恋 唄
いくつかの事件を解決して、久し振りにのんびりした時を彼らは送っていた。
「お前は、緋月の事をどう思ってるんだ」
「なんだよ、いきなり…」
生徒会室の窓辺に座っていた京一は、醍醐の言葉に振り向いた。
部長会議の打ち合わせのため、彼らは生徒会室を訪れていた。
「いきなりじゃないだろ!麻莉菜の事を避けてばっかりでさ。可哀想じゃないか」
机の上に座っていた小蒔は、詰問するように言った。
「最初は、あんなに構ってたのにさ。いまじゃ見ようともしないじゃない。そんなに、
麻莉菜の事を嫌いなわけ?」
「馬…馬鹿な事、言うなよ。そんな事ある訳…」
(あんなふわふわの砂糖菓子みたいなのに、うかつに触れて壊しちまったらどうすんだ)
「実際、どうなんだ。緋月に相棒だと言っていたようだが、それは本心なのか?」
(痛いとこ、突きやがって)
「麻莉菜は、俺にとって相棒じゃねぇよ」
「なんだよ。じゃ、どんなつもりで、麻莉菜を…」
「仕方ねぇだろ、俺は麻莉菜の相棒なんて、ごめんだね」
「ふざけてんの?京一」
机から降りた小蒔は、京一の事を拳で殴りつけた。
「麻莉菜を馬鹿にしてんの!?一体、何考えてんのさ」
「京一は、麻莉菜の相棒になりたいわけじゃないわよね。本当、判りやすい男よね。あんた、
すぐ表情に出るんだから」
それまで黙っていた杏子が、近づいて来てそう言った。
「遠野?」
「アン子、それどう言う事?」
「京一がなりたい役目は、他にあるんだものね」
「う…うるせぇんだよ!」
「そんなに、顔紅くして言っても、説得力ないわよ。ねぇ?麻莉菜の恋人志願の
き・ょ・う・い・ち・くん?」
「黙ってろって!」
「何言ってんの。今まで、散々おネェちゃんをナンパして、遊んでたくせに。
麻莉菜を見るだけで緊張しまくってさ。見てると凄く面白いわよ。あんたがそんなに奥手
だったなんてね」
「何?アン子、それ本当なの?」
「そうよ、もうスクープものよね。今度の真神新聞のトップにしちゃおうかしら」
杏子がそう言った途端、京一が彼女を怒鳴りつけた。
「そんな真似してみろ!ただじゃおかねぇぞ!」
そう言われて、彼女は京一を見た。
「何よ、文句あるの?」
「当り前だ。俺はともかく、麻莉菜を傷つけるような真似してみやがれ。絶対、許さねぇ
からな!」
「ねぇ、京一。ひょっとして、麻莉菜の事、壊れ物かなんかと間違えてない?」
ふと思いついた小蒔が、京一に疑問をぶつけた。
「何言ってんだ。あんなふわふわの砂糖菓子みたいなのに、触れたら壊れるに決まってん
だろうが!」
「京一…。良く判った。君の気持ちは良く判ったから、もういいよ。勝手に自分の世界に
浸ってるといいよ。でも、麻莉菜に気持ち伝えるのだけは、忘れない様にね。麻莉菜を
泣かせたりしたくないだろう」
小蒔は脱力しきってしまった。
こんな『恋は盲目』状態になっている人間に、何を言えばいいのか、判らなかった。
溜息を一つつくと、京一の肩をポンポンと叩いた。
「ボク、君らが幸せになれるように祈ってるから」
「何の話?随分、楽しそうね」
遅れてやってきた葵が、その場の状況を見てそう聞いた。
「あれ、そう言えば、麻莉菜は?」
「さっき帰ったわ。何か、急いで校門から出て行くのを見たから、用事でもあったんじゃ
ないかしら」
「残念ね、京一。送り狼になれなくて」
杏子のからかいの言葉は、京一を完全に怒らせた。
「うるせぇ!」
「一体…何なの?」
「ん…ちょっとね。本気の恋愛にやっと目覚めた馬鹿が、騒いでるだけだから、気に
しなくていいよ」
「どう言う事?」
「それより、美里。部の活動予算の補正案は、まとまったのか?」
醍醐が話題を変えようと、元々、この部屋に集まった目的を口にする。
「一応、計画はまとまったわ」
葵は、鞄から書類を取り出して、全員に配った。
その少し前、一人で帰りかけていた麻莉菜は、暗く沈んでいた。
『麻莉菜の相棒なんて、ごめんだ』
(もう、相棒ですら…いられないんだ。京一君に、そんなに嫌われる事…気づかないうちに
してたんだ…)
さっき、漏れ聞こえてきた京一の声が、耳にこびりついて離れない。
(あたし、何でここにいるんだろう…)
そんな事を考えながら、校門にさしかかった時、麻莉菜の袖を引っ張る者がいた。
「姉ちゃん、緋月 麻莉菜?」
「そうだけど、何…?」
小学生くらいの男の子が、彼女に向かって手紙を差し出す。
「これ、渡してくれって頼まれた。じゃ、確かに渡したから」
少年の姿を見送ってから、手紙を読んだ麻莉菜の顔色が変わる。
(みんなに…!)
