妖 刀
それから、数日。表面上は、何も変わらない様に、彼らは過ごしていた。
「ねぇ、緋月さんの歓迎会を兼ねて、皆でお花見にでも行かない?」
葵のその一言で、放課後に花見を行う事になった。
アルコール抜きということで、京一は文句を言っていたが、麻莉菜に誘われて、行くことに
なった。
麻莉菜が待ち合わせ場所についた時、そこには小蒔しかいなかった。
「あれ、緋月さん、一人?」
「うん」
「ねぇ、聞いていい?緋月さんって…京一のこと、どう思ってるの?」
「え?」
「何か、ずっと一緒にいるみたいだし、どう思ってるんのかと思って」
「頼りになるし…一緒にいて楽しいから…」
麻莉菜は、小声で言った。
「まぁね。いざと言う時は、頼りになるよね、あの馬鹿は…」
「桜井さんも京一君の事…好きなの?」
「ボク?違うよ。京一とは、喧嘩友達。それ以外の何でもないよ」
「だって、凄く仲がいいし…」
「違うって、ボクは京一の事、何とも思ってないよ。ボクの理想と全然違うもの」
小蒔は、はっきりとそう言った。
「だから、緋月さんがあの馬鹿を好きなら、頑張りなよ。苦労すると思うけど」
(苦労って?)
麻莉菜は小蒔の言葉に首を傾げた。
「京一、お姉ちゃん好きな馬鹿だから、気をつけた方がいいよ」
小蒔がそう言った時、後ろから京一が姿を見せた。
「緋月に馬鹿な事、吹き込んでんじゃねぇよ」
小蒔の頭を軽く叩いて、彼はそう言った。
「痛っいなぁ」
小蒔が、文句を言うのを無視して、京一は麻莉菜の方を向き直った。
「何、大荷物抱えてきたんだ?」
「あ…皆で食べようと思って…作ってきたの」
「そんな気を使わなくてもいいんだよ。緋月さんの歓迎会なんだからね」
小蒔はその荷物を見て、そう言った。
「でも…手ぶらじゃ悪いから…」
「ま、いいんじゃねぇか。せっかく、作ってきたってんだから、もらっとこうぜ」
京一は、そう言って、麻莉菜の手から荷物を受け取って、歩き出そうとした。
「ちょっと、何処行くんだよ」
「場所とりだよ。決まってるだろ?」
「皆が来てからでも、いいだろう。まだ、時間あるんだし」
小蒔は呆れたようにいった。
「それもそうか」
3人がしばらく待っていると、仲間達がやってきた。
場所も決まり、ささやかな宴会が始まった。
各自の持ち寄った物を食べながら、笑い合っていた。
「これ、緋月さんが作ったんだよね。とても、おいしいよ」
麻莉菜の持ってきたサンドイッチを食べながら、小蒔が嬉しそうに言った。
「こっちに出てくる時、料理とか教えてもらったの。困らない様にって…」
「今度ボク達にも教えてよね」
「うん、こんなので良ければ…」
麻莉菜は嬉しそうに答えた。
「そういえば、緋月サン、あなた、武道か何かやってたの?とても強いという話を聞いたの
だけど…」
「少し、習ってただけです。護身用に…」
マリアの問いに、麻莉菜は恥ずかしそうに答えた。
「そうなの、でも、緋月サン。本当の強さと言うのは、それだけではないと思うの。心の
強さも問題になるんじゃないかしら…。何にも負けない強い心を持つ事。それが
真の意味の強さだと、ワタシは思うのよ」
「あんまり、喧嘩するなってことだろう?大丈夫だって、緋月は、誰彼構わず
喧嘩を吹っかけるような真似はしないと思うぜ」
「そんな馬鹿、京一だけだろう」
小蒔がジュースを飲みながら、そう言った。
「お前、いつも一言、多いんだよ」
京一は少し怒ったように言った。
「まったく、お前らはいい加減にしろ」
醍醐は、2人を引き離した。
「それにしても…本当に桜が綺麗」
「本当ね…満開に咲き誇って…」
葵と杏子が、桜を見上げる。
その視線を追って、彼らが桜の樹を見上げる。
その時、反対側の方から、何か騒ぐ声が聞こえた。
「なんだ?」
「痴漢でも出たのか?」
京一と醍醐が、腰を浮かせる。
「そんな感じじゃないよ…」
小蒔もその方角を見つめる。
風に乗って、叫び声が聞こえてきた。
「人殺し!誰か!」
