腕を伸ばして、その残った弱々しい力で京一の行動を
とどめようとしていた。
「麻莉菜…」
その行動が、京一を冷静にさせた。
「逃げ惑うがいい。陰の器が支配する世界で。貴様らにはそれが似合いだ」
それだけを言い残して、紅い髪の男―柳生 宗崇―は姿を消した。
「皆も駄目だよ…あたしは大丈夫だから…無茶しちゃ…駄目…」
仲間を安心させる様に微笑んだ麻莉菜の腕から力が抜けて、地面に落ちる。
「麻莉菜ぁ!!」
京一の悲痛な叫びが、その場にいる全員の耳に響き渡った。