再会

 

ここニ、三日、麻莉菜の様子がおかしい。

なにをしても、上の空だし、ぼうっとしている事が多い。

何より、おかしいのは、あれほど得意だった料理を失敗してばかりいる事だった。

理由を問いただしても、まともな返事も返って来ない。

「変…だよね」

「ああ」

登校日の教室の少し離れた所で、麻莉菜を見ていた仲間達が小声で話していた。

「この間の事件が解決してからだよね…アラン君に口説かれてるとか?」

「何ぃ!あいつ、何時の間に!」

小蒔の言葉に、京一が立ちあがった。

「落ちつけ、京一。緋月がそんな事で悩むわけがないだろう」

「そうよ、貰ったラブレターの送り主だって、全部断られているのに」

醍醐が、京一を押さえこんで椅子に座らせる。

「まったく、こんな男の何処がいいのかしら。麻莉菜も物好きよね」

杏子の言葉に、京一は彼女を睨みつける。

「麻莉菜なら、それこそよりどりみどりなのに、何を好き好んで、こんな男に」

「おまえ、言っていい事と悪い事があるって習わなかったのか?」

「あたしは麻莉菜の心配をしてるの。あんたにとやかく言われる事はないの」

その時、麻莉菜が立ち上がった。

「麻莉菜…?」

「あたし、そろそろ帰るね」

それだけを言い残すと、麻莉菜は鞄を持って、教室を出ていってしまった。

「麻莉菜!」

京一は、麻莉菜を追いかけていった。

「どうしたんだよ、一体…?」

階段の所で、麻莉菜に追いついた京一は、彼女の腕を掴んだ。

「あ…、京一君、どうしたの?」

「帰るんだったら、一緒に帰ろうと思ってな」

「うん…」

麻莉菜は、京一の言葉を聞いても、どこか上の空だった。

「何か、あったのか?」

「え?」

「様子が変だって、皆が心配してる」

「別に…たいした事じゃないよ…」

「俺にも言えないことか?」

「ねぇ…京一君。この前、会った人…覚えてる?」

「この前?」

京一は、少し考えこんだが、如月とアランの顔しか浮かばなかった。

「誰の事だ?」

「ほら、公園で…」

「あの、厭味な野郎か」

京一は、眉をひそめた。

「で、そいつがどうしたんだ?」

「もう一度、会いたいんだけど…どうすればいいと思う?」

麻莉菜は、少し顔をあげて、そう聞いた。

(なんで、俺がそんな事を答えなきゃいけねぇんだ?)