校内にいる仲間に知らせようと走り出した彼女の足が止まる。
(もし…これを一人で解決したら、京一君、あたしの事…相棒として認めてくれるかも…)
「大丈夫だよね。一人で来るよう言ってきてるし…、あたしのせいで、誰かが巻きこまれた
なら、助けなきゃ…」
麻莉菜は、自分に言い聞かせる様に呟くと、駅への道を走り出していった。
知らされた場所にたどり着いた麻莉菜は、廃墟になったビルの扉を開いた。
中は薄暗く、気配がまったく感じられなかった。
「誰か…いるの?」
室内には、彼女の声だけが響く。
回りを見回した彼女は、窓に張られた手紙を見つけ、手に取った。
中に書かれた文を読み終わった途端、何処からともなく、異形の者達が現れる。
それらは、麻莉菜を認識すると、遅いかかってきた。
「!」
彼女は逃げ場のない事を知り、すぐに気を高めると技を繰り出していった。
異形の者を倒し終わり、乱れた呼吸を整えていた彼女の耳に拍手の音が聞こえてきた。
「?」
振り向いた彼女の前に、白衣を纏った青年が姿を現した。
「あなた…誰?」
「やぁ」
麻莉菜の問いに答えずに、その青年は薄ら笑いを浮かべていた。
「誰がここにいるの?」
「ああ、それは嘘さ。そう書かないと、君は来てくれなかっただろう」
その青年は、麻莉菜の全身を嘗め回す様に眺めた。
その視線に、異様なものを感じて、麻莉菜は身をすくめた。
「ついてきたまえ。僕の実験室に案内しよう」
青年は、麻莉菜に背を向けて地下への階段を降りていった。
上の階と違い、灯りがついているその部屋に入った麻莉菜は、置かれている物を見て、
絶句した。
常識では考えられないものがいくつも棚の上に、所狭しと並べられている。
それを見た麻莉菜は、あまりの不気味さに吐き気を覚えた。
(これ…何…?)
「素晴らしいだろう?。僕の研究の成果だよ」
青年は、本当にそう思っているらしく、笑いながらそう言った。
「あなた…誰?なんでこんな事を…」
何とか堪えながら、麻莉菜は弱々しくそう聞いた。
「僕は、死蝋 影司。人類の未来を憂えてる者さ」
「だからって…こんな真似…」
「君にも協力してもらおうと思ってね。わざわざ、来てもらったんだよ」
「協力って…」
「君の《力》を研究すれば、人類は新たな進化の途を辿る事ができる。素晴らしいと
思わないか?そうすれば、君達が傷つく事もないんだよ」
「そんな事…」
耳元で囁かれた言葉に、麻莉菜は大きく首を振った。
「それに君達は、まだ高校生だろう。勉強とかで忙しいだろうから、僕が有効な使い方を
考えてあげるよ」
死蝋の甘言に、麻莉菜は耳を塞いだ。
「そうそう、君に紹介しておかなかきゃいけなかったね。紗夜、おいで」
物陰から、その声に答える様に、一人の少女が姿を現した。
「比良坂さん…?」
「緋月さん、あたし…ごめんなさい」
辛そうな表情を浮かべて、麻莉菜を見た紗夜は、隠し持っていた注射器を彼女の腕に
突き立てた。
「どうして…」
麻莉菜は、意識をなくして床に倒れた。
「紗夜、彼女を診察台へ運んでくれ。ゆっくりと研究しなければね。忙しくなりそうだ」
死蝋の顔に、何とも言えない恍惚とした表情が浮かんだ。
研究室に彼の笑い声だけが響いていた。
「麻莉菜、どうしたんだろう。今日でもう3日目だよ。家に電話しても出ないし…。京一、
何か知らない?」
「…」
京一は、ぼんやりと外を眺めていた。
「京一ったら!」
「え?」
小蒔の声に、彼は初めて仲間達の方を見た。
「麻莉菜の事、何か知らないの?」
「知らねぇ」
京一は、短く答えると、再び窓の外に眼をやった。
(麻莉菜の事を知りたいのは、俺の方だ。電話しても出ねぇし…)
「ねぇ、麻莉菜の家に行ってみようよ」
「そうね」