「醍醐」
「ああ」
男子2人は、立ちあがった。
「様子を見てこよう」
「ボクも行くよ」
「何かあったんだったら困るから、あたしも行く」
麻莉菜と小蒔も立ちあがった。
「スクープかも知れないから、あたしも行くわよ」
杏子もカメラを持って立ちあがった。
「待って。あなた達だけ危険な所に行かせる訳にいかないワ。行くなら、ワタシも一緒に
行きます」
マリアの瞳は固い決意を彼らに伝えていた。
「判った。行こう」
彼らは、騒ぎの起こっている場所に向かった。
「この匂いは…」
むせ返るようなその匂いに、醍醐が顔をしかめた。
「間違いねぇ…血の匂いだ」
京一は油断なく周囲を見回した。
茂みの向こうから、刀を持った男が姿を現した。
手に握られた刀からは血が滴り落ちていた。
「…!」
麻莉菜達女子の顔が蒼白になる。
「おっさん!その刀で、人を斬りやがったな!」
木刀を構えながら、京一が詰め寄った。
意味の判らない言葉を呟きながら、瞬時に動いた男は、マリアに飛びかかり、
羽交い締めにすると刀を突きつける。
「先生!」
「大丈夫だから、逃げなさい!皆!」
「そんな事できる訳ないでしょう!」
醍醐が焦った様に叫んだ時、麻莉菜が杏子に近づいて何かを囁いた。
「判った…やってみる」
杏子はその言葉にうなずき、麻莉菜は少し前へと進んだ。
「緋月サン?何してるの!早く、逃げなさい!」
麻莉菜は背中の方に回した手を杏子に判るように、軽く振った。
「先生!眼をつぶって下さい!」
麻莉菜が叫んだ時、カメラを構えていた杏子がシャッターを切った。
フラッシュが焚かれ、男が怯んだ隙に、麻莉菜が男の手からマリアを救い出した。
「先生、怪我はないですか?」
「ええ、アリガトウ」
その間に、京一と醍醐が男の退路を断つ。
「美里さん、遠野さん。先生を御願い」
マリアを二人に任せて、麻莉菜は立ち上がった。
「気をつけて!あの男が持ってるのは、多分博物館から盗まれたものよ!」
杏子の言葉に、彼らの間に緊張が走る。
「へっ、面白いじゃねぇか。そうと聞いたら、ますます放っとく訳にいかねぇな」
京一の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
男に従うように、現れた野犬の群れに、小蒔が矢を射っていた。
彼女の援護に醍醐が回る。
無防備に見える麻莉菜に、男が襲いかかってくる。
「緋月さん!」
軽くその攻撃をかわすと、麻莉菜はたたらを踏んだ男の首筋に手刀を叩きこんだ。
地面に倒れこんだ男は意識を失った。
その手から刀が離れる。
その途端、男の身体から妖気が消え去る。
「これは…」
「やっぱり、『村正』だったんじゃ…」
杏子の言葉が発された時、麻莉菜がその刀に手を伸ばした。
「緋月さん!不用意に触ったら、駄目よ!」
杏子が制止しようとしたが、麻莉菜はその刀を持って立ち上がった。
「え?」
その途端、麻莉菜の身体が金色に光り、刀が発していた異様な氣が掻き消えた。
「何?」
振り向いた麻莉菜の表情は、なんら変わりなく、手に握られた刀も普通の刀に見えた。
「緋月サン…」
「今の…何?」
マリアと杏子の表情が驚愕に変わるのを見て、麻莉菜は哀しそうな顔を浮かべた。
「あの…」
「俺達にも判らないんです。この力が何なのか…何故、こんな力が使えるのか」
醍醐が、麻莉菜に変わって説明しようとする。
「しばらく、黙っていてくれませんか?はっきりするまで」
「…判りました。この事はここだけの秘密にしましょう」
マリアは微笑みながら、そう言った。
「アナタがそんな顔をしてどうするの。いい?力というのは、使う人があるから存在するの。
使い方次第で良くも悪くもなるのよ。その事を忘れなければ、
あなた達なら大丈夫。ワタシはアナタ達を信じているわ」
彼らを励ます様に、マリアは言った。
「遠野サンもそれでいいわネ?」
杏子は、その言葉で我に返ったようだった。