京一は、かなりむっとした表情を浮かべた。

「なんで、そいつに会いたいんだ?」

「会って…確かめたい事があるの。どうしても確かめたいの」

「だったら、連絡してみりゃいいだろう」

「連絡先…知らないの」

「だったら、どうする事も出来ないだろうが。諦めろよ」

「うん…やっぱり、無理なのかな…」

麻莉菜は、諦めきれないような表情を浮かべた。

「それより、買物に付き合ってくれ」

「え?」

「買いたい物があるんだよ」

京一は、麻莉菜の手を引いて、駅前へと向かった。

大型電気店に入って、京一は携帯電話を手に取った。

「買いたい物って…携帯?」

「ああ」

何種類も見比べながら、京一は答えた。

「これ、持ってりゃ、麻莉菜とすぐに連絡がつくだろう。どこにいてもさ。

…麻莉菜も一台買ったらどうだ?」

「え…」

突然の言葉に、麻莉菜は戸惑う。

「何かあったら、すぐに連絡して来れるだろう。便利だと思うぜ」

「うん…」

言葉に従う様に、麻莉菜も携帯を手に取る。

「便利…なんだよね」

彼女はしばらく考えこんでいた。

「でも、書類必要なんでしょ?買うのに…」

「そっか、麻莉菜は取り寄せなきゃいけねぇもんな」

京一は見ていた携帯を棚に戻した。

「買わないの?」

「麻莉菜の書類が届いてから、また買いに来るさ。…一緒に買った方がいいしよ」

麻莉菜の耳元でそう囁くと、京一は彼女の手を握って店を出た。

「夜にでも、お母さんに連絡してみるね」

別れ際、麻莉菜はそう言った。

「戸締り、ちゃんとしろよ」

「うん」

彼の姿がエレベーターの中に消えるまで、麻莉菜は玄関の前に立って見送っていた。

二日後、届いた書類を持って二人は、再び電気店を訪れた。

「良かったな。すぐに届いて」

「うん、お母さんも心配だったみたい。夜とか、連絡つかなくて」

「出歩いてたからなぁ。そりゃ、心配もするだろうな。麻莉菜の事を可愛がってたし」

昔、会った時の事を思い出して、京一は呟いた。

「それより、どれにするか決めたか?」

「うん…これがいいかな」

麻莉菜は、棚に置かれていた淡いピンク色の携帯を手に取った。

「じゃ、俺はこれにするか」

その横に並んでいた同じ種類で色違いの携帯に、京一は手を伸ばした。

「一緒の方がいいもんな」

京一の言葉に、麻莉菜は恥ずかしそうに俯いた。

「さっさと手続きしちまおうぜ」

二人はカウンターで手続きを済ませると、店を出ていった。

麻莉菜のマンションに戻った彼らは、それぞれの番号を登録する。

「さてと、終わりっと」

「え?皆の番号、いれないの?」

アドレス張を調べていた麻莉菜が、京一の言葉に顔をあげた。

「必要ねぇからな。麻莉菜にしか、かけるつもりねぇし」

「で…でも、緊急の用事とかあったら…」

「緊急の用事なんて、ないだろう。それに麻莉菜が一緒にいるんだから、必要ねぇよ」

「えっと…」

「本当なら、麻莉菜の方に、他の奴らの番号なんて登録して欲しくねぇんだけどよ。

でも、今、そんな事言ってられないって事は、俺にも判るしな。それは妥協する」

「京一君…それって…?」

「俺は麻莉菜を…」

そこまで言って、突然、京一は立ちあがった。

「京一君…?」

「悪ぃ、俺帰るわ」

「え?」

「また、明日な」

「う…うん」

麻莉菜は、訳の判らないまま京一を見送った。

マンションを出た京一は、今、出てきた建物を見上げた。

(俺…麻莉菜を縛り付けるつもりだったのか?)

さっき言いかけた言葉を思い返す。

(麻莉菜を腕の中に抱きしめて、誰の眼にも触れさせたくないなんて…俺は、

なんて傲慢なんだ…)

麻莉菜の少し困ったような表情が浮かんでくる。

(麻莉菜を困らせてどうするんだ。麻莉菜は、一人の人間で、考える事だってちゃんと自分

でできるのに)

彼は髪の毛をかきむしった。

(このままじゃ、麻莉菜を潰しちまう…)

「どうすりゃいいんだろうな。情けなくて、顔を合わせることも出来やしない」

京一は深い溜息を一つつくと、その場を離れていった。

 

「九角様、次の準備が整いましてございます」

「…」

「九角様?」

下忍の報告に答えず、九角は庭を眺めていた。

「何かお気にかかることでも?」

「おめぇ、クレープというものを食べた事があるか?」

「は?くれーぷ…でございますか?」

下忍は彼の問いに、怪訝な顔をした。

「申し訳ありませんが…存じません」

自分の不勉強を恥じる様に頭を下げる下忍には目もくれず、九角は歩き出した。

「九角様!?」

「出かけてくる。供はいらん」

それだけを言い残して九角は、館を出ていった。

 

(京一君…どうしたんだろ…)

買物に出かけながら、麻莉菜は京一の事を考えていた。

「何が言いたかったのかな」

そんな事を考えながら、公園に差し掛かった。

「あ…」

目の前の広場に、信じられない光景が見えた。

派手な制服を着た一人の青年と彼に因縁をつけている不良達がいた。

「九角さん!?」

麻莉菜は驚いて、彼らの所に駆け寄った。

「な…何やってんですか!」

「よう」

九角は、何事も起こっていない様に麻莉菜に笑って見せた。

「また会ったな」

「なんだ?この女は」

突然、現れた麻莉菜に不良達の輪が崩れた。

「姉ちゃんは、引っ込んでな。なんなら後で、ゆっくりと相手してやるからよ」

不良達の嘲笑が、麻莉菜に投げつけられる。

「…こんな所で騒ぎを起こして、どうなってもいいの?」

麻莉菜の制止の言葉も彼らの笑いを誘うだけだった。

「騒ぎを起こしたから、どうだって言うんだ?ここは、俺達の縄張りだぜ?」

その言葉は、麻莉菜の怒りを買った。

「ここは、公園…。誰の縄張りでもないわ…。その間違った考えを改めてあげる」

「姉ちゃんが、俺達の相手をするってのか?姉ちゃん、何様のつもりだい?」

不良達は、麻莉菜の容姿だけで、実力を見誤っていた。

「真神学園、緋月 麻莉菜…相手になってあげる」

名乗りながら、麻莉菜のすらりと伸びた足が一番近い所にいた不良の腹部に叩きこまれる。

「!?」

目の前の少女から繰り出されたとは、とても信じられないキックで、その不良は跳ね飛ばされた。

「お…おい、大丈夫か?」

倒れこんだ不良を取り囲む様に、その仲間達が集まってくる。

「てめぇ!」

仲間を倒された事に、いきりたった不良達が麻莉菜に殴りかかってくる。

それを軽くかわすと、彼女は彼らを倒していった。

(器の違いも自分の実力もわきまえもせずに、喧嘩を売るからこんな事になるってのによ)