小蒔の問いに、葵は頷いて立ちあがった。
「緋月の家の場所を聞いてこないとな。京一、行くぞ」
京一は、醍醐の声に立ちあがった。
「麻莉菜の家なら、知ってる。教えるから…」
「何、言ってんの!君も行くんだよ!」
小蒔は、座りこんでいる京一の耳を引っ張って、歩き出した。
校門の所で、彼らは意外な人物に出会う。
「比良坂さん…?」
紗夜の姿を見た葵が、不思議そうな表情を浮かべる。
「どうしたの?麻莉菜なら、休みだよ」
「あ…あの…」
紗夜は、何か言いにくそうに一度俯いて、意を決した様に顔を上げた。
「緋月さんを助けてください…」
「え?」
「場所は、このメモに…お願いします」
それだけ言うと、紗夜は走っていってしまった。
「何なの?麻莉菜に何があったの?」
小蒔は、手渡されたメモを見ながら、そう言った。
「判らんが、何か手がかりがあるなら、行ってみるべきだろうな」
「そうね」
仲間達と歩き出した葵の胸の中に、何か不安な思いがよぎった。
(麻莉菜…)
「つ…」
全身に激しい痛みを覚えて、麻莉菜は薄く眼を開けた。
両腕と両足を拘束具で固定され、それ以外にも電極のコードが身体に巻きつけられていた。
(ここ…何処?)
自分の置かれている状況が把握できずに、麻莉菜は回りを見回した。
眼の端に、白衣の青年が映った。
その青年―死蝋―は嬉しそうに笑っていた。
「これで、僕の研究が完成するんだ」
その時、扉が開いて、紗夜が入ってきた。
「何処へ、行ってたんだ?」
「ちょっと…」
紗夜は短く答えると、麻莉菜の方に視線を走らせた。
「緋月さん…」
麻莉菜の状態を確認した紗夜は、表情を強張らせた。
「もう、これ以上はやめて!これ以上やったら、緋月さんが本当に死んでしまうわ」
「それなら、それでいいじゃないか。死んだとしても、生き返らせればいいだけだろう。別に問題はない」
「兄さん…」
「そんな事より、そろそろ新しい実験に取り掛からないと」
死蝋は、鋭く光るメスを持って、麻莉菜に近づいて来た。
「おや?」
麻莉菜の意識が戻っているのを見て、死蝋は不思議そうな顔をした。
「もう、眼が覚めたのかい?薬もあまり効かないんだね。それなら、これはどうかな」
死蝋は、麻莉菜の腕にメスを突き立てた。
「きゃあ!」
麻莉菜は、あまりの痛みに自由にならない身体を捩って、悲鳴を上げた。
腕を伝わって鮮血が床に滴り落ちる。
「緋月さん!」
紗夜は、死蝋を突き飛ばす様にして、麻莉菜に駆け寄った。
「止めて!兄さんは、あの人たちに利用されてるだけよ。どうしてそれが判らないの!?」
彼女は、麻莉菜の身体を拘束している器具を外しながら、そう叫んだ。
「紗夜、どうしてそんな事をするんだい?僕らを馬鹿にした奴らを、見返したくはないの
かい?」
「あたしは、そんな事を望んでない!」
紗夜は死蝋を見ながら、辛そうに言った。
「…判ったよ、紗夜。お前は騙されてるんだね。その緋月 麻莉菜に…。待っておいで。
今、その悪い女を殺してあげるから、僕の所へ戻ってくるんだ。…腐童」
死蝋の言葉に応えるように、醜悪な怪物が姿を現す。
「腐童、その女を…緋月 麻莉菜を殺せ」
「緋月さん!」
腐童の攻撃から、麻莉菜をかばうように、紗夜は身を投げ出した。
「本当に、ここに麻莉菜がいるのかよ…」
「地図からするとここだよ」
小蒔が地図を確認して、重い鉄の扉を開けた。
「何もないじゃねぇか」
中を見回した京一が、そう呟いた。
「待って。今、何か聞こえなかった?」
小蒔が、微かに聞こえた物音を耳にした。
「え?」
「何か、モーターの音みたいだったな」
醍醐も同じ音を聞いたらしく、回りを見回す。
「下から聞こえたよ。行ってみよう」
4人は、階下に降りていった。
「比良坂さん…」