「おい!アン子!まさか、俺達を売るような真似するんじゃねぇだろうな!」
京一の言葉に、杏子は怒った。
「見損なわないでくれる!そんな真似する訳ないでしょう!」
杏子は、彼らを睨みつけながらそう言った。
「おかしいと思ったのよね。この間から、あんた達、何か隠し事してるみたいだったし…」
「ご…ごめんなさい」
「いいわ。その代わり、何かあったら手伝ってもらうからね」
「交換条件て訳かよ。ちゃっかりしてるぜ」
その時、パトカーのサイレンが近づいて来た。
「やっと、来たか」
「ずらかろうぜ。こんな所、見つかったら言い訳できないぜ」
「そうだな」
彼らは、急いでその場を後にした。
「京一、ちゃんと緋月さんを送っていくんだよ。危ないんだからね」
家まで送っていった小蒔がそう言った。
「え?」
「そうだな。夜の一人歩きは危険だからな」
一緒にいた醍醐も頷いた。
麻莉菜が驚いてる間に、話が決まっていた。
「頑張んなよ。ちゃんと言わなきゃ、京一には通じないからね」
小蒔に小声でそう言われて、麻莉菜は少し悩んだ。
そして醍醐とも別れ、二人きりになった帰り道で、意を決した様に麻莉菜は立ち止まった。
「どうした?」
前を歩いていた京一が、それに気づいて振りかえった。
「お兄ちゃん…」
「へ?」
小さな声で、発せられた言葉に、京一は戸惑った。
「よせよ。同い年なのに、そんな風に呼ばれる覚えはないぜ」
「覚えてない?お兄ちゃん…あたし、まり…だよ」
「まり?」
何処かで聞き覚えのある名前に、京一は記憶の底を探った。
「まりって、まさか、あのチビのまり!?」
「うん」
麻莉菜は、小さく頷いた。
「同い年だったのかよ。嘘だろ…」
京一は、驚いた様に麻莉菜を見た。
「本当は、もっと早く言うつもりだったけど、でも…京一君、桜井さんや
遠野さんと仲がいいみたいだったし…。迷惑だったら、あたしも嫌だし…、だけど、
桜井さんが頑張れって言ってくれて…だから…」
「なんで、早く言わねぇんだよ。あの時、約束したから来たんだろう?」
京一は、麻莉菜の側に歩いてきて顔を覗き込んだ。
「だって、覚えていてくれてるかどうか不安で…」
「忘れるわけないだろう。また、会おうって約束したじゃないか」
麻莉菜の髪の毛をかき回しながら、京一はそう言った。
10年以上前に、交された約束。いつか必ず会おうと約束した。
「よく、来たよな」
京一の顔に笑みが浮かんだ。
その顔を見て、麻莉菜の緊張の糸が切れる。
大きな瞳から涙が溢れ出したのを見て、京一が慌てた。
「泣くなって」
京一は、拭く物を探したが見つからず、仕方なく自分のシャツに麻莉菜の顔を押しつける。
「ご…ごめんなさい」
麻莉菜は、京一から離れようとする。
「いいから。落ちつくまでじっとしてろって」
麻莉菜の涙が止まるまで、京一は彼女を抱きしめていた。
彼女が落ちつきを取り戻した後、2人は再び歩き出した。
麻莉菜をマンションに送り届けた京一は、少し照れ臭そうに言った。
「すぐ判らなくて、ごめんな」
「ううん」
「それでよ…ずうずうしいかも知れねぇけど、緋月の事、名前で呼んでもいいか?」
「京一君が、呼んでくれるならなんでもいい」
麻莉菜が嬉しそうに言った。
「そっか…」
京一は、少し麻莉菜から視線を外して、自分の髪の毛をかき回す。
「また、明日な。緋…麻莉菜」
「おやすみなさい。送ってくれてありがとう」
短い挨拶を交して、京一はエレベーターホールに向かった。
その姿が見えなくなるまで、見送っていた麻莉菜は、彼がエレベーターに乗りこんだのを
見て、急いでリビングに向かう。
窓から下を見て、京一が出てくるのを待つ。
京一が自分の部屋の方を見上げて、軽く手を振ったのを見て、手を振り返す。
彼の姿が完全に見えなくなるまで、麻莉菜は嬉しそうに笑いながら、ずっと見送っていた。
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