少し離れた所で、九角はその様子を眺めていた。

五分もたたないうちに、不良達は地面に倒れ伏していた。

「見事なものだな」

九角の言葉に、麻莉菜は振り向いた。

「こいつらには、いい薬になっただろう。自業自得だ」

「そんな事より、警察が来ないうちに逃げないと」

麻莉菜は、九角の手を掴んで走り出した。

少し離れた所で、彼女は立ち止まった。

「逃げるくらいなら、最初から名乗らなければいいだろう?」

「あれは、癖です。道場に通っていた時の…。それに、少なくとも名のっておけば、

他の人に迷惑はかからないから…」

「おかしな女だ。わざわざ、火の中に飛び込む事もないだろうが」

「自分のして来た事から逃げたくないし、忘れちゃいけない事もあるから…」

「本当におかしな女だな」

「それより、あたし…九角さんに会いたいと思ってたんです」

「俺に?どうしてだ」

「聞きたい事があって…」

麻莉菜は、そこで一度言葉を切って、九角を見つめた。

「鬼道衆って…知ってますか?」

「!」

九角の表情がそれまでの面白そうなものから、驚愕へと変わる。

「水角と風角は、貴方の知り合いですか?」

「何故、そう思う?」

「風角が最期に貴方の名前を口にしたから…。九角なんて、滅多にある名前じゃないから」

「その通りだ。あいつらを動かしているのは、この俺だ」

「何故…東京を滅ぼすような事を…」

(こいつがどんな位置にいるかは知らないが、駒に使えるかも知れねぇな)

「訳を知りたければ、一緒に来な」

九角は、先に立って歩き出した。

麻莉菜は、一瞬考えた後、上着のポケットに触れてから、彼の後についていった。

 

「ここは…?」

古びた屋敷に案内された麻莉菜は、緊張の色を隠さずにそう聞いた。

「昔、住んでいた屋敷だ。遠慮せずに入って来い」

招き入れられるままに、入っていった彼女は、別の気配を感じた。

「…」

「別に何のしかけもありはしないぜ」

その様子を見た九角は、笑った。

「そんな事、思ってません」

麻莉菜は勧められるままに、椅子に座った。

「それより理由を聞かせて下さい」

彼女は真っ直ぐに九角を見つめた。

「理由か…別にないぜ、強いて言うなら、復讐だな」

「復讐?」

「ああ、九角家を滅ぼした奴らへのな」

「…だから、そんな哀しそうな眼をしてるんですか?」

麻莉菜の言葉に、九角は立ちあがった。

「くだらない事はどうでもいい。お前が俺達に敵対しているのは間違いねぇ。

どう言う位置にいるのか知れないが、俺達の邪魔になるなら、容赦はしねぇぜ」

「…あたしはこの街を護りたいんです。だから…」

麻莉菜は静かに立ちあがった。

「正義とかに縛られてるなら、止めときな。そんなくだらないもので」

「違います。少なくとも、あたしには、何が正義かなんて判らない…。ただ、

大事なものを失いたくないから闘ってるんです」

「面白いが…俺達が敵対している事に間違いはない。邪魔をするなら、葬るまでだ」

その言葉が発せられると同時に、隠れていた下忍が姿を現わす。

「!?」

「さっきの奴らとは違うぞ。一人でどこまでやれるか、見せてもらおう」

麻莉菜は、周囲を見回して唇を噛み締める。

「覚悟するんだな。すぐに仲間も同じ場所に送ってやる」

「そんな事…させない!」

麻莉菜は、拳を握り締める。

そして乱戦が始まった。

 

それより少し前、自室のベッドの上に転がったまま、京一は眼を閉じていた。

(何も言わないで、帰って来ちまったし…今度こそ呆れられたんじゃねぇかな)

自分の思考の渦に入りこみかけた時、携帯がけたたましい音を立て始めた。

「?」

のろのろと起き上がり、机の上で激しい自己主張を繰り返すそれに、手を伸ばす。

(まだ、麻莉菜しか知らねぇはずなのに)

不思議に思いながら、呼出に応じる。

「誰だ?」

『蓬莱寺 京一か?』

聞き覚えのない男の声が受話器から聞こえてくる。

「誰だ、いったい」

『お前の女は預かってる。返して欲しければ、今から言う場所に来い』

「なんだと!?てめぇ、一体誰だ!」

『来れば判るさ。いいか、お前一人で来いよ。でないと無事は保証できないぜ』

京一は、急いで家を飛び出した。

 