自分に覆い被さっている紗夜の身体に、麻莉菜は腕を伸ばした。
「緋月さん、怪我はないですか?」
額から血を流しながら、紗夜が尋ねた。
「あたしは、怪我してない…。比良坂さんの方が…」
「良かった…。緋月さんが無事で…」
彼女は、そう言って微笑んだ。
「紗…紗夜、どうして…」
紗夜の行動が理解できずに、死蝋は呆然と呟いた。
「音が聞こえたのは、この部屋だ」
その時、外から聞きなれた声が聞こえて、麻莉菜は顔を上げる。
「麻莉菜!?」
扉を開けて入ってきた京一が、麻莉菜を見て駆け寄った。
「麻莉菜、一体何があったんだ!?怪我してるじゃないか!美里、手当てを!」
「あたしより…比良坂さんを…。葵、お願い」
「え…ええ」
麻莉菜に駆け寄ろうとした葵は、その言葉に紗夜に近づいた。
「大丈夫か?何があったんだ?」
麻莉菜の制服がボロボロになっているのを見て、自分の着ていたガクランを、彼女に
かけながら、京一が聞いた。
「京一君…?」
自分を見る麻莉菜の眼が何処かうつろなのに、京一は気づいた。
「麻莉菜…?」
「京一、これ!」
小蒔が差し出したスカーフを受けとって、麻莉菜の止血をするために腕をきつく縛る。
「お前達…一体どうして…」
突然、現れた彼らを見て、死蝋は混乱している様だった。
「そうか…お前達が、紗夜を誑かしたんだな。許さない、殺してやる」
死蝋の命令で、腐童が彼らに襲いかかって来た。
「何だ、こいつ」
麻莉菜をかばいながら、京一が木刀を構える。
「油断するな!京一!」
葵と小蒔をかばう位置に立ちながら、醍醐が注意を促す。
腐童以外にも、怪物が彼らを取り囲んでいた。
「僕のゾンビ達に殺されるといい!」
死蝋はそう叫んだ。
麻莉菜と紗夜をかばいながら、彼らはゾンビ達を打ち破っていった。
「何故だ…どうして、ゾンビ達が負ける…」
奥にいた死蝋の声に、京一達は彼を見る。
「なんで…こんな真似をしたの?」
麻莉菜は、紗夜を抱きながら、死蝋に向かってそう尋ねた。
「比良坂さんを犠牲にしてまで、やらなきゃいけない事だったの?」
「緋月さん…」
弱々しい紗夜の言葉に、麻莉菜は彼女を見る。
紗夜の口から語られる話は、あまりにも哀しすぎて、麻莉菜の眼から涙が零れた。
「緋月さん、また何処かに遊びに行きましょうね。あたし、この間凄く楽しかったから…」
麻莉菜の涙を拭いながら、紗夜はそう言って微笑った。
「約束だからね…。絶対、破ったら嫌よ…」
「ええ、約束ですね…何か、眠くなってきちゃった…」
「比良坂さん!」
紗夜の眼が閉じるのを見て、麻莉菜が叫んだ。
「緋月さんの手って暖かい…」
「しっかりして!」
「…心配する事はないよ。すぐに生き返らせてあげるよ」
「まだ…そんな事を!」
麻莉菜の怒りが、死蝋に向けられた。
その怒りは、建物を揺るがすような地響きに変わった。
麻莉菜は、死蝋に近づいていった。
「あなたが、比良坂さんを追い詰めたのよ。許さない…!」
彼女が攻撃を加えようとしたとき、二人の間に、炎の柱が立ち上った。
「麻莉菜!」
京一が麻莉菜を引き摺って、炎から逃れる。
「まったく、役に立たない奴らだ」
鬼の面をかぶった忍び装束を着た男が姿を現した。
「誰だ、貴様」
「我が名は炎角、鬼道衆が一人」
「鬼道衆…だと?」
聞いた事もない名前に、麻莉菜達は戸惑う。
「また、会う事もあるだろう。それまで、せいぜい生き延びて見せるんだな」
それだけを言い残して、炎角は姿を消した。
炎と振動でビルが崩壊寸前な事を知った彼らは、その場から逃げようとした。
「比良坂さんは?」
小蒔が、倒れていた筈の紗夜がいない事に気づいて、辺りを見回した。
「比良坂さん!」
麻莉菜の声が響き、彼らは何時の間にか移動した紗夜が、死蝋を支えて立っているのに
気づく。
「比良坂さん、早くこっちへ!」
「緋月さん、あたし達の罪はこんな事で贖えるものではない事は判ってます。
でも、こうする事しかできないから…」
「何を言ってるの!早く…」
「兄さん、ごめんね。でもこれからは、ずっと一緒にいるから」
傍らの死蝋に笑いかける紗夜の身体が、炎に包まれていく。
「!」
麻莉菜が走り出そうとするのを、京一が押さえこむ。
「もう、無理だ!止せ!」
「離して!京一君、離して!」
腕の中で暴れる麻莉菜を引き摺る様にして、京一は醍醐達と共に建物から逃げ出した。
「いやあ!比良坂さん!!」
建物の外に出た麻莉菜は、京一の腕を振りきって中に飛び込もうとした。
「馬鹿!死ぬ気か!」
半狂乱の麻莉菜の意識を、後ろにいた醍醐が軽く首筋を叩いて断った。
倒れこんだ麻莉菜を支えて、京一が呟いた。
「鬼道衆って言ってたな。いったい、あいつらは…」
「さあな、だがこの東京で、何かが起こり始めてるのは事実だ。俺達の知らない何かがな」
燃え盛る建物を見ながら、醍醐が応える。
「そいつらのせいで、麻莉菜がこんな眼にあったのか…許さねぇ、絶対に」
自分の腕の中の少女を見て、京一は低く呟き、彼女を抱き上げたまま歩き出し、他の仲間も
それに続いた。
麻莉菜のマンションにやってきた彼らは、彼女を寝室のベッドに寝かせる。
「やっぱり…桜ヶ丘に行った方が良かったんじゃ…」
意識の戻らない麻莉菜を心配して、小蒔がそう言った。
「一晩、様子を見てみる…それからでも遅くないだろう」
「手当てはしたから、怪我の心配はないけど…」
麻莉菜の額に浮かぶ汗を拭いていた葵は、振り向いて京一を見上げた。
「判った。明日、様子を見に来る。幸い明日は休みだしな。それでいいな、2人とも」
「そうね…京一君、彼女の事をお願いね」
葵は、静かに立ち上がった。
「明日、来るからね」
「ああ」
彼らが、帰っていった後、京一は椅子を運んできて、ベッドの側に置き、それに座る。
(なんで…一人で行ったりしたんだよ)
額にかかる麻莉菜の髪をかきあげながら、じっと彼女を見つめた。
苦しそうな呼吸を繰り返していた彼女が、薄く眼を開けたのは、それから何時間かたった
夜中近い時間になってからだった。
「京一…君?」
「気がついたか?何かして欲しい事…ねぇか?」
「あたし…なんで…ここ、あたしの部屋…?」
麻莉菜の意識は、まだはっきりとしていない様だった。
「もう少し、寝てろ」
彼女はどうして自分の部屋にいるかが判らない様だった。
「怪我は痛まないだろ?美里が《力》使ってたから」
「怪我…?」
麻莉菜は、自分の腕に巻かれた包帯に気づいたらしく、眼を見開いた。
「比良坂さんは!?」
彼女は、起き上がって、京一に支えられる。
「どうして…なんで比良坂さんが死んで、あたしが生きてるの!あたしが死ねば
良かったのに!」
「麻莉菜!」
「何も考えないで、ただ京一君に会えるって、浮かれて東京に出てきたあたしが死なないで、
どうして、一生懸命生きてた比良坂さんが死ななきゃいけないの!」
「麻莉菜!!」
暴れる麻莉菜の身体を京一は抱きしめた。
「俺には、紗夜ちゃんが死んじまった事より、麻莉菜が生きてる事の方が重要なんだから、
そんな事言わないでくれよ」
「嘘!あたしの事、相棒とも認めてないくせに!」
自分の胸に拳を叩きつけて、泣き叫ぶ麻莉菜を抱く腕に力を込める。
「ああ!そうだよ!麻莉菜は俺にとって相棒なんかじゃねぇ!たった一人しかいねぇ
惚れた女だ!」
「あたしの事、避けてたじゃない!!」
「仕方ねぇだろ。麻莉菜の顔見ると、動悸がしてしょうがないんだから」
麻莉菜を落ち着かせる様に、髪を梳きながら耳元で呟く。