「単純な奴だ」

九角は、電話のスイッチを切ると、床に倒れている麻莉菜に話しかけた。

「お前の男はすぐに来るそうだぞ。楽しみな事だ」

「…」

その言葉に、麻莉菜が少しだけ顔をあげた。

「お前も、馬鹿な奴だ。そんな鼠一匹に気を取られて、勝機を逃すとは」

 

下忍を倒した後、九角と向かい合っていた麻莉菜は、ポケットから飛び出したハムスターに

気をとられて、一瞬注意力が散漫になった。

その隙を逃さずに、九角の技が麻莉菜に襲いかかった。

「!」

麻莉菜の身体が壁に激突し、彼女は意識を失った。

手がかりを探していた九角は、上着のポケットに入っていた携帯を見つけた。

それを調べて、京一の電話番号を見つけた彼は、京一を呼び出したのだった。

 

「鼠を助けて、自分の命を落とす事になるとはな」

「どんなに小さくても…命だわ。勝手に殺していいわけない!」

麻莉菜は、掌の中にいるハムスターをかばいながら、立ちあがった。

「詭弁だな」

彼女に、持っていた日本刀を突きつけながら、九角は笑った。

「その考えがどれだけ甘いか、思い知って死んでいくといい」

 

「ここかよ」

指定された屋敷の中に、京一は入っていった。

「待ってたぜ」

「てめぇ、あの時の!麻莉菜はどこだ!」

姿を見せた九角を京一は怒鳴りつけた。

「ほえるな。ついて来い。会わせてやる」

九角は先に立って歩き出した。

警戒を解かずに、京一はその後をついていった。

「麻莉菜!」

案内された部屋の壁際に、麻莉菜の姿を見つけて、京一は駆け寄った。

「大丈夫か?怪我は?」

「京一君…」

麻莉菜は京一の手に掴まって立ちあがった。

「大丈夫そうだな」

彼女をかばうように立ちながら、京一は九角の方を振り向いた。

「麻莉菜は返してもらうぜ」

「そう簡単に帰れると思ってるのか?」

「京一君、気をつけて…。この人…」

麻莉菜の言葉が終わる前に、九角を護るかのように下忍が現れた。

「鬼道衆…」

京一は、持っていた袋から木刀を取り出して構えた。

「麻莉菜、離れるなよ」

「う…うん」

背後の麻莉菜が頷くのを感じて、京一は回りにだけ注意を払った。

「お前は、何故戦っている?」

「何?」

突然の問いに、京一が少し戸惑う。

「お前の闘う理由はなんだ?」

「大事なものを護る為に決まってんだろ!」

「ならば、この女の為に、自分の命を捨てられるのか?どちらかを選択しなければ

ならない時はどうするんだ?」

「馬鹿な事いうなよ!なんで、俺がそんな真似をしなきゃいけないんだ!?」

九角の表情が嘲りに変わる。

「俺は、麻莉菜と一緒に生きるって決めてんだ!そんな真似をしちまったら、それが出来ない

だろうが!」

「京一君…」

麻莉菜が驚いたように、京一を見た。

「麻莉菜を奪うような真似をしやがるなら、誰であろうと許さねぇ!」

京一の闘気が膨れ上がる。

「面白い。お前達がどこまでやれるか見せてもらおう。俺達の企みを阻止できるなら、

やってみるがいい」

その様子を見た九角は高笑いと供に姿を消した。

「逃げるのか!?」

「お前達の命は、預けておいてやる。それよりも他の奴らの心配をするんだな」

「なんだと!?」

「近いうちにまた会う事になるだろう」

その言葉を残して、その屋敷から人の気配が消える。

「なんだったんだ?…麻莉菜!」

緊張の糸が切れたのか、倒れかかる麻莉菜の身体を、京一は慌てて支えた。

「大丈夫か?」

「うん…助けに来てくれてありがとう」

「そんな事はいいけどよ。また一人で行動したな?連絡しろって言ったろ」

「ごめん…」

麻莉菜は京一の胸に額をつけた。

「また、迷惑かけたよね。ごめんなさい…」

「今度、一人で行ったら、絶対に許さねぇからな」

「うん…」

麻莉菜は顔を上げずに俯いた。

「それにしても、訳の判らない事を言ってやがったな。他の奴らの心配って…何の事だ」

二人は言い知れない不安を感じていた。

「ここに何時までもいても仕方ねぇ。帰ろうぜ」

京一は麻莉菜の手を握って帰っていった。

 

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