「今だって、こんなに動悸がしてしょうがないんだぜ。聞こえるだろ?俺の心臓の音…」
麻莉菜の耳を自分の胸に押しつけると、京一はそう言葉を続けた。
その音と声を聞きながら、麻莉菜は瞳を閉じた。
「もう少し、休めよ」
麻莉菜の身体を横たえると、京一は椅子に座り直した。
「眠るまで、側にいてやるから」
麻莉菜の髪を梳きながら、そう言った。
「比良坂さん…許してくれるかな…」
眠気が襲ってきたのか、とろんとした眼をしながら麻莉菜が呟いた。
「大丈夫だって。麻莉菜の気持ちは、きっと通じてるから」
「だったら…いいな…」
そう呟いた後、麻莉菜は京一の方に腕を伸ばした。
「どうした?」
「手…握っててくれる?」
「ああ」
伸ばされた麻莉菜の手を握ると、彼女は嬉しそうに笑った。
「京一君の手、大きくて温かいね…」
やがて、静かな寝息が聞こえてきて、京一は静かに息を吐く。
それから、どの位の時間が過ぎたのか、自分の袖を引っ張られて、京一は眼を覚ました。
麻莉菜が自分の袖を握ってるのを見て、京一は彼女を覗きこんだ。
「どうした?」
「ベッド、スペースあるから…一緒に寝よう」
そう言って、麻莉菜はベッドの端に寄った。
「な…何言ってんだ」
「そのままじゃ、京一君…風邪引いちゃうから…」
麻莉菜は、少し恥ずかしそうに言った。
「別に、深い意味はないよ」
自分の袖をしっかりと握ったまま離そうとしない麻莉菜を見て、京一は困り果てた。
「京一君、疲れてるみたいだし…ゆっくり寝た方がいいよ。椅子じゃ無理でしょう?」
麻莉菜は、何度か京一の袖を引っ張った。
彼女の言葉に負ける形で、京一はベッドに横たわった。
「これなら、暖かいでしょう」
麻莉菜は京一に擦り寄ってきて、嬉しそうに笑った。
そんな彼女を腕の中に抱きしめて、京一は眼を閉じた。
「京一君…大好き…」
麻莉菜はそう言うと、京一の胸にもたれて眠ってしまった。
彼女が眠ったのを確認して、京一は眼を開ける。
(まったく…)
ベッドから落ちない様に、麻莉菜の身体を自分の方に抱き寄せてから、気持ちを
落ち着けようと溜息を吐いて、彼女の寝顔を見つめていた。
やがて、少し考えた後、癖のある麻莉菜の額にかかる髪をかきあげて、軽くキスをする。
(まっ、いいか。こうしてると本当に暖かいしな…)
2人の寝息が部屋の中に響いていた。
腕に鈍い痺れを覚えて、京一は眼を覚ます。
傍らを見ると麻莉菜がぐっすりと眠っていた。
起き上がろうとした京一は、腕の痺れを覚えてうずくまった。
「痛ってぇ」
「京一君…どうしたの?」
気配に気づいた麻莉菜が、眼を擦りながら起きあがった。
「何でもねぇ」
振り向いた京一と覗きこんでいた麻莉菜の唇が偶然重なった。
「!」
「す…すまねぇ!」
慌てて、離れた京一の顔が紅くなる。
「なんで、謝るの?」
麻莉菜は少し哀しそうに首を傾げた。
「京一君だったら、構わないよ。あたし、京一君の事…好きだから」
小声で呟く麻莉菜に、京一はうろたえた。
「なんか麻莉菜に触れたら、壊しそうで怖いんだけどよ」
「大丈夫だよ、あたし、京一君が思ってるほど、弱くないよ」
麻莉菜は、そう言って笑った。
そんな彼女を、京一は無意識に抱きしめていた。
麻莉菜は、京一の腕の中でじっとしていた。
「あのな、麻莉菜」
「何?」
「キス…してもいいか?」
耳に聞こえたその声に麻莉菜は微かに頷いた。
麻莉菜を見つめると、京一は軽く唇を重ねる。
「側にいろよ。麻莉菜の事は俺が護るからな」
「うん。京一君の事はあたしが護るよ」
2人は想いを誓い合うように、再びくちづけを交し合っていた
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